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晴れときどき雨、狐日和  作者: 藤原夜純
プロローグ
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プロローグ 02 覚悟

「それで、巫女の魂とやらを送るというのはわかりましたが、イナリ様とともにというのは?」


 気を取り直して話を続ける。どうやら俺そのものが異世界に行くわけではないらしく、安心したようなちょっとがっかりしたような、複雑な気持ちではあるのだけれど。

 それでも大事な話というのは間違いじゃなかったので、ちゃんと話は聞いておきたい。


「巫女の魂はあくまでも一部、欠片でしかないのだ。そのままでは世界を渡ることなどできないゆえ、魂を保護するための器が必要となる。その器として一番手っ取り早いのは私の分霊だ。肝心の中身は私の巫女だった者の魂、すぐにでも馴染むだろうよ」

「つまり体はイナリ様で中身は巫女、でイナリ様の巫女として活躍すると。自分で自分を崇めろと人々に教えるわけですね」

「やられたらやり返す質かそなた」


 嫌いではないぞ、とイナリはからからと笑った。

 冗談はさておき、おおよそ何が起こるのかは理解した。あと大事なことは、送り届けた後の話だ。


「心配する必要はない。すべてはそなたが眠っている間に終わらせるし、そなたは何も変わらぬよ。強いて言うなら若干魂の総量が減るから違和感があるかも知れんが、元は他人のそれ、すぐに慣れる」

「なるほど。送られた巫女の方はどうなるので?」

「うん? そちらを気にするのか。それも心配はいらん。この数年で手続きはすべて済ませたし、向こうの世界で必要な知識も蓄えた。あちらの神にも通達は送られているから、生活する上で困ることはないだろう。受肉に伴い管理下を離れるから以降の干渉はできなくなるが、なに、体はこのイナリのものだ。多少のトラブルはどうとでもなる」


 いろいろと突っ込みを入れたくなる発言だけれど、自信満々に言い切るイナリにこれ以上水を指すような真似はしたくない。

 どちらにしろ向こうの世界とやらには俺自身が関わることではないのだから、深入りしないほうがいいのかもしれない。神々なんて一般人には文字通り雲の上の話だ。


「わかりました。それじゃあ俺は今まで通り、寝て起きて見えないものなんて見えていない生活をしていればいいんですね」

「そういうことだ」


 話は終わりだと言わんばかりにイナリは俺の布団に飛び込んだ。これはあれか、狐をもふもふしながら眠っていいやつか。

 恐る恐る布団に横になると、イナリは俺の胸――心臓の上にその頭を乗せてきた。冷静に考えてみるとさわれることに驚くべきだったのだろうが、このときの俺は想像以上にもふもふして柔らかいその毛並みに感動してそれどころじゃなかった。

 調子に乗って撫でまくっていたら早く寝ろと、尻尾で手を叩かれ睨まれた。


 仕方なく撫でるのは止めるものの、これくらいはいいだろうとイナリの背に手を乗せて目を閉じる。

 それだけでもやはり柔らかくて、気持ちよくて、幸せだった。


 幸せだったのだ。こうして、最後の眠りに落ちるまでは。



 ◇



 目が覚めてからは、ただただ酷いものだった。

 今まで通りの生活が続く。そう思っていたのに、俺の意識は見慣れた部屋ではなく、木々に囲まれた森の中にあった。

 空は晴れているのにしとしとと雨が降っていて、自分の置かれた状況と合わせてまさに狐に化かされたような気分になる。


 ……これは、いったい……?


 混乱の極みにあった俺は、ふと自分の体を見下ろして、その姿が変わっていることに気がついた。それと同時に、すべてを理解した。理解できてしまった。

 イナリは言っていた。イナリの分霊の体と、巫女の魂。必要な知識は頭の中にある。知識。この状況は。

 俺は、穂村彰常で。自分は、イナリの巫女・・・・・・で。この体は。魂は。意識は。


 自分が自分ではない感覚。他人の体を、心を、ただ表面だけが自分の、彰常の意識で動かしている感覚。

 彰常であるのは、ほんとうに意識だけだ。すべてがズレている。俺は、彰常とはなんだ。

 イナリは言っていた。巫女の魂はすぐにでも馴染むだろうと。馴染むとは、どういうことか。

 俺の、彰常の意識は。このままでいくと、私は。


 ……私は・・


「あああぁあああぁぁあぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」


 俺は脇目も振らずに視界の端に映っていた建物に飛び込んだ。

 済ませた手続きとやらの一つだったのだろう、見慣れない景色の中にあって、唯一見慣れたもの。生まれ育った神社と瓜二つのそれだ。

 飛び込んだはいいが自分の部屋まで行くこともできず、近くにあった部屋の襖を乱暴に開き、部屋の隅で自らの身体を抱きしめて蹲る。

 触れていないと、自分の体を感じていないと崩れ落ちてしまいそうで、怖かった。


 だというのに、その体は、ひどく小さくて柔らかい。

 その事実をも抱きしめながら、俺は意識を手放した。



 ◇



 それが五日前のこと。

 ああ、本当にこの体と魂はハイスペックだ。俺の記憶上ではこの期間はまともに意識がないはずなのに、それが五日間だとはっきりわかる。


 自然と閉じていた瞳を開きながら、改めて空を眺めて思考を回す。わかっていることは多い。それだけの知識がこの体にはある。

 なぜかはわからないが、引き離した巫女の魂に穂村彰常としての意識が残っていたとか、そういうことなのだろう。彰常を強く意識してみると、遠い遠い先に、物理的には繋がっていないのだろう遥か遠くに暖かいものが感じられた。

 彰常の魂、というか本体は変わらずあちらの世界・・・・・・にあるらしい。この暖かさはなんとなくそれを教えてくれる。

 だが、それは同時に残酷な現実を俺に突きつけるのだ。


 ……この世界で俺は、一人生きていく。


 以降の干渉はできないと、イナリもそう言っていた。この体が持つ知識にも、帰り方なんて存在しない。

 俺の意識としてはもう号泣、パニックものだ。事実五日前はそうなっている。

 しかし、そんな意識とは違ってこの体は何も反応しない。巫女にとってはそれが当たり前のことで、知っていたことだからだ。いくら意識が泣こうとしても、魂がそう思っていない以上、涙なんか出るわけがない。


 ……こうやって少しずつ、彰常の意識は巫女に混ざって消えていくのか。


 魂が巫女のものである以上、どうしようもなく。考え方や捉え方も彰常のものとは違うのだろう。

 この五日間ですでに彰常の意識がどれだけ残っているのかも定かではない。違和感を感じる魂が変わっていくのだから、自覚症状なんてきっとない。


 覚悟は完了した。

 巫女としての仕事はしよう。それが使命であり、やらないという選択肢は選べるはずもない。

 とは言っても、巫女としての意識はあまり表に出したくない。それは間違いなく彰常の意識を削っていく。無駄なことかもしれないけれど、抗ってみたい。

 つまり、どうすればいいか。



 俺は、許される限りで神社に引きこもることにした。


 ……隠居生活、っていえば、神様っぽくもあるよね、うん。


 決して言い訳ではない。決して。

シリアスめに。

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