第一章 14 能ある狐
ハルが来てからというもの、食事は可能な限り四人揃って食べるということにしている。
元々俺たち三人に食事は必須ではないのだから、気が向いたら食べるというか……トールがやけに料理上手くて、料理したくなったときが食事の時みたいな感じだった。
ちなみに俺は料理ができない。というかまともにしたことがないからわからない。ただし、巫女に任せれば話が変わるけれども。
トーコは本人に料理する気が皆無だから、その腕前は不明である。
「ああ、相変わらずトールの作る飯は美味いな」
「それはなによりだ、主」
「あ、トーコさんおかわりします?」
「よろしく」
そんなわけで朝の団欒、なんとも仲のいい家族っぽくあると思う。
高身長で出来る女感に溢れるトーコに、茶碗によそったご飯を渡すハル。いや微笑ましいものだ。
俺が主菜の焼き魚と格闘していると、いつの間にか話は今日の予定のことに切り替わっていた。
「お買い物の予定はあるんですか?」
「いや、今日は山の中を色々回ろうかと思っている。着いてくるか?」
「いいんですか?」
「家事ならトーコにやらせればいい。任せたぞ」
「……ちっ」
寝る気満々だったな。
非常に嫌そうな顔をしているけれども、なんだかんだでトーコはやってくれる人だ。やらないで済むならやろうとしないだけで。
「ホムラさんはどうされるんです?」
「ん?」
ばりばりと骨ごと咀嚼していたものだから返答が遅れる。面倒くさくなって頭からいったのがここにきて仇となった。
「主は今日も央の街だ、ハル。まだまだ顔を見せに行かなくてはいけないところは多いからな」
「んっ……と、そういうわけで、まぁ仕事みたいなもんだ」
「なるほど……雨季も終わってだんだん暖かくなってきましたし、気をつけてくださいね。街の熱気凄かったですから」
昨日の熱気は話が違うと思うけれども。
まぁその気遣いは素直に嬉しいから頷いておく。
「それじゃあ行ってくる。昼は各自でよろしく」
玄関まで見送ってくれる三人に言う。そんな俺の服装は巫女装束ではなくて、昨日のあれだ。
あれだけ大騒ぎになったのだから、すでに周知の事実と言っても過言じゃない可能性がある。日を置いて着るよりも、こうして連日着てみせたほうが良いアピールになるだろう。
……年頃の女性が二日続けて同じ服を、というのは少々思わなくもないけど、今更だしな。
「行ってらっしゃい、ホムラさん」
「程々にな、主よ」
「主様、お土産期待してる」
トーコはブレないなぁ……!
いい加減ツッコミ用のハリセンでも用意するべきだろうかと思っていると、「ああそうだ」とふいにトールが声を上げた。
まるで野菜を買ってきてくれと、そんなお使いを頼むみたいな声で。
「主よ、少し気を抜きすぎているように見える。昨夜あんなことを言っておいて何を、と思うかもしれないが……本意でないなら注意したほうが良い」
……ふむ。
「そうか、トールが言うならそうなんだろうな。ありがとう、助かるよ」
「いや、礼を言われるようなことじゃない」
それでもだよ、とトーコにも目配せをして……さっきまでのふざけたような様子は見られない。感謝を視線に込めると、ふっとその目が柔らかくなった。
改めて行ってきますの声を出してから、街へ向かって歩き始めた。
途中でトールの言葉を強く思い返して、深呼吸。大丈夫、問題は検出されない。
深く息を吸い込んだ俺の胸の奥は、ほんの少し熱が下がったように感じられた。
◆
「……あの、トールさん」
主様の姿が見えなくなってすぐにハルが口を開いた。
間違いなくさっきのトールの言葉についてだろう。さすがにあれで理解できるほど、ハルは事情を認識していない。
「ハルには悪いが、これは私達からは教えられないことだ」
「じゃあ、なんで……」
「まぁ、ヒントだな。私達の望みとしては、ハルが自分の力で答えを出してくれれば最良だ。だが主がハルに話して二人で答えを出すのでも良い」
と、ここで一つ気がついた。
これくらいならおまけしても構わないだろうと思って、ハルの頭にちょっと強めに手を置く。そのままぐりぐりと。
慌てたハルの声が響くけれど、気にしない。
「な、なんですかトーコさん!?」
「難しく考えなくていい」
「……え?」
「命がどうとかそういう話じゃない。ハルがここで過ごして何を思うかが大事」
「ああ、そうだな。ハルに期待しているのはそういうことだ。急ぐ必要もない」
ただし、とトールは膝を曲げてハルと目線を合わせた。
「主が抱えているのは決して軽いものではない。それだけは間違えないでくれ」
見ようによっては今にも泣きそうに見える表情。トールがこんな顔をするのは初めて見た。
けれども、その気持ちはよくわかる。私だって、口にしたらそんな表情になるかもしれない。
数秒して、しっかりとその言葉を飲み込んだらしいハルが力強く頷いた。
「よし、それじゃあ私達も出るとしようか。なにか獲物が取れればいいのだが」
「はい。……トールさんでも難しいんですか?」
「なに、それでは面白くないだろう。教えるから頑張れよハル」
驚きと不安に満ちたハルの声をBGMに、私も今日の予定を考える。本当はのんびりとしていたかったのだけど、残念なことに私が家事担当になってしまった。
みんな出ているなら洗濯と掃除は早めに済ませてしまうとして……あ。
「二人とも、お昼」
「ん、ああ、そうか。どうしようか」
「簡単なもので良ければ、今用意する」
「悪いな、頼む」
ん、任された。
今朝の台所は見ていないけど、まぁ二人が支度している間に何かしらは用意できるだろう。トールが料理出来るようになってからは滅多にやらなくなったとはいえ、これでも料理は得意なのだ。
知らないのは主様だけ……いつかここぞというタイミングで全力のドヤ顔をしてやるのだ。
台所を確認すると、ご飯と使えそうなおかずも残っていたからおにぎりで決定。お弁当の定番だし、準備も楽だ。
手際よく三角形を作って、ついでに自分用のお茶を淹れて居間へと向かう。ああ、一仕事終えた後のお茶が美味しい。
このまま寝ちゃダメかな……ダメか。いい感じに体が温まっているのに。
「おお、さすがに早いな。普段からそれくらいやればいいものを」
「能ある狐は何かと隠す」
「初耳だな」
「耳も隠す」
お茶が美味しい。
「では行ってくる。頼んだぞ」
「すみません、トーコさん。あとはお願いします」
「任された」
主様のときと違って、玄関までの見送りはしない。トールと私は立場が同じだから。
立場は同じだけど、トールは私と違ってよく働く。二人合わせてちょうどいいくらいだろう。睡眠時間もそれくらいだ。
央の街では夫婦という扱いになっているけど、もちろん私達の間にそんな感情はない。良い相棒だと思っているし、必要ならばそういう演技もできる。
主様のためになるなら、私達はなんでもできる。
普段はああやってだらけている私だけど、それだけは違えない。
今の生活が気持ちよすぎて、幸せだから忘れそうになるけども。
私達は、ホムラ様の神使――神の使いなのだ。
……まぁ、とは言っても、だ。
「今は、小間使い」
ああ、お茶は美味しい。
ひとまずは洗い物から取り掛かるとしよう。




