第一章 11 大仕事
「それじゃあホムラさんだけじゃなくて、トールさんたちも食事は必須じゃないんですか?」
初日ということであまり冒険することは止めて、何度か世話になったこともある食堂でお昼を済ませたあと。
食後の一息でとりとめのない話をしていて、その中の一つにぱちりと目を見開いたハルが驚きを声に乗せて言う。一方で声量は抑え気味なのがなんとなくハルらしいというか。
「ああ、あの二人はイナリの眷属……というか神使だからな。イナリもそうだけど、何年生きてるのかさっぱりわからん」
「そう考えるとなんとも複雑な家庭環境ですね」
「その言い方はちょっと違和感があるな?」
目を細めて軽く睨んでみるものの、ハルは楽しそうに口元を綻ばせるだけだ。
店に入る前に、「この食堂でどうだ」と振り向いた俺の目に映った紅葉のようなハルはもういないのだ。なんか悔しい。
「んじゃ、そろそろ目当てのものを探しに行こうか?」
「はい、行きましょう」
でも、まぁ、ハルが嬉しそうだからいいか。
相変わらず手はひんやりとしていたけれど。
◇
央の街は大陸の中央に近い。基本的な街道は央の山を迂回するように伸びているものの、いわゆる山越えルートも存在している。
そういった場合に通るのがこの街になるため、必然的に露天には日用品から謎の物体まで、とにかく雑多なものが並ぶことになる。
つまり。
「ものが多すぎてよくわからん!」
「ははは……」
いや笑ってる場合じゃないよハルくん。
これが一人で来ているのだったら、いくらでも時間を潰せるし興味深いものばかりで良かったのだろうけど。
「普通のお店と違って、決まったものを決まった場所で売るってわけじゃないですからね。帽子を仕入れた行商人が露店を出している、という状況にたまたま遭遇できれば……」
「組合員向けのヘルムとか、そういうのばっかりなんだもんなぁ」
「そろそろ諦めて普通のお店で探しませんか?」
「それも面白みがないんだよなぁ……」
うーむ、と腕を組みながら唸る。途中から目的が危うくなっている気がしないでもない。ハルの苦笑がすべてを物語っていなくもないけれど。うむ自分でも混乱してきた。
「ま、こうしてても埒が明かないか。服飾店行こう、ハル」
「行きましょうぜひとも」
そう言うと目に見えてハルのテンションが上がったあたり、ちょっと無理をさせてしまっていただろうか。露天に固執していたのは俺なわけだし。
若干の申し訳無さを感じつつ、改めてハルの手を取って歩き出す。背中になんとも生暖かいというか……微笑ましいものを見たような視線が感じられるのは気の所為だと信じてるよ街のみんな。
そうして入った服飾店では、まぁ仕方ないことだけれどもすっごい騒ぎになった。
なにせ今まで巫女装束以外の姿で人前に出たことがない俺である。「ホムラ様お洒落するんですか!?」って店主さんがもの凄い食いつきを見せてしまい、肝心のハルの帽子を探すのに手間取ってしまった。
店主さんに見繕ってもらった帽子の中から、最終的に選ばれたのは若干丸みを帯びたシルクハットっぽい帽子だ。まだ幼いハルが身につけると何とも言えない可愛らしさがある。成長してからが楽しみであるとも言える。
で、今は何をしているかというと。
「ホムラ様にはこういう服も似合うと思うんですけど!」
「ああ、いいですね……とてもいい……」
「ホムラさんの明るさとよく合いますね、さすが本職……」
店主さんと、店員さんと、ハル。俺にどんな服を着せたいか、という話から意気投合してしまって、さっきからいろんな服を出しては議論して俺を見てきゃっきゃ言ってる状態である。
俺、もう帰っていいかな……?
正直なところ、普通の服も一応チェックしていたのだ。トーコにも言われたことだし、どんな感じなのかなと。
それが店主さんにバレた結果こうなったわけで、つまり自業自得なのだけれど、それでもちょっと待ってほしい。
「それじゃあこんな服はどうですか!?」
「やーんそれはかわいすぎます!」
「お、おぉー……」
ふりっふりのドレスは勘弁してくれませんかねえ……?
なんだ? トールもそうだったが俺に着せたいのはそういう方向性なのか?
普通の服は俺に許されていないのだろうか。
針子さんたちの気合いがこもりまくった服を議論する三人を極力見ないようにして、お店の中を改めて見回す。思っていた以上に色々な服がここにはある。大部分はシンプルな、いかにも街の人間ですって感じのモノだ。
三人が議論しているような服は一握りで、いうなれば晴れ着のようなものなのだろうと思う。一般的な目線で考えるなら、それは俺の巫女装束と同じ分類なわけで、俺が求めるのはそれではないのだ。
「ん? ……おお?」
ぱっと、目に留まる服があった。手にとって見ると、見た目の印象通りにふんわりとしていて柔らかい。
それは黄緑色をベースにした上下セットの明るいもので、全体的にゆとりがあって体の線が出にくそうなデザインをしていた。シャツの白で腕を隠しつつも上着の黄緑が女性らしい柔らかさを想起させる。その一方で、要所に入る濃いブラウンのラインが引き締まるようないいアクセントになっていた。下を見れば、足首まであるスカートの裾は控えめなフリルで飾られていてなんとも可愛らしい。
……受付嬢っぽいというか……ビールのジョッキ持ってたらすっげぇ似合いそうな気がする。
自分がこれを着て、ジョッキを手にした姿を想像し……なんのコマーシャルだとつい笑ってしまった。
「おおっとなんですかホムラ様そういうのがお好きですか!?」
「ひぃっ!?」
突然の声に驚いて振り向くと、いつの間にか三人がすぐそこに立って俺を見ていた。
「い、いつからそこに……」
「それはもちろんホムラ様が移動を始めたときからです!」
「最初からじゃねーか!」
気付けよ俺。
「それでホムラ様はそういうのがお好きだったんですね!?」
「えっ、あいや、その……」
「いえいいんです! ホムラ様にとってそういうお召し物は初めてのこと! 恥ずかしくて当然なのです! ですがご心配なく! わたくしどもが全力で! 全身全霊を込めて!! ホムラ様をお助けいたします!!!」
「あ、はい……」
「まずはホムラ様のお体に合わせて調整しましょう! さぁどうぞこちらへ!」
手を引かれてお店の奥、客側からは見えない場所に誘導される。一瞬ハルと目が合って……期待に満ちたきらっきらな瞳をしていた。楽器屋の前の少年じゃないんだからと言いたい。そんな余裕ないけれど。
そうしてあれよこれよと測られいじられ撫でられちくちくちくちくと服が手直しされていく。ところで誰だ撫でたやつ。それ服に関係あるか?
もうみんなテンション上がりすぎだと思う。もう少し落ち着いてほしいものだ。
仮止めされた服を体にあてがい、確認し、再度微調整。一切の妥協を許さず完璧に仕上げるという意気込みが感じられる仕事ぶり……って針子さんたち増えてないか?まさか増員呼んだのか?
――当然だが、ホムラの服を仕立てるというのは途轍もない大仕事である。本人の意志を尊重した結果こうなっているものの、本来なら完全オーダーメイドで数ヶ月の期間を取り最高の品質で納めるレベルの仕事なのだ。
待つこと数分。恐ろしい早さで進む作業は感嘆モノだった。そんな急がなくても俺は怒ったりしないのだけど。
「できましたー!」
さぁどうぞと手渡され、そのままやり遂げた顔で全員がお店の方へと戻っていく。
着たらこっち来てくださいね……って。
……あれ、これもしかしてファッションショーみたいな感じ!?




