第一章 10 ふにふに
さて引っ越しの翌朝も気持ちよく晴れた青空であった。
さっそく予定通りハルと二人でお買い物、と洒落込みたいのだけれど、昨日の今日で街がどういう状態なのかは想像に難くない。目的がハルを目立たなくするためのアイテム探しなのだから本末転倒と言える。
そんなわけで、まずは俺が一人で様子を見に行くことになった。
服装は巫女装束だ。俺が来た――これからも来る、ということをより強く印象づけてもらえるだろう。そもそも他の服は俺自身のものではなくてトールたちが何故か持っているものだから、ちょうどいい機会だし今日の買い物で何か探してみた方がいいのだろうか。
『主様、ハルの親代わりになるならそれらしい服もないといざというときに困る』
昨夜トーコに言われた言葉が頭をよぎる。
確かに……俺が巫女装束でハルと並んだ場合、保護者ではあっても親子っぽくは見えないだろう。どこか他人行儀というか、距離を感じられるような雰囲気になってしまうかもしれない。
それではハルを保護した意味がない。いやまぁなんか見てたらほっとけないというか、守ってあげたくなるようなそういう感情が込み上げてきたからなのだけども、そうと決めたからには妥協はしたくないわけで。
問題があるとすれば、俺の意識だけである。
さすがの俺も、この外見で普通のお父さんっぽい服は無理があると理解している。これは早いうちに覚悟を決めたほうが良さそうだ。
そんなことを考えながら歩いていたら、街に到着するのはあっという間だった。
で、俺としてはちょっと想定外と言うか……こうして歩いていてもそこまで騒がれることはないように思える。もちろん門のところで衛兵さんには「光栄です!!」とか言われたし、今も道行く人には笑顔で声をかけられている。
つまり、俺からしたらいつも通りの央の街の様子である。
「おはようございます、ルードさん」
「おお、これはこれはホムラ様。おはようございます」
露天が立ち並ぶ一角でたまたま出会ったお爺ちゃんに声をかけた。ルードさんは央の街にある組合の重役の一人で、露天関係の元締めという立場になる。
「今日は露天の見回りですか?」
「そうですな。新規に露店を出したいという者も増えていますし、数日もしたらさらに増え始めるでしょうから今のうちにと」
「あー、それってもしかしなくても俺の影響ですよね?」
ただでさえこの時期は忙しいというのに、さらに仕事が増える案件を持ち込んだのは紛れもなく俺だ。
申し訳無さを込めて聞くと、ルードさんは朗らかに笑って言った。
「ええ、ホムラ様のおかげですよ」
ともすれば皮肉にも聞こえるその言葉。
だけれど、ルードさんも、会話が聞こえていたらしい周りの人も、裏のないまっすぐな笑顔で俺を見ているのがわかった。
「……ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしくなって、誤魔化すようにお礼を言った。
その後もいろいろな人に話を聞いて、ハルと買い物に来ても何も問題はなさそうだと判断した。加えて言うならルードさんいわく、まだこの街にいる行商人も多いから目当てのものもあるでしょう、だそうだ。
そうして神社に戻ったのは午前十時過ぎ。出迎えてくれたハルに挨拶を返す。
トールは周辺の見回り、トーコはそこらへんでお昼寝中らしい。
普通の引っ越しならまだ荷物の整理だとかいろいろとやることがあるのだろうけど、うちの場合はそれの一切を省略できた。こういうときはこの体になったことを感謝しなくもない。
「どうでしたか、街の様子は」
「びっくりするくらいいつも通りだった。あれなら特に何も気にしなくていいかも」
そう言うと、ハルは意外そうに街の方へ視線を向けた。近くなったとはいえ直接は見えない位置だけれど、つい釣られて同じ方向を見てしまう。
二人して数秒木を眺めたあと改めて目が合って、どちらともなく自然と笑みがこぼれた。
「とりあえず、少し休みましょうか。お茶淹れますね」
「ん、ありがとうハル。手伝うよ」
◇
「それじゃトーコ、行ってくる」
「行ってきます、トーコさん。トールさんが戻ったらよろしくお願いします」
日向で寝そべる駄女狐に声をかけると、薄っすらと目を開けてふんと頷いた。一応起きてはいるらしい。
まぁ、なんやかんやでトーコも優秀だから、何かあっても大丈夫だろう。お昼ご飯は適当にやってくれ。
街までは普通の人が歩いて三十分くらいなので、ハルの足に合わせるともう少しかかってしまう。その時間も考慮して出発したから、着いたらまずは食事処を探すことになる。
お店か、屋台か。今まで入ったことがないところで食べたことのない美味しいものを探すのは面白そうだ。そんなことを思いながらふとハルの方を見ると、昨日と同じで真剣な表情で何か考えているようで。
……な、なんというかハルと俺で意気込みが違うような……?
ハルを楽しませてあげられるのだろうか。
俺はちょっと不安になってきた。
不安を振りほどくように歩くこと数十分。街に到着すると、お昼時なだけあってか朝より格段に活気に満ちていた。
門のところで改めて挨拶した衛兵さんも二割増しくらいで元気だったもんで、思わずハルが半歩下がっていたのは面白かった。でもなんでお礼言われたんだろう。
「今日も賑わってますね」
「そうだなー。仕事だけじゃなくてこうして買い物だなんだって人が出歩けるのはほんと良いことだよ」
「それでいて治安も良いんですから、この街は本当にすごいところだと思います」
「……もうちょっと子どもらしいコメントしてもいいんだぞ?」
「あっすみませんつい」
それがついで出るってなんだお前は。
こうして歩いていると沢山の人とすれ違う。その中には当然親子連れもいる。
体格差の都合俺には不可能だけれども、子どもを肩車しているお父さんなんかはすごくお父さんポイントが高い。羨ましい限りだ。
ここで、ぴこんと俺の耳が動いた。
「ハル」
右手を差し出しながら呼びかける。こちらを見たハルはその手に視線を下ろしたあと、俺の目を見てちょっと首を傾げた。
その仕草を可愛いと思いつつも、表情には出さず……逆に威厳を出すように意識してお父さんを演じる。
「万が一はぐれたりしたら困るからな。手を繋いでいこう」
やだ俺すごくお父さんじゃない?
自画自賛しつつハルの左手を待つ……うむ一向に手を取ってくれない。
どうしたのかとハルの顔を見ると、目を見開いて硬直していた。視線は俺の手に固定されているので、嫌というわけではないらしい。
……この状態は端から見るとちょっと恥ずかしいものがあるな。なまじキメ顔しただけあって、近くにいた人なんか微笑ましいものを見たような顔をしている。
待っていてもハルが動かないのでいたたまれなくなった俺は、無理やりハルの手を取ってその場から逃げ出すように歩き出した。
ハルの手はやっぱりひんやりとしていたのだけど、頬が熱を持っているこの状況では昨日よりも気持ちよく感じられた。というかハルの手柔らかいなうん。まさに子どもの手というか、ふにふにしてる。
そんな俺の後ろではハルも顔を真っ赤にしていたのだけど、前を向いていた俺がそれに気づくことはなかった。
衛兵さんA「今日一日ですでにホムラ様に三度ご挨拶された……」
衛兵さんB「いい加減お前そこ変われよォ!!」
衛兵さんA「うるせぇあと二ヶ月はこの配置だろうが門の中戻ってろ!!」




