第一章 09 お父さんポイント
演説の効果によりさぞこの街で俺は暮らしにくくなったことだろう……と思いきや、意外とそうでもないという。
これは後日判明したことなのだけれど、どうやら元々街に住んでいた人たちは俺の性格をしっかり理解していて、あれはあくまでもそういう立場としての演説だと、特別な状況でない限りは今まで通りの方が俺は喜ぶだろうと自然に決まったらしい。
まぁ、そんなことになっているとはつゆ知らず隠れるように山へと戻った俺たち一行である。
感じないはずの頭痛に悩む俺、にこにこと上機嫌なトールとトーコ、そして。
「ところでハルよ。やけに静かだがどうかしたのか?」
ずっと喋っていたトールがふと思い出したように声をかけた。
そういえば、と俺も思う。会話がなかったわけじゃないし、体調が悪いという様子でもなかった。ただ年不相応というか、静かだったように思えるという程度のことだけれど。
「ああ、いえ……なんでもないです」
「そうは見えないから聞いてるんだぞ、ハル」
これはあれか、俺のお父さんポイント――どれくらいお父さんっぽいかを評価するポイントであり俺が気分で勝手に決めてる――が高まるチャンスではないだろうか。
年上としてここはしっかりしたところを見せなくては。
「もし体調が悪いとかだったらすぐに言うんだぞ? ……まさか熱でもあるんじゃないだろうな」
ハルはしっかりした子だから、そういうのは隠そうとするのかもしれない。その可能性に思い至った俺はそっとハルの額に手をやった。
「あっ冷たくて気持ちいい……」
「っ!」
その額は熱がないどころかひんやりとしていた。つい変な声色の感想が漏れてしまったものの、致し方ないものとしてお父さんポイントの減少はなしとする。セーフである。
それはそれとして、俺の手と比べてハルは明らかに体温が低いようだ。熱がなくともこれはどうなんだろう。
首を傾げる俺に、そういえば、と教えてくれたのはトールだった。
「主は火の神に属するわけだから、その体も普通の人と比べて体温が高いのではなかったか?」
「え、あー、そうかそういえば以前言われたわそんなの」
「主様、街の子どもたちよりも手が暖かかった」
「それは遠回しな子ども扱いと受け取るぞトーコ!」
きゃーと逃げるトーコにお仕置きをすべく追いかける。狐の姿で走り回ることに慣れているトーコは捕まえられそうになってもするりと避けてしまうから、なかなか手が届かない。
しまいにはトーコは合間に手拍子を挟むようになっていて、完全に子ども扱いである。残念ながらムキになっていた俺には高度な判断はできず、結果的に手も足も出ないままお遊びは終わりとなってしまった。
なお、この一連の行動は『子ども扱いを否定させて大人であると認めさせる』ためなので、お父さんポイントの減少はなしとする。セーフである。
言うまでもなく、端から見ると従姉妹のお姉さんにからかわれてる妹の図でしかなかった。
◇
「で、ハルはなんでそんな静かなんだ?」
気を取り直して本題に戻す。肝心のハルは呆けたような顔をしていて、言葉がなくとも何を言いたいのかはよーくわかった。
「……別に忘れてたわけじゃないからな?」
じとっとした視線を向けると、やはり図星だったらしくばつが悪そうにはにかんだ。そうして色が変わった自分の髪を一房摘む。
「大したことはないですよ。ただ、あれくらい人が多いところはちょっと苦手で……」
「あ、そういうことか」
「心配はないぞハル。主の魔術は文字通り規格外だからな、見破ることは不可能だ」
なぜお前がドヤ顔しているのかはこの際置いておくとして、実際その点は安心していいだろうと思う。けれども、顔そのものを変えているわけではないのだから気づかれる可能性は十分にある。
今のままではハルが気になってしまうというなら、なにか対策を考えなくてはならない。
「じゃあハル、明日さっそく帽子でも買いに街に行こうか?」
そう言うと、ハルの目の色が一瞬で真剣なものになった。まるで戦争に行く前の兵士のようで……
……え、なにそんな死地に赴くような心情なの?
お父さんとして軽い気持ちで誘っただけにちょっとショックである。もうちょっとこう、子どもらしく喜んでほしいのだけれど。
他の服がないことから俺のセンスを疑っているのかもしれないし、単純に帽子が好きではないのかもしれない。そもそも買い物のためだけに外出するのが嫌なのかもしれない。
お父さんは挫けないのだ。
「ほら、人が集まってるってことは物も集まってるってわけだし、帽子以外に顔を隠せるような何かもあるかもしれないし。それに食べたことない美味しいものだってあるかもしれないだろ? せっかくだし色々探しに行こうよ」
俺の必死の説得が功を奏したのか、ハルは「僕で良ければ、喜んで」と言ってその表情を少し和らげた。
……はて、ハルのためと誘っているわけなのに、僕で良ければとは。
疑問に思うものの、とりあえず無事お父さんの勤めを果たす大きなチャンスがきたことになる。お父さんポイントは大きく増えたと言っても過言ではないだろう。
セーフ? 何を言っているホームランだこれは!
そして明日ゲームセットになるのだ! ふははは!
よし、ふざけたこと考えてないで明日は頑張ろう。
俺は気合を入れ直してぐっと拳を握り込んだ。
◆
「わかっているな、ハル。明日のお前の行動に命運がかかっている」
神社の一室で向かい合って座ると、トールさんは本気の声で僕に釘を差しました。
命運、そんなことは言われなくてもわかっています。これは本当に重要な任務なのです。失敗は許されません。
そういった想いを込めて頷いてみせる僕に、トールさんも無言を返しました。ですが、その表情は期待しているぞと言わんばかりに口角が上がっています。
思わず背筋を伸ばしてしまうほどの圧力を感じました。普段の態度から忘れてしまいがちですが、トールさんの戦闘能力も規格外なのです。まだこの数日を一緒に行動していただけですが、それは歩く姿からもひしひしと感じられるほどです。
今この場にはいませんが、トーコさんも同じなのでしょう。もしお二人が入れ替わって行動し、ここにいるのがトーコさんだったとしても、まったく同じ状況で同じことを思うのでしょう。
トーコさんはホムラさんと一緒にいるはずです。それとなく誘導する、と言っていましたが、たぶん僕の知っている『それとなく』とは違うことになっているのだと思います。
……愛されていますね、ホムラさんは。
つい緩んでしまった頬はすぐにトールさんに見つかってしまいました。
「気が緩んでいるなハル……本当にお前が頼りなんだぞわかっているのか? 主をより女性らしくするための一大イベント……紛うことなきデートなのだ!」
どーん、と。トールさんの気合がそのまま音になったかのようでした。
デート。
その約束が交わされたとき、僕は崩れそうになる表情をこらえるだけで精一杯でした。
どうやらホムラさんは子どもと一緒に必要なものを買いに行く、という程度に考えているようですが、お互いの外見年齢を考慮すると十人いたら九人はデートだと思うことでしょう。
焦るわけにはいきませんが、ホムラさんに少しでも意識してもらえたら。そう思うと……負けられない戦いがそこにはあるのです。
今回はとにかく第一歩ということで、女物の私服をホムラさんにプレゼントすることが目標です。少しずつ、少しずつ。
気合を入れてぐっと拳を握った僕は、ふとホムラさんの手のことを思い出しました。
とても、とても暖かくて。
僕は、違いを改めて実感したのです。




