第一章 07 嘘
神社に戻って一息いれたあと、明日の準備をすることになった。
と言ってもなにか儀式があるとか、用意しなければならないものがあるだとか、そういうことはないわけで。
一応神社の移動は明日の発表のあとでということになっているし、移動そのものもすぐに済む……と言うよりも、イナリが用意した『ホムラが住む処』であるこの神社は俺に付いてくると言ったほうが正しい。俺が住む、と決めた場所に神社はあるのだ。
と、言うことで。今日やることは多くない。
その多くないことの一つで、ちょっとした問題が発生していた。
「いや別にいいだろいつも通りのこの巫女装束で」
「いやいや、間違いなく今回は記念すべき日になるんだ。着飾るべきだろう」
「着飾るったってお前が用意する服めっちゃ女の子女の子したやつじゃねーか!」
どこから持ってきたのか、トールは薄ピンク色が主体のよくわからないドレスを俺に見せつけてくる。
可愛らしくフリルもふんだんに使われているそれは、俺のこの外見を考えるにおそらくまぁ似合うのではないだろうかと思う。ぜひとも見たいものではあるのだけれど、だからといって自分が着たいのかと聞かれたら答えはノーだ。
普段着ているだけあって巫女装束には慣れたものだし、そもそもこれはスカートとは違う。しかし、さすがにどこのお姫さまだと言いたくなるようなふりっふりのドレスは勘弁願いたい。
「そもそも女の子だろう主は」
「外見はな? 中身はハルのお父さんだよ」
「それはそれ、これはこれだ主。あとお父さんだと言うがこの数日を見るに年の近い姉弟にしか見えないぞ主」
「年近いって言ってもハルは七歳らしいし俺の体は十五歳間近だぞおい」
ハルが心底驚いたというような顔でこちらを振り返ったのが見えた。
「残念だがその童顔に加えて身長149センチではお世辞にも成人間近の女性には見えないのだ主よ」
「うるせえよ150センチだって言ってんだろ!?」
「小数点以下の四捨五入で切り上げ、はあるとは言わないと思うが」
ふんふん頷いてるトーコの頭を両手で掴んで固定して、ふとハルの方を見たら瞬間的に顔ごと目を逸らしやがった。
ここには俺の味方はいないらしい。なんということだ。
ちなみにハルは133センチと、地球どころかこの世界の男の子と比べても高身長である。将来有望で羨ましい限りだ。
頭の良さといい、ずいぶんと成長が早いわけではあるものの、成長が止まるのも早いというわけではないだろう。まず間違いなく五年もしないうちに身長で抜かれることになる。
はぁ、とため息がこぼれた。
「話が逸れたわけだけども、そもそも今までこの巫女装束以外で人前に出たことがない俺だぞ? いきなりそんなドレスなんか着たら頭おかしくなったのかと思われるわ」
「だそうだが、ハル。どう思う?」
「ぅえっ!?」
困らせてんじゃねーよ。
「主様、アイドル化計画」
「イナリ様だけでなく主の名も世界に轟くわけだな」
「なぁお前らさっきからどうした?」
駄狐コンビ――たった今確定した――が暴走しっぱなしである。
事務的ではない声色のトーコはともかく、トールがここまでハイテンションなのはこの百五十年でも初めて見る状態だ。主呼びの数が増えていることからもからかいの色が強いとわかっているけれども、お酒を大量に呑んでもこんな風にはならなかったはずだ。そんなに引っ越しが嬉しいのだろうか?
怪訝に思いながらも固定したままだったトーコの頭から手を離し、そのまま頬へと移行する。思った以上にもちもちすべすべしていてなんとも気持ちがいい。
うにょー、と伸ばしてみるとこれもまた思った以上によく伸びた。
「……う」
「こんな状態でも無表情かよトーコ……でもなんかちょっと嬉しそうだなおい」
そう言って呆れが多分に含まれた笑みを浮かべる俺の手に、トーコのそれが重なった。
百五十年の付き合いは伊達ではない。
突っ込みを入れるのにも疲れてきた俺としては、良い癒やしである。
けれども、さっきから視界の端に映っている、こそこそとなにやら密談をしているらしいトールとハルが気になって仕方がない。
ハルの変な叫び声も聞こえるし、何をしているのか問い詰めたいところなのに、動くことができない。
意識を前に戻すと、無表情ながらも嬉しさが漏れ出ているトーコが俺の両手を持って頬をこすり付けている。
170センチを超える高身長の彼女がまるで猫かなにかのように振る舞う姿は、正直に言って破壊力がありすぎた。俺の身長が150センチでトーコとは頭一つ分ほど違うのもあって、こうして甘えられているような状況は経験したことがなかった。
思わず悶そうになるのを必死に堪えていると、ぱしっという軽い音が耳に届いた。
顔をあげるとどうやらトールとハルの密談が終わったようで、意地の悪そうな笑みと恥ずかしそうな笑みにどこか既視感を覚えた。
「うむ、ハルもなかなかいい趣味をしている。これからが楽しみだ」
「いえ、トールさんにはとても敵いませんね……」
あ、これあれだ。
アレな話とかで盛り上がる新入部員と先輩の図だ。
……っていうかハルに何教えたお前!?
直後、愕然とする俺の耳にさらに衝撃的な言葉が聞こえてきた。
「ん、終わった?」
その声は俺の手元から聞こえてきて。
「んぅ、慣れないことをするものじゃない。けど満足」
手を離すとスッと立ち上がって、自らの頬を揉みほぐし始めた。紛れもなく、トーコである。
まさかとは思うのだけれど。
「お前足止め役かよ!?」
「安心して。主様」
さっきのは演技なのかと叫ぶ俺に対して、ちっとも安心できない声色で、いたずらっぽくほんの僅かに口角を上げて。
「半分くらいは、ほんとう」
ああ、やっぱり彼女は――女狐だ。
◆
「あのドレスは冗談半分だとしてもな、ハル。あの主に女の子らしい服を着せたいというのは私もトーコも本音なのだ」
そう小声で話すトールさんの声は、真剣そのものです。でも半分は本気なんですねあのドレス。
「いつも通りの巫女装束と言うだけあって、この百五十年間あれ以外一切身にまとっていない。年頃の娘がそれはどうかというのが我々の意見だ」
年頃の娘、の部分は突っ込みを入れるべきなのか迷いますが、ひとまず流します。
実際にホムラさんは十二歳かそれくらいに見える――十五歳と聞いて嘘だと思ってしまいました――わけですから、着るものが一着だけというのは良いことだとは思えません。
僕としても……いろいろな服を着たホムラさんを見てみたいですし。
それで、とトールさんがさらに顔を寄せてきました。
「ハルは主にどんな服を着せたいのだ?」
「えっいや、あの……僕は……その……」
「その?」
「……メイドさんの格好が見たいです」
真っ先に思い浮かんだのはそれでした。
基本的に周りにいた人がそればかりでしたし、買い物に出ることも少なかった僕が一番強く覚えている服です。
メイド服に身を包み掃除などの仕事をするホムラさんと、その横で重いものを持ってあげたりして手伝う僕。
僕の方が手慣れているようですから、ホムラさんに教えてあげるなんて状況もあるのでしょう。
年の近い人が側にいなかった僕には、それはとても眩しい光景のように思えるのです。
「メイド服とは……つまり僕の言うことが聞けないのか、お仕置きが必要だな……と、そういうことかハル」
……なんでそうなったんですか!?
慌てて否定しましたが、トールさんはわかっていると言わんばかりの顔で頷くだけでした。
その後は、こう……トールさんにいろいろ教えてもらって、僕は自分がまだまだ子どもであると強く実感したのです。
早く大きくなって、ホムラさんの横に立つのに相応しい男になりたいと思います。
ちなみに、トールさんは応援すると言ってくれました。トーコさんも同じ気持ちだそうです。
……これからもよろしくお願いします、トール師匠。




