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晴れときどき雨、狐日和  作者: 藤原夜純
プロローグ
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プロローグ 01 産声

 大陸の中央にはそびえ立つ山がある。


 央の山おうのやまと呼ばれるその山の中腹にて。

 陽の光と雨、天からもたらされる二つの恵みに祝福されながら、此処とは異なる世界において『神』と崇められた狐が産声を上げた。



 ◇



「……ぅ、あ」


 意識が浮上する。

 眠っていたのだろうか、今は何時だろう、何をしていたっけ。うっすらと霞がかった頭で考えるけれど、いまいち要領を得ない。

 外では枝葉が風に揺れているようで、さぁさぁと音を立てている。視界には窓から差し込む陽の光が映っていて、外でお昼寝をしたらたいそう気持ちが良いんだろうな、なんて。


 ……ああ、さっきからずっと頭の中がぐるぐるとしていてどこか気持ちが悪い。思考が定まらないというか、何か変だ。

 そもそもここは自分の部屋ではない。見慣れた場所ではあるけれど、ここは自分の家の、神社の客間の一つだろうか。そこの角で膝を抱きかかえるようにして柱に寄りかかっていたようだ。


 ……なんでこんな変なところで寝ていたのだろう。


 眠りにつく前のことを思い出そうとして、何気なく頭の上に手をやって。

 ふに、と。柔らかい何か・・に手が当たって。


「ぁ、ああ……!」


 その瞬間、すべてを思い出した。



 ◇



「う、ぁ……げほっ……」


 胃の中を、体の奥底に渦巻くこれをすべて吐き出してしまえと、そう願って流し台にしがみつく。

 けれどもそんな思いとは裏腹に、口から出るのは唾液と吐息だけで、そういったものは何一つ吐き出すことはなかった。まぁ、それも当然のことと言える。


 なにせ、この五日間ほど食べ物はおろか水すら口にしていない。


 普通の人間なら五日間も水を飲まなければほぼ死んでしまう。運良く生きながらえたとしても、まともに行動はできないだろう。

 だと言うのに、この体は一切の不調を訴えない。それがよりいっそう自分の現状を物語っていて、さらに強い吐き気を引き寄せる。


 ……どうして、こんなことに。


 ぐるぐるし続ける頭で思う。この頭は、こんな状況であっても冷静に思考ができるらしい。まるで他人事であるかのように。

 実際他人事と言えなくもないあたりが悲しくて泣きそうになる。そんな思いをあざ笑うかのように、この体は一滴も涙をこぼさなかった。



 落ち着いたところで気分を入れ替えようと、縁側に座って空を眺めることにした。

 青い空に、真っ白な雲。見事なまでの快晴である。晴れやかな空に思いを馳せると、過ごしやすく暖かい風が頬を撫でた。

 まだ頭の中は少しぐるぐるとしているけれど、こうして落ち着いた時間を過ごせるくらいには回復したらしい。早いうちに、自分の意識で現状と今後のことを考えなくてはいけない。

 立てた膝に頬を載せてため息をつく。見る人がいれば女の子なんだから、はしたないから止めなさい、と言われるのだろうが、幸か不幸かここにいるのは自分だけだ。


 素肌が見えようとも、頭の上に狐の耳が生えていようとも、その意識が男のものであろうとも。何かを言ってくれる人は、家族は、誰もいない。



 ◇



 俺――穂村彰常ほむらあきつねは日本のとある神社の跡取り息子だった。そう、息子である。

 珍しいと言えば珍しいその生まれ以外、何も変わらない普通の男の子……だと思っていた。少なくとも、ガキのころは。


 俺には、昔から見えてはいけないものが見えていた。幽霊、妖怪、怪奇現象……なんと呼ぶべきかはよくわからないけれど、いわゆるこの世ならざるもの・・・・・・・・・という意味では大して変わりはないものだったのだろう。友達にも、家族にもそれは見えないものだったのだから。

 本能的になのか、近寄ってはいけないものだと理解していたのが幸いして、この特異性が誰かに知られることはなかった。このまま関わることもなく、何事もなく過ごせたら、そう思っていた。


「……そなた、やはり私が見えているのだな」


 夜中に突如として話しかけてきたのは、神社でたまに見かける狐だった。見た目は普通の狐なのだけれど、家族も参拝客も誰も反応していなかったので、これも同じものなのだろうと思って近寄ろうとはしていなかった。

 その狐は自らをイナリと名乗った。それだけでなくなにやら難しい話をしていたはずなのだけれど、小学生の頃の話だ。憶えてもいないし、理解もできなかった。

 焦れたのか、イナリは俺の胸のあたりで匂いを嗅ぎ始めた。かと思えば「……ふむ、やはりそうなのだな」とか言い始めて、ごめんなさい説明をしてくれませんか。理解できるかはともかく。

 結局その日はそれでイナリが姿を消してしまって、終始置いてけぼりだった俺は、半分くらい変な夢を見たと、そう思うことにした。


 そうして月日は流れ、高校生になった俺は相変わらず変なものには近寄らず関わらずを心がけていたのだけれど。


「そなた、私のことを覚えているか?」


 寝ようとして部屋の電気を消したときだった。正直言って、かなりビビった。叫ばなかっただけ良しと思うことにする。

 肝心のイナリの質問については、ぎりぎりで覚えていたと言える。あの日に話しかけられてからというもの、イナリはまったくその姿を見せることがなかったからだ。


「いろいろ聞いてみたいことはあるんですけど、とりあえずお久しぶりです」

「うむ、やっと戻ってこれたのだ」


 なんでもここ数年は神様の方でいろいろと動いていたらしい。やはりそういうのがあるのかと興味を惹かれた。


「っていうかイナリ様、神様だったんですね」

「そなた……ああ、いや、当時はまだ幼子であったな……」


 どうやら二度目の説明らしい。申し訳ないと思うが、文句は当時の俺に言ってほしい。

 改めて話を聞いてみると、イナリは遠い昔にこの近辺に住んでいた狐で、参拝客から神社に祀られている稲荷神の使徒として大切にされていたのだという。その狐が死後に神格を得たのが今のイナリであり、いつの間にかその稲荷神と同一視されていたのだと。


 ……ただの狐の妖怪じゃなかったのか。


「それで、だ。今日はそなたに大事な話がある」

「なんでしょう」


 嫌な予感がした。聞きたくない。でも怒らせたらヤバイ。どうしよう。っていうかイナリ様柔らかそう。もふもふさせてくれないかな。


「突然だが、そなたには私とともにとある世界に行ってもらう」


 ……んん?


「すみません、もう一度お願いします」

「突然だが、そなたには私とともにとある世界に行ってもらう」


 一言一句違わぬ説明ありがとうございます。聞き間違いだと思いたかったのだけれど、間違っていなかったようだ。


「ダメ元でお聞きしますが、拒否権はありますか?」

「よくわかっているようではないか」


 ですよね、とため息をつく。行ってくれないか、じゃないことから察しはしていた。

 とは言え、黙ってはいそうですかというわけにもいかない。事情を知らないことにはなんとも言えない。


「簡単に説明しよう。そなたの魂には古き巫女の魂が混ざっている。それが見えないものが見える原因だ。今はまだ問題ないが、いつかその魂は良くないものを引き寄せる。そうなる前にそなたの体から引き離す。ここまではよいな?」

「はい」

「うむ。では引き離した巫女の魂をどうするか、ということだが、なかなかに強い力を持っていた巫女の魂だ。せっかくだから本来の通り、このイナリの巫女として機能してもらったほうが無駄がない。しかしこの世界はすでに科学の、人間の領分であり、巫女の魂などもはや特異なものだ。ゆえに、それが特異とならない世界に送り込む。理解したか?」


 なるほど、と思う。無駄がないのあたりで日本人特有の考え方だなと思わず感心してしまった。

 とりあえずわかったことが一つある。


「それ、俺が行くって言い方します?」

「さてなんのことかな」


 どうやらこの狐は根に持つタイプらしい。

プロローグはシリアスめにお送りします。

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