第21話 遊戯に興じる鳥の歌
その日は、王国の歴史でも特に暑かった日と言われている。
キッカたちが持ち帰った情報通りに魔物たちはこの日に国境に到達する。しかし予め情報を得ていた騎士団が万全の体勢をもって待ち構えており、昼過ぎには彼らと激しい戦いが始まっている。
「そろそろ時間だね、アコ」
「そろそろ時間ね、ナイト」
そして太陽が最も高く昇った頃、アルテミシア王国の王都を望む丘の上で双子の魔族が魔物の大群を背にほくそ笑んだ。一団の後ろからは次々と新たな魔物が出現している。未だ人間には運用できない技術、転移魔法陣だ。
「さあゲームの始まりだ、アコ」
「さあゲームの始まりね、ナイト」
王都は地方で戦が繰り広げられていることなど誰も知らないかのように静けさに包まれている。ましてや付近に魔物が迫っていることなど誰も想像してすらいない。
「さあお前たち、人間狩りの始まりだ!」
「さあお前たち、人間狩りの始まりよ!」
ナイトとアコが号令を発した。集いし魔物たちは咆哮をあげ、一丸となって丘を駆け下り始める。
「あはははは! 一匹たりとも逃しちゃだめよ!」
「守りは手薄だ。奴らが帰って来たらどんな顔をするか――」
だが喜悦に染まりかけた二人の顔は次の瞬間、信じられない物を目撃して唖然としたものへと変わる。
「術式展開――――『圧縮』」
押し寄せる魔物の大群の前に一人の金髪の青年が立ちはだかる。その左手に持った松明から炎を吸い上げ、右手で抜いた剣の先に凝縮していく。
「あれは何かしら、ナイト?」
「何だろうね、アコ?」
そして青年は迫り来る魔物に恐怖する素振りも見せず、高々と振り上げた剣を眼前に向かって振り下ろす。剣の先から放たれた火球は術者の制御を離れ、その凝縮された力が一気に開放される。
「まずい。お前たち、離れろ!」
「――天昂烈火」
だがナイトの叫び声は進軍の音にかき消される。そして先頭の魔物の前で火球が炸裂した。爆風と巻き上がる土煙に魔物たちは歩みを止める。
「王国騎士団! 総員戦闘態勢をとれ!」
「おおおーっ!!」
シオンの号令に呼応し、地形の起伏に潜んでいた騎士たちが次々と立ち上がる。王国軍の印、緑の星の紋章が刻まれた旗が翻り魔物たちの前に騎士たちが立ち並ぶ。
「第一、第二部隊突入! 一歩たりとも魔物を王都に入れるな!」
「待ち伏せ……あはは、そう来なくちゃ!」
「そうねナイト。ちょっとは面白くなって来たじゃない!」
銀髪紅眼の双子が無邪気に笑う。一方的な制圧も好みだが、歯ごたえのある戦いもまた、二人にとっては至上の楽しみなのだ。
丘から平原にかけて人と魔物と魔族が入り乱れる戦いが始まる。数に勝る王国軍は魔物各個の強さに合わせて複数の騎士での対処を始める。
「ふうん……人間たちも工夫するね。アコ」
「そうね、ナイト。でも魔物はこれで全部じゃないって教えてあげましょう」
二人が後ろにある転移魔法陣に手を添える。そして二人で歌うようにして魔力を励起させ始めた。
「開け開けよ地の扉」
「離れた場所からいらっしゃい」
アコとナイトが魔力を注ぎ込み、魔法陣が起動する。その魔法の対象は遠く離れた所に控えさせている魔物たち。王国騎士団が分散しているところに魔物の集団が一所に集まれば数的にも有利に立てるはず――。
「やらせるか!」
だが、それを既に察知していた者が乱戦から飛び出した。オウカだ。襲い掛かる魔物を剣の一振りで蹴散らし、魔法陣に手を置く双子目掛けて一直線に向かってゆく。
「魔力よ、鋭き爪と成れ!」
ナイトが陣から手を離し、魔力を込めた腕を振り上げる。放たれた力が具現化し、三日月のような形のままオウカ目掛けて飛んでいく。
「術式展開――――『投影』『置換』」
オウカは迷わずに魔術を発動する。四人の分身を生み出し、気配をその中に溶け込ませる。
「桜華絢爛!」
「幻影か!」
ナイトの放った魔法は分身を吹き飛ばしただけ。残る三人の分身と共にオウカは二人目掛けて迫る。
「何だこいつ!」
「空へ飛ぶわよ、ナイト!」
オウカの本体と分身による攻撃が届くあと一歩のところで二人は空へと退避する。
「残念でした!」
「はっずれー!」
「いや、狙い通りだ」
不敵な笑みを浮かべ、オウカは術式を解除する。分身が消えて再び一人となったオウカは続けざまに術式を発動する。
「術式展開――――『付与』」
魔力を剣に込める。魔法に対する抗力を得た剣をオウカは地に突き立てた。
「はああああっ!」
転移魔法陣を構成する光の線がその一撃で両断される。術式を破壊された魔法陣は光を失い、大地からその姿を消した。
「あー、そっちが狙いだったのか!」
「転移魔法陣のこと、知ってたのね!」
転移魔法陣はかつて魔王討伐戦の際、トウカが地下神殿から脱出するのに用いたものだ。当然その知識は彼女とマリーを通じてオウカにも伝えられている。
「覚悟しろ魔族。この国を脅かすのであれば、お前たちが例えマリーの実の兄や姉であっても容赦する気はない!」
「ふーん……あれが例の?」
「そうみたいね、ナイト」
双子がオウカに興味の視線を向ける。自分たちの父親――魔王を倒したとされる彼女を倒すことは魔王の遺児の四人にとっても優先すべきことだ。
「魔王を倒したその実力」
「見せてもらうわよ」
二人が魔力を手に集める。そしてそれは二人の力によって特定の方向性を付与されていく。二人の、そしてマリーの姉のカレンは言った。高位の魔族になると魔法の使い方に特定の“型”を生み出すものだと。
「人間相手に全力を出せるなんて面白いね、アコ」
一人はその手の光が鳥のように。
「人間相手に全力を出せるなんて面白いわ、ナイト」
そして一人はその手の光が糸となって五線譜のように。
「見つけた強者、いつまで持つか」
「やがては轟く断末魔」
そしてアコが歌い始める。その詠唱の後に続いて歌い始めたナイトの力が増大していく。
「いかん。シオン、全員をこの場から離れさせろ!」
「全員退け! 可能な限り距離を取るんだ!」
その異様な力の高まりを前に、本能的に危機を察知したオウカとシオンはすぐさま退避命令を出す。しかしもう遅いとばかりに双子は口元を緩ませながら徐々に歌声を重ねていく。
「降るよ降らすよ――」
「天より襲え――」
双子の姿が光に包まれ、数多の黄金の鳥に変わる。天上から見下ろす戦場へ向けて、二人の声が舞い降りる。
「飢えた魔鳥よ食い尽くせ」
その嘴が一斉に下を向く。アコとナイトの居た地点から黄金の鳥たちが放射状に爆撃を開始する。
「うわあっ!」
「ぎゃあっ!」
その破壊力は騎士団がこれまでに戦った魔族のものとは段違いのものだった。カレン同様にその一つ一つに桁外れの魔力と術式が込められ、一つ一つをコントロールして炸裂させる人間にはできない芸当。
「くっ……!」
空を舞う術を持たない人間は完全に無防備な頭上からの攻撃に身を守ることしかできない。数瞬が長時間に感じられるほどの激しい爆撃がようやく終わり、再び双子は空に姿を現した。
「あれ? 魔物たちも巻き込んじゃったね。アコ」
「あれ? 魔物たちも巻き込んじゃったね。ナイト」
自分たちが作り上げた惨状を見下ろして悪びれる様子もない。それどころか爆撃の激しさのために土煙がもうもうと巻き上げられ、それで地上の様子が見えなくなっていることに不満を抱くほどだった。
「ああもう、全然見えない。やりすぎよナイトの『鳥』は」
「ええー、アコが『歌』で増幅しすぎたんだよ。僕は悪くないよ」
「――なるほど。片方は『鳥』で、もう片方は『歌』というわけか」
その声は、二人にとってありえない方向からだった。
「頭上!?」
「人間が空を!?」
オウカの『投影』はあくまで映像を映し出すだけのもの。その場所は地上に留まらない。ならば、桜華絢爛による分身との位置の置き換えは空中に分身を投影すれば可能だ。
「人間を甘く見るな!」
「しまった――!?」
「アコ!」
完全に予想外の位置からの攻撃に回避する間もなく、オウカの剣がアコ目掛けて振り下ろされる。
「獲った――なっ!?」
しかし、そのあと少しは許されない。オウカ目掛けて光の棘が飛来する。とっさに剣で受け止めるが次の瞬間にそれが一斉に爆発を起こす。
「ぐっ……この魔法は!」
空中で体勢を崩したオウカはすぐに魔術を発動する。地上に分身を投影し、即座に『置換』によって入れ替わることで墜落を回避する。攻撃が来た方向を見上げると、そこには因縁の顔があった。
「危ない所だったわね、アコ」
「カレン姉様!」
「遊びに熱中しすぎよ。ナイトも」
「ごめんなさーい」
「気をつけまーす」
「さ、アザミ兄様はもう始めているわ。私たちも行きましょう」
「うん、行こうか。アコ」
「ええ、行きましょう。ナイト」
双子が手を取り合い、王都の方に視線を向ける。興味を失ったのか、あるいは別の目的が二人にとって魅力的なのか、オウカには最早目もくれない。
「待て!」
「死にたければ追ってくるのね。でも、命が惜しければそのまま逃げればいいわ」
「行こう王都へ、いざ城へ」
「アザミ兄様待ってるよ」
双子とカレンはそのまま飛び去っていく。嵐が過ぎ去った戦場は、再び静けさを取り戻していた。
「城へだと……?」
「オウカ!」
魔法攻撃を耐え抜いたシオンや騎士たちがオウカの元へと集う。その数は決して多くはないがあの魔力の嵐の中を五体満足で切り抜けた者たち。いずれも精鋭ぞろいだ。
「奴らは城へ向かうと言っていた。恐らく狙いはそこにあるはずだ」
「トウカの予想が当たったね。万が一を想定して手を打っておいてよかった」
「ああ……だが」
「何か気になっていることがあるのかい?」
カレンの言動がオウカには引っかかっていた。部下を巻き添えにすることに何のためらいもなかったナイトとアコ。その姿はある意味自分本位の魔族らしい姿と言える。
だが、カレンは窮地のアコを守った。そしてオウカらに命が惜しければ逃げろとも言った。魔族が他者を案じるような言動をする。それはノアのように「誰か」を守る意思の表れだ。
「……いや、何でもない。私たちも城へ急ごう」
その意味するところはまだわからない。だが今は王国を守るため、オウカたちは王都へと走り出すことしかできなかった。




