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第17話 託した希望

 炎弾が降り注ぐ。着弾して地面を抉り、飛び散る礫が頬を打つが彼女らはその痛みに足を止めることなく走り続ける。


「ヒャハハハ! 見つけた見つけた!」

「どけ、仕留めるのは俺だ!」


 魔族の男が掌を地につけ、大地に魔力を注ぎ込む。その足元から地面が破裂するようにめくれ上がる。


「魔力よ、大地を津波と変えよ!」


 四人を飲み込もうと土砂の津波が襲い掛かる。それを見たドラセナが矢をつがえ、その矢に魔力を集結させる。


「術式展開――――『穿孔』」


 体を反転させ弦を引き絞り、迫りくる土壁めがけて渾身の一撃を放つ。


「なんだと!?」


 突き刺さった矢から衝撃が広がり、放射状に土壁を抉る。魔力によって形作られていたその構造基盤をズタズタに破壊し、土壁を粉砕する。


「おのれ、劣等な人間の分際で!」

「人間舐めんじゃないわよ!」


 ドラセナが二の矢を構える。弦を引きながら矢羽からやじりへと魔力を注ぎ込んでいく。


「そんな矢など!」


 魔族も再び魔力を地面に注ぎ込み、土壁を生成する。


「術式展開――――『貫穿かんせん』」


 魔力をまとった矢が放たれる。一直線に土壁に突き刺さり、その魔術が炸裂する。


「何っ!?」


 付与させたのは障害を貫き、目標へと到達するための力。

 魔力が矢の貫通力を強化し、分厚い土壁を貫きながらもその勢いは衰えない。


「ぎゃあっ!?」


 そして土壁の向こうから悲鳴が上がる。魔力の注入が停止したため、魔族と共に土壁も崩れ落ちる。


「一人目!」

「おのれ、女!」


 仲間が討ち取られる様を見た隣の魔族が右手に魔力を集める。


「魔力よ、炎と――」

「遅いぜ!」


 ドラセナに注意が向いていた隙を突き、アキレアが一気に距離を詰めていた。

 魔法が形となる前にその首を鷲掴み、突進の勢いのまま木に叩きつける。


「がっ!?」

ノア(あいつ)の詠唱と比べたらあくびが出るぜ」

「き、貴様。たかが魔物の分際で我々に逆ら……ぐぇっ!」


 躊躇なく心臓に爪を突き立て、さらに喉元を握りつぶす。

 回復魔法を使える魔族が相手だ、蘇生の可能性など微塵も残したりはしない。


「俺の主君はてめえらじゃねえ」


 手についた血糊を振り払いながらアキレアが吐き捨てる。

 鼻をひくつかせ、風の匂いから周囲にいる魔族を探る。


「……今の二人だけのようだな」


 だが、戦闘の音が風に乗って届いた可能性はある。すぐにでもこの場を離れなければならなかった。


「……ちっ、厄介だな」


 視線の先に荒い息で胸を押さえるレンカがいた。キッカに支えられなければ立っていられない状態だった。


「おいこら、小娘。遅れてんじゃねえぞ!」

「はあ……はあ……も、申し訳ありません」


 元々体が丈夫でなかったことから、他の面々と比べれば彼女の身体能力は劣り気味だ。それに加えて魔力の枯渇によって今の彼女は万全な状態ではない。


「何よ、レンカはあたしらを守るためにこんな状態になったのよ。ちょっとは労わりなさいよ」

「知るか、今は今だ。戦場に立つ以上、男も女も人間も魔族もねえ。死ぬのは勝手だが、他を巻き添えにするくらいならここで置いてくぞ」


 もはや生き残っているのはこの四人だけ。誰か一人でも情報を王都へ持ち帰らなければ魔物の大軍勢に奇襲を仕掛けられてしまう。王国の存亡にもかかわる局面だからこそ、非情な決断もしなくてはならないこともある。

 アキレアの言葉にも筋が通っているからこそ、ドラセナもその言葉にレンカを弁護できないでいた。


「行くぞ。山を下りてこの森を抜けるまではかなりあるんだ。こんなところでぐずぐずしている暇はねえ」

「……大丈夫です。私だって見習いとはいえ王国騎士。この程度で音を上げていられません」


 歯を食いしばってレンカが体を起こす。だが、今にも倒れてしまいそうな様子にキッカは表情を歪めた。


「行きましょう、キッカ」


 そんなキッカに笑いかけるレンカ――だが、その笑顔がすぐさま凍り付いた。


「キッカ、後ろ!」

「え?」


 キッカが振り向く。木の枝から今まさに、黒い鳥が羽ばたこうとしていた。

 だがその眼は赤く輝き、漆黒の翼を広げながら耳障りな声を上げる。


「キキキキキ、ミツケタミツケタ!」

「ちっ、使い魔か!」

「くっ!」


 ドラセナが射ようとするが、その前に鳥が舞い上がる。反応が遅れたキッカが抜いたダガーももう届かない。頭上で繁茂する木々の葉が邪魔で狙いが定まらない。葉の繁る中を突き抜け、空で発した甲高い声が辺り一帯に轟く。


「しまった……見つかった」


 先ほどの魔族二人との遭遇は偶発的なものだった。それに人数が少なかったために対処できた。そして仲間を呼ばれる前に仕留められた。

 だが、今回は一所に魔族が集まる。ドラセナがいかに腕の立つ騎士と言えど対処できる数には限度がある。


「ご、ごめんなさい……私」


 キッカの唇が震えていた。あまりにも痛い失敗。一番近くにいた自分が気付かなければならなかったのに。


「謝っている場合じゃないわ。すぐに魔族が集まってくる。ここを離れないと」

「無駄だ。あいつらは飛べるんだぞ、この場所を離れてもすぐに追いつかれる」

「じゃあどうしろって言うのよ!」


 思わずドラセナが声を荒げる。鋭い目つきのまま、アキレアは告げる。


「……誰かが時間を稼ぐしかねえな」

「この場で魔族を迎え撃つって言うの?」

「奴らにとっちゃこれはゲームだ。目の前の獲物を殺すことに躍起になる。派手に暴れて少しでも奴らの眼を引き付けられれば多少の可能性ぐらいは出てくるだろうさ」


 ドラセナは大きく息をつく。心情としては決して受け入れたくない。だが、指揮官として、王国騎士として判断を下さねばならない。それは感情よりも使命が優先される。


「……悔しいけど、それが最善ね」

「それなら、私が残ります」

「何言ってるのレンカ!?」

「どの道この体では足手まといになるだけですから」

「違う、残るなら見つかった原因の私でしょ!」

「二人ともダメよ」


 ドラセナが二人を諫める。そして笑顔で覚悟を告げた。


「残るのは私だから」

「どうして!? 隊長かこの魔物が一番生存の可能性があるじゃないですか!」

「未熟なあなたたちと私じゃどっちが時間を稼げるかなんてわかり切ってるじゃない」

「それは、そうですけど……」

「私ができる限りの時間を稼ぐわ。その間に少しでも遠くへ逃げて、これは隊長命令よ」


 そう言ってキッカの反論を封じる。それがあまりに無茶な行動であると分かっていながら、それでもドラセナは自らその場に留まることを選んだ。


「……確かに、一番戦える奴が残るってのは理にかなってるな」


 無遠慮なアキレアの言葉にキッカが睨みつける。だが、続いて出た彼の言葉に彼女は言葉を失った。


「なら、俺も残るとしますかね」

「な……何で、あんたまで?」

「ああ? そんなのこの女が言ったとおりだろ。強い奴が時間を稼ぐのが一番合理的だ。二人もいりゃそれだけ時間を稼げる」


 そして、アキレアはレンカを一瞥し、鼻を鳴らす。


「それに、そのレンカって嬢ちゃんにさっきの借りを返すいい機会だからな」

「……申し訳ありません」

「フン。謝るなら生きて帰ってからにしろ」


 そしてドラセナとアキレアは二人に背を向ける。魔族の気配はすぐそこまで来ていた。


「……絶対に、死なないでください」

「当り前じゃない」

「てめえらも、下手こくんじゃねえぞ」


 レンカの手を引き、後ろ髪を引かれる思いでキッカは駆け出す。二人の気配が遠くなる中、ドラセナは少し、口元を緩める。


「いいところあるじゃない、あなた」

「フン。人間に借りを作ったままでいるのが気持ち悪いだけだ」

「ああ、なるほど。村人を助けてくれたのも自分を手当てしてくれた借りを返すためだったのね」


 アキレアの義理堅さに、ドラセナは思わず笑ってしまう。これから死地へ赴くというのに、少し気分が軽くなった気がした。


「うるせえ! それより奴らが来るぞ」

「上等よ。どうせ大暴れするなら全滅させてあげましょう」

「ハッ、言うじゃねえか! せいぜい足を引っ張るんじゃねえぞ!」


 魔族の姿を認め、飛び出すアキレアに続いてドラセナも走り出す。直後、派手な音とともに煙が上がる。後方から戦いの激しさを示す音が轟く中、キッカとレンカは走る。


「はあっ……はあっ……」

「レンカ、しっかりして!」


 だが、レンカの体が言うことを聞かない。胸を押さえてうずくまる彼女を引き上げ、キッカは肩を貸して再び歩き出す。


「キッカ、私に構わないでください……あなた一人でも」

「そんなことできるわけないでしょ!」


 強引にレンカを引きずるように歩を進める。その横顔に込められた悲壮な決意を知っているからこそ、レンカは余計に心が痛む。


「何よ……あたしにもう一度、妹を置いて行けって言うの?」

「……キッカ」


 それは五年前の冬の日。魔族の子だからという理由で泣きすがるマリーを森の中に置いて行った幼い記憶。その行為が、結果的に彼女の暴走を引き起こし、多くの人を傷つけたことは今でもキッカには心の傷として残っていた。


「絶対に見捨てない……絶対に一緒に森を抜けるんだから!」


 少し開けた場所に出る。この場所には見覚えがあった。


「来る時に使った道よ。ここを下っていけば――」

「ダメだよ」


 突如聞こえた声に、キッカとレンカは心臓が飛び出しそうになるほどの衝撃を受けた。


「……その声」


 どこかにいるはずだと思っていた。だがそれは、どこかに幽閉され、自分たちが助けに来るのを心待ちにしているはずだと。


「……どうしてここに」


 銀色の長い髪、ルビーのように赤い瞳。木陰から姿を現し、道の真ん中にたたずんだその姿を二人が見間違えるはずもない。


「ここから先へは行かせないから」

「マリー!?」


 最愛の妹は、魔族の装束をまとって二人の前に立ちはだかっていた。

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