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No.5 整理

 記憶を失った青年はドクター・アレックスの反応を待っていた。ドクターは彼の話を聞いてからしばらく黙っている。何か考えることが、結論が出ないのだろうか。何でもいいから言って欲しい。彼は今苛ついて、不安だった。青年がいい加減にしびれを切らしかけたとき、ドクターの口が開いた。


 「これは重大じゃな。大変大きな出来事じゃ」


 「……そうだな。でも俺の話を聞いてそれを言うのに三十分も掛かるか? そこらの小学生だって二秒で言えるぜ」


 「なにを苛ついておる。それにショウガクセイ?なんのことじゃ?学生のことか?」


 「いやなんでもない、変なことを言った。でも苛ついてるのは事実だぜ、なんせさっきまで殺し屋に襲われてそいつを殺して焼いて埋めたって話をしたんだからな!」


 「……そうだな、お主は人を殺した。間接的になるがの」


 「ああ」


 「だが今回は防ぎようのないことじゃった。それにもとを辿ればその男が悪いじゃろう。相手が襲ってきて返り討ちにあい、相手が勝手に死んだのじゃからな」


 「いや俺が殺したんだ! それにもとを辿れば俺が原因かも知れないだろう! 俺には記憶がないんだ! だいたい気にするなとか大丈夫かとか言ってもらいたくてこんなことを話たんじゃない!」


 「落ち着け」


 「落ち着けるか! リランの前で冷静でいたのが精一杯だ。あんたが考えこんでいたこの三十分間もな!!」


 「……悪かった。もう少し早く話出すべきじゃったな」


 医者の台詞にしかし感情的なものは込められていなかった。全くの平淡な声で青年に謝る、機械のように。青年はその音色にはっとした。あんなによくしてくれた医者がいきなり自分に興味を失ったかのように見えた。


 「…………いや、悪いのは俺のほうだ。悪かった。いまはどうしようもなく叫びたい気分なんだ。じゃないと不安や罪悪感に押し潰されそうで……」


 「これを飲め。ワシ特性の気付け薬じゃ」


 そう言って医者は酒とグラスを棚から出した。同情的な声で、落ち着けるように。先ほどの機械的なものは消えてる。


 「あ、あぁ、ありがとう」


 青年はグラス一杯に注ぐと、一口で飲み干した。


 「とにかく俺一人じゃ上手く考えれそうにない。考えをまとめてくれないか」


 「わかった。ワシが整理をしていこう」


 医者は青年の目を見た。その瞳の奥は冷たい闇が垣間見える。


 「まずわかったことはお主の名前と殺し屋と関係があること、そして殺し屋を倒す能力がお主にあるということじゃ」


 青年は更に酒を注いだ


 「で、その暗殺者はお主に何か見られたと?」


 「ああ、そうだ。そしてそもそもターゲットだとも言っていた」


 「なにを見たか覚えておるか」

 

 「いや」


 「ターゲットということに心当たりは」


 「ない」


 「ふむ……。他の奴らはと問うたらお主には教えないと」


 「そうだ」


 「ではお主には仲間がおるようだな」


 「仲間とは限らないと思うが」


 「確かにそうじゃが、この時点でよくわからんことは考えなくてよかろう。だいたいでよい。物事は単純に、じゃ」


 青年はグラスを傾けた。

 

 「男はお主に勝てないと知っていたと言った」


 「あぁ」


 「唯一無二と証明したいとも」


 「言った」


 「ふむふむ。ではこうかもしれんな。男は殺し屋で名を上げたかった。唯一無二の強者じゃと証明したかった。となるとターゲットは凄腕のお主ら。しかし自分はそのターゲットたちと同じチーム、もしくはギルドじゃった。そこで密かにたてていた暗殺計画をお主に見られた」


 青年は三杯目をグラスに注ぐと言った。


 「……違うと思う。当たっている部分はあるかもしれなが、恐らく違う」


 「というと?」


 「まずあの男と俺が――もしくは俺たち――が同じ組織に所属しているという点、これは可能性はある。俺の名を呼んだし、性格や実力も知っている。むしろ仲間や知り合いじゃなきゃ何なんだって話だ。それにあの口振り……。少なくともあの殺し屋と何らかの友好関係があったんだと思う。……つまり俺は……」


 彼はグラスを傾けた。


 「だが唯一無二の強者と証明したかったという点、これは違う。そんなことじゃない。そんな目立ちたがりの安っぽい理由で行動したんじゃない。……なんというか、そんな感じがするような叫びだった。悲痛な、心から願うような、魂の叫びだった。第一ふつう名を上げたい奴は仲間殺しより仲間と共に別の強者を狩りにいくだろう」


 「そうじゃな」

 

 「それに殺し屋で名を上げたいなんて馬鹿はいない。それは名誉ではなく汚名だがらだ。名誉が欲しければ賞金稼ぎや傭兵になる。名を上げて国や雇い主に高く自分を売り付けようったって、同じ組織の人間や仲間を殺しちゃ信用できない。まずこれはない」


 「ふむ」


 「で、奴が俺に見られたというなにか。それは恐らく行動だと思う。物的なものではない。人を殺すのを見られたとか組織内での裏切り行為とか、そういうもの。今回の場合は計画の一部を見られたとかそういうのだと思う」


 彼はグラスに四杯目の酒を注ぐが、医者は止めない。ただ彼を見つめているだけだ。


 「ターゲットというのは奴が何か目的のために邪魔な、もしくはそれ事態が目的という人物。つまり俺や俺のいう〝他の奴らだ〟」


 「なるほどのう。いや酒を飲んでだいぶ落ち着いたみたいじゃな。ワシではなく自分で話を整理しておるぞ」


 「そうか。でもいいこばかりじゃないな。だって俺は……俺は……」


 彼の頭にあの不気味で赤い仮面が浮かぶ。――俺はそれを知っている。見たことがある。

 彼は四杯目を飲んだ。


 「俺は奴と同じ殺し屋の可能性が――いや、同じ殺し屋だ!!」


 青年の叫びは心から喉を通って出て、部屋に木霊し、すぐに消えた。


 

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