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No.4 困惑

 

 青年は事切れた男の体から装備を全て外した。不気味な仮面、青白い剣、剣の鞘、着込んでいた軽装の鎧、膝宛。それから男の体を調べ、内ポケットにあったリングや服装を靴も含めて全て剥ぎ取った。男は全裸で横たわっている。

 調べている内に何かが気になった。体自体は肉付きがよく無駄な筋肉はない、彫刻の様だ。しかしどこかおかしい。完璧すぎる。不自然な程に綺麗で美しく無駄がない。仮面を外した男の顔立ちを見ると耳が長くて鼻が高く、鼻先は少し丸い。目は彫り深いし、瞳の色は赤だ。頬骨は出っ張っていて顎は逞しい。髪の色は白。これらは医者から聞いたことがあるこの大陸の北に位置する、サルバディア王国の典型的な顔立ちだ。典型的過ぎると言っていいぐらい全てが当てはまる。青年はこれらを脳に焼き付けて、バッグから短めの毛布を取りだし、男の体を包んだ。それから魔法で墓を堀り、焼いて埋めてやった。


 青年は自分の行動に吐き気がした。人を殺して身ぐるみを剥がし、死体を焼いて埋めたのだ。正確には男が自殺したのだが、彼は自分が殺したと思っている。事実、相手を追い詰め、間接的に男を殺したのだ。


 青年は当たり前のように男の装備品を鑑定し始めた。

 長く艶やかな剣。これは恐らく海人族の達人級の鍛冶屋に作って貰ったものだ。剣の刃に海人文字が刻まれている。

    〝海は母 海は生命 海は故郷〟

 素材は海の秘宝メミックの真珠を使っている。鞘も丈夫で、これは万年亀の甲羅を使っているな。


 ――なぜ俺はこんなことがわかるんだ?


 着込んでいた鎧は純ミスリル性だ。そこそこの硬度があり、異常に軽い。膝宛も同じだ。男の着ていた黒装束。そして不気味な仮面。これらは特別な造りをしていない。ということは単に素性を知られない為か、何らかの制服か。つまりどこか組織内の決められた服なのか。そして靴には消音魔法が施されている。


 高級な長剣。隠密性に優れた鎧、膝宛、靴。素性を隠せる黒装束と仮面。この手の物を好む奴らといたら殺し屋。――暗殺者だ。


 青年は男の言葉を繰返し頭の中で反芻して自分の状況を出来る限り見極め様とした。

 

 〝ジェルテト、久しぶりだな。やっと会えた〟

 俺の本当の名前はジェルテト。奴とは知り合い。


 〝まさかお前がエルフたちを治療すとはな〟

 以前の俺はエルフが目の前で死のうがどうだっていい。


 〝お前は見たし、そもそもターゲットだ。それは頭を打っても死にかけても変わらない〟

 俺は奴の何か見たし、奴のターゲットだった。


 〝お前こそが私にとっては肝心で重要で絶対に始末せねばならない〟

 俺が見た何かは知られるとかなりまずいこと。


 〝――私はお前たちを殺したかった。そして証明したかった、私が唯一無二の存在だと〟

 奴のターゲットは俺たち。複数いる。俺たちを殺すことによって奴は唯一無二の存在と証明したかった。


 〝お前は行方不明で知らなかったな。だが知らない方が幸せなこともある〟

 俺は行方不明だった。その間に奴は何かを知った。知らない方が幸せと思えることを。

 

 そして奴は恐らく――殺し屋だ。


 青年は自分の未来と過去に恐怖と不安の溜め息を洩らし、男の装備品をバッグに詰めた――長剣は鞘にいれて背負っている。二人のエルフの元へと行き、声をかけて意識を確かめたがまだ戻っていないようだ。仕方なく彼は長剣を男エルフの背に掛けて彼を背負い、女エルフを両腕で抱えて森の入り口へ歩きだした。







 


 「しかし変じゃのう、たいていエルフは約束をした後でそれを違えることはないんじゃがな」


 ドクター・アレックス・K・メイドナートはリランに事情を聞いて、一旦青年を呼び戻そうと彼女と共に森の入り口まで歩いていた。


 「もう夜明は過ぎて朝です。何かあったんじゃないかと思うんです」


 「う~む。じゃがこの間にアレックスと合っているかも知れんぞ?」


 「まぁ、そうかもしれません。それならそれでいいんです。でもアレックスは何だか様子がおかしかった気がするわ……。早く行きましょう!」


 リランはそう言って走っていった。


 「これ!ちょっと待っとくれ!ワシはもう歳なんじゃ!」


 医者は老いた体に鞭を打ち、掠れ声で叫びながら走った。しかしリランの背中は無情にも視界から消えた。











 記憶喪失の青年はエルフ二人を医者に届けるためにキャンプ地へ歩いていた。その間、男から取ったリングを見つめていた。何か知っているような見たことがあるような気がするが、全く思いだせない。しかし何かが頭に引っ掛かる。何なんだろうこのリングは。青年が考えながら歩いていると、前方から驚きと不安が混じった声が聞こえてきた。


 「アレックス!?一体どうしたの?」


 リランがこちらに走ってきた。青年は彼女に真相を話さないでおこうと思った。これ以上心配されたり捲き込んだりしてはいけない。賢者の森へ付いていくことも断念してもらおう。


 「事情は後で説明する。爺さんはあのキャンプに居るか。早く連れて行きたい」


 「わかったわ。来て!」


 リランと青年はキャンプ地へ向かった。道中疲れ果てたドクター・アレックスを見つけたが、エルフを見た瞬間キャンプ地へと二人と共に走っていった。








 エルフ二人をベットに並べてドクター・アレックスは治療室から出てきた。彼らを部屋に運び終わった後、自らアレックスと命名した青年とリランを医務室に呼んだ。


 「大丈夫じゃ。というより問題が全くないな。腹を斬られておったが誰が完璧な応急措置を施しておる。ワシの出来ることもほぼないわい」


 「よ、よかったわ。血まみれのお腹を見たときはどうなることかと」


 「でもその時も腹の傷は塞がってたろう」


 「そういう問題じゃないでしょ、アレックス」


 「しかし誰がこんな完璧な措置を……」


 医者はそう言って青年を見た。


 「アレックスが見つけた時はもうすでに治療してあって、周りには誰もいなかったのよね?」


 「そうなんだ。俺が見つけた時には既に二人が倒れていただけだった。それはそうと爺さんちょっと話があるから来てくれ」


 青年は廊下の方を指差した。医者が頷き、リランも外へ出ようとした。


 「あ、リランはちょっと外してくれ」


 「え?」


 「男同士の話だからさ」


 「なにそれ?」


 リランは納得がいかなかったが引き下がった。青年と医者は廊下に出ると突き当たりの奥の部屋へ行った。いつも青年が定期診断を受けていた場所で、そこは医者の完全なプライベートルームになっている。二人は椅子にかけた。


 「さて、話とは?」


 「リランには言わないでくれるか」


 「もちろん」


 「じゃあ最初から話す」


 青年は医者に森での出来事を語り始めた。その語り口調は恐ろしく冷たく、淡々として、客観的だった。まるで別の自分を天から見ていたように。

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