5 月明かりの中で
リュウは、このあたりで思いつくだけのキンギョソウの咲きそうな場所を、ナナミにあんないしていきました。
金魚の国が見わたせる丘の上、大きな公園の中の花畑、月の光にひっそりとてらされたがけの下――
けれども、金色のキンギョソウは、どこにも見当たりません。
「今夜は、見つかりそうもないな。もう、ぼくには、キンギョソウの咲きそうな場所の、あてがないよ」
月明かりにてらされたリュウの目は、かなりつかれていました。ナナミの息も、さっきからあがりっぱなしです。
「だめよ、あきらめたら! きっと、どこかに咲いてるはずよ」
そうは言うものの、ナナミに、その「あて」があるはずもありません。二人とも、とほうにくれてしまいました。
――そのときでした。
水の世界の空から、なにやら白い粒が、ちらちらふんわり、地上にふりそそいできたのです。
「雪だわ。金魚の国にも、雪がふるのね」
「この国では、ときどきこれがふるよ。雪というより、この国の雨みたいなものさ」
ナナミが差し出したてのひらの上に、白い粒がつぎつぎと、そしてゆっくりと、まいおりて来ました。
「この雪は、冷たくないんだね」
ナナミは、水の世界の空を見上げました。
空いちめんは、白く小さい花が咲きみだれる、花畑のようでした。青白い月の光にてらされて、その小さな花びらは、ときおりきらきらと光ります。
その中に、いちだんと明るい、ひとすじの光のたばがありました。それは、月と金魚の国をつなぐ、一本の柱のようにも見えます。
「あれは、何?」 ナナミは、指さしました。
「そういえば……聞いたことがある気がするよ。『満月の月明かりで光の柱ができたとき、その根もとには、特別魔力の高いキンギョソウが咲く』って」
リュウがいい終わるよりも早く、ナナミは、かけ出していました。
「行くわよ!」
「ちょっと、待って! そんな特別なキンギョソウ、簡単に手に入るとは思えないけど!」
けれどナナミは、そんなことばなど聞く耳をもちません。その足はせわしなく動きつづけました。
「いいから、行くのっ!」
リュウは、やれやれと首をふって、
「君が、しつもん好きのおしゃべりで、せっかちで、こんなに勇気があるとは、金魚のときには思いもしなかったよ」
と、ためいきまじりに言いました。
◇
光の柱の根元を目ざし、ナナミとリュウは、ぶくぶくと息を吐き出しながら、夢中で走りました。
「もうすぐね!」
「うん、もうすぐさ」
光の柱は、どんどん太く、そして、だんだんと明るくなっていきます。
やがて二人は、ついに、光の柱のすぐ近くまで、たどりついたのでした。
「えっ? ここって、もしかして……」
ナナミが、口をぽかんと開けたまま、立ちつくしました。リュウも、びっくりしてしまったようで、ことばが出ません。
二人がたどりついた先、それは――リュウの住むお城だったのでした。
「お城に、もどって来たってこと?」
「そのようだね……」
二人は、ごくり、と息を飲みました。
さきほど通ったばかりの庭のようすが、嘘のようにかわっていたからです。
それはあたかも、げきじょうの舞台。
夜のやみに、音もなくふりしきる、たくさんの白い粒。
いっせいに舞いおどる粒たちを巻きこむようにして、一直線にのびた青く冷たい月の光が、スポットライトのように、庭先を明るくてらしだしていました。
そして、スポットライトの中心には、一輪の花がありました。
金魚の形の花びらから、まぶしいほどの金色の光をあたりに放ち、かれんな王女様のように、静かにそしておごそかに、咲きほこっています。
「あれがもしかして、特別なキンギョソウ?」
「ああ、そのようだね。ボクも、初めて見たよ」
ナナミとリュウは、夢でも見ているかのような、ほんわりした目つきになって、金色のキンギョソウに近づいていきました。
「いそいで、花をつんで、しぼろう」
リュウの言葉で夢からさめたように、夢中でキンギョソウを手にとったナナミ。
「お花さん、ごめんね」
と、あやまりながら、まばゆいばかりにかがやくその花を、指でつみとりました。
「じゃあ、しぼってみるよ」
リュウは、ナナミから花を受けとると、キンギョソウの花びらをぎゅっとつかみ、甘いかおりのする「みつ」の入った汁を、しぼり出しました。
しぼり汁が、空中で二つぶのばら色の水玉にかわり、色のあせたアンブレラにゆっくりと落ちていきます。
ぼつっ、ぽつん。
ナナミの手のアンブレラは、一しゅんまばゆくかがやいたかと思うと、はじめて見たときのような、あざやかなピンク色をとりもどしました。
「さすが、特別なキンギョソウだ。アンブレラから、すごい魔力を感じるよ。これで、君も元の世界に……」
リュウがそう言いかけたときでした。
城の建物の方から、たくさんの人々の声がしたのです。
「あ、あそこよ! あそこに、生きた人間がいるわ!」
兵隊たちの後ろでかくれるようにしてそう叫んだのは、カンナでした。あの、リュウ王子の部屋をしきりと気にしていた召し使いのカンナが、どうやら兵隊たちを呼んだようでした。
真っ赤なよろいを身にまとった大ぜいの金魚の国の兵隊が、じひびきをたてながら、ナナミとリュウを目ざして、とっしんしてきました。
「あの、人間の娘をつかまえて! リュウ王子は、あの娘にたぶらかされています!」
髪の毛をふり乱して怒るカンナの横には、金魚の天国の王様とお妃様が、心配そうに立っていました。
(私、たぶらかしてなんかいないわよ)
カンナのことばに、むっとしたナナミ。
とっさに、リュウは両手を広げて、兵隊たちの前に立ちはだかります。ナナミの目の前に、リュウの背中が広がりました。
「わたさないよ……。この子は絶対に、わたさない!」
ふるえる声で、リュウがさけびます。
「リュウ王子……。いくら王子でも、この国のおきてには従っていただきませんと……。人間が、しかも生きた人間がこの国に来て、無事にもどれるなんてことは、ありえません」
立派なひげをはやした兵隊の隊長が、言いました。
「では、どうするというのだ」
「その娘には、一生、この国のろうやで、すごしてもらいます」
「それならなおさら……わたせない」
リュウが隊長を、するどくにらみかえしました。
「仕方がない……王子と娘をとらえよ!」
「はっ!」
かけ声とともに、兵隊たちが、じりっじりっ、とリュウとナナミに近づいて来ます。
「ナナミちゃん、ボクがやつらをひきつける。その間に、アンブレラをきっちり三回、左にまわすんだ」
「いやだ。そんなことしたら、リュウちゃんがつかまっちゃう」
ナナミの目からこぼれた涙が、水の世界に音もなくとけていきました。
「ナナミちゃん、大丈夫。これでもボクは、この国の王子だよ。なんとかなるさ。
……少しの間だったけど、楽しかった。おしゃべりで、せっかちで、勇気があって、そして――やさしい君のことは、ぜったいにわすれないから」
「リュウちゃん!」
リュウが、ナナミの胸を、ドン、と突きました。
「さあ、行くんだ。早く!」
リュウに押されたナナミが、よろめきました。
それを見た隊長が、声をはりあげます。
「何をしている。早くつかまえろ!」
何人もの兵隊が、二人に向かって、とびかかって来ました。
「いやだ! ぜったいにいや! 一人では、行かない!」
ナナミは、アンブレラを開くと、目にもとまらぬ速さで、それをくるくるとまわしました。そして、まばゆい光がナナミをつつみ始めたとき、とっさにリュウの背中にしがみつきました。
真っ白な光が、二人をあっという間に、飲みこんでいきます。
目もくらむほどのまぶしさに、大ぜいの兵隊は二人に跳びかかることもできずに、ただ立ちつくすばかりでした。




