4 大きな庭の中で
それから、一時間ほどたちました。
「一つだけ、方法がある」
部屋にもどって来るなり、むずかしい顔をしたリュウが言いました。
しばらく部屋に一人っきりでさびしかったナナミは、ついうれしくて、リュウにとびつきました。
リュウのほっぺたが、みるみると赤くなっていきます。
「どんな方法なの?」
そんなリュウのようすにはまったく気づかないナナミが、さっそくしつもんです。
「キンギョソウの花のしぼり汁を、アンブレラにかけるんだ」
「キンギョソウ?」
「そう、キンギョソウ。でも、ただのキンギョソウじゃないよ。満月の夜に、この国で一つだけ咲くという、金の花びらのキンギョソウ。それには、すごい魔力があるという言い伝えが、この国にはあるんだ」
「じゃあ、金色のキンギョソウをさがして、その花の汁をしぼればいいのね?」
「だけど、一つ、もんだいがある」
リュウは肩をすぼめて、力なくベッドにすわりました。
「その花が、この国のどこに咲くのかが、わからない。満月のたびに、場所をかえてしまうんだ」
リュウが、大きなためいきをつきました。でも、ナナミは、へっちゃらな顔。
「さがせばいいんでしょう? さがすわよ」
ナナミのいきおいに、リュウはタジタジになりました。
「で、つぎの満月は、いつなの?」
「それが……じつは今夜なんだ」
「何ですって? それじゃ、ぼさぼさしてられないじゃない。さっそく、でかけるわよ」
今にも部屋をとび出そうとするナナミの手を、リュウは、はっしとつかみました。
「ちょっとまって。明るいと、君がほかの人たちに見つかってしまう。日がくれてから、でかけよう」
「日がくれるって、何時ごろ? 今は、四時よね」
ナナミが、部屋の時計をちらりと見ました。
「そうだなあ、六時ごろ。あと二時間くらいたってからだね」
「ああ、じれったい。早く、日がくれないかなあ」
リュウは、あきれ顔でナナミを見つめました。
「……君が、しつもん好きのおしゃべりで、こんなにせっかちだとは、金魚のときにはわからなかったよ」
そう言ったときでした。廊下に気配を感じたリュウが、部屋のとびらを、すばやくあけたのです。廊下を落ちついて見わたす、リュウ。けれど、何も見つけられません。
「気のせいかな? 誰もいないようだ……」
リュウは、首をかしげながら、静かにとびらを閉めました。
◇
ここからしばらくは、せっかちなナナミとなかなか進まない時間とのたたかいでした。
本を読んですごすリュウ王子の横で、はやる気持ちをおさえるように、せわしなく部屋をうろうろしてばかりの、ナナミ。
「いいかげんすわったら、どう?」
リュウのことばに、ナナミは立ちどまりました。そして、リュウのすわるソファーの横に、ちょこんと、こしかけました。
「ちょっと、聞いてもいいかしら」
「また、しつもんかい?」
あきれ顔をとおりこして、にがわらいするリュウ。ナナミは、かまわずつづけます。その目が、きらり、と光りました。
「リュウちゃんは、なぜ、人間の世界に行ったの?」
「そ、それは……」
リュウは、きゅうに下をむいて、口をもごもごとさせました。
「…………から」
「よく、聞こえないっ」 ナナミが、いらいら声を出しました。
「だからそれは……、ナ、ナナミちゃんに、会いたかったから――どうしても、もう一度会いたかったんだよっ!」
「……。そ、そうなの? ふーん、そうなの」
意味がわかったような、わからなかったような……。
ナナミはきゅうに花がしおれたようにおとなしくなって、リュウをまともに見れなくなりました。
それからの二人は、横にならんでだまったまま、ゆっくりと時間をすごしたのでした。
◇
「そろそろ、日がくれそうだ」
水の世界をてらしていた太陽のいきおいが、だいぶ弱まりました。
リュウが、ソファーから、すっくと立ち上がりました。
「さあ、出かけようか。でもその前に……」
リュウは、窓のカーテンをのこらずはずしました。そして、いくつもの結び目をこしらえて、まだらもようの、長くてじょうぶなひもを作りました。
「これを使って、窓から下におりよう」
「そ、そうね」
てきぱきと動くリュウのすがたを、ナナミはしばらく見とれていました。
二人が、窓からぶら下げたカーテンのなわばしごを使って、するする下へと、おりていきます。
「まるで、火事のときみたい」
おっかなびっくり、ナナミがそう言うと、
「この国には、火事などないよ。だって、そこらじゅう、水だもの」
リュウは、いっしょに持ち出したピンクのアンブレラを手に、おどけて答えました。
二階のまどからお城の庭におり立った二人は、まずは、あたりをきょろきょろと見まわして誰もいないことをたしかめます。
「わくわくしてきた」
ナナミにとっては、生まれてはじめてのぼうけんです。
あたりが、すっかり暗くなりました。
金魚の天国のまん丸いお月さまが、空気のような水のゆれにあわせてゆらゆらゆれながら、青白い光をはなっていました。
「さあ、行くわよ」
すっかり、元気をとりもどしたナナミ。
二人は、こそこそとかくれるようにして、お城の庭をぬけていきました。




