1 雨の中で
星屑による、星屑のような童話です。よろしければ、お読みくださるとうれしいです。
イラストは、ELEMENT主催「葵生りん」さんよりいただきました。ありがとうございます!
そぼそぼとふりしきる雨の中、かさもささずに街をかけぬける、一人の女の子。
それは、秋の初めの、昼さがりのことでした。
女の子は、この街の小学校の四年生で、名前をナナミといいました。
ナナミが足を動かすたび、背中の赤いランドセルが、右に左に、大きくゆれています。学校からの、帰り道でした。
雨は、どんよりと灰色にくもった空からつぎつぎと降りて来て、ナナミの黒い髪の毛や、お気に入りの赤いスカートを、みるみると、ぬらしていきます。
ふと立ちどまったナナミは、まん丸の瞳で、なまり色の空をにらみつけました。
(朝の天気よほうでは、雨が降るなんていってなかったのに……)
赤いほっぺを、ぷっくりとふくらましたナナミ。でも、すぐに気を取り直すと、また元のようにかけだしました。
毎日毎日、見なれた交差点にさしかかります。ここの信号をわたって左にまがれば、自分の家は、もう、すぐそこでした。
(いそがないと、ずぶぬれになっちゃう)
いちだんと速くなった、ナナミの足の動き。けれど、あせって急に足がもつれたナナミは、前のめりに、たおれそうになりました。
「あっ……」
とそのとき、だれかの腕が、ひょい、とナナミの体をささえたのです。
それは、一人の男の子でした。
ナナミとちょうど同じくらいの年ごろですが、白い半そでシャツに、緑の半ズボン――見た目はあんまりぱっとしない、男の子です。
このあたりでは、あまり見かけません。
「だいじょうぶ?」
その男の子が、やさしく声をかけてきました。
「だ、だいじょうぶよ」
照れくさそうに答えるナナミ。
ナナミの顔は、男の子の顔のすぐそばにありました。
それに気づいた男の子は、ナナミをささえていた腕をあわててひっこめると、少しはなれて、はずかしそうにうつむきました。
男の子は、もうずいぶんと、雨で体中がぬれているようでした。けれど、まったく気にしているようすはありません。
「たすけてくれてありがとう。じゃあね」
ナナミは、かけだそうとしましたが、ふいに立ちどまりました。男の子の持っている、ピンク色の布きれのようなものが、気になったからです。
「ねえ、その手に持っているのは、何?」
「こ、これ? え、えーと、アンブレラ」
男の子は、しまったという顔をして、すぐにピンクの布きれのようなものを、自分の背中にかくしました。
「アンブ……ラレ?」
「アンブレラ。外国のことばで、『かさ』っていう、意味だよ」
「えっ、かさなの? それなら、雨がふっているんだから、使えばいいじゃない」
「うん、まあね……。でも、ぼくは体がぬれているほうが、気持ちがいいから……」
「ふーん、へんなの。じゃあ、ちょっとかして」
「ああ、ちょっと――」
ナナミは、男の子からとりあげたピンクのアンブレラをしげしげとながめまわしたあと、ばんっ、といきおいよく広げました。
「まあ! まるで金魚さんみたいな、かわいいアン……ブレラね」
ナナミの目の前に広がったのは、半分すきとおった、ピンク色の布のかさでした。
白い波のようなもようがすいとかかれている布のはじには、金魚の尾ひれみたいな、かわいい形の生地が、ひらひらとぶらさがるように、ついていました。
「お願いだから、返して!」
という男の子のことばも、耳には入りませんでした。
「これ、私の方がにあうわよ」
ナナミは、ふふふん、と歌を歌いながら、何げなく時計まわりに三回、ピンクのアンブレラをくるくるとまわしました。
「あっ!」
それは、男の子の、さけび声でした。
――そのときです。
ナナミは、体がふわふわとうきあがって、ほんの少しの時間、まぶしい光の中につつまれたような気がしたのでした。