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空玩具  作者: 九藤 朋
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月と陽と小夜啼鳥 二

 にいさまが、少し気落ちしておられます。

 昨夜のことを反省しておいでのようです。

 痛くないか辛くないかと訊かれ、わたくしは首を横に振ったのですが、にいさまはさっさと寝具を新しい物に取り換えられると、わたくしに新しく清潔なネグリジェを着せて身を横たえさせました。暖房を強めに設定されます。

 朝の淡く白い光に満ちた室内で、しゃきしゃきと立ち働かれたあと、ベッドに腰掛けてわたくしにお尋ねになります。

「食べたい物は無い?」

「…ヨーグルト」

「果物の入った?」

「はい」

「いつもそれだね。鈴子さんはもう少し食べたほうが良い。パンとベーコンエッグやサラダも持って来るから、入るようなら食べなさい」

「食卓に行けますわ」

「駄目だよ。寝ておいで」

 

 パタン、と戸が閉まり、少しして炒め物の香りが漂ってきました。

 にいさまは過保護です。

 何時だったか、わたくしを甘やかさないでください、と申し上げたら、にいさまは新聞を広げたまま目を見張り、それから、ぷっ、と噴き出して笑われました。

 それは僕にもどうしようもないね、と仰って。

 わたくしにも、ガヴァネス(女家庭教師)のようなにいさまなどは想像つきませんけど。

 寝不足だったせいでしょう、そんなことを考えながら、わたくしの瞼は次第次第に降りてゆきました。

 カチャリと硬質な物音を聴いた気がして、わたくしは目を覚ましました。

 ベッドのサイドテーブルに、ヨーグルト、ロールパン、ベーコンエッグ、サラダにホットミルクとオレンジジュースが置かれ、メモが載っていました。


〝今日は休んでいるように。所長命令だよ。

 僕は仕事で出かけるけど、午後には戻る。

 来客は無視すること〟


 濃紺のインクで、流れるようにそう書いてありました。


 にいさまがいらっしゃらない。


 この家に自分独りきり、と思うだけで胸ががらんどうとして、隙間風が吹くようでした。

 食欲も失せてしまいましたが、にいさまが用意してくださった物は、何とか全てお腹に収めました。トレイを食堂まで運び、食器を洗ってまた部屋に戻ります。それから帳簿をつけたり日記をつけたり、家の中の観葉植物に水を遣るなどすると、することが無くなりました。にいさまに、したことがばれないような家事仕事が、です。

 お掃除やお洗濯など、気になることはたくさんございますが、休んでいるように、というにいさまのお言いつけを破ったと判ると、にいさまが悲しまれます。

 怒られるなら、まだましなのに。


 わたくしは所在なく、ベッドに再び横たわりました。

 わたくしの肌にはまだ、にいさまの跡である夜の花が至るところに咲き誇っています。

 小さく赤い花の群れです。

 目を閉じるとまだ、それらに熱が灯っているかのように感じました。


 午後が遠い――――――――――。



 悄然として部屋の天井を見上げておりますと、居間の固定電話が鳴り響き、わたくしはびくっと身体を揺らしました。

 事務所専用電話です。

 お仕事の依頼かもしれないと考えたわたくしは、ガウンを羽織り、居間に足を運びました。

「はい、空玩具探偵事務所でございます」

『ボンジュール、鈴子』

 低く華やいだ声。

「―――――――――――レオさん、でいらっしゃいますか?」

『ウィ。ラ ベル。アンベロワゾー』

 ラ ベル――――美しい人、という意味だったような。

 そのあとの一文は辛うじて聴き取れても、意味までは解りません。フランス語の発音は美しくて難解です。 

「あの、兄は今、留守にしております」

『それは良い。僕とお茶でもどうですか、マドモアゼル』

「…出来ません。すみません」

『都合が悪い?』

「はい」

『誰にとってかな』

「え?」

『君にとって?清夜にとって?僕には後者と思えて仕方ないんだが』

「………」

『――――ねえ、健気な小夜啼鳥』

 声音が湖のように深くなりました。


『花畑に暗涙(あんるい)を落としていやしないかい?君が望むなら、僕が鳥籠から出してあげるよ。―――――――あいつの為にだってそうしてやったが良いんだろうが、何より君の為にね』




 


挿絵(By みてみん)






アンベロワゾー(un bel oiseau)は「綺麗な鳥」という意味です。

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