恋する少年 四
園枝宮子さんはとても可憐で、初々しい空気を纏ったお嬢さんでした。
にいさまのご指示で、月太さんが彼女を説得する場所をこの事務所に指定されたのです。
秋の清澄な空気が居間の内にも浸透するような一日です。
日が淡く白く柔い光を投げかけています。
そんな諸々の要素が、宮子さんを空間の中、浮かび上がらせ、物語の主役らしく仕立てているようでした。月太さんは緊張しておられるようです。
「園枝さん。お父さんのこと、好きなんでしょう」
月太さんが慎重に口を開きます。宮子さんはこくりと頷きました。頷いた拍子にセミロングの髪がさらりと揺れ、数本が胸にかかります。
「それなら、ご両親に話したほうが良いよ。……自分の気持ちを」
「怖いのよ、月太さん」
宮子さんのお声はか細く小鳥のようでした。
「それなら僕も付き添う」
そう仰る月太さんのお顔はきりりとして引き締まり、如何にも頼もし気でした。こう申しては何ですが、いつもはどこか幼子の気配を持つ月太さんが、恋ゆえに変貌を遂げたようです。
宮子さんは月太さんのお顔を見て、それからわたくしの出した紅茶を見て、また月太さんのお顔を見ました。潤んだ瞳は物言いたげで、花の色の唇からは今にも言葉がこぼれ落ちそうです。背中を押したのはにいさまでした。
にいさまはそれまで二人を静観しておいででした。
「そうしなさい、宮子さん。月太君はこう見えて頼りになる男だ」
「それは解っています。けれど頼ってしまって良いのか、迷います」
月太さんがふわりと微笑みます。
「頼って? 園枝さん。僕はそのほうが嬉しいから」
宮子さんはしばらくそんな月太さんのお顔を見つめて、それから身体の力が抜けたように顎を浅く引きました。
「それで少年の恋はどうなったんだい?」
数日後にお出でになったレオさんが、紅茶を飲みながらにいさまに尋ねられました。
「順調そうだ。園枝嬢は無事、ご両親に気持ちを打ち明けて、実の父に会う時間も取れるようになったようだし」
「セ シ ボン」
レオさんがにっこり笑われました。まさに太陽の笑顔でした。
「じゃあ、今日は少年の戦勝祝いということで、呑みに行かないか?」
「行かない」
「だろうね」
にいさまのにべもない返答に、レオさんは少しも堪えた様子がございません。寧ろ愉快そうに笑みながら、ティーカップを傾けられました。
「鈴子は嬉しそうだね」
ひょい、と顔を覗き込まれます。心を垣間見られたようです。
「月太君が可愛いんだね。弟のように」
「はい。わたくしは月太さんが好きです」
くく、とレオさんが咽喉の奥で笑われます。
「発言には気を付けたが良いよ。特に嫉妬深い兄を持っている立場なら」
レオさんが示される先、にいさまを見ると、その玲瓏たる美貌は不愉快そうな色を宿しておられました。




