名残の色 五
夢を見ました。
鮮やかな若草もはるばると。
駆けていく駿馬たち。
その美しくしなやかな肢体は、川を渡り水晶の粒のような水飛沫をあげます。
空高くに舞う鳥の悠然として。
わたくしは習い性のようににいさまのお姿を探しました。
にいさまは川辺の岩の上に座っておいででした。
どこかぽつねんとして寂し気で。
少年のような風情のお顔をされています。
そんなお顔をされてはいけない。
わたくしはにいさまに駆け寄ると、その体躯を抱き締めました。
しっかりしたしなやかな筋肉のついた身体は、わたくしに寄りかかり、漆黒の髪をわたくしの顎下に摺り寄せられました。わたくしの心に沸いたのは慕情であり母性でした。
誰よりも何よりもにいさまを選んでいるのだと、わたくしは改めて痛感したのです。
目覚めると夢とは逆に、にいさまがわたくしを包み込んでおられました。
もうその双眸は開いていて、わたくしの目覚めを穏やかに待っておられたのだと解ります。
「おはよう、鈴子さん」
「おはようございます、にいさま」
この、何気ない挨拶が、何より掛け替えのないものなのです。
二人、リビングに顔を出したわたくしたちを、かあさまがちらりと見て、とうさまは読まれていた新聞から顔を上げておはようと言われました。穏やかなとうさまのお顔は、菩薩のようです。
「朝食を食べたら、二人とも帰りなさい」
「あなた!?」
「もうお前たちの住むところは私たちと異にしている」
それは住む世界をも意味しているのでしょう。
「けれど、とうさま。とうさまは、」
「お前たちに逢えて良かったよ。ありがとう」
ああ、もう覚悟を決めておいでなのだとわたくしは悟りました。
それから、まだ不服そうなお顔のかあさまと四人で朝食を食べました。
これが最後になるかもしれません。
けれどわたくしはにいさまを選ぶのです。
家から出る時、とうさまはわたくしとにいさまをそれぞれ抱擁されました。
「清夜。鈴子を頼んだよ」
「――――はい、父さん」
かあさまは何かを堪えるように俯いておいでです。
やがて帰りのタクシーに乗り込み、わたくしとにいさまは帰路に就きました。
タクシーの中、わたくしはにいさまとずっと手を握っていました。
そうでもしないと泣き出しそうでした。
とうさまにお会いすることはもうないでしょう。
「鈴子さん。済まない」
何をにいさまが謝られているのか、わたくしには解りました。わたくしは毅然と顔を上げました。目には涙が滲んでいても。
「わたくしはにいさまを選んでいます。もう、ずっと昔に」
桜桃を求められた時から。
いえ、それ以前からきっと。
わたくしの心は、にいさまを何より求めていたのです。




