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空玩具  作者: 九藤 朋
23/32

蒼の失踪 四

 その夜はお酒を過ごされたということで、滝川さんも宿泊しておられました。わたくしは家政婦さんから滝川さんの部屋の場所を訊き、その部屋へとネグリジェにガウンを羽織った姿で赴いたのです。

 これがにいさまへの背徳行為になりませんようにと祈りながら。

 ドアをノックすると中から応答があり、シャツにスラックス姿の滝川さんが出てこられました。泊まりの予定はなかったようなので、その恰好で眠られるお積りなのでしょう。

 滝川さんは驚いた顔でわたくしを見て、それから好色そうな表情を浮かべられました。サングラスは今は外しておられ、わたくしのネグリジェの、胸元を見ておられます。


「どうされましたか、向神さん。何か、私に用事でも?」


 わたくしは、この方の身体からお守りを離さねばなりません。

 わたくしの唇が微かに開いて震えます。その震えさえ、見逃すまいと滝川さんは目を凝らされているようでした。纏わりつくような視線の不快に、何とかわたくしは耐えました。


「わたくし、兄の…。兄の行方が気掛かりで仕方なくて、心細くて……」


 これは本当のことですので、台詞は真実味を帯びて響きました。

 滝川さんは心得ているといったように一つ頷き、わたくしを室内に誘いました。


「立ち話も何ですから中で…」


 わたくしはごくりと生唾を呑みこむと、決死の思いで入室したのでございます。


 部屋は、わたくしの部屋と同じく青い色調で統一されておりました。

 わたくしは肘掛け椅子に座らされました。

「こんな時、心強いお守りのような物があれば、少しは気も休まるのですが……」

 少々強引に、わたくしは話を持って行きました。

「それなら良い物がありますよ」

 果たして滝川さんは、スラックスのポケットから、赤に金糸の刺繍が施された守り袋を取り出されたのです。


「うちの近所の稲荷社のお守りなんです。祖母に昔、持たされて。肌身離さず持っていろと」

「それをお貸し願えますか……?」

「良いですよ。こんな折も折です。貴女のようなうら若き女性が胸を痛めているかと思うと、私も辛い」


 滝川さんはわたくしの手にお守り袋を握らせてくださいました。

 その、わたくしの手を握った滝川さんの手が離れません。


「滝川さん……?」

「秘蔵の守り袋をお貸しするのです。貴女にも相応の対価を払って頂きたい」

「わたくしに同情してくださったのではないのですか」

「こんな夜に忍んでこられて何を今更……」


 言う間にも、滝川さんのもう片方の手が、わたくしのネグリジェのリボンを解こうと動かれます。


「嫌……っ」


「鈴子、そこにいるのかい?」


 突如として響いたレオさんの声が、わたくしには天上の調べに聴こえました。滝川さんは一つ舌打ちすると、わたくしから離れて、ドアを開けに行きました。


「何ですか、ええと、」

「レオです。レオ・リュシアン・ド・フォワ。鈴子に用があって部屋を覗いたのですがいなかったので……。家政婦さんにこちらの部屋の場所を訊かれたと伺いまして」


 にっこりと、花が咲くようなレオさんの笑みがわたくしにも見えました。ついでわたくしにこっそりウィンクされます。わたくしはレオさんを頼もしくも心強くも思い、感謝しました。


「……そうでしたか」


 滝川さんの声は、獣が唸るようなそれはそれは低い、無念の籠った声でしたが、わたくしは無事、レオさんに窮地を助け出されたのです。


「よく頑張ったね、鈴子」

 廊下を歩きながらレオさんはわたくしを労ってくださいました。

 廊下の絨毯も青です。どうやら社長の園山さんは青に相当のこだわりがおありのようです。その廊下も、一定の間隔を空けて置かれた極小さく脚の長いテーブルに、玻璃の置物や陶器の人形などが飾られていて、この家の威容を感じさせます。園山さんはそれだけ、金銭的なお力をお持ちなのでしょう。


「それでレオさん。見えましたか?滝川さんの心が……」


 レオさんは険しいお顔で頷かれました。

 リアス式海岸のように、切り立った険しさのあるお顔でした。


「やはり清夜を手に掛けたのは、彼らしい」




挿絵(By みてみん)





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