蒼の失踪 三
入り組んだリアス式海岸での漁を中心に栄えている町の、代表的名士のような存在が、水産物加工会社の社長ということを、わっさんさんが車中で教えてくださいました。
今、わたくしたちは社長宅の応接間に通され、接待を受けています。広い応接間には本物の暖炉が設置され、シャンデリアが氷の塊のように煌めいています。毛足の長い絨毯に、どっしりした木材の家具。ソファーの座り心地は腰が沈み込む程。ベランダに続く硝子戸からは青い空と海が見えます。
「何せ向神先生の件は私にも驚天動地でして」
寂しくなった髪の毛を後ろにぴっちりと撫でつけた社長・園山和夫さんが自らもコーヒーを飲みながらわたくしをちらちらご覧になっています。
彼の隣にはサングラスを掛けた中年の男性。専務の滝川登さんということでした。こちらの方のわたくしを見る目つきはより粘着質なものでした。
「清夜は園山さんに調査報告をする前に、いなくなったんですね」
「そうです、崖から転落するところをはっきりこの目で見ました」
レオさんの問いかけになぜか専務の滝川さんが答え、レオさんはちらりと彼を見遣りました。
「あの夜は子会社の社長たちも招いての立食パーティーが行われていました。向神先生はだいぶん、お酒を召し上がり、外の空気が吸いたいと言ってベランダに出られたのです。足元のおぼつかない様子を不安に思った私が跡を追ったところ、先生が脚を滑らせて崖から……」
滝川さんは口早に説明されました。わたくしは血の気の引く思いでそれを聴いていました。レオさんを見ると、険しい顔つきをされています。
部屋数の多い園山さん宅に、その晩は泊まることになりました。
お夕食は、それは豪勢でした。
わたくしとレオさんは個室を一人で割り当てられ、わっさんさんと月太さんは相部屋になりました。部屋の内装は海を意識してか青い色で統一されていました。海傍だからか、磯の香りのする気がいたしました。
入浴を済ませたわたくしがベッドに腰掛け悄然としていますと、部屋のドアがノックされます。
「鈴子。起きているかい?」
「レオさん。はい」
わたくしはネグリジェの上からガウンを羽織りました。
「ちょっと失礼するよ」
紳士的なレオさんは、入室しても一定の距離をわたくしから保ち、話を切り出されました。
「専務の滝川が怪しいのは解るんだが、彼の心が全く垣間見えない」
「そんなこともあるのですか?」
滝川さんの言動にはわたくしも不審を感じておりました。
「稀にね。護符やそれに近しい物を身に着けていたりすると、心が視えにくくなる。恐らくお守りでも持っているんじゃないかな。お蔭で彼の話の真偽が確かめられない」
「そんな……」
「そこで、鈴子」
レオさんが言いにくそうに一瞬、口籠りました。
「彼からそれを取り上げてくれないか。何か名目をつけて」
「わたくしにそんなことが……」
「彼は君にご執心らしいことは心が視えなくても解る。君にしか出来ない」
わたくしの脳裏ににいさまと、滝川さんの顔が浮かびました。
にいさまを捜し当てる為なら、否やはございません。




