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空玩具  作者: 九藤 朋
20/32

蒼の失踪

 ベガとアルタイルの距離は十六光年。

 では、わたくしとにいさまとの間に嘗てあった、または今もある距離は何光年なのでしょうか。

 あの月光が揺蕩うピアノの下で禁断の境を越えたわたくしたち。

 天の川は、浅瀬と思われました。


 夢の中、にいさまが天の川の金砂銀砂を戯れてわたくしに掛けられます。

 わたくしは星の粒だらけとなり、にいさまの腕に身を委ねます。

 濃い群青を背景に、星の川はどこまでも流れてゆきます。


 ぽつりと、川傍に佇む女性がいます。

 美麗な衣に絹の羽衣。


 静かに涙を流している。


 わたくしが近寄り、どうしたのかと尋ねると、恋しい人に逢えないのだと嘆きます。

 川が邪魔をして渡れないのだと嘆きます。

 川は浅いから入って渡れば良いとわたくしが言うと、彼女は暗い目で言いました。


 あの川は本当はとても深いの。

 貴方たちはそれを知らないだけなのよ。

 今に、きっと



 そこでわたくしは夢から醒めました。

 夢の中で、織女と思われる女性から言われた言葉を思い出します。


 今にきっと思い知る。


 七夕の日の翌日です。わたくしの隣で微睡んでおられたにいさまは、身を起こすと、わたくしに口づけます。びくり、と震えたわたくしに、にいさまが驚いたように瞬きしました。

「鈴子さん?」

「すみません、にいさま。ちょっと、驚いてしまって」

「…………」


 わたくしがそう言うとにいさまはより深く口づけられました。

 執拗な程に、熱く。


「今日の仕事は遠出するから、遅くなりそうだったら連絡するよ」

「はい」

「海沿いの家にお邪魔するから、磯の香りのするお土産を買ってこよう。鈴子さんに、似合うような」

「はい、にいさま」

 にいさまが手の甲でわたくしの頬を撫でられました。


 その日は晴れた一日で、わたくしは家事などをして時を過ごしました。

 にいさまのおられない家は風がすうすうと通るようで、どこかわたくしに余所余所しく感じられます。いつもこうなのです。この家は、にいさまという構成要素を欠かすことが出来ないのです。少なくともわたくしにとってはそうでした。


 まだ薄明るい日没。居間に置かれた銀色の、正三角形の置時計を見つめます。

 午後七時。

 食事の支度の都合などもあるので、もうにいさまから連絡が入っても良い頃です。

 その時、固定電話が鳴りました。

 わたくしは何だか嫌な予感がしました。

 受話器を取ります。

「はい、空玩具探偵事務所でございます」

『鈴子さんですか。和正です』

「わっさんさん?どうされましたか。今日は、にいさまとご一緒の筈では」

『……鈴子さん。落ち着いて聴いてください』

「……はい」




『向神先生が、崖から海に転落しました』





挿絵(By みてみん)





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