ピンクの薔薇 三
爽やかな風が頬をくすぐります。
わたくしは空色の日傘を差し、レオさんにエスコートされて歩いていました。
ブティックが立ち並ぶあたりは町でも瀟洒な区域として知られています。
灰色の煉瓦がアンモナイトのような模様で敷き詰められ、ヒールのあるパンプスを履いたわたくしは時折、足を取られました。
その度に、レオさんが紳士的に腕を支えてくれます。
にいさまとは違う殿方の体躯の感触に、わたくしは緊張しました。香水を使っておいでなのでしょうか。蠱惑的な、甘い香りが致します。
やがてわたくしたちは、件の店へと到着しました。
丁度、女性店長が店先の花々を見回っているところでした。店の面半分は玻璃の板に『FLOWER SHOP YUKARI』の名前が白く踊っています。
長い髪をアップにした女性店長は横顔も綺麗でした。店先の花々の中では、とりわけピンクの薔薇が威容を誇っています。
やがて彼女がわたくしたちに気付きました。
「レオさん。……それに、鈴子さん。お二人は、……お知り合い?」
レオさんは今では日傘を閉じたわたくしの腕を組んでいます。
煌びやかな太陽がにこりと笑いました。
「ボンジュール、由香里。先程はどうも。貴女に、僕の恋人を紹介しておこうと思ってね」
由香里さんが耳に何度も何度も数本、垂れた髪を掛ける仕草をします。わたくしを見る目には、不審と嫉妬。
「そう…。そうだったなんて、知らなかったわ。早く言ってくれたら良かったのに。人が悪いわね、貴方も」
耳に小さく金の星のピアスが煌めいています。その、煌めきにも負けない肌の由香里さんは、屈辱を噛み締めるように歪な笑みを湛えました。
「鈴子さんとは、何時から?」
「もう一月程になるかな。ね、鈴子?」
レオさんがわたくしの右手の甲にちゅ、と口づけられました。わたくしは驚いて手を振り払うところでしたが、由香里さんの手前、何とかそれをすんでで思い止まりました。心臓が騒ぎ立てる鳥のようです。
その時、わたくしとレオさんの間に分け入る風が。
愛しい魔魅。
にいさまが、嫣然とわたくしとレオさんの間に立っておられたのです。
「迎えに来たよ、鈴子さん」
僅かに、急いた気配が感じられます。ひょっとして空を飛んで参られたのでしょうか。
やや唖然としていたレオさんがやっと口を開きました。
「――――兄莫迦にも程があるんじゃないかい、清夜」
「まあ、微笑ましいわね」
レオさんの口振りとは裏腹に、由香里さんはにいさまを歓迎される風でした。何しろにいさまがおられれば、わたくしとレオさんのツーショットに意識を向けずに済むのです。
「……花を貰おうか」
気抜けした様子でレオさんがそれでも笑顔で由香里さんに注文します。
「はいはい。今度はブルー系にしてみる?竜胆、段菊、紫花菜、紫陽花で…」
「ああ、貴女に任せるよ」
由香里さんが機敏な動作で花々の間を動き回られます。
花の香りと、レオさんの香りを感じながらわたくしは微動だに出来ませんでした。
にいさまから、冷気のようなものが発せられているのが解ります。
その美しい双眸は、先程レオさんが口づけられたわたくしの右手の甲へ。
わたくしは身震いしました。
にいさまが怒っておられる。
どうしましょう。
泣きたい思いのわたくし、そんなわたくしを見つめるレオさんとにいさま、花を選り分ける由香里さん。
それぞれの交錯した想いを、花々が見ていました。




