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空玩具  作者: 九藤 朋
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宝物 四

 そうして律子ちゃんは語り出しました。

 蔵には何時の間にかお手伝いさんも来て、心配そうに様子を見守っています。

 わたくしは律子ちゃんと手を繋いでいました。

 そうしてあげたほうが良いように思えたのです。

「あたし、お父さんが、本当はあたしのこと要らない子だって思ってるんじゃないかと思って…。蔵の中の宝物のほうが、ずっと大事なんじゃないかって思って」

「お父さんの気持ちを試すような怪盗予告を送ったんだね」

 にいさまの目は優しく、声は慈しむようでした。

「ああ、怪盗予告の差出人は不明になってて消印もなかったけど、自分の家の郵便箱に入れるのなら手っ取り早いなあ」

 にいさまの言葉にわっさんさんが納得顔になります。

 それから唖然としている哲男さんたちににいさまが仰いました。

「咲洲さん。彼女は、あの怪盗予告を見て、〝貴い宝物〟とは何を指すか、貴方が思い当たるものを知りたかったのですよ。願わくばそれは、自分のことであると思って欲しかった。つまり怪盗予告ではなく、誘拐予告と思って欲しかったのです」

「それなのにお父さんは、蔵にある物を心配するばっかりで、あたしのことなんか見向きもしなかった」

「いや、それは―――――」

 咲洲さんが当惑した顔で律子ちゃんを見ます。

「それで悔しくて悲しくて、蔵の物を壊したの」

「けれどこれは律子ちゃんだけの手には余る所業だ。共犯者がいる。そうですね、藤村さん」

 にいさまが名指すと同時にわたくしたちの視線が一斉にお手伝いさんに向きました。

 初老のお手伝いさんは動揺したご様子でしたが、やがて肩を落とし、悄然とされました。

「お嬢様がお可哀そうで…。予告状の作り方も文面も、蔵の中でもどの品がより高価であるかなど、……お教えしました」

「蔵の鍵はどうやって開けたのですか?」

「私は先代から蔵の合鍵を預かっておりました。時々、虫干しする必要がありましたし。それで…」

「成る程。に、しても、些か貴女の行為には悪意を感じますね。律子ちゃんに高価な品を選ばせるところといい…。なぜでしょうね?」

 どうやら藤村さんには、哲男さんたちに対する屈託があるようなのでした。

「私を恨んでいたのか、姉さん―――――――」

 哲男さんの言葉に、わたくしは驚きました。

「庶子であるからこの家の手伝いの立場に落とされたと?恨みに思っていたのか」

 藤村さんはしばらく黙っておられましたが、やがて口を開きました。

「解らない…。自分でも解らないんです、旦那様。いえ、哲男さん。ただ、貴方の愛情を疑う律子ちゃんを見ていると、まるで昔の自分を見ているようで…。なぜ、律子ちゃんの寂しさに気付いて差し上げないのかと、歯痒くてなりませんでした」

 驚くべきことに、藤村さんは哲男さんの母親違いの姉でおられたのです。

 そして律子ちゃんの境遇と、ご自身の境遇を重ね合わせて見ていたのです。

 レオさんが律子ちゃんに語りかけます。

「律子ちゃん。お父さんはちゃんと君のことを大事に想っているよ」

 レオさんにはそれが視えておられるのです。

「――――――嘘」

「本当だ、律子。お前にそんな思いをさせているなんて、知らなかった……。すまない」

 とうとう泣き始めた律子ちゃんを、哲男さんがぎこちないながら抱き締めました。

「この件を警察に報せますか?」

 にいさまの問いに、哲男さんは首を横に振りました。

「大事な姉さんを犯罪者には出来ません」

 これを聴いて藤村さんの目にも光るものがありました。

 にいさまやレオさんはこの真相をとうにご存じだったのです。

 けれど律子ちゃんの想いを、やや乱暴な形で遂げさせたのは、哲男さんにより効果的にそれを知ってもらおうというご存念からだったのでしょう。

 高価な壺や掛け軸よりも大切な宝に哲男さんの目を向けさせるという――――――。

 事件が律子ちゃんの為にもなる、と言われたのは、そうした次第でした。

 藤村さんの素性も、わっさんさんがお調べになったのだと思います。

 結果的に、美術品が損なわれはしたものの、律子ちゃんと哲男さんの絆は深まることとなりました。哲男さんは真に〝貴い宝物〟を屹度大事になさるでしょう。そしてまた、藤村さんとの関係も改善しようとされるでしょう。

 損害こそ出ましたが、哲男さんはにいさまに報酬を支払われ、わたくしたちは揃って咲洲邸を後にしたのでございます。

 空の青さが際立って清々しい日のことでした。


 にいさまとわたくしとレオさんは、わっさんさんの運転される車に揺られ、来た道を戻っておりました。

「結局、子は宝だと咲洲氏がもっとアピールしていたら今回のような騒動にはならなかったんだろうな」

「だが自分の想いの丈をあからさまにすることは難しい。大人の男なら猶更ね」

「日本人の男には特にそうなんだろうな。しかし、君は出来ているのだろう、清夜?」

 にやりとにいさまが笑いました。

「僕は、僕の宝に想いを確信されるべく、日夜努力しているからね」

「ほう、努力、ね…」

 にいさまの宝とは何でしょう。

 もしもそれが、わたくしの予想する通りのものだとしたら…。


 今日も晴れています。

 わたくしは空を見て微笑みました。

  



挿絵(By みてみん)





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