華燭の典
やがて冬も過ぎ、柔らかな春の季節が訪れました。
にいさまとバレンタインに行ったレストランの桜の花も、もう綻んでいるでしょう。
柔らかく慕わしく優しい春が、わたくしはとても好きです。
去年からわたくしは、にいさまと連れ立って外出するようになりました。
時々、そのことをからかいにレオさんがいらっしゃいます。
にいさまは以前よりも余裕のある態度で、そんなレオさんに接しておられます。
ご近所の方たちには、時折り、不思議そうな目で見られますが、にいさまが堂々としておられる為か、無用な詮索は今のところされておりません。
花びらと共に、わたくしの幸福も綻ぶようです。
わたくしはクローゼットの下の抽斗から、白いレースの布を取り出しました。
かあさまが使われていた春物のストールです。
繊細な透かし模様が植物や鳥を象り、美しい品です。
わたくしは、それをふわりと首に巻きました。
今日は、にいさまと近所の教会にお散歩する予定なのです。
首に感じる滑らかな質感にかあさまを思い出し、わたくしの胸がちくりと痛みます。
それでもわたくしは、にいさまを選んだのです。
薄手で光沢のあるグレーのコートを羽織ったにいさまと、ピンクベージュのコートを羽織ったわたくしは、腕を組んでゆっくり、ゆっくりと教会に向かいました。
小規模ですが木造の歴史ある教会は一般開放されており、中は無人でした。
聖書の場面を表したステンドグラスから射す光の美しいこと。
わたくしたちは光の海に佇んでおります。
にいさまが、わたくしの首に巻いたストールをやんわりと取り去り、わたくしの頭上から被せられました。
「聖母マリアのようだね」
「にいさまったら。そんなこと仰って」
「本当にそう見えるから」
「………」
「この世の誰よりも聖なる僕の最愛の人。…生涯を僕と歩んでくれますか。病める時も健やかなる時も。この魂が在る限り」
遊戯ではなく、にいさまのお顔は何時になく真剣でした。
これはわたくしたち二人だけの、華燭の典なのだとわたくしも気づきました。
ばささ、と教会の外で鳥の羽ばたく音が聴こえました。
「…誓いますわ、にいさま。わたくしの魂が在る限り。わたくしはにいさまのお傍におります」
ふ、と緩んだにいさまの口元がわたくしの顔に迫り、わたくしたちは誓いの口づけを交わしました。
聖歌隊もパイプオルガンも指輪も無い。
只、静謐の内、光だけに祝福されたわたくしたちでした。
光の海。
色彩の海の中で、わたくしたちは固く抱擁しました。
なぜか涙が滲みます。
尊い人。
わたくしはこれからも、貴方と世界を歩み続けます。
天であろうと、地の底であろうと。
にいさまがおられるのであれば、光は必ず射すのです。