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空玩具  作者: 九藤 朋
12/32

祝祭に血の贖罪を 四

 次に運ばれたカルパッチョと生ハム、モッツァレラチーズは、オリーブ油をふんだんに使ったドレッシングとケッパーのぴりっとした酸味が美味しい盛り合わせでした。しつこくなりそうな風味を爽やかなスパイスで引き締めています。

 それから、茸、サーモン、アスパラガスのクリームパスタを。

 細い麺がソースとよく絡みます。

 わたくしはもう、これでお腹一杯になりましたが、次には石窯で焼かれたトマトとバジルソースのピッツァが参ります。

 何種類もあるタバスコから、一種類を選び軽く振り掛けると、心地好い辛さがピッツァの豊かな味わいを、これまた快活に締めました。


 味わいの緩急の妙、というものをわたくしは感じたのでございます。


 時々、赤ワインを口に含ませながら食べるので、わたくしの頬はぼんやり熱くなって参りました。

 にいさまはちっともお変わりありません。

 平気でグラスを口に運ぶ様は、大層、絵になります。


 水を飲もうとしてグラスを持ち上げた時、わたくしはやっと、コースターに書かれてある文字に気付きました。

 赤いインクが水分で滲んでいます。

 そこにはこうありました。


〝汚らわしい兄妹〟


 わたくしの全身から、血の気が引きました。

「鈴子さん?」

 口元を思わず押さえると、さっき飲んだ赤ワインがぐう、と喉を逆流してせり上がり、指の間からこぼれ出ました。

 ぽとぽと、と赤い色。

 柘榴の実が落ちるように。

「鈴子さん!!」

「にいさま――――――…」


 そう言ったきり、わたくしは意識を手放しました。

 (まな)(うら)にはワインと柘榴石の赤が重なって揺れておりました。



 まあ。

 ご覧になって、にいさま。

 玻璃の馬がいるわ、二頭も。

 透き通って色鮮やかで、何て綺麗なのでしょう。

 にいさまは青い馬。(ひづめ)は銀。

 わたくしは赤い馬。蹄は金。

 優しい子たちね。

 振り落すまいと気を遣ってくれているわ。

 良い子。

 ねえ、この草原をどこまでも駆けて行きましょう。

 紺青の空には粉砂糖みたいな満天の星。

 風を感じるわ。

 ねえ、にいさま。

 どこまでも二人で…。



 目を開けると、紅梅色のステンドグラスのランプがありました。

 見慣れたわたくしの部屋の天井です。

「鈴子さん?」

 極上の練り菓子のように、優しさと労りが練り上げられた声を、にいさまに掛けられました。

 わたくしはネグリジェに着替えさせられています。

「にいさま」

 呟くとにいさまが、わたくしの額に手を置き、湾曲を撫でてくださいました。

「熱は無いようだね…」

「あの、コースターに……あの」

 窓には金糸(カナリ)()色のカーテンが掛かり、夜の景色は見えません。

 恐らく、寒気を遮断する為でもあるかと思われます。部屋には強めに暖房が入っていました。

 枕元には美しい玻璃の水差し。

 まるで重篤の患者のような扱いです。

「―――――レストランの従業員に、以前、僕に仕事絡みで恨みを持った男が紛れ込んでいたらしい。僕と敵対する人間は、僕の弱味を貴女であると的確に見抜いている。本人にはまんまと逃げおおせられたが」


 にいさまがふわ、と浮かび上がられました。

 わたくしに重力を掛けないよう、肩と頭を抱きくるんでくださいます。

「もう、あんな真似はさせないよ」

 耳元で響く約束は、確かに果たされるのでしょう。

「にいさま。あれが、にいさまがわたくしから隠そうとしてこられた世界ですか?」

「そうだ。…泥にレースのハンカチを被せはしないと、僕は言った。今では少し悔いている」

 頭蓋を通して沁み入るにいさまの声。

「これからも、お出掛けしてくださるでしょう?」

「―――――貴女が望むなら」

 わたくしは顔を離し、にいさまに微笑みかけました。


「荊でも良いのです。荒野でも良いのです。にいさまがおられることが、わたくしには何より肝要なのです。赤ワインが血であっても、わたくしは一向に構いません」


 わたくしの頬の産毛を撫でる慎重さで、にいさまが手を添えられます。


「僕の最愛の妹は、何時の間にこれ程強くなったのだろう」

「貴方に守られ、育まれたからこそ咲いたわたくしです」


 わたくしも、にいさまの頬に手を添えます。


「ありがとう、にいさま。ウァレンティヌスさんの祝福を、確かに感じた素敵な一夜でしたわ。にいさまと共に在れば棘さえ甘いと、彼の方は教えてくださいました」




 



挿絵(By みてみん)







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