祝祭に血の贖罪を 四
次に運ばれたカルパッチョと生ハム、モッツァレラチーズは、オリーブ油をふんだんに使ったドレッシングとケッパーのぴりっとした酸味が美味しい盛り合わせでした。しつこくなりそうな風味を爽やかなスパイスで引き締めています。
それから、茸、サーモン、アスパラガスのクリームパスタを。
細い麺がソースとよく絡みます。
わたくしはもう、これでお腹一杯になりましたが、次には石窯で焼かれたトマトとバジルソースのピッツァが参ります。
何種類もあるタバスコから、一種類を選び軽く振り掛けると、心地好い辛さがピッツァの豊かな味わいを、これまた快活に締めました。
味わいの緩急の妙、というものをわたくしは感じたのでございます。
時々、赤ワインを口に含ませながら食べるので、わたくしの頬はぼんやり熱くなって参りました。
にいさまはちっともお変わりありません。
平気でグラスを口に運ぶ様は、大層、絵になります。
水を飲もうとしてグラスを持ち上げた時、わたくしはやっと、コースターに書かれてある文字に気付きました。
赤いインクが水分で滲んでいます。
そこにはこうありました。
〝汚らわしい兄妹〟
わたくしの全身から、血の気が引きました。
「鈴子さん?」
口元を思わず押さえると、さっき飲んだ赤ワインがぐう、と喉を逆流してせり上がり、指の間からこぼれ出ました。
ぽとぽと、と赤い色。
柘榴の実が落ちるように。
「鈴子さん!!」
「にいさま――――――…」
そう言ったきり、わたくしは意識を手放しました。
眼裏にはワインと柘榴石の赤が重なって揺れておりました。
まあ。
ご覧になって、にいさま。
玻璃の馬がいるわ、二頭も。
透き通って色鮮やかで、何て綺麗なのでしょう。
にいさまは青い馬。蹄は銀。
わたくしは赤い馬。蹄は金。
優しい子たちね。
振り落すまいと気を遣ってくれているわ。
良い子。
ねえ、この草原をどこまでも駆けて行きましょう。
紺青の空には粉砂糖みたいな満天の星。
風を感じるわ。
ねえ、にいさま。
どこまでも二人で…。
目を開けると、紅梅色のステンドグラスのランプがありました。
見慣れたわたくしの部屋の天井です。
「鈴子さん?」
極上の練り菓子のように、優しさと労りが練り上げられた声を、にいさまに掛けられました。
わたくしはネグリジェに着替えさせられています。
「にいさま」
呟くとにいさまが、わたくしの額に手を置き、湾曲を撫でてくださいました。
「熱は無いようだね…」
「あの、コースターに……あの」
窓には金糸雀色のカーテンが掛かり、夜の景色は見えません。
恐らく、寒気を遮断する為でもあるかと思われます。部屋には強めに暖房が入っていました。
枕元には美しい玻璃の水差し。
まるで重篤の患者のような扱いです。
「―――――レストランの従業員に、以前、僕に仕事絡みで恨みを持った男が紛れ込んでいたらしい。僕と敵対する人間は、僕の弱味を貴女であると的確に見抜いている。本人にはまんまと逃げおおせられたが」
にいさまがふわ、と浮かび上がられました。
わたくしに重力を掛けないよう、肩と頭を抱きくるんでくださいます。
「もう、あんな真似はさせないよ」
耳元で響く約束は、確かに果たされるのでしょう。
「にいさま。あれが、にいさまがわたくしから隠そうとしてこられた世界ですか?」
「そうだ。…泥にレースのハンカチを被せはしないと、僕は言った。今では少し悔いている」
頭蓋を通して沁み入るにいさまの声。
「これからも、お出掛けしてくださるでしょう?」
「―――――貴女が望むなら」
わたくしは顔を離し、にいさまに微笑みかけました。
「荊でも良いのです。荒野でも良いのです。にいさまがおられることが、わたくしには何より肝要なのです。赤ワインが血であっても、わたくしは一向に構いません」
わたくしの頬の産毛を撫でる慎重さで、にいさまが手を添えられます。
「僕の最愛の妹は、何時の間にこれ程強くなったのだろう」
「貴方に守られ、育まれたからこそ咲いたわたくしです」
わたくしも、にいさまの頬に手を添えます。
「ありがとう、にいさま。ウァレンティヌスさんの祝福を、確かに感じた素敵な一夜でしたわ。にいさまと共に在れば棘さえ甘いと、彼の方は教えてくださいました」




