表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空玩具  作者: 九藤 朋
10/32

祝祭に血の贖罪を 二

「糖分過多になりそうだよ」

「なったらどうだい?」

「ジャポネは宗教イベントを無邪気にはしゃぎ過ぎだ…」

「郷に入っては郷に従いたまえ」

「それで以前、恋人に下着の一揃いを贈ったら、僕は平手打ちを贈られた」

「君の言動はワールドワイドだ。その経験を教訓にすると良い」


 二月十四日。

 我が空玩具探偵事務所の居間における、レオさんとにいさまの会話です。

 日はもう落ちかけている刻限で、居間の隅には灰紫の陰さえ(うずくま)っているのですが、目に眩い金髪の、太陽神のようなレオさんがおられますと、降臨とでも申しましょうか、まだ昼間であるかのような錯覚に陥りそうです。


 銀色の正三角形の置時計に、にいさまの視線がちら、と走りました。

 屹度(きっと)、レストランの予約時間を気にしておいでなのです。

 小脇に、チョコレートが入って膨れ上がった革鞄を抱えたレオさんの(はい)青色(せいしょく)の瞳がそれを追い、時計の文字盤を覆う玻璃を捉え、煌めきました。

「夜の逢瀬にお出掛けかな?マドモアゼル」

 にっこりと、わたくしに笑いかけてこられます。

 そのお声は少し硬質で、何かを測ろうとしておられるようでした。

「はい。にいさまが、イタリアンレストランに連れて行ってくださるのです」

 レオさんの片眉がひょい、と上がって、下がります。

「そうか。イタリアン、ね」

 灰青色の双眸を斜にしてにいさまをご覧になったレオさんは、口元に笑みを刷かれておりました。

 にいさまは無表情でレオさんを見返します。


 陽と月が対峙する理由が解らず、わたくしは瞬きを加速させ、お二人を見守りました。

 ふ、と視線を先に外されたのはレオさんのほうです。

「楽しんでおいで、鈴子」

 再びわたくしにお顔を向けられた時は、穏やかな表情を浮かべておられました。

 慈愛混じりの表情に、わたくしは一瞬だけとうさまを思い出し、胸に痛みを感じます。

「じゃあこれは置き土産だ」

 そう言ってひょいひょい、と革鞄から、勤め先の女性社員の方たちから贈られたチョコレートの包みを数個、スパイダー・コーヒー・テーブルに並べ、わたくしに悪戯(いたずら)めいたウィンクをされました。

 その様子に、にいさまは今度は微苦笑され、やれやれと言うように首を左右に振られます。


 お二人はお友達同士だと思うのですが、時に間を流れる空気が、ぴんと緊迫して張り詰めることもあり、かと思えば一転して、気心の知れた態度になります。

 男性の友情とはそうしたものなのでしょうか。

 相手への心の温度変化が普通のことであるような。

 温もりに固定されるのではなく、冷え冷えとした思惑さえひっくるめて親しみの一部と化すような。


 わたくしにはまだよく、解りません。


 レオさんが帰られたあと、わたくしは部屋のクローゼットを開け、青紫のヒヤシンスめいた色合いの、天鵞絨(ビロード)のワンピースを取り出しました。

 着替えて、腰には淡い金色の細いベルトを巻きます。

 鳥と花を象ったチャームがちゃらりと鳴りました。

 ドレッサーの前に座り、薄化粧をしてから、柘榴(ガーネ)(ット)のイヤリングを着けます。

 このように真紅の色味などは、普段は使わないのですが、今日は特別な日と思いますので、思い切って選びました。


 身支度を整えながら、わたくしの胸はどきどきと高鳴ってゆきます。


 鏡に映る自分を見つめます。

 少しでも綺麗でしょうか。

 にいさまと並び、バレンタインデーに外でお食事をしても、相応しいように見られるでしょうか。


 きゅ、と唇を結ぶと、鏡の中のわたくしもそれに(なら)いました。


 

 ウァレンティヌスさん。


 わたくしたちを、認めてはいただけないでしょうか。

 世界の人々が愛を語らい合う日に、わたくしとにいさまが参加することを。


 貴方が命を賭して守ろうとした恋人たちの想いの列に、わたくしたちも並ばせてはいただけないでしょうか。



 



挿絵(By みてみん)







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ