祝祭に血の贖罪を 二
「糖分過多になりそうだよ」
「なったらどうだい?」
「ジャポネは宗教イベントを無邪気にはしゃぎ過ぎだ…」
「郷に入っては郷に従いたまえ」
「それで以前、恋人に下着の一揃いを贈ったら、僕は平手打ちを贈られた」
「君の言動はワールドワイドだ。その経験を教訓にすると良い」
二月十四日。
我が空玩具探偵事務所の居間における、レオさんとにいさまの会話です。
日はもう落ちかけている刻限で、居間の隅には灰紫の陰さえ蹲っているのですが、目に眩い金髪の、太陽神のようなレオさんがおられますと、降臨とでも申しましょうか、まだ昼間であるかのような錯覚に陥りそうです。
銀色の正三角形の置時計に、にいさまの視線がちら、と走りました。
屹度、レストランの予約時間を気にしておいでなのです。
小脇に、チョコレートが入って膨れ上がった革鞄を抱えたレオさんの灰青色の瞳がそれを追い、時計の文字盤を覆う玻璃を捉え、煌めきました。
「夜の逢瀬にお出掛けかな?マドモアゼル」
にっこりと、わたくしに笑いかけてこられます。
そのお声は少し硬質で、何かを測ろうとしておられるようでした。
「はい。にいさまが、イタリアンレストランに連れて行ってくださるのです」
レオさんの片眉がひょい、と上がって、下がります。
「そうか。イタリアン、ね」
灰青色の双眸を斜にしてにいさまをご覧になったレオさんは、口元に笑みを刷かれておりました。
にいさまは無表情でレオさんを見返します。
陽と月が対峙する理由が解らず、わたくしは瞬きを加速させ、お二人を見守りました。
ふ、と視線を先に外されたのはレオさんのほうです。
「楽しんでおいで、鈴子」
再びわたくしにお顔を向けられた時は、穏やかな表情を浮かべておられました。
慈愛混じりの表情に、わたくしは一瞬だけとうさまを思い出し、胸に痛みを感じます。
「じゃあこれは置き土産だ」
そう言ってひょいひょい、と革鞄から、勤め先の女性社員の方たちから贈られたチョコレートの包みを数個、スパイダー・コーヒー・テーブルに並べ、わたくしに悪戯めいたウィンクをされました。
その様子に、にいさまは今度は微苦笑され、やれやれと言うように首を左右に振られます。
お二人はお友達同士だと思うのですが、時に間を流れる空気が、ぴんと緊迫して張り詰めることもあり、かと思えば一転して、気心の知れた態度になります。
男性の友情とはそうしたものなのでしょうか。
相手への心の温度変化が普通のことであるような。
温もりに固定されるのではなく、冷え冷えとした思惑さえひっくるめて親しみの一部と化すような。
わたくしにはまだよく、解りません。
レオさんが帰られたあと、わたくしは部屋のクローゼットを開け、青紫のヒヤシンスめいた色合いの、天鵞絨のワンピースを取り出しました。
着替えて、腰には淡い金色の細いベルトを巻きます。
鳥と花を象ったチャームがちゃらりと鳴りました。
ドレッサーの前に座り、薄化粧をしてから、柘榴石のイヤリングを着けます。
このように真紅の色味などは、普段は使わないのですが、今日は特別な日と思いますので、思い切って選びました。
身支度を整えながら、わたくしの胸はどきどきと高鳴ってゆきます。
鏡に映る自分を見つめます。
少しでも綺麗でしょうか。
にいさまと並び、バレンタインデーに外でお食事をしても、相応しいように見られるでしょうか。
きゅ、と唇を結ぶと、鏡の中のわたくしもそれに倣いました。
ウァレンティヌスさん。
わたくしたちを、認めてはいただけないでしょうか。
世界の人々が愛を語らい合う日に、わたくしとにいさまが参加することを。
貴方が命を賭して守ろうとした恋人たちの想いの列に、わたくしたちも並ばせてはいただけないでしょうか。