表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

モールの歌が聴こえますか?

作者: さゆみ



「ねぇ、モール、歌ってる?」


 モールはピアスの方を見て、こくりと頷きました。


「そっかぁー、良かった」 

 ピアスはにこりとして空を見上げました。太陽が空の一番高いところに昇りました。


「さぁー、ランチにしましょう」

 ピアスはバスケットを開きました。





 モールはしゃべることが出来ません。誰人もモールの歌を聴くことは出来ないのですが、動物たちはモールの歌に聴き入っています。そればかりか、木や花や小川や風までも、モールの歌に合わせて心地よくときめくのです。モールは自然や動物たちを虜にしてしまいます。


「あーあー、私もモールの歌が聴けたらなぁー」

 ピアスはいつも残念そうです。


 パンを一口食べるとモールはスケッチブックにクレヨンで字を書きました。

 ”そらがないてる”


 ピアスは空を見上げました。雲ひとつない青空です。

「どうして? 雨は降りそうもないよ」


 バタンーー


「モール!!」


 モールが倒れてしまったのです。


 ピアスはモールに駆け寄りました。真っ赤な顔をしてぐったりしています。額に手を当てるとすごい熱です。

「どうしよう……あ、体を冷やさなきゃ」


 ピアスは小川に冷たい水を汲みに行こうと思いました。でも小川までは少し遠いのです。ピアスは走り出しました。すると……


(待って、今行くから。そこに居て)


 透き通る鈴の音のような声がしました。


「……誰?」

 ピアスは辺りを見回しました。


(お待たせ)


 ピアスの目の前に水色のスイムキャップを被った小人が立っていました。


「わわわ〜出た!!」

 ピアスは驚いて叫びました。


(失礼ね、まるでオバケみたいに。わたしはスズキさんよ)


 ピアスは深呼吸をして気持ちを落ち着かせました。

「それより、小川に行かないと、モールが熱を出してるの」


(知ってるわよ。だから小川から来たのよ)


「え?! だ、だってスズキさんでしょう?」


(そうよ。小川から来たスズキさんよ)


 一瞬の沈黙のあと、スズキさんはモールの側に行き、モールの脇の下に触れました。


 〜~~~~~~~


 小人のカラダがだんだんと透き通り消えていきました。水色のスイムキャップだけがぽとりとモールの額に落ちました。ピアスがモールの額に手を当てると熱はだいぶ下がっていました。




 ドシン!! ドシン!!


 地響きのような音が背後から迫ってきました。ピアスはびくっとして「今度は何なの」と言って振り向きました。


「うわ!!」


 そこには大きな木が立っていました。

(お待たせ、おれはオオキくんだしー)


「だしーってナニ? 聞いてないし、待ってないし、オオキくんってそのまんまだし、あ、私はピアスだしー」


 オオキくんは枝に付いた葉をゆさゆさ揺らしながら、ピアスを無視してモールの前に行きました。はらりと漆黒の葉が一枚モールの口元に落ちました。

「元気になれる葉だしー」

 そう言うとオオキくんは帰っていきました。


 モールは漆黒の葉を飲み込んでしまいました。苦かったのでしょうか。モールの顔が大層引きつっています。

「大丈夫、モール?」

 ピアスは心配そうにモールを見つめて、水筒のお茶を差し出しました。モールはごくごくと喉を鳴らしてお茶を飲みました。



 風がふんわりとした香りと共に、色とりどりの花びらで編み込まれたブランケットを運んできました。そしてモールの膝の上にふわっと掛けられました。


「わぁ、きれい……」


(ハナちゃんからの贈り物、届けましたよ。早く元気になって下さいね)


 きっと風の声だとピアスは思いました。

「もう、何があったって驚きはしないんだから」


 モールは花の香りに包まれて嬉しそうにしています。


「良かった。元気になって。モール、いきなり倒れちゃうからどうしようかと思っちゃった。そろそろ帰りましょう。日が暮れないうちに」



(ちょっと待った!)


 まただ……ピアスは思いました。


 ピョン!!


「まさか、カエル?!」


 目の前に現れたのは羽の生えたウサギでした。


「良かったぁ、カエルじゃなくて……」

 ピアスはカエルが苦手でした。ウサギは真っ白でふわふわで空色の目をしていました。耳がピンと立っていて、もこもこっとした小振りの羽が二枚背中に付いていました。


「あのー、何か用ですか?」ピアスは尋ねました。


(モールの中には空がある。無論きみにもあるんだろうけれど。モールの空は特別なんだ)


「……????」


 ピアスにはウサギが何を言っているのか意味が分かりません。


(いや、モールが空なのかもしれない。空は毎日歌っているけれど、とても空しいんだ)


「モールは空しいの?」


(ああ。歌っても歌っても届かないから、人間たちに……)


 ピアスは一瞬悲しそうな顔をして、それからウサギに言いました。

「確かに私にはモールの歌が聴こえない。でもモールの歌は届いてる。小川……あ、スズキさんにもオオキくんにもハナちゃんや風にも、ウサギさんにだって……聴こえるでしょう」


(聴こえるさ。だからぼくたちは秩序を乱さない。でも人間はどうかな?人間は聞きたくないものには耳を傾けることをしない。人間はエゴイストだ。自分たちの幸せのためといって、無駄な争いを始める。この星を着々と破壊している)


「そ、それは一部の人たちで……」

 ピアスが言いかけると、じっとしていたモールがスケッチブックに青いクレヨンで文字を書き出しました。


 ”ぼくのなかにはそらがある

 きみのなかにもそらがある

 あかるいそら

 くらいそら

 うれしいそら

 さびしいそら

 ぜんぶぼくのそら

 ぜんぶきみのそら

 ぼくはぼくのそらをうたう

 どんなそらでもうたう

 うたうことがすきだから

 でもきくこともすきだから

 きみのそらのうたをきいているよ”


 書き終えるとモールはウサギに微笑みました。


 ウサギはいつの間にかピンと伸ばしていた耳をだらんと垂らしてピョンピョン跳ねながら森の中へと消えていきました。ふと見ると、二枚の羽がキラキラ光って落ちていました。


 ピアスは羽を掴もうと手を伸ばしました。しかし羽はピアスの手をすり抜けてモールの背中にささったのです。



✳︎



 モールはしゃべることが出来ません。しかし、誰人もモールの歌を聴くことが出来ます。聴こうとする心さえあれば。けれどそれは自由です。あなたの心が決めればいいのです。


 ピアスは空を見上げました。太陽が空の一番高いところに昇りました。


「さぁー、ランチにしましょう」

 ピアスはバスケットを開きました。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 忌憚なき意見を言いますが、童話にしてももうちょっと設定を練り込んで書かないと響く所がありません。 統一された世界観を感じられる、それには童話をいっぱい書く事です。いつもの短編と比べる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ