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その場所で貴方を待つ  作者: 水無月とおる
9/30

嵐来る

 

 その日からというものの、アヤメは少しずつフデの手伝いをするようになった。庭に箒をかけるだけでなく、廊下の雑巾掛けをするようになった。最初はなれない様子だったが少しずつ要領を得てきた様子である。そんな彼女の様子を、敬助をはじめ他の試衛館の面々は暖かい眼差しで見守っていた。

 そんなある日のことであった。試衛館に来客があったのは――。



「こんにちはー。周助先生、若先生いますかあ?」


 不意に玄関から響いてきた女性の声。洗濯物を取り込んでいたフデとアヤメはその声に動きを止めた。


「・・・まったくあの人は。いつも突然くるんだから。」


 眉間に皴を寄せそう呟いたフデの様子を恐る恐る伺いながらアヤメは声のした方に目を向けた。誰であろう、知らない声だったが先方の口調やフデの反応から察するに親しい間柄なのだろう。


「ちょっとここで待っていなさいな。」


 フデはそれだけをアヤメに伝え、表のほうに向かった。アヤメは言われた通りにその場で立ち尽くしていた。


 フデが表に向かうとそこにはもう“彼女”の姿は無かった。

「まったく・・・。」


 相変らず落ち着きのない人だ。待つということができないのだろうか。


「あの姉弟は揃いも揃って本当に・・・。」

 

 そう呟くとフデは苛立ちの募った顔で屋敷の中に戻った。彼女を探さねば。


 * * *


「周助先生!若先生!宗ちゃ~ん?」


 さっき聞いた女性の声が気のせいか徐々に近づいてきている気がする。だがここに居ろとフデに言われた限り、ここを離れることも出来ず、アヤメは途方にくれていた。


 そうこうしている間にも声はこちらに迫っている。そして遂に縁側の端から一人の女性が姿を現した―――。


「あら?」

「・・・。」


 その女性はアヤメの姿を認めるとその目を丸くしてこちらを見つめてきた。


「・・・。」


 アヤメはその視線にびくつきながらそっと顔を洗濯物で隠した。


「あらら?お嬢さん見ない顔ねえ。」


 彼女はそんなアヤメの様子に気がつかないのか、縁側の下に放置されていた下駄をはいて庭に降りこちらに近づいてきた。

 そしてアヤメの前にかがみこむと


「お嬢ちゃん、お名前は?」


 微笑みながらそう尋ねてきたのだ。

 見知らぬ女性にすっかり怯えてしまっているアヤメの様子に彼女は優しげな笑みを絶やさない。その笑顔は初めて見たはずなのにどこか見覚えがあった。


「おい、おミツちゃん。そのへんにしといてやってくれや。」


 そんな女性の後ろから聞き慣れたしわがれた声が響いた。

 

「あらあ、周助先生!」

「久しぶりだな。」


 縁側の廊下でこちらを見つめている周助先生に親しげな様子で声をかける女性。“おミツちゃん”と呼ばれた女性はその人懐っこい笑顔で周助に一礼した。


「おミツちゃん、探さなくてもすぐ玄関まで迎えに行くから勝手にうろちょろしないでくれ。逆にあんたを探すこっちの身にもなってくれよ。」

「あらごめんなさい。ついね。それよりこの子・・・。」

「ああ、この娘か?こいつは・・・。」

「先生、まだ若いですねえ。この歳になって!」

「・・・は?」

「しかも、こんなに可愛い子!」

「おい、なんの話だ。」


 ニコニコ顔で勝手に話を進めていくミツを制し、周助は首をひねった。


「え?この子先生のお子さんじゃあ・・・。」

「ちげえよ!どちらかというと敬助のだ。」

「ええ!?山南さんの?」


 驚いた顔でもう一度アヤメの顔をまじまじと見つめるミツ。そんなミツの声が響いていたのか、道場のほうからいくつかの足音が近づいてきた。



「騒がしいと思ったら・・・やっぱり来てたんですね、おミツさん。」


 苦笑いを浮かべながら近づいてきた敬助に、ミツは詰め寄った。


「や、山南さん!一体どういうことです!?何時の間にお子さんが!」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・は?」


 口をぽかんと開ける敬助、そしてその後ろからきた勝太と宗次郎。

 一瞬の間の後、後ろにいた二人は腹を抱えて笑い出した。


「はははは、山南さん子持ちだったんですか?」

「あはは、実はやり手なんだな!」

「ちょっと二人とも笑いすぎだよ。」


 そんな四人の様子をアヤメは恐る恐る見つめていた。


「だって、周助先生があの子は山南さんの娘だって・・・。」

「いや、俺は娘“みたいなもん”だって意味でいったんだぞ?」

「え?じゃあ・・・。」

「こいつはアヤメって言って訳あって敬助が面倒を看てるんだ。」


 周助の言葉でようやく理解したのか、ミツはああなるほどと首を縦に振る。

 そんなミツを、アヤメは怖怖と見やりそっとその体を敬助の後ろに隠した。

 そんなアヤメの様子にはっとした敬助はアヤメの頭をいつものように軽く撫でてミツをアヤメに紹介した。


「アヤメ、この人はおミツさん。宗次郎のお姉さんだよ。」

「・・・!」


 その言葉にアヤメはその目を大きく見開いた。


「ミツ姉さま!お久しぶりです!」

「あら、宗ちゃん!また暫く見ない間に大きくなって!」

「ははは!相変らずだなあ、おミツさん。」

「ああ、若先生!」


 勝太たちと談笑するミツと宗次郎を見比べ、ちらりと敬助に目を向けた。


「あら、歳三さんは?」

「今日は実家の手伝いだ。」


 そんなやり取りをしているミツと勝太の間で宗次郎は久しぶりに会えた姉にニコニコと嬉しそうな笑顔を向けていた。


「でもあの女の子・・・訳あって世話してるって、どういうこと?」


 それていた話が戻って、ミツの好奇の目がくるりとアヤメに向いた。


「・・・!!」

「まあ、その話は後で・・・。」


 びくりと体を震わせ敬助の後ろで小さくなるアヤメ。そんな彼女の勝太は苦笑いを零しながらミツを広間に連れて行った。宗次郎はこちらを見て一瞬迷う素振りを見せたが、敬助が無言で頷くと、促されるままミツの後を追いかけた。

 残されたアヤメはそっと敬助の顔を伺った。

「・・・。」

「おミツさんはね、さっきも言ったとおり宗次郎の姉に当たる人だ。昔からの付き合いがあるから周助先生や勝太さんとも仲がいいんだよ。宗次郎は九つの頃にここに来たらしいが、それ以来ああしてたまに様子を見にくるんだ―――突然。」


 驚いたね、といってアヤメの頭を撫で


「でも決して悪い人じゃない。子ども好きだしね。」


 そんな敬助の言葉を聞きながら、アヤメはただじっと考え込むように地面を睨んでいた。


 * * *


「へえ、倒れてた身元のわからない子どもを・・・。山南さんらしいわねえ。」

「ああ、それにあの子は喋れない様子でね。人に怯えてばかりいるんだ。」


 広間で勝太と宗次郎にアヤメのことを一通り聞いたミツは何度も頷きながら顎に指を当てて唸りだした。


「それで宗次郎の昔の着物をねえ。でも大きすぎるんじゃない、あのこには。」


「まあなあ。仕立て屋に頼んでやりたいところだが、あの様子じゃ外には出せまい?」


 勝太のすぐ脇で茶をすすっていた周助が口を出した。



「でも、最近は人になれてきたようですよ。よくおフデさんの手伝いをしてますし。」


 勝太がそう声をあげて、なあ、と宗次郎に同意を求めれば、宗次郎も頷いた。


「そうなの・・・。」


 ミツは暫く考え込むような素振りを見せ、顔を上げるとにこりと微笑んだ。


「じゃあ、私が見立ててあげる!」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・おミツさん、今までの話聞いてましたか?あの子、他の人には・・・。」

「勿論聞いていましたよ!こんなむさくるしい男所帯に居ちゃそりゃ気苦労もあるでしょ。わたしなら同じ女として聞けることもあるでしょうし!」

「いやいや・・・。」


 勝太の言葉にまったく耳を貸さず満足げに微笑むミツ。こうなったらもう他のものの意見など聞こえないのだ。


 周助と勝太は心の中で溜息をついた。


「我が家にも多少は幼子ようの衣があるから暫くはそれを着ときなさい。新しい着物は私が布を見立てて仕上げるから!」

「・・・もう何も言うめぇ。」


 諦めたような周助の呟きに勝太は苦笑を零した。


「だがさっきも言ったとおりあいつはまだ人に心を開いていない。十分注意して接してやってくれ。敬助の言うこともよく聞いておけよ。」

「わかってますって!」

「ホントかよ・・・。」

「まあまあ、父上。」

「ミツ姉さまらしいですね。」


 そんな三人の話など聞こえていないように、ミツは一人どんな色が似合うかと唸っていた。


「江戸だとあんまり派手な色は出来ないからねえ。薄紅色かしらねえ。」



 * * *


 その夜、縁側に座ってぼんやりと景色を眺めるアヤメの後姿を敬助は考え深げに見つめていた。


 恐らく今日一日の出来事に混乱しているのだろう、アヤメの視線は外に向いているが、彼女の意識はそれを捉えていないようだ。



 今日いきなりやってきたミツのこと。

 そしてその人となり。

 更には夕暮れ時にもう一度二人の目の前に現れ、ミツが提案してきた内容。

 それら全てが彼女の頭の中をめまぐるしくまわっているのだろう。


 そう、今日の夕暮れにミツは二人の部屋にやってきたのだ。



――――


―――――


『どうしたんですか、おミツさん。もうお帰りで?』

『いいえ、私は暫くこっちに留まります。それでね、ちょっと提案があって。』

『提案?』

『ええ、まあ。その前にその子に改めて挨拶をね。』

『あ、そうですね。』


 そういえばそうだ。さっきのごたごたの所為でゆっくり挨拶も出来ていなかった。そのことを思い出し、敬助はそっとアヤメに目配せした。アヤメは二人の会話をおどおどしながら聞いていた。



『アヤメちゃん・・・だったわね?』

『・・・。』


 アヤメに向き直りその顔を覗き込むミツ。アヤメは体をぎゅっと小さくして敬助の後ろに隠れた。そんなアヤメの様子にも関らずミツはニコリと微笑み、


『改めまして、はじめまして。宗次郎の姉のミツです。よろしく。』

『・・・。』

『アヤメ。』


 敬助の背中に隠れたままのアヤメを窘めるように声をかけるとアヤメはそろそろと顔をのぞかせ、静かに頭を下げ、また敬助の影に隠れてしまった。


『ふふふ。かわいらしい。』

『・・・!』

『まったく、おミツさん。あまり彼女を驚かせないでくださいな。』

『あらごめんなさいな。』

『それよりも、先ほど仰っていた“提案”とは何ですか。』

『ああ!そうでした、そうでした。』

 ミツはにこりと微笑むと


『アヤメちゃんの着物を仕立てようと思いましてね。』

『・・・え?』

『だからね、アヤメちゃんの着物です。今この子は宗次郎の着物を使っているでしょう?でもやっぱりちょっと大きくて動きにくいのではないのかと思いましてね。』

『まあ、それはそうですが・・・。着物を新しく仕立てるには、その・・・色々とね。』


 今のこの状態で町の仕立て屋に行くのは無理だろう。下手に無理強いする事など出来ない。



『まあまあ、着物代は私が出しますし、仕立て屋に出向くのではなくて私が縫いますから。』



 言うことだけ言うとすっきりしたのか、ミツは二人の部屋から出て行った。 

 採寸は自分が行なうし、生地の見立ても任せろとだけ言い残し。


「まあ、そろそろアヤメの為に新しい着物が必要だとは思っていたけれどね。」


 アヤメの頭を撫でてやれば、いつものように敬助の方をちらりと見やり、また顔を伏せる。


「せっかくだから、おミツさんに任せてみようか?」


 アヤメは曖昧に頷くだけだった。

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