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その場所で貴方を待つ  作者: 水無月とおる
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雪解け


旧暦七月の中頃を少しすぎたころ。フデは一人庭を箒で掃除していた。心地よい天気だ。夏ももう終わり、秋の気配が日に日に増してくる。といってもまだ気温は高いが。


 あの少女が来てもう二月ほどが経った。相変らず敬助以外の人になつく気配は見せない。 敬助の話によると少しずつご飯は食べるようになったらしいが。喋る気配も無い。


――うちの人たちは一体何時になればあの子をもとのところに帰すつもりなのか。

 苛立ちで箒をもつ手に力がこもった。

 不意に誰かの視線を感じた。そちらに目を向けると先ほど考えていた少女がそこに立っていた。柱の陰に隠れこちらの様子を伺っている。


「なんですか?」


 思わずきつい口調になってしまう。どうにも幼子は苦手だ。上手く感情が制御できない自分に苛立ちを覚え思わず眉を歪めればアヤメはそれを自分に対する嫌悪ととったのだろう、びくりと肩を震わせた。


「・・・。」



 だが何かを思い出したのか、はっとした表情を浮かべると唇をぎゅっと結んで静かにこちらに歩み寄ってきた。

 アヤメの思いがけない行動に驚きを隠せない。いつもならこちらには近づこうともしない、寧ろ避けているくらいなのに。一体何事だろうか。

 ある程度近寄ると少女はおずおずとその細い指で箒を指した。


「箒?これがどうかしたのですか?」


「・・・っ、あ。」


 何かを伝えようとしているのかアヤメは身振り手振りで必死にフデに訴えかける。

 だが中々わかりにくい。もどかしさから苛立ちが募るのを必死に押さえ少女の動きを見つめる。


 そして思い至ったこと――


「もしや、手伝う、と言いたいのですか?」


 フデがそう尋ねかけた瞬間、アヤメがぱっと顔を上げ強く頷いた。言いたいことが伝わったからか、気のせいか少し嬉しそうだ。

 そんな彼女の姿にフデははっと息を呑んだ。

 今の瞬間彼女の瞳には今まで自分を見るときいつも浮かんでいた恐怖が消えていた。

 怯えや恐れを宿さぬ少女の目を、今日初めて見た――。



「・・・じゃあ、お願いしましょう。」


 箒をアヤメのほうにそっと突き出せばそれをそっと手に取った。

 相変らず笑顔は見せないがその表情はきたばかりの頃よりもずっと柔らかかった。



 * * *



「飯だ飯だ!」

「お腹空きましたねえ。」

「久しぶりに体動かすと腹の減りが凄いな!」

「そりゃあトシ、お前は最近は全然道場これなかったからなあ。」

「歳三さんが普段から真面目に奉公していればいい話ですよ。」

「うるせい、宗次郎。生意気いいやがって。」

「本当のことでしょうが。奉公先で女の人にちょっかい出したから。」


 歳三と宗次郎が汗をかいた身体を手ぬぐいで拭きながら庭の前を通りかかった。

 すると目に入った光景に思わずどちらとも無く脚を止めた。


「どうかしたのか?トシ、宗次郎。」


 後ろからやってきた勝太も歳三の肩越しに二人の見つめる光景を目の当たりにした。



「あれ?アヤメじゃないか。」


 そこにいたのは慣れない手つきで懸命に掃除するアヤメの姿だった。


「何やってんだ?」

「なにって、そりゃ見ての通り掃除だろ。かっちゃん大丈夫か?」

「そういうこと言ってるんじゃないよ!」

「こらこらお三方、道をふさいでいるよ。」


 いつものように言い合いを始めた二人と宗次郎の後ろから穏やかな声が響いた。


「あ、山南さん!」

 

 宗次郎が笑みを浮かべピョンと飛びつくように近づくと


「餓鬼みてえなことするんじゃねえ宗次郎!」

「いったあ!また殴った!歳三さんはすぐ手が出る!」

「こらこらトシ。」

「ははは、仲がいいねえ。で?何立ち止まっているんです?」


 これのどこが仲良しに見えるんですか、と涙目で訴えかける宗次郎の脇から敬助はさっき三人が視線を向けていたほうに目を向けた。そこには掃除に精を出すアヤメの姿があった。


「あ・・・。」


 いつも部屋にこもってばかりのあの子が外に出て、しかもさっきまで庭の掃除をしていたフデの代わりに箒を手にしている。


 その光景をみてすぐにわかった。アヤメはこの間自分が話していたことを実行に移したのだ。あんなに人に怯えていたのに――。

 きっと大変な勇気が要ったであろう。

 緊張したであろう。

 

――がんばったね、アヤメ。

 その光景に思わず頬が緩んだ。



「あ、なんです?その顔。」


 宗次郎が下から覗き込むような体勢で敬助の顔を覗き込んだ。


「ふふ、なんでもないよ。ほら昼餉に行かないのかい?」



「おう、そうだそうだ。ほら行くぞ、かっちゃん、宗次郎!」


 歳三に引っ張られるようにして勝太と宗次郎はその場から立ち去った。

 ただそのとき宗次郎が複雑な表情で敬助を見つめているのを他の三人は知らなかった――。


 * * *



「アヤメ。」


 掃除に集中するアヤメに敬助は後ろからそっと声をかけた。

 優しい声にアヤメはすぐに顔を上げた。そしてトテトテとこちらに近寄ってくる。その小動物のような動作に敬助は思わず笑みを浮かべた。 


「手伝いかい?」


 返事をする代わりに首を縦に振るアヤメ。

 こんなにも愛らしい子どもがあんな傷だらけにされるなんて――。ここに来たばかりの頃の姿を思い出すと、今も胸が痛む。


「がんばったんだね。それを片付けておいで。もう掃除は十分だよ。」


 その言葉に嘘は無かった。実際庭にあった落ち葉は殆ど全て集められ、整然としている。あとは葉を処理するだけだろう。

 敬助の言葉にコクリと素直に頷くとアヤメは台所のほうに駆けていった。

 暫く庭に向かった縁側に腰掛け待っているとアヤメとフデがやってきた。フデは庭の様子を見て頷くと、


「はい。ご苦労様です。お昼になさい。」

 

 そういうと集められた葉を松の根元の土の部分に掛け箒を片付けた。



「山南さん、お昼を届けますからお部屋に戻ってください。」

「あ。はい。」


 反射的に返事をしたがそのいいようにはてと小首を傾げた。


 フデの言葉に少々違和感を感じたのだ。


 いつもならこちらから昼餉を取りに行かなくてはならない。そうしなければ食事の用意などしてもらえない。


 にも関らず今日はフデから昼餉を届けにくると言う。


「おフデさん――・・・。」

「なんですか?」

「・・・いえ。よろしく頼みます。」


 敬助は頬を緩ませ、会釈した。

 胸に暖かなものが湧き上がる、そんな心地がした。


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