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その場所で貴方を待つ  作者: 水無月とおる
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心の傷


「俺のことを話してたのか?なんか呼ばれた気がしたんだがよ。」


 手にした木刀を左手に玩びながらこちらに近寄ってきた。


「おお、トシ。丁度よかった!お前に頼みたいことがあったんだ。」


 その姿を確認した途端勝太が満面の笑みを浮かべる。彼はこの年の近い幼馴染をとても気に入っているようで、歳三が行商でこれないときはつまらなそうにしている。


「なんだよ、かっちゃん。気持ちわりいな。何だ?頼みごとって。」

「まあここではなんだからな!向こうで話そう。」


 三人はその勝太の言葉でそこから遠ざかった。


「なんか嫌な予感しかしねえんだが・・・。」

「気のせいだ。さあ山南さんも。」

「はい。」


 ぶつくさ言う歳三を勝太は笑顔で受け流しながら。



―――――




 居間の畳の上で不機嫌丸出しの顔で胡坐を掻いている歳三。その前にはニコニコ顔の勝太と少し困った表情で微笑む敬助がいた。


「おい、かっちゃん。つまりあんたの話を整理するとだな。河辺で拾ったガキの身元がわからねえから俺にそれとなく調べて来いとそういうことか?」


 先ほど話したこれまでの経緯を綺麗に纏め上げる歳三に勝太がうんうんと頷いた。


「ああ。ずばりそのとおりだ!流石トシ、理解が速いな!!」

「なにが“流石トシ”だ!」


 面倒ごとが大嫌いな歳三は嫌そうな顔を隠そうともしない。


「何だ、そんな面倒な事でもあるまい?」

「面倒だよ!少なくとも俺にとっては!」


 にこやかな勝太に噛み付くような勢いの歳三。このままでは埒が明かなさそうなので敬助も話にわって入った。


「私からも頼むよ歳三君。君しか頼めるひとがいないんだ。」


 勝太程ではないがそれなりに彼とは付き合いがある。彼に頼みごとをしたいときはどうするのが有効か位は心得ていた。兄弟が多く親も幼い頃になくしている彼は“君しか”など、この手の言葉に弱い。


「・・・まあ、行商ついでにやってやらねえこともないな。」


 少し照れくさそうに頭を掻いて頷く歳三を前に勝太と目配せする。


「そうか!やってくれるか!やっぱりトシは頼りになるな!」


 豪快に笑いながら歳三の背中をバシバシと叩く勝太。


「いてえよ、かっちゃん!つうかその例のガキは何処だよ?」

「ああ、客間にいるよ。」

「よし、わかった。」


 そう言って歳三は立ち上がる。


「え?会うのか?」

「そりゃそうだ。労力使わされるんだからな。どんなガキかくらいは見とかなくちゃな。なんか都合悪いのか?」

「いや、なんていうか・・・。」

「ちょっと人に対して怯えているところがあるんですよ。」


 敬助が口を挟むと


「けっ!そんなん知るか。ガキを甘やかしてもろくなことねえぞ。」


 それだけ言うとさっさと出て行ってしまった。


「あ、歳三君!?」

「ちょっと待てトシ!」


 だが歳三は聞く耳を持たずさっさと客間に足を進めてしまう。


「おい。トシ!お前なあ。」

「どんなガキかも知らずに身の上調べろって言うほうが無理だろ?身なりとか顔立ちとか知っとかねえとな!」

「そりゃあそうだが・・・。」


 勝太が止めるのも聞かず、ドスドスと廊下を進んでいく。そして客間の前まで来ると勢いよく襖を開けた。


「入るぞ!」

「もう入ってるよ、トシ・・・。」

「うるせえ。」


 少女は荒々しい歳三の入室に怯え切りガタガタ震えながら更に部屋の隅に身体を寄せている。その傍らには手付かずの昼餉が敬助の置いたままの角度で置かれていた。


「ん?昼餉がそのままじゃねえか。食べていないのか。」

「・・・。」


 黙ったままの少女を睨みつけるようにしている歳三をなだめるように敬助が彼の肩に手を置いた。


「まあまあ。そう怖い顔をしないで。この子、知らないところに連れて来られたせいか朝餉も食べてなくて・・・。」

「なんだと?」


 途端に眉間の皴を寄せる歳三。


 やばい。


 そう思う間もなく歳三は少女の前に座り込んで顔を覗き込んだ。


「おい、なんで飯食わねえんだ。勿体ねえとか思わねえのか。」

「・・・。」

「ただ飯食わせてもらってんだ。ちゃんと全部食え!」

「おい、トシ!そんなキツイ言い方は・・・!」

「そうだよ、歳三君!」


 勝太と敬助が二人で止めようとするが彼女の顔を無理矢理上に上げさせた。


「おい、わかったか!?」


 少女の瞳は恐怖の色に染まりきっていた。さっきよりも酷い震えを起こしている。


 ただ涙だけは流すまいとしているのか唇を強くかみ締めている。

 だが彼女は今までに無かった動きを見せた。そっと腕を回し膳の上に乗っていた箸を掴んだ。そして震える手を動かし、膳に置かれた茶碗を左手にとって荒い息を抑え飯を口に運んだ。ゆっくりと咀嚼し飲み込んだ。


「食べた・・・。」


 敬助の口から思わず呟きが漏れた。震えながらもゆっくりゆっくりと食事を口に運んでいく。綺麗に正座して背筋を伸ばして。

 四半刻ほどの時間を掛けはしたが全て綺麗に食べきり箸を置いた。

 そしてまた逃げるように部屋の隅に身を埋めてしまった。


「よしよし。よくがんばったねえ。」


 敬助がその様子に思わず頭を撫でると少女は一瞬びくりと肩を揺らしゆっくりと顔を上げた。その瞳に映るのは今までとは全く違う感情だった。怯えでも恐れでもない、驚愕の眼差し――。その瞳に今度は敬助のほうが驚いてしまった。思わず頭を撫でる手を止める。綺麗な黒い目がじっとこちらを見つめている。

 初めてまともに少女の瞳を見た。大きな二重の目は左側が大きく腫れている所為で左右のバランスが悪いがとても綺麗で、思わず見入ってしまう。

 すると少女ははっとした様に息を呑みまた顔を伏せてしまった。


「・・・山南さん。俺はもう帰るぜ。」


 その様子を見ていた歳三はゆっくり腰を上げた。敬助は歳三の声に反応しまた震えだす少女の肩を宥めるようにポンポンと叩きながら顔を歳三に向ける。


「ああ、ありがとう、歳三君。じゃあ例の件は頼んだよ。」

「ああ、確かに引き受けた。」


 それだけ言うと歳三はさっさと部屋から出て行き、少し迷う素振りを見せた勝太も敬助に促され、彼の後を追った。



 二人取り残された客間はさっきより随分広く感じる。

 少女は相変らず顔を下に向けたままではあるがさっきより震えは多少ましになったように思える。


「ご飯は口に合った?」


 沈黙に耐えかねてたずねるが、少女はずっと下を向いたままで反応を見せない。


「さっき来たあの顔のいいお兄さんは土方歳三君といってね。口調はきついが優しい人だ。怖がること無いよ。その人の後に出て行ったのが近藤勝太さん。この家の跡取り息子さんだ。他にもここには沢山の人間が出入りしている。みんないい人ばかりだ。」


 少女の隣に腰掛けるとゆったりとした口調で話し掛けた。


「君に近い年頃の子だと沖田宗次郎という子がいる。昨日君の傍についていてくれたんだよ。今度会わせるね。宗次郎は数えで今十二歳。歳は近いしいい話相手になるんじゃないかな。」

「・・・。」

「君は一体いくつなんだろうね。」


 少女は何の反応も見せずただ俯いたままである。




 * * *


 勝太はずんずんと歩く歳三の後姿に声をかけた。


「おい、トシ!」


 その声に歳三は足を止めて振り返った。


「何だよかっちゃん。」

「お前、言い方がきつすぎだよ。」

「ああ、あのガキのことか・・・。だけど飯食ったじゃねえか。」

「ああ、それは感謝してる。だがな、まだ幼いんだ。もっと優しく言ってやってくれ。」

「けっ!面倒だな。それに俺は間違ったことは言っちゃいねえぜ。」

「ああ。お前の言ったことは正論だな。だがな・・・。」


 そこで勝太は一旦声を切り、真剣な顔を歳三に向けた。


「正論に押しつぶされる人間もいるんだ。」

「・・・。そんな弱い奴のことまで知らねえよ。」


 それだけ言うと歳三はさっさと帰って行った。

 勝太はその後姿を見ながら溜息をついた。あの幼馴染はどうも他人にたいしても自分に対しても厳しすぎるところがある。その厳しさがよくないほうに傾かなければいいが――。



 * * *


 敬助が台所に向かう途中で周助が彼に声を掛けた。


「おい、敬助。とりあえずおフデには俺から話しておいた。ぶつくさ文句を言ってはいたが、条件付きで許可が出たぞ。」

「周助先生。本当ですか?」

「ああ。だが俺達で世話をしろってな。」


 そういいながら周助は敬助の隣に立った。


「世話をするなら源三郎か敬助が適任だと思うんだが。どうだ?勝太は世話焼きだがどうにも顔がいかついからなあ。宗次郎は世話とかを任せるにはちと頼りねえ。」

「ああ、それでしたらご心配なく。最初から私が責任を持って世話するつもりですから。」

「そうか。じゃあよろしく頼む。」

「はい。ところでおフデさんは?」

「夕餉を並べているところだろ。今不機嫌だから会うなら気をつけろよ。」

「はい。」


 何故フデが不機嫌であるかはあえて聞かず、敬助は台所に足を向けた。


「おフデさん?」


 居間で年老いた女中とともに忙しそうに動くフデに声をかけると、彼女はあからさまに不機嫌な顔をこちらに向けた。


「何ですか、山南さん。私、これでも忙しいんですが?」


 わざとらしいフデの言い回しに心の中で苦笑を漏らし、


「申し訳ありません。夕餉を一人前いただけませんか?」

「ああ、あの子どもの分ですか。そこにある膳を持っていってください。」


 苛立ちのこもった声を敬助に投げかけ、乱暴に膳の一つを顎で指し示した。


 敬助はそちらに顔を向け指示された膳を持ち上げた。


「それからおフデさん。」

「なんです?」

「あの子をここに置くことを認めていただいたようで。ありがとうございます。」


 敬助の言葉にフデは少々眉をしかめながら振り返ると


「その代わり、皆さんの食事の量は減らします。私は世話を一切手伝いませんから。」

「はい。」


 それだけ言うと敬助は早々に部屋を出た。

 これ以上ここにいても、おフデの機嫌を損ねるだけだろう。


――――



「入るよ。」


 少女のいる客間の前で声を掛け、中に入ると相変らず少女は膝を抱えた体勢で座っていた。


 敬助が部屋に入った途端、少女は肩を震わしたが、昼時のような怯えた様子は少し緩んだように思う。

 少女の前に夕餉ののった膳を置く。


「はい。夕食だよ。」


 だが少女は動く気配がない。ただじっとしている。せっかく昼は食べたというのに――。どうすればいいのだろう。思わず溜息が漏れそうになるのを押さえ少女の顔を覗き込んだ。


「食べないの?」

「・・・。」


 困った。このままでは恐らく少女はずっとご飯を食べないだろう。昼間の歳三のように食べさせられればいいが――余りきつい言い方は気の毒だ。


「食べていいんだよ?」


 頭の中であれこれ考えながらやっと出てきた言葉を少女にかけた。

 そんな言葉しか今は思いつかなかったのだ。上手い言い様で少女の不安や警戒心を和らげられればいいのだが――・・・。

 だが少女は敬助の予想に反した動きを見せた。ゆっくりと膳に向かい合いゆっくりと箸を掴んだのだ。そして膳の上の茶碗を左手に持ったのだ。


「え?」


 驚く敬助を他所に少女はゆっくりとではあるがしっかりとした動作で口に夕餉を運んでいく。


「・・・。」


 今日の朝に比べ、素直に食事を口に運ぶ少女。何故こんなに素直になった?歳三が言った言葉が原因だろうか?

 否、運んできてすぐには膳に手を出そうとしなかった。

 敬助が『食べていい』と言ってから食べだしたのだ。

 歳三が食べろと言えば震えながら食事を摂った。敬助が食べていいと許可を出せば素直にそれに従った。


 まるで

 まるで調教された犬のように――。


 身体の傷。押し込められた言葉。

 少女の閉ざされた心の冷たさに、心臓が冷やりとした。





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