ざわめき
結局新八と左之助は食客として試衛館に身を置くこととなった。
新八は松前の江戸定府の家計らしく江戸のことに通じ、懐にもやや余裕がある様子だ。
歳三はなんでそんな坊ちゃんがこんな田舎に来たのかとぶつくさ言っている。
アヤメがここ数日観察した結果、左之助は知識はないが知恵はあるという人種で、剣術の覚えも早く、ほかの門下生にあっという間に追いついた。新八はもともとかなり腕は立つのだろうが、逆に新しく学ぶ天然理心流に戸惑いがあるように感じる。
これはあくまで素人のアヤメの認識だが。それでも二人は一般の門下生と比較しても優秀だ。また左之助は道場のみんなに気さくに話しかけ、新八も優しく豪快な人物で、あっというまにみんなに慕われるようになった。
ただ左之助は他のみんなと比べると少々アヤメに気安い態度をとる傾向があり、宗次郎がよく間に入ってきた。
今日もアヤメが練習後道場のみんなにお茶を配っていると左之助がちょっかいをかけ始めた。
「アヤメ、お前が淹れた茶はうめえな。」
アヤメは曖昧に微笑むと
「ありがとうございます。でもそれはおフデさんが淹れたものですからね…。」
その言葉をゆるりと流す。だが左之助も引かない。
「お。今日の櫛可愛いな。でも季節はずれじゃねえか、花ショウブの柄なんて。」
「昔からつけていて気に入っているんです。もともと冬にあう簪なんてもってないんですから。」
「そうか、まあ色合いはあってるしな。」
そういってアヤメの着物の袖をひろげる。彼女の右手をつかんで。
「もう!左之助さんアヤメになれなれしい!」
宗次郎が間に入ると左之助はアヤメの袖から手をはなしてけらけら笑う。
「固いこというなよ宗次郎!なあ!」
そういって宗次郎の背中をバンバンと叩く。その加減を知らぬ叩き方に宗次郎が顔をしかめた。
「いた!痛いって!もう!!」
「おう!すまんすまん。」
豪快に笑っている左之助とは対照的に宗次郎は渋い顔だ。その二人の顔を交互におろおろと見ているアヤメに同情したのだろう。勝太が口を挟んできた。
「おいおい、やめろ。アヤメが困ってるだろうが。アヤメ、気にしなくていいから他の仕事に戻りなさい。」
「え…。あ、はい。」
アヤメは心配そうな視線を送りながらもそそくさと戻って行った。
アヤメが出ていったあとの室内では宗次郎が大層ご立腹であった。
「もう!左之助さんもいい加減にしてください!怒りますよ!」
宗次郎の苦言に新八もうんうんとうなずいた。
「全くだ。おい左之。尻軽もいい加減にしろ。」
「ああ、ああ。わかったよ。やりすぎた!後で謝っとくよ。」
「いい加減にしないと敬助さんに怒られますよ。ねえ敬助さん。」
「ええ、まあ。ねえ。」
敬助は宗次郎の言葉に曖昧に頷くだけにとどめた。少しぬるくなり飲みやすくなったお茶にそっと口をつけた。
「まああの子は繊細です。少し気を付けてやってくださいな。」
それだけ言うとわずかに両の口角をあげてごまかした。
* * *
「そうか、新入りが来たかい。まあ怪我しないようにだけ気を付けてくれればいいよ。な?」
「はい、善庵先生。」
善庵の元を訪れて仕事の手伝いがてら近況の報告を行う。薬草の仕分けを行いながら最近やってきた二人の話をしたら善庵はけらけらと笑ってそういう。
「まあアヤメにもだいぶ薬やなんやの知識がついたかた安心だろうがね。」
「そんなことはありませんよ。私なんてまだまだですから。」
「謙遜するな、お前は立派だよ。器量もいいし、いい嫁ぎ先が見つかるだろうて。」
その善庵の言葉に、アヤメは刹那、手を止めた。しかしすぐに作業を再開する。
「そんなことはありませんし、まだ先のことですよ。」
「そうかな…。まあアヤメ次第じゃないか?」
「私が嫁いでも、いい嫁にはなれないでしょう。」
「いい嫁になるよりお前自身が幸せになることが大切だよ。」
そういうと善庵はアヤメが仕分けした薬草をとって立ち上がった。
「調合してくるよ。」
「はい。お茶を煎れておきますね。」
いつものようにアヤメは作業が終わるときに飲むお茶を用意する。
善庵は少し冷めたくらいのお茶が好きなのだ。煎れる頃合いを見計らわなければならない。
善庵の様子を伺いながらアヤメはふうっと息を吐いた。
結婚――。
ずっと先のことと思ってきたけれど、きっとそのうちフデが縁談を持ってくるだろう。別に彼女が何か言ったわけではないが、アヤメにはその確信のようなものがあった。
フデはアヤメの結婚を焦っているように思えるのだ。
まあ無理もない、自分は身寄りのない身だ。下級武士の家に世話になっているとはいえ、いい縁談は望めない。早めに動こうとするのは自然なことだろう。
お払い箱にされるのも近いかもしれない。
そんな予感とも不安ともいえぬ感情がここ最近常に胸の中に渦巻いていた。
ここまで世話してくれた近藤家のためにも、できるだけ近藤家に良い縁をもたらす家に嫁ぐことが自分の義務だ、この時代に思う相手と婚姻を結ぶなど土台無理なのだ。
そう言い聞かせ、自分の胸を収めるしかなかった。
だがこうやって周囲の人間が結婚を仄めかす度、心苦しさが自分を襲うのを、アヤメは確かに感じていた。




