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その場所で貴方を待つ  作者: 水無月とおる
23/30

雪解け②


「・・・どうか、したのか?アヤメは。」



 剣の稽古を一段落終え、一休みする試衛館の面々とアヤメ。源三郎が道場に連れてきたとき髪はボロボロで着物も汚れていた。明らかに落ち込んでいる彼女の様子に周助たちは言葉を失った。アヤメも何も言わぬまま皆から距離をとった。アヤメはただじっと座って縁側から外をぼんやりと眺めている。小さく膝を抱えたその姿はどこか寂しげだ。



「山南さんがいなくて寂しい、とかじゃないよな。さすがに。」

「・・・それが。」



 眉をしかめる歳三に少し言いにくそうに源三郎が口を開いた。


「道場に出入りしてる子どもたち居るでしょう?その子らがね、酷い言葉を・・・。私も一部始終見てたわけじゃないのでわからないのですが。口を利けぬことをからかわれていたようです。」


 アヤメは、髪のことやその目鼻立ちなど見目も珍しく、なのに声が出ず小柄で弱々しい見た目をしており、子供らからすれば絶好の標的だろう。前にも寺子屋帰りにいじめにあった。あの寺子屋に通うものの中にはうちの道場に顔を出す子もいる。同じ者にやられていてもおかしくはない。




「そうか・・・。」

「山南さんがいればなあ。あの人ならこういう時上手く慰められるだろうに・・・。」



 そういってはあっと息を吐く勝太の横で歳三は少し考え込むように顎をなでていたが、すっと腰を上げた。


「トシ?」


 勝太の呼びかけにも応えずに立ち上がり、縁側に歩み寄ると、歳三はゆっくりとアヤメの横に腰を下ろした。


「おい。」


 歳三の声にびくりと肩を震わせるアヤメ。歳三のそっけない言い方に、アヤメはいつもすこし緊張しがちなところがある。


「お前、山南さんが好きか?」



 その言葉に不思議そうな顔をしながらゆっくりと頷いた。


「・・・そうか。俺は最初あの人に出会ったばかりの頃、あの人が嫌いだった。」


 歳三のその言葉に驚いたように目を丸くして首をかしげた。



「あんないい人を何で嫌うのかって言いてえのいか?そうだよな・・・。でも俺はあの人が嫌いだった。」

「・・・。」


「余りに完璧すぎるからよ。人当たりが良くていつも笑ってて。だから信用できなかった。・・・否、自分にないものを何もかももっていることが嫌だったのかもな。」

「・・・。」

「トシ・・・。」




 静かな口調で語る歳三の言葉にじっと耳を傾けるアヤメ。歳三は優しい微笑を浮かべ続けた。勝太はなにか言いたげだが口をつぐんだ。



「だがまあ、今は信用してる。つまり俺が言いたいのは・・・。」


 歳三は言葉を選ぶように一旦口を噤むと再び口を開いた。


「つまりよ、どんないい人だとしてもだ、誰もかもに慕われるなんてことはねえんだ。俺みたいなひねくれものがいるからな。」


「・・・。」

「だが大切なのはな、自分を好いてくれる人のほうなんだ。自分を馬鹿にするような奴に好かれる為に媚びへつらったって何の意味もねえ。自分を好きだといってくれる人を想え。」


 瞬間、アヤメがはっとしたよう表情を見せた。


「お前は山南さんが好きだろ。」


 こくりと首を縦に振るアヤメに優しい眼差しを向けると、歳三はそっとアヤメの頭をなで続けた。


「そして山南さんもお前を好いている。近所のガキ共が何言おうが関係ねえ。お前が口を利けなくても、あの人はお前を好いてる。山南さんだけじゃねえ、ここに居る皆、お前が可愛くて仕方ねえんだよ。たとえお前が喋れなくても、お前の意思をアヤメなりに伝えてくれたならそれでいい。」


 


 歳三の言葉でアヤメの脳裏に甦る敬助の声。




――大丈夫だよ。


――寒くない?


――アヤメ、帰ろう。





 いつも傍にいてくれた。


 優しい手で頭を撫でてくれた。



 涙をぬぐってくれた。



 その微笑が、声が、優しい腕が、大好きで大好きで――。



 その優しさに触れる度に、胸の中に安心感が広がっていった。



 ここにいてもいいんだと言われている様で――。



 嬉しくて。


 余りに嬉しくて。






「うん。」


 声帯が震える久しぶりの感覚に思わず涙がこぼれた。


「うん、私も・・・大好き。大好きだよ。」


 震えるか細い声。

 余りに久しぶりに聞く自身の声がまるで身に染みていくように感じた。


「お兄ちゃんが・・・居ても、いいって・・・言ってくれたこと、嬉しかったの・・・。」

「・・・アヤメ。おま――」

「アヤメ。」


 驚いて口を開いた勝太の声を遮って歳三が言葉を続けた。


「お前はここに居てもいい。ここに居る道場の面子は皆、お前のことを大事に思っているからな。誰もお前を嫌ってない。だから大丈夫だ。皆、お前が可愛いんだよ。家族みたいにな。」


「・・・うん。ありが、とお。」


「お礼は言うな、言っただろう?俺たちは家族みたいなもんなんだから。」



 歳三は両の眼からぽろぽろと涙を零すアヤメの頭を柔らかく撫でた。アヤメは恥ずかしげに微笑んだ。



「アヤメ!声!」

「声出た!」


 周助たちが周囲で騒ぎ出す。代わる代わるアヤメの顔を覗きこみ


「アヤメ!私のことわかるか?」

「かっちゃん・・・別に頭打って寝てたわけじゃねえんだからその聞きかたはねえだろ。」

「・・・勝にいちゃん。」


 アヤメの細い声に名を呼ばれ勝太は顔をほころばせた。

「よかったなあ・・・声戻って。俺は正直ちょっと諦めてたんだがな・・・。」

 周助は涙ぐんでアヤメの頭を撫でた。


「周助小父ちゃん。」


 アヤメにそう呼ばれた周助は孫を見る祖父のように優しげに目を細めた。


「敬助にもその可愛い声早く聞かせてやりてえな。」

「本当ですね、きっと驚くぞ~。」


 勝太がアヤメにおどけたように声を掛け、アヤメの肩を軽く叩いた。宗次郎と源三郎もその様子に微笑を浮かべた。




――――



―――


 まだ寒さ厳しい睦月の空気の中を敬助は足早に歩いていた。まだ未の刻ほどだが早く帰らねば今の季節あっという間に暗くなる。

 敬助は白い息を吐きながら道を急いだ。

 恩師への新年の挨拶を終えての帰り道、アヤメや試衛館の皆への土産は既に買っている。


 アヤメへの土産は桜模様のトンボ玉のついた簪だ。


 柔らかな色合いがアヤメの髪に良く映えるだろうと思えたのだ。

 ああ、見えた。試衛館だ。小走り気味に門を潜り


「ただいま帰りました。」


 玄関から入って声を張り上げれば


「ああ、お帰りなさい、山南さん!」


 廊下の向から勝太が妙ににやついてやってきた。


「お疲れ様です。千葉先生とはゆっくり話せましたか?」

「ええ。皆さんに土産も買ってきましたよ。」

「ありがとうございます。」

「アヤメの様子はどうでしたか?」


 敬助の言葉に勝太は更に笑みを深めた。正直気味が悪いくらいだ。


「そうです、そうです!アヤメ!!おいで。」


 勝太が後ろを振り返りながら声を上げる。その視線の先を追えば廊下の角でアヤメがこっちを覗き込んでいる。その後ろで宗次郎もこっちを見ている。そしてアヤメを促すように肩をそっと押した。おずおずとアヤメがこちらにやってきた。


「ただいま、アヤメ。」


 敬助が框をあがって、アヤメの目線の高さにあわせてしゃがみ込む。アヤメは少し俯き加減だ。なんだ?以前にも増して照れてるな。


「アヤメ・・・。」


 勝太が何かを促すように声を掛けるとそっと頭を上げこちらを見た。そしてかすかに震える唇が開いた。


「・・・お、おかえり・・・なさい。」


 かすれた声がその唇の動きに合わせて敬助の耳に届いた。どこかで聞いたような、でも初めて聞くような声。それが今この少女の唇から確かに漏れ聞こえたのだ。


「え・・・?アヤメ・・・。」

「ははは、驚いてる驚いてる。」


 すぐ横から勝太の声は聞こえたが、敬助は剃れどころではない。目を丸くしてじっとアヤメを見つめる。アヤメは顔を伏せながらもちらちらとこっちを上目遣いで見つめる。


「アヤメ・・・。え?今、しゃ、しゃべ?え?」


 辺りを見渡せば勝太や宗次郎、廊下の向こうからは更に歳三や周助もこちらを笑みを浮かべている。途端、混乱していた頭が霞が取れたようにはっきりした。この一瞬で理解した。今、アヤメは確かに喋った――。



「アヤメ!」


 思わずアヤメの両の肩を掴んだ。


「アヤメ!今!声が・・・!え?なんで!?」

「敬助が出かけた日な、声でたんだよな。」


 周助の問いかけにアヤメがかすかに頷いた。


「そう・・・ですか。」


 アヤメの顔を覗き込めば少し不安げな表情。その表情を和らげようと顔を覗きこみ微笑んだ。



「アヤメ、山南さんに何か言いたいことあったんだろう?」


 歳三に促され恐る恐る敬助の顔色を伺うアヤメ。敬助が首を傾げてそっと先を促せば、


「・・・あの。」


 小さな声。どこかで聞き覚えがあると思ったが、以前に見たあの夢だ。幼いアヤメが凍えている様子を見たあの時だ。


 やはりあれはただの夢じゃなかったのだ。アヤメの過去だったのだろう。そんなことを考えながらアヤメの言葉を待った。


「あの、敬助・・・お兄ちゃん。」

「うん。」


 初めてこの子が自分の名前を呼んでくれたことの喜びをかみ締める。自然、口角が上がった。そんな敬助の様子が目に入っているのか居ないのか緊張した面持ちで言葉を続けるアヤメ。


「お兄ちゃん、あの・・・ずっとね、ありがとう。いろ・・・いろ。お兄ちゃんが居てくれてよかったって、思って。」


「うん・・・。」



 自分の語彙の中から必死に言葉を選び紡いでいく。たどたどしい言葉遣いだが、必死に自分に何か伝えようとしているのがわかる。


「だからね・・・私、敬助お兄ちゃんね、大好き・・・なの。」


「・・・うん。私もアヤメが大好きだよ。」


 アヤメは敬助の言葉に一瞬驚いた顔を見せそして本当に嬉しそうに微笑んだ。


 アヤメを引き寄せ高く抱き上げた。アヤメが笑う。

 勝太たちも声を上げて笑った。先ほどまで寒い外を歩いていた敬助の身体は不思議と温かかった。




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