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その場所で貴方を待つ  作者: 水無月とおる
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雪うさぎ

久しく更新しておりませんでした。申し訳ありません。

「アヤメ、そろそろ一度おやすみなさいな。」


 昼、廊下の雑巾がけをしていたアヤメに、フデが庭から声をかけるとアヤメは顔をあげ頷いた。


「こっちに来なさい。湯を沸かしましたから、これで手を温めて。」


 いわれるままに湯で冷えた手を温め、わたされた茶を縁側でフデと並んですする。  


「…。」

「…。」


 二人は無言で佇んでいた。その静かな間が最近は気まずいものではなくなっていた。アヤメは最初の頃はフデと二人きりのは顔を下に向けてばかりいたが今ではごくごく自然に隣に座っていられる。だが今日のアヤメは少し様子が違う。暗い瞳でそとをぼんやりと見つめている。


 フデも勿論そんなアヤメの様子に気づいていた。だがなんと声をかけるべきか逡巡していた。何しろフデは自分で子を育てた経験などない。勝太は養子だし、そもそもこの道場に女子はいないのだ。敬助はどのようにこの娘に接していたろうか。思いめぐらせた結果、フデは腰を上げ自室へと入った。


 戸棚の中からあるものを取り出しそれを縁側で座っているアヤメのもとへ運ぶ。


「ほら。」


 アヤメの目の前にそれを差し出す。布に包まれた掌に収まるくらいの包み。


「…?」

「おとりなさいな。」


 不思議そうな顔でその包みを見つめるアヤメに促し、それをわたす。


「開けて御覧。」


 フデの言葉に素直に従うアヤメ。薄い桃色のちりめん織物の中には紙につつまれた色とりどりの金平糖があった。


「手伝いの礼です。宗次郎たちには内緒ですよ。」

「…。」


 フデの言葉にアヤメは頷き口元を綻ばせた。


 ああ、こんな表情が見れるなら少しは丸くなってみてもいいかもしれない。

 フデはそんなことを考える自分がらしくないと感じながらも悪い気はしなかった。


 縁側に並んで二人で金平糖をかじる。


「おいしい?」


 肯定の意をこめて二度首を縦にふるアヤメ。ほんの少し、表情が和らいでいる。その様子に安堵しフデは表情をほころばせた。


 そうしていると、ふと視界に白い粉がちらりちらりと入ってくる。何だろうと視線を上に向けると、灰色の雲から真白な粉雪が降ってきたのだと気づいた。


「ああ、雪が。洗濯物を畳んでおいて正解だったわ。」


 フデはそう呟くと、


「積もるかしらねえ。」


 と隣のアヤメに声をかける。しかし――。


「っ・・・。」



 少女の横顔は恐怖と悲しみに彩られていた。



「アヤメ?」


 フデが声をかけるとはっとしたように振り返る。


「どうかしたのですか?」


 フデの言葉に首を横に振るばかりのアヤメ。せっかく見ることが出来た笑顔も引っ込んでしまっている。


「アヤメ・・・。疲れてしまったのなら休みなさい。」


 だがアヤメは首を横に振るばかりで、何も言ってはくれないのだ。

 こんな時、普通の親ならどうするのであろうか。自分とあまりに気性の違うこの娘にどう接すればいいか、やはり中々難しい。

 



――――


 寒い。雪が降りそうな空。


『寒いなあ、雪が降るかもな。』


 近くを歩く老夫婦がそんな会話をする。


 アヤメは紫に変色した唇を震わせアパートの自分の部屋の前に膝を抱えて座っていた。


 二階の部屋の前に薄着で震える少女に道を歩く人々は気づかない。

 すると視界に真っ白な粉が降り注ぐさまが映ってきた。

 空を見上げれば次々と降ってくるそれはとてもきれいだったが、同時にとても冷たくて――。アヤメの頬に落ちて溶け、その頬を濡らした。






――――



「…おい、アヤメはどうしたんだ?」


 声を潜めて尋ねる周助に、敬助も宗次郎も勝太も源三郎も首を振った。明らかに暗い表情を見せるアヤメに皆戸惑っていた。



 沈んだ表情で、昼食をとる門下のものの湯飲みに茶を注いでいくアヤメ。昨夜のこともあり、敬助は眉根を寄せそっとアヤメを見やった。

 アヤメは急須を片付けながらそっと外の様子をうかがっている。何度も何度も。障子は閉ざされているがその外にかすかに雪の影が映っている。


 宗次郎も不安げな瞳をアヤメに向けている。

 冬の寒さのせいか?

 どうすればいいのか敬助には全くわからないままだった。



「…アヤメ!」


 そんな中声を上げたのは宗次郎だった。


「…。」


 アヤメがこちらを見つめる。アヤメに茶を煎れてもらっていた門下生は宗次郎とアヤメを見比べるように視線をさまよわせる。


「え~っと。」


 他の門下生も二人の様子をうかがう。宗次郎は声を掛けたはいいものの何を言えばいいのかまでは考えていなかったらしい。途端視線をさまよわせる。


「…なんにもないんか!」


 沈黙に耐えかねた周助が宗次郎の頭をはたいた。


「痛い!」

「うるせえ!余計に気まずいじゃねえか!」

「じゃあ周助先生がなんか言ってください!」

「俺に話を振るな!」

「父上、言っていることが無茶苦茶です…。」


 涙目で訴える宗次郎といらだつ周助、そして二人をなだめる勝太。あっという間にいつも通りの雰囲気に包まれた試衛館道場に敬助は苦笑いをこぼした。緊張感を感じて固くなっていた門下生も表情を綻ばせた。




 アヤメの表情も心なしか少し柔らかくなったように、敬助には思えた。

 敬助がほっと息をつくと


「おやおや、賑やかですな。」


 と、源三郎が手をこすり合わせながら入ってきた。


「はは、また宗次郎をいじめてるんですか?先生。」

「苛めてねえよ、歳三と一緒にするな。」


 また巻き起こる笑い。


「そういえば、雪がうっすら積もってるよ。」

「本当ですか!?アヤメ、後で雪だるま作ろうよ!」


 源三郎の言葉に宗次郎が声をあげた。


「やっぱりガキだな。」


 ぼそりと呟く周助を苦笑を漏らしてなだめながらアヤメのほうを見やる。その途端胸が氷で撫でられたかのような錯覚に襲われた。

 わくわくした表情の宗次郎に対し、アヤメの顔色が真っ青に染まっていたから。

 他の門下生は気づいていない様子だ。アヤメは俯いて顔を隠してしまった。


 昼食を終え、勝太は出稽古先に年内最後の稽古と挨拶に向かった。宗次郎は温かい恰好をして外に出てしまった。

 敬助はそれを縁側に座って見ている。アヤメは結局室内にとどまっている。


「アヤメは来ないって?」

「そうなんです、山南さん。」


 少し頬を膨らませ拗ねたような表情の宗次郎。


「嫌だって?アヤメ。」

「う~ん、なんかちょっと誘おうとしたら逃げられて?」


 寒さが深まるにつれ元気を失っていくアヤメ。そして源三郎の言葉で真っ青に染まった顔。まさか雪が嫌いなのか?


「宗次郎。」

「はい、山南さん。」


 宗次郎を手招きしてそっとその耳に口を寄せ言葉を伝える。


「・・・はい!」


 それを聞いた宗次郎は元気良く返事をすると雪に手をかけた。











「アヤメ!!アヤメ!!」


 暫くすると宗次郎は鼻を真っ赤に染めて廊下を走りアヤメを探す。その後ろを敬助はゆっくりとついていった。


「居た!」


 自室で敬助に借りていた書物を読んでいるアヤメを見つけると、


「アヤメ!見てこれ!見て見て!!」


 満面の笑みを浮かべ、アヤメに手に持っているものを見せた。

 丸くて白い、雪の塊。

 それに葉っぱや木の枝がついている――これは、ウサギ?



「雪ウサギだよ。可愛いでしょ?」


 敬助に言われて宗次郎が作った雪ウサギ。

 アヤメはそっと手を伸ばし雪ウサギに触れた。

 瞬間指先から伝わってくる冷たい感覚に思わず手を引っ込めるがそれでも雪ウサギをじっと見つめたまま。


「アヤメ、ほら手出して!」


 アヤメの手を掴んで無理矢理その掌の上に載せた。


「・・・。」


 アヤメは静かにその掌の上のウサギを見つめている。

 その様子を遅れて入ってきた敬助は優しい表情で見つめる。


「雪は冷たいのにこうやって雪ウサギや雪だるまなんか見てるとあったかい気持ちうになるから、不思議だな。」


 敬助の言葉に宗次郎も頷いた。


「本当ですね!ね、アヤメ?」


 俯き加減のアヤメの表情は見えにくい。宗次郎はそんな彼女の顔を覗きこんだ。その瞬間アヤメは面をあげた。その口元は緩んでいて――そしてゆっくり頷いた。

 アヤメは嬉しそうに、愛しそうに雪で出来た小さなウサギを見つめていた。




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