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その場所で貴方を待つ  作者: 水無月とおる
13/30

しばしの別れ

お待たせしました!


 そのころの平助は困っていた。なにしろ誰も何もしゃべらないのだ。息が詰まる。


 何なのだろうこの重苦しい空気は。自分の師に命ぜられ、この試衛館に来たのはいいが、この状況は一体どうしたものだろうか。ここに来る途中で偶然にも助けた少女は今同じ部屋の縁側に頭をたれて座っている。

 そしてその少女を心配そうに見つめる自分と同じ年ごろの男児。誰も何も言わぬこの状況は中々に耐え難いものがある。

 自分はただ兄貴分の敬助に用件があっただけなのにその敬助とは殆ど話せていない。


(敬助さん、早く帰ってこないかな~。居づらいんだけど。)


 目の前にいる宗次郎にちらりと視線を送ると、偶然にも宗次郎もこちらに目を向けた。

 二人の視線がバチリと絡まった。


 気まずくなり愛想笑いで誤魔化すと向こうも口角を上げ応えた。


「・・・えっと、藤堂平助さん?」

「ああ、平助でいいですよ。」

 

 宗次郎はおずおずと平助に話しかけてきた。


「というか、同い年くらいでしょう?」


 いくつ?と問いかける平助に


「十二です。名前は沖田宗次郎。」

「ああ、僕のほうが下だ!十歳だから。君は?」



 顔を宗次郎からアヤメのほうに向けて平助が問いかけた。

 その瞬間アヤメの肩がびくりと跳ね上がった。そしてゆっくりとこちらを振り返る。その様子を見た宗次郎は少し慌てた様子でアヤメの代わりに答えた。


「アヤメは九つだよ。」


 そんな宗次郎に平助は首をかしげながらも、そうなのかと頷いた。


「アヤメっていうの?」


 そう問いかける平助にコクリと小さく首を縦に振るとアヤメはまたこちらから顔を背けてしまった。平助は先ほどから一言も喋ろうとしない彼女の様子を不思議に思いながらも、宗次郎に向き直った。


「宗次郎さんはここの門弟なんですか?」

「ああ、宗次郎でいいですよ。言葉遣いも気にしないでください。」

「なら僕も平助でいいで・・・いいよ。それに僕のほうが年下だから。」


 二人は互いににこりと微笑みあった。


「宗次郎・・・はここの門弟なんだよね?」

「うん。ここに住んでるんだ。」

「そうなんだ。」


 平助はじっと宗次郎を見つめた。小柄な平助よりも体は大きめだが笑った顔はびっくりするほど幼い。


 自分の兄貴分にあたる敬助を自分から取り上げたも同然な試衛館の面々をこの機会にじっくり観察してきてやろう、出来れば文句の一つも言ってやろうと勢い込んでいた平助としては、来て早々に対面させられているのが歳の近いこの宗次郎というのはなんともやりにくいものがあった。

 

 出された茶を口に含むとそれは既に随分と温くなっていた。


「敬助さんは・・・こっちの道場ではどうなさってるの?」


 努めてなんでもない風にそう問いかけると、宗次郎はぱっと笑顔で答えた。


「時々僕や他の門下生と手合わせされるよ!本当に強くてね、僕なんて数えるくらいしか手を取れてないんだ!」


 自分の自慢にはならない話をとても嬉しそうに話す宗次郎の様子に少し面食らった。


 それから暫くは敬助の話や互いの道場の話をした。


 その間もアヤメは膝を抱えて縁側で座っていた。

 どうみても先ほどのことを気に病んでいるのだろうが、宗次郎も平助もあえて何も言わなかった。


 宗次郎はそうやって平助と二人だけで話をすることでアヤメに話題が向かぬようにしていると平助には思えた。


「宗次郎、いいかい?」


 二人が随分と打ち解けてきた頃、部屋の襖の向こうから低く心地のよい声が聞こえてきた。

 この声は――、


「山南さん!どうぞ。」



 宗次郎が慌てて襖に駆け寄り来客を迎え入れた。敬助は部屋の中に居る若い三人をそれぞれ見つめると鴨居を潜って中に入って来た。


「ご歓談中失礼したね。良かったかな?」

「ええ勿論です!」


 ニコニコ顔で敬助に答える宗次郎の横顔を、平助は複雑な心情で見つめた。


「平助。」


 いきなり敬助に名前を呼ばれ、びくりと肩を震わすと少し困ったような顔をした敬助がこちらを見つめていた。


「待たせたね。千葉先生の伝言を聞こうか。」

「あ、はい!」

「それから、アヤメ。」


 敬助に名前を呼ばれた途端少女が首をクルリとこちらに向けた。


「風呂に入りなさい。汚れた着物は明日洗うから。」

「・・・。」


 少女はゆっくりと頷くと立ち上がった。

 敬助はその頭を優しく撫でるとその細い背中を押して少女を送り出した。


「じゃあ宗次郎、失礼するよ。」

「は~い。」



 平助は前を行く敬助の背中を黙って見つめたまま付いていった。

 敬助自身の部屋だと思われる襖の前にくると敬助はようやく平助のほうを振り返った。


「とりあえずどうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」


 中に入ると敬助は行灯に火をつけ、座布団を取り出し平助に勧めた。


「さて。待たせたね。話を聞こうか。」


 敬助の言葉に、平助は少し戸惑った。アヤメという少女のことが気になっていたのでそれを先に訊こうかと思っていたのだが、どうしようか。


「・・・あの、あの女の子・・・。」

「アヤメかい?」


 敬助は少し困ったように微笑むと


「あの子は、色々事情があってここで預かっている娘だよ。気がついたかもしれないが、口が利けないんだ。少し人より敏感な子でね。」


「そうなんですか。」


 なるほどだから――。

 先ほど一緒に部屋にいたときの様子に得心がいった。


 だから平助が彼女に年齢を聞こうとした時宗次郎は慌てて彼女を庇ったのだ。


「唖者というだけで苛められたのかもしれないな・・・。」


 敬助はどこか遠い目でそう呟いた。


「・・・。あの、敬助さん。」

「あ、ああ。ごめんごめん。それで、一体どうしたんだ?千葉先生の伝言は?」


 まあなんとなく想像はつくけど、と苦笑しながら首を傾げる敬助に平助は自身の目的を思い出し居住まいを正した。


「実は、今困ったことになってまして。」

「困ったこと?」



――――



―――――



「ほお、さすが千葉先生の北辰一刀流。」


「確かにこのど田舎でも最近浪人が浮き足立っている。玄武館道場ほどの名のうれた道場なら、そんな輩も多いでしょうな。」


 周助と勝太は、豪快な笑い声をあげた。そんな二人の前で敬助は困った様子で頭を掻いた。


「恩師の頼みでもありますし、そこまでの事態になっているならばやはり報いるべきかと。」

「そうだな。アヤメのことは俺達に任せろ。そう遠いわけではないし、すぐに済ませれば大丈夫だろう。」


 平助が来た次の日の朝、敬助は周助と勝太に事情を説明していた。

 そして数日の間この道場をあけるということも。



 昨日の平助の話はこうだ。


 近頃他の藩からやってきた浪士たちが道場に押し寄せ弟子にしてくれという。


 それが妙に血の気の多い連中ばかりで門下にいれれば波風が立つことは明白。だが腕だけはそれなりなので断りきれず困っている、ということだ。


 その者たちを追い返すために力を貸してくれないかということだった。

 どうやら門下に入れる条件として北辰一刀流の免許皆伝者から一本でも取ればいいと言ってしまったらしい。

 なのでどうにかしてくれ、ということであった。


「まあ世話になった道場の一大事だ。忠義を重んじるのは武士の本分ってな。」


 周助はそう言うとバンバンと豪快に敬助の肩を叩いた。


 それから急に真剣な声で、


「アヤメにちゃんと言ってからいけよ。」

「勿論です。」


 しっかりと頷く敬助に安心したように周助は微笑んだ。


「おはようございます。」


 話がひと段落したとき襖の向こうから聞こえた声に三人が同時に反応した。


「平助かい?」

「はい。」


「おう、入れ入れ!」


 周助の言葉で平助が襖を開けて頭を下げた。


「おはようございます、先生方、敬助さん。」

「おう、早起きだな。」

「おはよう、平助君。」

「おはよう平助。昨日はよく眠れたかい?」


 勝太は少し緊張している平助に笑いかけそう尋ねた。


「はい、敬助さん。お気遣いありがとうございます。」

「平助君は山南さんと一緒に帰るんだろう?」


「そのつもりです。師匠にもそのように言われていますし。あ、それから先生方、師匠から先生方へと挨拶の品を預かっていたのですが、敬助さんから受け取っていただけたでしょうか?」


「ああ、わざわざ丁寧に。また他流試合がしたいもんだな。」


 周助が歯を見せて笑うと平助は安心したように肩の力を抜いた。


「そうですね、今度是非。敬助さん、何時頃でれますか?」

「とりあえずアヤメに出るという話をしてからだ。すぐだよ。」


 敬助の言葉に頷くと、


「では僕は準備をしてきます。」

「ああ。」



 部屋を出て行った平助の後姿を確認すると、周助は


「いやあ、よく出来たもんだ。礼儀正しいし。」

「でもああ見えて案外負けず嫌いなんですよ。」

「そうなのか?」



 まあだからこそ、あの若さで先生の信頼を得るほどの腕前なのだろう。


「では私も準備をしてきます。」

「ああ。」

「山南さんがんばってくださいね。」



 周助と勝太に代わる代わる声を掛けられそれに笑顔で返す。

 さて、アヤメに事情を説明しなくては。


 部屋に戻るとすでにアヤメは起きて布団を畳んでいた。アヤメを前に座らせ事情を説明し、自分が数日の間この試衛館から離れると告げるとアヤメの瞳がかすかに揺れた。

 だが敬助にすがりついたりすることはなく、ただひとつ首を縦に振っただけであった。


 

 * * *



「じゃあ気を付けてくださいね山南さん、平助君。」

「はい、ではしばらく留守にします。」


 試衛館の前では勝太と周助、宗次郎、そしてアヤメが二人を見送りに出てきていた。


「アヤメ。」


 敬助はうつ向き気味で勝太の後ろに体半分を隠しているアヤメに声をかけると上目遣いにこちらを見た。


 しゃがんで視線を合わせる。

 そしてその小さな頭にぽんと手をのせると


「行ってくるよ。お土産買ってくるから、いい子で待っててね。困ったことがあったら周助さんや勝太さんに頼るんだよ。」


 アヤメはただ一つ頷くと、顔の横まで右手を上げると躊躇いがちに拳を開き手を振るような仕草を見せたが、もう一度拳を固く握り締めて腕を下ろしてしまった。


 そしてまた顔を伏せてしまった。

 敬助は少しもの寂しい気持ちになりながらも笑顔で彼女の頭を撫で立ち上がった。


「行こうか、平助。」

「はい。では先生方、しばし山南さんをお借りします。」


 腰を折り曲げ周助たちに挨拶する平助。そしてアヤメと宗次郎に向き直り


「また会おう。」

「うん!今度は是非手合わせしたいな。」

「そうだね。じゃあアヤメちゃん・・・も、またね。」



 平助の呼びかけにコクリと頷くアヤメ。


 相変らず表情はわかりにくいが平助は気にする様子も見せず敬助と連れ立って行ってしまったのだった。


 敬助は後ろ髪引かれる思いだったが、何とか思いを振り切り道場を出て川沿いの道を平助と歩いていった。そしてめざす北辰一刀流の道場のことを考えた。

 ほんの数ヶ月前に離れた道場だというのにもう何年も経ったような気がするのは気のせいだろうか。


 それだけ濃い数ヶ月間だったということだろうか。いろんなことがあったから…。

 勝太たちと出会い、アヤメを見つけて一緒に過ごした。大変だったが充実していた。

 この数か月に思いをはせながらふと顔を上げると前方に人影が見える。

 その人間の異様な風体に思わず敬助は眉をしかめた。

 ボロボロになった藤色の番傘をくるくる回し、濃緑を含んだ色味のある髪を高く一つにまとめた男である。


 まるで浮浪者のようでありながらどこか品のある男だ。じっと見るのは失敬とはわかりながらついちらちら見てしまう。


 その男は敬助とすれ違う瞬間、口角を上げこう呟いたのだ。


「やや子を頼んだよ・・・。」


 その言葉を耳にした敬助ははっと振り返る。

  だがそこに男は居なかった。まるで霧のように消えてしまっていた。


「敬助さん?」


 いつの間にか敬助より少し前を歩いていた平助の声で、自分が足を止めてしまっていたと気がついた。

 平助は不思議そうな顔でこちらを見ている。


「どうかしたんですか?」

「いや、さっきすれ違った男が・・・。」

「男?そんな人居ましたか?」

「え?」


 あんなに目に付く男に気がつかなかっただって?

 敬助は背中に冷たいものが伝うような感覚に襲われた。


 まるで、何か得体の知れないものを見てしまったような――。

 

「・・・いや、なんでもない。行こうか・・・。」


 まだ不思議そうな顔をしている平助から少し顔を背け、再び歩を進めた。まるで先ほどの感覚を打ち消すように少し速く足を動かして。



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