第九十六話〜怪しげなおっさんに襲われました〜
「……なんか滅茶苦茶怒ってるみたいですけど」
「うーん、ここまで激怒するとは思わなかったわねぇ」
「明らかに管理されている感じでしたし、不味かったですかね」
ヒソヒソと相談していると、声を張り上げたエルフが痺れを切らしたのか再び大声を張り上げた。
「何をしておったのかと問うているのだ! 答えよ!」
どう答えても激怒されるだろうなぁ。中にあった剣は駄神が吸収したし、今となっては完全にもぬけの殻だ。嘘を吐いてもすぐにバレるだろう。かと言ってあの剣は危ないものだから神の手に委ねました、と言っても信じてもらえるかどうか。
「あー、やめやめ。どうにもお前さんらは高圧的というか気位が高いというか……ここは俺に任せろ」
「はっ、申し訳ありません」
声を張り上げていたエルフを諌めながら、おっさんがやる気なさげに木の根でできた橋を歩いてくる。片手をポケットにつっこみ、頭を掻きながらため息を吐いた。
「あー、悪ぃね。こいつらちょっと融通利かなくてな。ここにはちょいとばかりデリケートなブツが安置されててね、万が一にも誰かの手に渡って良いもんじゃねぇんだわ。まぁ抜けやしなかったとは思うけど、剣は無事だよな?」
一定の間合いを置いて立ち止まったおっさんを前に俺達は顔を見合わせる。全然無事じゃない。駄神が軽々と引き抜いたし、あまつさえ分解して取り込んだからな。
「無事、では、ない……かな?」
「……マジで? 抜けたの?」
「いや、抜けたというか崩れて消えたというか」
俺の言葉を聞き、俺の顔をじっと見つめてからおっさんは訝しげな表情をした。
「つかお前さん、何者だ? この世界の人間じゃないな?」
「うぇっ!?」
俺の反応を見て確信したのか、おっさんが腰を落として身構える。
「何が目的だ? エルフを従えて遺跡巡り……力を求めているのか?」
「ま、まぁ」
「剣をどうした。崩れたと言ったな。擬神格はどうした?」
「ん、んんー……取り込んだ?」
「そんな馬鹿なことがあるか。あの剣には特級の擬神格が二つついてるんだぞ。あんなもん取り込んで無事でいられるわけがない。いや、そもそもお前さん……何に導かれてこの世界に来やがった?」
ヤバい、このおっさん何者だ。的確に俺の正体を暴いてくる。
「特級擬神格を二つ取り込んで平気な存在なんざ一つしかねぇな。お前さん、自分が何をやっているか理解しているのか? あれは旧世界を滅ぼした最悪の邪神だぞ」
「まぁそうなんだろうけども、俺にもやむにやまれぬ事情ってもんがあるんだよ」
「どんな事情があろうとも、アレの片棒を担ぐ人間を野放しにするわけにゃぁいかんのだよなぁ、おじさんとしても」
心底面倒くさそうにおっさんが溜め息を吐く。
「おい、お前さんらは退きな。この兄ちゃんの相手は俺がすっから」
「し、しかし我々は」
「あー、あー、今更ご主人様面する気はねぇんだ。俺ぁ過去の亡霊みたいなもんだ。お前さんらは今に生きてるんだから、もういい加減俺達のことなんて忘れちまいな。ほら行け、足手まといだから」
おっさんの言葉を聞き、悔しそうな顔をしながらエルフ達が森へと消えていく。
「エルミナさん達もちょっと下がっててください。どうもあっちはやる気みたいなんで」
「大丈夫なの?」
「いや、どうですかね。多分大丈夫だとは思うんですが」
おっさんの情報を探ろうと鑑定眼で見てみるが、頭の奥にジリジリとした痒さのような不快感を感じるだけで何も表示されない。どうやら何かしらの鑑定眼対策を持っているらしい。
「悪いがお前さんの言い分を聞く気はないんだ。お前さんアレの器なんだろう?」
「いやぁ、どうかね。俺の知ってるアレとおっさんの知ってるアレってのが一緒かどうかわからんし」
「旧世界を滅ぼした堕落と快楽を司る邪神だよ。わかってんだろ?」
「あー、まぁ。それだな、うん」
「なら諦めろ」
おっさんの手に白くてゴツい剣が突如として現れる。トレジャーボックス? いや、俺と同じストレージか? などと考えているうちに危険感知が働いた。
正確に首へと向かってきた刺突を鞘から抜き撃ちにした魔鋼剣で跳ね上げ、返す刀で袈裟懸けに斬りつける。おっさんは半歩後ろに下がってそれを紙一重に避けようとしたが、その動きより俺の剣速の方が僅かに早い。
おっさんの胸に浅く斬撃が入り、ジャケットが袈裟懸けに斬れて少なくない血が噴き出す。
「……やるじゃねぇか」
「修羅場はそれなりに潜ってるんだ。なぁ、やめないか? 別に俺もあいつも世界を滅ぼそうとしてるわけじゃない。ただ、俺は俺の居場所に帰りたいだけなんだ。あいつも……まぁ悪気たっぷりだろうが、世の中を滅ぼすつもりじゃないみたいだぞ」
「そうなのかもな。だがな、おじさんにも積年の怨みってやつがあってな」
おっさんが剣を一振りすると、ゴツくて白い剣がまばゆい光を放ち始めた。やばい。なんだかわからんがアレはヤバい。危険感知がガンガンと警鐘を鳴らしている。
極光を纏った剣が跳ね上がるような軌道で襲い掛かってきた。魔鋼剣が自壊しないギリギリの魔力を篭めて先程と同じように迎撃する。
「んなっ!?」
一瞬拮抗したかのように見えた俺の魔鋼剣とおっさんの光り輝く剣だったが、すぐに俺の魔鋼剣が真っ赤に焼け、どろりと溶け出した。間近にあるおっさんの光輝く剣から発せられる熱で全身に痛みが生じる。
「あっつ!?」
慌てて溶け落ちた魔鋼剣を湖へと投げ捨て、おっさんから距離を取る。しかしおっさんはそれを許さず追い縋り、間合いを詰めて光輝く剣を振りかざした。
「このっ!」
おっさんが剣を振り下ろすよりも早く腰のホルダーから神銀製の杭を抜き、至近距離で投げ放つ。おっさんはそれを剣で迎撃しようとしたが、神銀製の杭には加速の魔法文字が刻印してある上に、神銀そのものが高温に強い金属だ。
手元から離れた杭は急加速し、おっさんの剣が放つ高熱にも負けずその剣ごとおっさんの身体を弾き飛ばした。
「あっぶねぇ! なんだその剣!?」
「教えてやる義理はないねぇ」
水面に降り立ったおっさんが輝く切っ先をこちらに向けた。まて、水面に立ってるぞあのおっさん。ニンジャ? ニンジャなの?
それにしても何が飛び出してくるかわかんねぇな、あのおっさん! つうかなんでこの世界のおっさんはすぐに斬りかかってくるんだ! 年齢相応の落ち着きを持てよ!
心の中で悪態を吐きながらストレージから神銀棍を取り出し、魔力を充溢させる。これならばあのおっさんの剣とも打ち合えるだろう――と思っていたら突如おっさんの持っている剣が変形した。
刀身が縦に真っ二つに割れ、僅かにスライドして間隔を空けて平行に並ぶ。まるでレールのような……おいおい待て、嘘だろう?
レールのように並んだ刀身の間に激しい極光が収縮していく。どう見てもアカンやつ。
おっさんがその切っ先――いや砲口をこちらに向けた。
「うおわぁぁぁぁぁっ!?」
おっさんの剣から輝く光の帯が発射された。
発射された光の帯は木の根の橋を両断し、湖へと着弾。その膨大な熱量をもって水蒸気爆発を起こした。
俺自身はなんとか直撃は避けたものの、爆発的に膨れ上がった蒸気に煽られて上下もわからず吹き飛ばされた。そしてクッソ熱い。ファッキンホット!
咄嗟にフライの魔法を発動し、空中で姿勢を整える。
「んの野郎……こっちが大人しくしてりゃつけあがりやがって」
風魔法で水蒸気を立ち込める吹き飛ばし、おっさんの姿を探す。
「手加減はなしだ、坊や」
水蒸気が晴れると、そこには全身に白い甲冑――いや、強化外骨格のようなものを纏った何者かが立っていた。いや、手の剣を見る限りはあのおっさんで間違いないだろう。
「なにそれかっこいい。ずるくね?」
「大人はズルいんだよ」
ドンッ、と空中を蹴っておっさんが空中の俺へと向かって間合いを詰めてくる。如何なる術理を用いているのか知らないが、空中ジャンプできる強化外骨格とか羨ましくて仕方がないな。
俺の膨大な魔力が篭められた神銀棍とおっさんの光り輝く剣がぶつかり合い、その度に莫大な魔力と熱量もぶつかりあって衝撃波と熱風が巻き起こる。おっさんの剣は生身であった時に比べて格段に早く、重い。きっとあの強化外骨格のようなものがおっさんのパワーを増加させているんだろう。
「お前さん本当に人間か? パワーアーマー相手にまともに打ち合うとか冗談だろう」
「多分俺の義父でもアンタと打ち合えると思うぞ」
アレもまた人間の限界を突破してるからな。
「何? がぁっ!?」
剣戟をすり抜けた神銀棍が強化外骨格に包まれたおっさんの胸に突き立ち、蓄えられていた魔力を一気に噴出する。噴出した魔力は強化外骨格の表面で爆裂し、おっさんを派手に吹き飛ばした。
発射された弾丸のような勢いでおっさんが湖へと向かって飛んでいく。
確かにおっさんの剣は早いし重い。だがいつも俺に斬りかかってきていた義父に比べると巧さが圧倒的に足りない。
神銀棍をストレージに収納し、魔力を集中しながらおっさんの沈んだ地点を眺める。
「クソが。こいつは一応対神規格装備だぞ」
すぐにおっさんが湖から浮かび上がってきて悪態を吐く。いや、今の一撃を受けてピンピンしてるとかちょっと信じられないぞ。クローバーに築いてる城壁を崩すくらいの打撃力はあったはずなんだが。
「神を自称する連中とやりあえるだけの力はあるんでね。俺を圧倒したいならもう一段回上の装備が要るんじゃね?」
「ふざけた野郎だ。常識ねぇのかよ」
「問答無用で斬りかかってくるおっさんには言われたくねぇなぁ!?」
叫ぶ俺に向けておっさんが剣を変形させて空中の俺へと向けてくる。ははぁ? 接近戦は不利と見たな? そう来るのは予測済みだよ。
集中していた魔力を開放し、一瞬でおっさんの真横へと転移する。
「いい剣だな。貰ってやるよ」
「ぐぉっ!?」
おっさんの腕を捻り上げ、その手から変形したままの剣をもぎ取る。そしてそのままおっさんを思い切り振り回し、砂浜へと向かって投げつけた。ズドォン、という音を立てて今度は砂柱が上がる。
おっさんが復帰してくる前に剣を観察するが、使い方がわからないな。まぁ、あとでじっくりと弄りまわすとしよう。最悪駄神に聞けばいい。鑑定眼でじっくり見てみるのもアリだな。
「……やってくれるじゃねぇか」
「先に仕掛けてきたのはそっちだし、おっさんが俺の剣をぶっ壊したんだろうに……ところで、諦める気はないか? 実力差は歴然としていると思うんだが」
「お前は自分の仲間や家族の仇を目の前にして復讐を止められるか?」
「んー、無理だな。じゃあ、どうあっても殺し合うしか無いってことで良いか?」
俺の質問におっさんは答えず、魔力視によって強化外骨格の出力が上がったのが判る。
どんなに取り繕おうとも憎いものは憎い。俺だって嫁達が誰かに殺されたら絶対にそいつを許さないだろう。復讐は何も産まない、なんてのは綺麗事だと俺は思う。
ならば、是非もない。どうあっても殺し合うしか無いというのなら、あのおっさんは完全に俺の敵だ。敵は排除できるうちに排除しなければならない。足元を掬われて誰か大切な人を失うことになったら目も当てられない。俺だけが狙われる保証もないしな。なら、やるだけだ。
俺が決意を固めた次の瞬間、おっさんが砂浜を蹴り、白い砲弾となってこちらに突っ込んできた。俺は変形したままの剣を瞬時にストレージに収納し、突っ込んでくるおっさんを迎え撃つ。
突っ込んできたおっさんの拳と迎撃する俺の拳が真正面からぶつかり合い、空気が弾けて湖面に波紋が広がる。強化外骨格で守られたおっさんの拳は俺の膨大な魔力を纏った拳の一撃を受けてもなお砕けない。単に白い素材でできた強化外骨格の性能か、それともおっさんの意地か。
しかし拳は砕けなくともダメージはあったようで、おっさんの挙動が一瞬止まる。その隙を逃す俺ではない。
「ぐっ!?」
素早くおっさんの手首を取って引き込み、反対の手でおっさんの首を掴む。そして魔力を集中する。狙いは完全に密着した状態での爆殺。
一撃で石造りの建物を完全に吹き飛ばす爆裂光弾がおっさんの首元で炸裂した。
ズドォンッ!
耳を劈くような爆発音。
拳がぶつかり合った時とは比べ物にならないほどの衝撃波が湖面を激しく波立たせた。おっさんの身体が煙の尾を引きながら遥か彼方に吹き飛んでいく。
「クソいってぇ……」
無茶な魔法行使でボロボロになった左手に回復魔法を施す。しかしあの強化外骨格は頑丈だな。首から上を吹き飛ばすつもりで爆裂光弾を放ったのに、まだ首から上が胴体にくっついてたぞ。多分あの威力なら衝撃のせいで中身が無事じゃ済まないだろうが……どうかな。あの強化外骨格は異常に頑丈だからな。
気配察知でおっさんの気配を調べてみるが、捉えられない。死んだか、それとも感知範囲外まで吹っ飛ばしたか……こりゃ下手を打ったな。ちゃんと死体を確認できる方法で殺せばよかった。
いいや、念には念を入れておこう。俺は風魔法で飛び上がり、空中で静止した。魔力を集中し、両手の指先に合計十発の光弾を作り出す。おっさんの飛んでいった方向は大体わかってる。気配察知の感知範囲は大体あの辺りまで、もし感知範囲外にまで吹き飛んでいっているならだいたいあの辺りか。
「極大爆破」
飛んでいった方向と角度、そして感知範囲から大体の見当をつけ、おっさんの身体が落下したであろう地域を極大爆破で念入りに、広範囲に更地にしておく。一セット十発、三セットで三十発もぶち込んでおけば良いだろう。やると決めた以上はこのタイシ、容赦はせん!
しかしこんなことなら本当にしっかり殺しておけばよかった。今更後悔してもやってしまったものはどうしようもないので、頭を掻きながら巨木の洞へと引き返す。巨木の洞の周辺は無残な有様だ。木の根の橋は半ばで両断され、周囲を囲む湖も戦闘の余波でボコボコである。この辺の惨状はだいたいあのおっさんが原因なのであのおっさんが悪い。
何はともあれ、こんなところにいたらリイの氏族の奴らが戻ってくるかもしれない。速やかに移動したほうが良いだろう。
「ちょっと大丈夫!?」
「凄い音と震動だったけど、怪我はないの?」
「大丈夫だ」
走り寄ってきた二人を抱き寄せ、最小限の返事だけをして魔力を集中する。向かう先は……マップにマーカーがついてるところがあるな。どこかわからんが、ここでいいや。
「飛ぶぞ」
「へっ?」
リファナが気の抜けたような声を発した瞬間、視界がブラックアウトした。久々だな、この感覚は。