第九十二話〜蛇人族の村で歓待(?)されました〜
蛇人族の集落は山を背にした平地にあった。獣人族の村と同じように集落を囲うように丸太の塀が拵えられており、門を潜ると幾つかの掘っ立て小屋や作業場が目に入る。奥の方、山側には何かの窯か炉のようなものが設置されているらしく、空高く煙が上がっていた。
「ここが集落か? なんか思ったより建物が少ないな」
「そうね、人数に対して建物が随分少なく感じるわね」
俺の言葉にリファナも同意する。エルミナさんの視線は村の奥にある山に向いているようだ。
「あの山、なんだかしぇるたー? のあった山に雰囲気が似てない?」
「そう、ですかね? だとしたら蛇人族の居住区は遺跡を利用してるのかな」
そんなことを話しているうちに広場のような場所に辿り着いた。どうやらここは集落内の各所に繋がる中央広場であるらしく、そこそこ人の通りがあるようだ。何故だか広場を通っていく蛇人族の皆さんが俺をガン見していくんだが。
「少々落ち着かないかもしれないが、この広場を好きに使ってくれ。こちらとしても急な話なのでな、まともな寝床を準備するのに時間を貰いたい」
「あら、寝床を準備してくれるの? それは嬉しいわね。そうだ、タイシくん、あれ出してもらえるかしら?」
「はい」
エルミナさんに言われてトレジャーボックスからヘラジカ(仮)を取り出す。推定体重一トン弱の巨体が突如として広場に現れ、どう、と音を立てた。臓物を取り出すために開いた腹からがしゃがしゃと氷が飛び出してくる。
「手土産に狩ってきたの。流石に皮剥ぎと解体を三人でやるのは難しかったから、ちょっと中途半端な状態だけどね」
「これは大物だな。我々で処理しよう」
「土産物で面倒掛けてすまないわね」
エルミナさんが蛇人族とやり取りをしている間に俺は地魔法で石桶を幾つか作り、浄化してから臓物を種類ごとに桶に入れていく。食うのに適さない臓物は現地で埋めてきたので、ここにあるのは処理すれば食えるものだけだ。
数人がかりで巨大なヘラジカ(仮)の死体をズルズルと引っ張っていく蛇人族の皆さんを横目で見ながら野営の準備をする。寝床を用意してくれるらしいが、どんな寝床なんだろうか? 蛇は木の洞とか斜面に掘った穴とかを寝床にするって本か何かで見た覚えがあるが。
「ねぇ、身体は大丈夫なの?」
テントの設営をしていると、一緒に作業をしていたリファナが心配そうにそう聞いてきた。そう言われて何度か手を開いたり閉じたり、肩を回したりしてみる。
「うーん、特に身体に不調はないんだよなぁ。別に良くもなってないんだけど」
「その、頭の中の神様に聞いたりできないわけ?」
「それが取り込んだ力の処理にかかりっきりで反応無いんだよな。まぁ数日で処理は終わるって言ってたし、のんびり待つしかないだろうなぁ」
「なんとも頼りない話ねぇ……でも無理するんじゃないわよ。アンタは少し目を離すと変なことするし」
「変なことって何だよ……」
ジト目で見てくるリファナに対して思わず苦い笑みが溢れる。一体俺が何をしたというのか。心当たりは別にないんだが……敢えて言うならベヘモスの火炎放射に突っ込んだのと、鉄を拾いに行ったらエルミナさんの裸を目撃してしまったのと、古代の機械兵士に殴りかかったのくらいだろうか。うん、こうして考えると結構やらかしてるな。
「心当たりがないとは言わせないわよ……まぁ良いわ、これからどうしようか?」
「どうするとは?」
「身体を休めるって言ってもただ寝て過ごすわけじゃないでしょ?」
「ああ、そうだなぁ……俺は奥の方に何か窯か炉みたいな物があったから見物に行こうかな」
「ふーん……」
何か不満そうだな。
「おやおやぁ? リファナさんは真っ昼間からイチャつくのがお望みでござるかぁ?」
「ばっ……!? そんなこと言ってないでしょ!?」
「はっはっは、すまんすまん。俺はひねくれ者だから可愛いとついからかってしまうのだ」
フシャー! と怒ってリファナがペシペシと叩いてくるが、されるがままに叩かれておく。お顔が真っ赤で実に可愛らしい。
「二人とも、もう設営は終わったの?」
じゃれあっているとエルミナさんが戻ってきた。代表として蛇人族の長に挨拶をしてくると言っていたんだが、もう戻ってきたらしい。
「テントの設置は終わりましたよ。簡易かまどと水を貯める石桶も作っちゃいますか」
「そうね、そうしてくれる?」
「うぇーい」
地魔法を使って簡易的なかまどと水を貯める石桶をサクサクと作り、石桶には水を貯めておく。いやぁ、地魔法は便利だなぁ。土や石の成形が簡単にできるから、野営の際には非常に役立つ。
「リファナは私と一緒に薪拾いに行きましょ。タイシくんは集落の中でゆっくりしてて頂戴」
「薪拾いなら俺も手伝いますよ?」
「タイシくんの身体を休める目的で来てるんだし、大人しくしてなさい。一応集落の中は自由に歩いて良いってことになってるけど、迷惑かけちゃだめよ?」
そう言ってエルミナさんはリファナを引っ張って行ってしまった。取り残されてしまった俺はどうしたものかと頭を掻く。
「まぁ、良いか」
エルミナさんの行動が少々あからさまな感じがしたが、そう悪いことにはなるまい。ここでぼうっとしていても仕方ないので山側で上がっている煙を目指して歩き始める。
歩くこと数分で気づいたことがある。
「めっっっっっっっっっちゃ見られてる」
あちこちから視線が突き刺さる。蛇人族の皆さん、眼力強いっす。井戸端会議をしていたと思しきレディ達も何か荷運びをしていたレディ達もヘラジカ(仮)を解体していたレディ達もめっちゃこっち見てる。まだちっちゃい子とかも物陰から覗いてる。流石にこんなに見られると怖いぞ!
ん? ちっちゃい子? そういや男を全然見かけないんだけど、蛇人族もハーピィと同じく女性しか存在しない種族なのかな? だとしたら、彼女達の父親はどこに居るんだ?
立ち止まって見回してみるが、やはり女性しか見当たらない。物陰からこちらを見ている小さい子に笑顔で手を振るとヒュッと隠れてしまった。
ううむ、どうも彼女達は人間に対してかなり排他的な感じというか強い警戒感を抱いていたしなぁ……アルケニアの里みたいに迷い込んだ人間と夫婦になってるとかそういう感じには見えないし、どうしてるんだろうか?
ハーピィさん達は発情期のエルフや獣人の男性を捕まえてアッーみたいな感じらしいけど。やられる方は野良犬に噛まれたとでも思って諦めるらしい。結果的に美味しい思いもするし彼女達は後腐れがないからな。
ほんとすげぇ文化だよな。ハーピィさん。
俺? 俺は諦めるも何も癒やされた立場だから文句も何もないよ。
そんなことを考えながら歩いていると、目的の場所に辿り着いた。やはり煙の元は鉄を作る炉の煙だったようだ。作業場で数人の蛇人族の娘さん達が汗だくになりながらふいごを動かし、燃料と鉄鉱石らしきものを炉に投入している。
汗だくになって働く娘さん達を観察していると、いつの間にかこの集落まで案内をしてくれた翠鱗の蛇人族がすぐ側に立っていた。音も無く移動してくるのは心臓に悪いな。
「何をしている、人間」
「見学」
「見学?」
「さっき言っただろ? 鍛冶もやるんだよ。設備を貸してもらえると嬉しいんだがな。あと鉄も分けて欲しい」
「ふむ」
翠鱗の蛇人族がスススっと移動し、鍛冶場の親方らしき蛇人族のお姉様に何事か話す。鍛冶場の騒音で何を話しているのかは聞こえないな。
何度か俺に視線を向けた二人は揃ってこちらへと移動してきた。うん、蛇人族のそのスーって感じの移動はなんというか慣れないとちょっと違和感あるな。
「鉄を分けろというなら対価が要るそうだ」
「対価なぁ……うーん、砥石とかどうだ?」
以前ケットシーの集落の近くで鉄鉱石拾いをした時に川の石から切り出して成型した砥石をいくつか出して見せる。いくつもゴロゴロと転がっていた砂岩や粘板岩の中から俺の鍛冶スキルで選り抜いた品だ。
親方お姉様は俺が出した砥石を幾つか品定めし、品質の良い数個を指差した。ううむ、流石に目利きだな。
「わかった、全部譲るよ」
コクリ、と親方お姉様が頷き、火事場から不揃いの鉄塊を幾つか持ってくる。トレジャーボックスから取り出したハンマーで鉄塊を叩いてみるとどれも品質はなかなか良いようだ。
「それで、どれだけの鉄を分けてもらえるんだ?」
親方お姉様は首を傾げて少し考えた後、鉄塊のうち数個をこちらに寄越し、先程彼女が指定した砥石を自分の方に置いた。ふむ、もう一声欲しいところだな。剣だけでなく砕け散ったブッシュナイフも作り直すならもう少し鉄塊が欲しい。
「もう少し分けてもらえないか? もし良かったら砥石を指定した形状にカットするのもサービスするよ。これなんか品質は良いがちょっとでかいだろ? 切り売りしても良いぞ」
俺の提案に親方お姉様は少し考えた後、ろう石で砥石に線を引き始めた。地魔法でその通りに砥石を成型していく。結構微妙な曲線とか引いてくるので割と気が抜けない。
加工の終わった砥石を手で撫で、確認を終えた親方お姉様がビシッと親指を立てた。そして鉄塊を更にサービスしてくれる。こちらも親指を立てて取引成立となった。
しかしこの親方お姉様は無口だな。
「お前は本当に我らを恐れないのだな」
「うん? うん、怖くないぞ。恐れる理由がないからな」
「恐れる理由がない?」
「まず俺は強い。多分あんた達が束になってかかってきても逃げるだけならいくらでも逃げられる」
そう言って俺は足元に落ちていた石を拾い上げ、握り潰して見せた。粉々に砕けた石が指の間からパラパラと溢れる。
「そして今は離れ離れだが、俺の嫁の中にはアルケニアがいる。アルケニアって知ってるか? 上半身が人間と同じで、下半身が大蜘蛛なんだ。下半身が大蛇だからなんだってんだ? 皆すこぶる美人だし、鱗もキラキラして綺麗じゃないか。実の所どんな手触りなのか興味があるくらいだ」
そう言ってじっと翠色の鱗の蛇身に目を向ける。ううむ、この人の鱗が一番綺麗に見えるんだよな。たまに虹色に光るし。
「……触ってみるか?」
「いいのか?」
彼女は無言でコクリと頷き、尻尾の先をこちらに差し出してきた。おお、硬くてザラザラしているのかと思ったら思ったよりしっとりサラサラしてるな。ムニムニと揉んでみると適度な弾力があり、ひんやりとしていて気持ち良い。
「ッ……! ふっ……も、もう良いか?」
暫くなでなでむにむにとしていると、翠鱗の蛇人族が声をかけてきた。何か我慢しているかのようにそわそわとした様子だが、尻尾を触ってる間に何か粗相でもしてしまったのだろうか?
「ありがとう。なんだかいつまでも触っていたいような触り心地だな。あんたの鱗は綺麗だなぁと思って見てたんだよ。たまに虹色に輝いてさ」
「む、むふっ!? そ、そうか」
なんか尻尾の動きが挙動不審だが、大丈夫か。もしかして意図せず恥ずかしい触り方でもしてしまっていたのだろうか。なんかすまん。
「しょ、所用があるのでこれで失礼する」
「あ、はい」
物凄いスピードで翠鱗の蛇人族が去ってゆく。すげぇな、あの蛇ボディあんなに速度出るのかよ。ふと視線をずらすと親方お姉様が首を傾げてこっちに尻尾を差し出してきていた。堪能させてもらったが、一人一人で結構触り心地が違うということがわかった。
なお、何故か火事場に居た蛇人族の皆さんが順繰りに尻尾を差し出してきた。もれなく堪能させていただいたが、一体何だったんだろうか? マッサージ師にでもなった気分である。
☆★☆
「どういうことなの?」
リファナが笑顔で俺を見下ろしながら額に青筋を浮かべる。
「いや、俺にもさっぱり」
尻尾マッサージ終了後、鍛冶場のお姉様達は仕事を切り上げて俺を歓待してくれた。どこからか果実酒や果物、干し肉などを用意してきて俺を中心に甲斐甲斐しくお世話し始めたのだ。
今の俺は足やら腰やらにお姉様達の蛇身が絡みつき、両腕と後頭部を柔らかいおっぱいに包まれ、口に運ばれてくる果物や果実酒に舌鼓を打つという素晴らしい状態である。まさに酒池肉林。
何度か事情を問いかけたのだが、お姉様達は微笑むだけで何も答えてくれないのだ。無口にも程があるが、別に酷い扱いをされているわけでもないというか、普通に歓待されているようなので身を任せていた次第である。
ごめん、嘘吐いた。正直状況が素晴らしすぎて脳みそが考えることを拒否していただけである。だってお前、すっごい美人さん達に囲まれて酒池肉林やぞ。男の夢やぞ。
「で て き な さ い !」
「痛い痛い痛い! 色々引っこ抜ける!」
目を三角にしたリファナが俺の胸ぐらを両手で掴んでぐいぐいと引っ張る。やめてください! 泣いてる子だっているんですよ!
「あんた達も離しなさい! これは! 私のよ!」
フシャー! とリファナが蛇人族のお姉様達を威嚇した。そうまでされては仕方ないといった表情でお姉様達が俺に巻きつけていた蛇身を解いてゆく。解ける瞬間に逆だった鱗が名残惜しそうに俺の手足や腰をザリザリしてゆく。ちょっと痛い。
最後に俺を後ろから抱きしめていた親方お姉様が俺を開放し、俺の身体はリファナに抱えられた。そんな俺達の様子を見てお姉様達は『やれやれ、仕方ないなぁ』とでも言いたげな表情で肩を竦めると持ち込んだ食べ物や飲み物を回収してから俺に投げキッスをして撤収していった。必死に見えない投げキッスを手で振り払うリファナがなんか可愛い。
「やっぱちょっと目を離した隙に変なことになってたじゃないの!?」
「いやぁ、びっくりでござるなぁ……すみませんゆるしてくださいぐえぇ!」
惚けようとしたら割と本気で首を絞めてきたのでリファナの腕をタップして降参する。笑顔で首締めるのはやめよう、怖いから。
「だめよ、リファナちゃん。こういう時は広い心を持って受け容れてあげないと。ほどほどにしないと逃げられちゃうわよ?」
「うぅ~……っ!」
エルミナさんに注意されたリファナが俺の首を閉めるのをやめて抱きついてくる。エルミナさんも俺にそっと寄り添ってきた。
「でも、私達にもちゃんと構ってくれなきゃだめよ? ね?」
耳元でそっと囁かれて背筋がゾクゾクする。なんだ今日は、女難の相でも出ているのか? いや、これは女難ではなく幸運に違いない。ありがたやありがたや……いや、これ駄神の思惑通りだな? ありがたくねぇな? やっぱこれ女難だな?
でも美人にチヤホヤされて嬉しくない筈もないんだよなぁ! どうせ数日動けないんだから、ここは激流に身を任せるべきか!? 考えろ、考えるんだ俺。思い出せ、帰るべき場所で俺を待っている嫁達のことを。クールになるんだ。鋼の意思を持て。
「わたしのこともかまってくれなきゃやだ」
リファナが涙目で俺を見上げてきた。鋼の意志は容易に砕け散った。
発売日まで毎日1~2回更新していくのじゃよ_(:3」∠)_