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第八十四話〜近隣の村を回りました〜

 獣人の集落に着いた俺達は早速物々交換を始めることになった。

 地面に草を編んで作った敷物を敷き、その上に交換物の工芸品やベヘモスの素材を並べていく。そうするとたちまち俺達の周りは獣人達で溢れることになった。ちょっとだけ獣臭い。


「ベヘモスの肉なんて久々だな」

「ああ、それよりも見ろよこの皮! 殆ど無傷だぞ!」

「牙が欲しいが流石に手が出んなぁ」

「なぁ、塩が欲しいんだが帰りも寄ってくれるのか?」


 交渉はエルミナさんやリファナの役目で俺は荷物を出し入れする係。ブリーダは荷物を持ち去る者がいないか目を光らせる係である。

 獣人ちみっ子達は無邪気にこっちに寄ってきそうなところをお母さん達に首根っこを捕まえられている。お母さん達の視線が度々俺に注がれるので、人間の俺が警戒されているのかもしれない。

 エルミナさんの指示通りに荷物を出し、物々交換されたものをまた収納する。そしてリファナがそれを記録し、ブリーダが全体に目を光らせる。そんな作業を延々とこなしているうちに日が暮れ、篝火が焚かれた。篝火に照らされる広場で宴が始まる。


「客人が来たときくらいはパーっとやらないとな」


 なんてことをトラ男が言っていた。普段は慎ましく暮らしているんだろう。

 獣人の集落で取引された商品は獣の毛皮や毛織物、薪が多かった。岸壁に住む鳥人族にとってはよく乾いた薪は結構貴重なもので、人気が高いらしい。

 森の果物を発酵させて作った果実酒や蜂蜜酒が振る舞われ、焼かれたベヘモスの肉に舌鼓を打つ。そんな宴の片隅に俺とエルフ達も参加していた。

 獣人達の宴はどこでもそんなに変わらんなー、と思いながら眺めていると数人の獣人が近づいてきた。その目には若干剣呑な雰囲気が漂っており、見るからに厄介事といった感じだ。


「おい、人間! 俺と殴り合え!」

「何故にホワイ?」


 どうやら酔っ払っているらしい猿の獣人に思わず聞き返す。殴らせろ、じゃなくて殴り合え、ってあたりはなんとなく好感が持てるが。


「俺は人間が嫌いだ! 殴りたい!」


 ビシィッ!っと指を指してくる猿男。実に本能的な動機だな!


「だが一方的に殴るのは男らしくない! だからお前も殴れ!」

「OK! ただし俺は強いぞ!」

「望むところだ! 人間!」

「というわけで、ちょっと遊んできます」

「明日に影響しない程度にしなさい」

「……やっぱ人間って野蛮ね」

「……」


 エルミナさんが釘を差し、リファナが呆れたような表情で俺を見て、ブリーダは無言で席を立つ。ブリーダは俺に着いてくるつもりらしい。

 やんややんやと喝采が飛んでくる中、広場の中央に焚かれた大きな篝火の傍まで来た。一応篝火の方向に倒れ込んだりしないように何人かの獣人がその傍に立って備える。


「覚悟は良いか、人間!」

「おう、俺には一応タイシって名前があるんだ、よろしくな」

「俺はゴルバだ。行くぞっ!」


 俺が構えると同時に猿獣人のゴルバが突っ込んでくる。その速度は速く、揺れる篝火に照らされたその姿が一瞬ブレて見える。顔を狙って繰り出してくる右拳を敢えて避けず、逆に勢いをつけて額で受ける。


「ぎっ!?」


 俺もダメージを受けるが、ゴルバの拳はそれよりも酷いダメージを負っただろう。その証拠に拳を引いて滅茶苦茶痛そうな顔をしている。


「そらっ!」


 引きそこねていたゴルバの左腕を掴み、力づくで振り回して地面に叩きつけようとしたがゴルバは空中で巧みに身を捻ってしっかりと両足から地面に着地した。しかし俺はまだゴルバの左腕を掴んだままだ。今度は引き寄せてローキックで足を狙う。


「ふっ!」


 しかしゴルバは身軽に跳んで自分の足を払おうとした俺の蹴りを避け、そのまま身を捻りながら俺の身体に足を絡ませようとしてきた。なんだか関節技に持って行かれそうな感じなので思い切り振り回してゴルバを放り捨てる。


「チッ! やるな人間!」

「いや、お前も相当なもんだと思うが」


 俺は関節技の類には明るくない。今は咄嗟にゴルバを放り投げて難を逃れたが、関節技は極められてしまうとパワー差があってもどうにもならなくなることが考えられる。ここはインファイトを避けてアウトレンジから打撃戦を仕掛けたほうが良さそうだ。

 構えを変え、フットワークを活かしてチクチクと攻撃するスタイルに変える。拳速も瞬発力も俺のほうが上で、何より利き腕である右の拳を痛めているゴルバは防戦一方になった。


「オラー! 人間汚ねぇぞ!」

「いや、上手い手だろう。あの獣人は組み付いた時に強いタイプのようだ」

「いけー、ゴルバ! 飛び込め!」


 野次の中に冷静な意見があるのはブリーダだろうか。どうもこのスタイルは不評のようなので、今度はこちらから飛び込んでショートレンジの打撃戦に移る。要は組み付かれても極められないように気をつければ良いのだ。

 掴みかかってくるゴルバの手を鋭く手の甲で払い、そのまま手刀で鎖骨を狙う。身を引いて躱したゴルバに更に踏み込み、ボディに拳をめり込ませてやる。


「ゴフッ!?」


 ゴルバの身体がくの字に折れた。すかさず顎に掠らせるように拳打を放ち、脳を揺らしてやった。いくら強靭な獣人だろうと人型で頭に脳がある以上はこれが効かない筈がない。

 案の定ゴルバはそのままダウンした。意識はまだあるようだが、かなり朦朧としているようだ。野次馬の中から出てきた数人の男がゴルバを引きずっていく。


「よし、他には居ないか? 何人でも受けて立つぞ!」


 俺の挑戦に獣人達がざわめく。次に出てきたのは熊の獣人だった。ゴルバとは打って変わって正面からの打撃戦を仕掛けてきたのでこちらも正面から受けて立って打撃戦で沈めてやった。

 その後にも二人ほど殴り倒してやったところで以外なやつが現れた。


「おい、あんたもか」

「別に良いだろう?」


 狩人の外套を脱ぎ、引き締まった二の腕を晒すブリーダだ。エルフは華奢というイメージがあるが、その実引き締まった身体にはしっかりと筋肉がついている。

 俺が構えると同時にブリーダは間合いを詰めて拳を放ってきた。速いが、何の変哲も無い突きなので右手で払おうとし――嫌な予感がしたので咄嗟に半身を逸らしてその拳を避けた。

 ボッ! という恐ろしげな音を立てて俺の顔の真横を拳が通過する。当たらなかったはずだが、頬に鋭い痛みが走る。どうやら今ので切れたらしい。


「おい、魔法を使うのは禁じ手だろ!」


 ブリーダは俺の言葉に薄く笑みを浮かべたが、今度は無言で蹴りを放ってきた。それに対抗してこちらも腕に魔力を篭めてその蹴りを打ち払う。俺の魔力を纏った腕とブリーダの風魔法を纏った足がぶつかり合い、重い打撃音が響き渡った。

 息をつく暇もなく連続で蹴りが襲い掛かってくる。エルフ式格闘術は蹴り技が主体なのか? 武器が弓だからそうなのかもしれない。蹴りなら弓持ったまま打てるもんな。

 蹴りの間合いで防戦一方になっていても仕方ないので、前に出て間合いを詰めようとする。その瞬間、凄まじい衝撃を受けて後ろに吹っ飛ばされた。


「いっ……てぇ!?」


 咄嗟にガードした両腕がジンジンと痺れる。俺が前に出た瞬間、目にも止まらないスピードで繰り出された拳打が俺を打ち据えたのだ。顔を挙げてブリーダを睨みつけると、既に彼は構えを解いていた。

 彼も俺を打った右手が痺れたのか顔を顰めて手を振っている。


「それを受け切られたなら私の負けだ」

「納得いかねぇ……」


 ほぼ一方的に殴られただけでこっちは有効打を一発も当ててないぞ。しかし負けを宣言している相手に殴り掛かるわけにもいかない。仕方ないので回復魔法で痺れる両腕を治す。ついでに俺が殴り飛ばした獣人も回復魔法で癒やしていく。

 そうしているうちに獣人達も俺を受け入れてくれたのか、食べ物や酒を振る舞ってくれた。殴り合って仲良くなれる脳筋思考ってのは手っ取り早くて良いよな。ちょっと面倒だけど。

 エルミナさんの所に戻るとトラ男がいた。そういやこいつは殴りかかってこなかったな。


「俺はもうあんたの実力を知ってるからな」


 俺の視線に気づいたのか、トラ男はそう言って肩を竦めた。そういえばこいつは俺と一回戦ってるし、エルミナさんと俺が戦うところを見てもいるんだったな。そりゃそうかと納得して座り込み、自分の体と服に浄化をかける。うん、とりあえず汗臭さも埃っぽいのも消えたな。


「そういや今日の寝床はどうなってるんです?」

「私とリファナはあっちの家、タイシくんとブリーダはあの家よ」


 エルミナさんが指差す先にあるのは何の変哲もない普通の家だった。まぁ宿屋とかがあるわけもないか。雨風に晒されないで地べたに寝るんじゃなければなんでもいいっちゃいいや。

 少しして宴もお開きとなり、俺はブリーダと共に寝床であるという家に向かった。先導しているのはトラ男である。


「そういや名乗ってなかったな。俺はティガだ、あんたはタイシだったよな」

「ああ、よろしく」


 トラ男で名前がティガか。それらしい名前だな。ティガの家に入ってみると、思ったよりも片付いている小奇麗な家だった。木の匂いに混じって何か香草のような匂いがする。


「悪いが寝台は一つしか無いんでね。寝具を敷いて雑魚寝してくれ」

「十分だ」


 寝具というのはふかふかとした毛織物だった。これを何枚か重ねて寝具にするらしい。大森林はこの大陸の北側に位置しているので、気候はかなり温かい。特に上に何もかけなくても寒いという事は無さそうだ。


「ブリーダ、明日はいつくらいににここを出るんだ?」

「昼前だろうな。今日のペースを考えればそれで野営を挟まずに次の集落に着けるはずだ」

「次の集落ね。どんな奴らが住んでる集落なんだ?」

「ハーピィだな」

「ハーピィ。ハーピィというと、顔と胴体が人間っぽくて腕と下半身が鳥っぽい感じの?」

「そうだ。知っているのか? あまり人間には知られていない種族のはずだが」

「まぁ、ちょっと縁があってな」


 そう答えてから俺は腕を組んで考える。

 俺が知っているハーピィは一人だけ。ミスクロニア王国でサイデン子爵に囚われていた違法奴隷のうちの一人だ。確か名前はピルルだったか。子供の頃に故郷の森を飛んでいたら人間に捕まえられたって言ってたな。それがもう十年くらい前の話らしいし、故郷の森の場所もわからないからって寂しそうに笑っていたのを覚えている。

 もしかしたらそのハーピィの集落がピルルの故郷なのだろうか。


「なぁ、ハーピィの集落ってそこだけなのか?」

「どうかな。私の知っている集落はそこだけだが、ハーピィなら他の集落も知っているかもしれん」

「そうか。うーん……実は俺の知人にハーピィの子がいるんだが、十年前に人間に攫われてきたらしいんだよ。故郷の森の場所もわからないから帰れないって寂しそうにしてたんだよな」

「……そうか。今はどうしているんだ?」

「ちょっと色々あって違法奴隷として囚えられていたのを俺が助け出してな。今はその時に一緒に囚えられていた違法奴隷の他の子達と一緒に大樹海の街に暮らしてるよ。俺が大森林にぶっ飛ばされてきてから何事もなければ今もそこにいるはずだ」


 クローバーの防備は十分だ。相手が神となるとどうしようもないかもしれないが、そうでなければよほどのことがない限り今も無事だろう。


「そうか。明日ハーピィの集落に着いたら聞いてみると良いかもしれないな。私も協力しよう」

「そうか? 悪いな」


 故郷がわかったところで今の俺にできることは何も無いが、彼女に家族がいるならその身の無事を伝えてやるだけでも救いになるだろう。後はいずれどうにかして会わせてやりたいな。俺が元の力を取り戻せばすぐにでも会わせてやれるんだが。


 ☆★☆


「貴女が人間を連れてくるのは久しぶりですね?」

「いい子よ? 私の義理の息子らしいし」

「そうなのですか?」


 エルミナさんがなんかゴージャスな感じのハーピィさんと談笑している傍で俺は昨日と同じく荷物を出していた。ハーピィの皆さんはスリムな方が多い。というか見る限り男性が見えないのだが、もしや女性しか居ない種族なのだろうか? どうやって増えるんだろう。

 なんだかハーピィさん達が俺に向けてくる視線がすごく気になる。これなんか狙われてない? 野獣と化したマールに近しいものを感じるんだけど。


「気をつけろ」


 ボソリとブリーダが耳打ちをしてくる。


「何を」

「油断したら食われるぞ。性的な意味で」

「ああ、やっぱりそういう?」

「エルフや獣人の男は発情期でなければ問題ないが、人間はいつでも大丈夫なのだろう? 彼女達にとっては格好の獲物だ」

「やだこわい」

「いつでも発情期なんていう破廉恥な生物同士仲良くしたら?」


 リファナが汚らわしいものでも見るような目で俺を睨みつけてくる。そういう差別的な発言は良くないと思います! そういう風に身体ができているんだから仕方ないじゃないか。


「とにかく一人にならないように気をつけろ」

「わかった」


 内心ちょっと興味が湧いたが、嫁達を裏切るわけにはいかないと気を引き締める。ハーピィ達になんか絶対に負けない! ってフラグを立てると即落ち2コマみたいになりそうだからあくまで緩く警戒しておこう。

 気がつけばエルミナさんが長らしきゴージャスな感じのハーピーさんとヒソヒソと密談モードになっている。チラチラこっち見てくるしなんか不穏な感じなんですけど。もしや売られそう? 俺売られそうなの? まさかね、お義母さんそんなことしないよね。


「俺、エルミナさんに売られたりしないよな?」

「「……」」


 ツイっと目を逸らすのやめてくれませんかね。不安がMAXなんですわ? お?

 命に別状があるわけでもないし、困ってるなら少しばかり協力するのはいいけども。でもマール達に無事の連絡も入れずにそういうふうな感じになるのは流石になぁ。

 あー、駄目だ。こういうこと考え始めると思考がどん詰まりになってハマるんだよなぁ。なるようにしかならないし、あまり深く考えるのをやめよう。思考を放棄するのもいかがなものかと思うが、思い悩みすぎて硬直するのも馬鹿らしい。下手の考え休むに似たりなんてことわざもあるしな。

 とりあえず今は力を取り戻すこととなんとかして俺の無事を伝えること、この二点に全精力を注ぐとしよう。そのためならなんでもするって気概で行こう。


「タイシくん? 大丈夫?」


 気がつくとエルミナさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。考え込みすぎて作業の手が止まってしまっていたようだ。


「いや、大丈夫です。ちょっと考え事をしちゃっただけで」

「そう? 慣れない環境で疲れが溜まっているのかもしれないわね。今日は早く休みなさい。寝床も用意してもらったから」

「ええ、はい。その……」


 俺が口を開こうとするとエルミナさんは自分の人差し指を唇の前に立てて俺に喋るなというジェスチャーをした。


「深く考えずに流れに身を任せなさい」

「いやその」

「いいから。そうしなさい」


 そう念を押してからエルミナさんは俺の肩を一つ叩き、ブリーダとリファナに何かを話してからスタスタと何処かに歩いていってしまった。入れ替わりにブリーダが近づいてくる。


「明日の出発は初日と同じく昼過ぎにするそうだ。早めに体を休めろ、と言っていたぞ」

「休まるのかねぇ」


 ブリーダは苦笑して俺の肩を叩き、ハーピィに先導されて去っていった。リファナも俺を鋭い視線で一瞥して去っていく。


「だーもう……ままならんなぁ」


 慣れたつもりでもこの世界はやはり異世界だ。文化というか考え方の違いを噛み締めながら、薄暮の迫る森の空を見上げた。


 ☆★☆


 スゥスゥと穏やかな寝息を立てて眠るハーピィさんの羽毛に包まれたまま、ぼんやりと草と枝葉で編まれた天井を見つめる。ハーピィさん達の家は草や木の枝で編んだ球形の鳥の巣のような感じだ。

 これで雨漏りとかしないのかと聞いてみたら、そこは上手く作ってあって雨が沁みてくるようなことはないのだそうだ。雨漏りのしない家を編めるようになったらハーピィは一人前として認められるらしい。

 俺を羽毛で包み込んで眠っているハーピィさんに寝物語として大森林の外の話をせがまれたので、各国の王都の様子や人々の暮らしを話した。森の中の生活とは全く違う人々の暮らしぶりにハーピィさんはかなり興味を惹かれたようだ。

 そのついでにピルルの話をしてみたが、残念ながら寝床を共にしたハーピィは彼女のことを知らなかった。仲間にも聞いてくれるということなので、帰りにもう一度この集落に寄ってくれれば集落のハーピィが結果を教えてくれるという。そんな話をしているうちにハーピィさんは俺をふわふわの羽毛で包んで眠ってしまった。

 ハーピィさんは体つきはスリムだけどふわふわの羽毛の包容力が凄い。なんかもう包まれて暖かくてほっとする。ちょっと泣きそうになった、というか泣いた。なんで俺嫁と引き離されてこんなとこにいるんだろうか。帰りたい。

 こんな状況に放り込んだ神どもに恨みが募る。駄神共々滅びてしまえばいいのに。


『ちょっとちょっと、ボク関係なくなーい?』


 久しぶりに出たな駄神。今の俺は哀しみに支配されて大層機嫌が悪いぞ。


『ちょっと深いところに潜って色々調べてたんだよー。色々と役に立つ情報とか、色々ね』


 色々、ねぇ。

 頭の中でそう呟き、久々に聞こえてきた駄神の甘ったるい声に溜息を吐く。


『まず君が私を受け容れられない原因はちょっとしたパラメーター設定ミスでした! ちょちょいと直してきたよ』


 ちょっと待て、聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。そのパラメーターとやらを設定したらお前のことが急に好きになったりするのか? やめろよ気持ち悪い。


『気持ち悪いとか言われた!? 別に急にそんなになったりしないよ。今までが異常だっただけで、普通に戻っただけ』


 心をいじられて良い気がするわけ無いだろうが。お前頭おかしいんじゃねぇの?


『心をいじったわけじゃないよ。ちょっと魂的なもののパラメータ設定ミスを見つけて修正しただけだし』


 なお悪いわ! 良い要素がどこにもねぇよ!


『そうは言うがな、大佐』


 誰が大佐か。


『結局のところスキルポイントを使ったスキル習得だって、それどころかレベルアップシステムだって同じようなものだよ? ちょっとしたパラメータ変更なんて今更じゃない』


 その理屈はおかし……おかしくない? か? いやおかしいだろ。俺が主体性を持って変更するのとお前に恣意的に変更されるのとじゃ全然意味合いが違う。


『いいじゃない、今はもう名実ともに一心同体なんだから。絶対に受け容れられない存在とそうなっているよりも心理的に随分と楽になるよ?』


 そんなわけ……ああもう、いいや。どうせ俺がどう言ったところで今更どうにかなるわけじゃないんだろうし。


『効いてる効いてる』


 黙れこの駄神。それよりも役に立つ情報とかいうのを寄越せ。


『んふふ、いいでしょう。まずは私の力を取り戻す方策についてだけど』


 お前の力かよ。


『ガイナ達に奪われたボクの力が戻れば君の力も戻せるってわけだよ。OK?』


 OK、それで?


『まず奪われた力そのものはガッチリ守られてるから、奪い返すのは無理。手を出してこっちの位置がバレたら元も子もないしね。だから別のところから持ってこなきゃいけない』


 別の場所ねぇ。そもそも力ってのはなんだ? 神力ってやつだよな。魔力とは違うのか。


『エネルギーって意味じゃ同じだね。ただ、神力の方がより高度に精製されていて、かつ密度が段違いって上かな』


 俺の魔力から精製すれば?


『できるけど、全然足りないよ。ボクが元の力を取り戻すくらい君の魔力から神力を精製するとなると、君が一切魔法を使えなくなるくらい搾ったとしても五百年はかかるね。魂そのものを捧げてくれるなら話は別だけど』


 お断る。


『だよね。まぁ今も少しずつ拝借してプラス収支にはしてるけど、それじゃいつまで経っても元の力を取り戻すなんて無理だ。だからこの大森林に眠っている擬神格を取り込む』


 ぎしんかく? なんだそりゃ。


『んー……古代の超エネルギー的なアレ』


 お前説明するのめんどくさいから適当に言ってるだろ?


『細かい理論を聞きたいなら話すけど、まる一週間くらいかかるけど良い?』


 結構です。でももう少し詳細な説明プリーズ。


『えー、めんどくさいなぁ……所謂神様っていうのはエネルギーの塊みたいなもんなんだよ。ただ、次元の違う領域に居るから通常は祈りに応じてほんの少しの力を現世に及ぼす事しかできない。この世界の古代の人間はその神様を現世に引きずり下ろして現出させることによって無限のエネルギーを得ようとしたわけ』


 スケールのでかい話だなぁ。でもまぁ、発展した社会ではエネルギー資源に悩むことも多いだろうし、わからなくはない話だ。元の世界で言えばゼロポイント発電とか反物質発電とかダイソン球とかそういう次元の話だろ。


『まぁそんな感じかな? 結論から言うとその試みは成功したのさ。この世界の神は次々と現世に引きずり出されて人間に嬲られ、貶められて隷属させられることになった。人間はそれによって栄華を極めたよ。そりゃそうだよね、神の力を振るえるようになったわけだからさ。獣人やエルフ、その他諸々の奉仕種族が創られたのもその時代だねぇ』


 奉仕種族? 獣人やエルフが?


『人間以外の全ての知的種族がそうだよ。獣人や鬼人族、ドワーフなんかは単純労働兼愛玩用、ハーピィや夜魔は完全に愛玩用、エルフは人間の補佐兼愛玩用、晶人は観賞兼愛玩用』


 愛玩用ばっかじゃねぇか。


『交配が可能って辺りで察したほうが良いよ。逆に言えば愛玩用じゃない奉仕種族は殆ど滅びたね。生き残ってるのは自己増殖が可能な生物兵器の類と、人間ベースのアルケニアみたいな特殊なケースかな。あれも元々は兵器用だけど、設計と刷り込みが雑で理性を取り戻したクチだね。そのおかげで滅びずに済んだのは皮肉だけど』


 なんかこの世界の知られざる真実を聞いてる気分だなぁ。


『実際そうだよ。で、話を戻すけどこの世界の神は残らず古代の人間に現世に引きずり出されて何らかの形で利用されたわけ。でもまぁ、そんな強大な力を手にした人間の末路なんて想像がつくよね?』


 まぁ想像はつくというか、現状がそれを物語ってるよな。白い廃都でもそれっぽいこと聞いたし。文明が崩壊するほどの戦争が起こったんだろ。


『その通り。その身に神格を宿した人間と、ただ敵を殺すためだけに作られた奉仕種族、そして神格を宿した人間を殺すための神格を使った兵器が相争う悲惨な戦争が起こった。文明を破壊し尽くし、大陸をいくつも消し飛ばした末にこの世界に残ったのは大陸と呼ぶにはあまりにも小さい三つの大陸と、ぽつぽつと広大な海に浮かぶ小さな島々だけさ』


 で、この大森林にその擬神格が残ってると。


『うん、この大森林には黄金時代の破滅を逃れた軍事施設が幾つか残ってるみたいで、擬神格の波動をいくつか探知できたよ。それをいくつか取り込めば元の力を取り戻せる』


 なるほど。でもそんな危険なもの、あいつらもチェックしてるんじゃないか?


『それは大丈夫』


 随分自信たっぷりだな。

 あいつらも知らないようなことをなんでお前は調べられるんだ? お前、神って言ってたけど本当は何者なんだよ? あいつらの正体がその擬神格を宿した人間だってのは想像がついたが、そうなるとお前の存在が不自然だよな。

 お前の存在はあいつらよりも明らかに格上だ。俺を元の世界から引っ張ってきたことも含めると尚更おかしい。


『そんなこと最初から言ってるじゃないか。ボクは神だよ、神様。紛い物なんかじゃない真なる神さ。もっと敬うと良いよ?』


 つまりお前は擬神格を身に宿した人間じゃなく、生粋のこの世界の神だってことか。でもこの世界の神は悉く古代の人間に使役されたんだろ?


『そうそう、神という資源は枯渇したわけ。ところで人間って資源がなくなったらどんな行動を取ると思う?』


 ああ? そうだな……持ってるやつから奪う?


『うん、それで戦争が起こったね』


 あー……新たな資源を探す?


『そうそう、それで彼らは手を出したわけ。ボクに。ところでキミはボクのことをなんて呼ぶんだっけ?』


 駄神。


『そっちじゃなくて』


 邪神かー。やっぱお前邪神じゃん?


『元ね、元。人に友好的ないし中立的な神は真っ先に狩られて、敵対的な邪神の類も調伏されて狩られていった。でもボクは力が強すぎて調伏できなかったみたいでね。だから放置されてたんだけど、ついに切羽詰まった間抜けが手を出してきたんだよねぇ。現出させられたボクは勿論調伏されて使役されるのなんて御免だから暴れたよね』


 おい。まさかその古代の文明滅ぼしたのは。


『気がついたら世界そのものが滅びる寸前でさぁ。仕方ないから生き残った擬神格持ちの人間を従えてこの世界の再生に骨を折ったよ。いやほんと大変だったよ。邪神の本分を捨てて再生なんかに力を注いだせいで力も随分と失なっちゃったし』


 お前。


『たまに他所の世界からパラメーター調整した人間を放り込んで安定しすぎた世の中に一石を投じるのがここ千年くらいの楽しみです☆』


 完全に邪神だ。

 まぁわかってたことだな、うん。はっきりしただけで。最初からお前の趣味で放り込んでニヨニヨ眺めてますみたいなニュアンスだったもんな。


『そうそう、今更だよね。そういえば何の話してたんだっけ? ああそうだ、擬神格を見つけていこうって話ね。で、擬神格があるのは基本的に軍事施設だから、ついでに古代の武器も手に入れてキミの装備も整えようってわけ。それこそ対神用の装備があるだろうしね』


 なるほど、一石二鳥だな。で、場所はわかるのか?


『近くに行けば波動を拾えるからね。でも地元民に聞くのが早いんじゃない? 古代遺跡の前まで行けばそこが当たりかどうかはわかるし』


 なるほど。じゃあこの行商を終えて村に戻ったら遺跡探しだな。それが力を取り戻す近道なんだろ?


『うん、間違いなくね』


 じゃあ、決まりだ。俺は寝る。


『うん、おやすみ。良い夢を見られるといいね』


 クスクスと笑う駄神の声を聞き流しながら意識を落とす。

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