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29歳独身は異世界で自由に生きた…かった。  作者: リュート
『押し掛け』ならぬ『押し売り』女房
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第七話~藪を突付いたらゴブリンじゃなくて鬼が出ました~

 晩、夜の鐘が鳴る前に俺とマールは集合地点である西門へと赴いていた。

 食事もしっかりと取ってきたし、万全の状態だ。

 集合地点には既に何人かの冒険者が集まっており、少し離れた場所には揃いの鎧を着込んだ騎士団員達が集まっている。

 騎士団員は低くともレベル10以上で、剣術も最低2以上持っている。

 今回の討伐隊を率いる隊長らしき人物はレベル22、剣術レベルも3だしかなりの使い手だ。


 冒険者の方はというと、やはり騎士団員に比べると見劣りする。


 例えばイーサンはレベル4だし、マールにいたってはレベル2だ。

 俺もレベル5だからあんまり人のことは言えないんだが。


 騎士団員の中には魔法兵も居るようだ…と言ってもこっちと同じで一人だけみたいだけど。

 金髪ロングの育ちの良さそうな女の子だ。

 魔法兵だからか、彼女だけ鎧ではなくローブを身に着けている。

 うむ、ローブの上からでもわかるあのボリューム、中々の戦闘能力だな。


「綺麗な人ですねー」


「そうだな、どうも魔法兵らしい。見て参考になる部分があれば良いが」


 俺のはスキル振りで手に入れた付け焼刃だからな。

 本場の魔法使いの戦いってのは参考になるかもしれない。

 立ち回りなんかもきっと参考になるだろう。


「そ、そうですね!」


 俺の返答にマールが慌てたように笑みを浮かべる。

 ふっ、ポーカーフェイスでしらばっくれた俺の勝ちだな。


 ううむ、あのおっぱいはマールにはない包容力がありそうだ。

 まぁマールの小ぶりで感度の良いおっぱいは大好きなんだが。




 夜の闇の中、出発した俺達はゴブリン達の村落がある場所を目指して行軍を開始した。

 斥候は冒険者の中でもベテランに属するレベル10越えの者達、その後ろを本隊である騎士団、その更に後ろに俺達ルーキーだ。

 魔法使いの俺はルーキーの一番前――つまり騎士団の真後ろを歩く形となった。

 最後尾を歩く冒険者の鎧と自分のバトルスタッフの先端にライトの魔法をかけて照明とする。

 

 前からの急襲には騎士団が盾になり、後ろからの急襲には他の冒険者が盾になる。

 魔法使いである俺を保護するための隊列でもあった。

 ちなみに騎士団の魔法兵ちゃんもすぐ近くだ。

 行軍は概ね問題なく進んだ。

 何度か魔物の襲撃があったようだが、冒険者の斥候と騎士団の前衛が蹴散らしたようだ。


「順調ですね」


「そうだな…」


 行軍の邪魔にならないように脇に退けられた死体を一瞥する。

 ゴブリンだ。

 ズタズタに引き裂かれているのでどうにも判別しづらいが、どうも先ほどから散発的に襲撃を仕掛けてきているのはゴブリンらしい。


 なんだか妙じゃないか?


 この前マールと一緒に偵察に来た時は組織だって攻撃してきたのに、こんな数匹単位で散発的に襲撃してきている。

 この集団に数匹程度の戦力で散発的に攻撃を仕掛けても何の意味も無いはずだが。


「ゴブリンの群れだ! 総員迎撃用意!」


 前方からそんな号令が飛び、俺はとマールはそれぞれ武器を構える。

 これが本隊か。

 さっきまでの奴等は斥候だったのかね。


「誤射するなよ?」


「だ、大丈夫です!」


 ライトクロスボウ、と名前はなんとなく弱そうなイメージだがその威力は折り紙つきだ。

 なんせ板金鎧程度なら易々と貫く。背中から撃たれたらたまったもんじゃない。


 前方で戦闘音が聞こえ始めた――うん? 前線で止められてないのか?

 戦闘音が思ったよりも速い速度で近づいてくる。


「来るぞ」


 闇の中からゴブリン達が飛び出してくる。

 騎士達が魔法兵ちゃんの周りを固め、魔法兵ちゃんも腰を落として杖を構えた。

 あっちは問題無さそうだな。


 ゴブリンには魔力撃の練習台になってもらおう。

 まずはそうだな、本気度的には二割くらいの威力でやってみるか。


「マール、前には出るなよ」


「は、はい!」


 俺は隊列から飛び出し、向かってきたゴブリンへと二割程度の魔力を込めたバトルスタッフを振り抜いた。

 ドゴン、と杖で打ったというよりは爆発音のような音を立ててゴブリンが色々なものを撒き散らしながら水平に吹っ飛んでいく。

 間違いなく即死だろう。

 ゴブリン程度には少々オーバーキル気味な気もする。

 内臓もいっちゃってたら買い取り価格が安くなりそうだな。

 一割から一割半くらいで大丈夫そうだ。


「おらおらぁ! いくぜぇ!」


 向かってくるゴブリン達を次々とバトルスタッフで打ち据え、叩き潰し、吹き飛ばす。

 以前戦った時は一撃で殺しきれないことが多かったが、今は確実に一打一殺できているようだ。

 マールは俺に誤射するのが恐いのか、ちょっと青い顔でこちらを見守っている。


 うむ、良い判断だ。

 この乱戦に撃ちこむのはリスクが大きすぎるからな。


 しかし。


「やっぱ変だな」


 ゴブリンの動きがやはりおかしい。

 襲い掛かってきている、というよりは突破を計っているような動きなのだ。

 交戦已む無し、という場合には躊躇なく襲い掛かってきているが、そうでなければ素通りしていく。

 マールや魔法兵ちゃん、その魔法兵ちゃんを守る騎士達のように攻撃せず防御に徹している人員には襲い掛かっていかない。

 試しに俺も隊列に戻り、防御に徹してみると襲い掛かってこない。


 俺は騎士団本隊の最後尾にいる集団に声をかけた。


「ゴブリンの動きが妙じゃないか?」


「そうですね…まるで何かから逃げているように見えます」


 俺の言葉に答えたのは魔法兵ちゃんだった。

 声はマールのような可愛い系というよりは少し落ち着いた感じの声だな。


「た、タイシさん、なんだか、危ないです。悪い予感がします」


「あん?」


 裾を引っ張る感覚に振り返ってみると、マールが青い顔をしてガタガタと震えていた。

 マールは危険察知のスキルを持っている。

 まさか危険察知のスキルが何かを捉えているのか?


 その時、前方で轟音と悲鳴が聞こえた。


 ドシャッ、と俺達の傍に何かが落ちてくる。


「ひっ!?」


 落ちてきたものを直視したマールが短い悲鳴を上げた。


 それは手足や身体の骨格そのものが歪になり、全身から血を滲ませた人間の死体だった。

 装備を見る限り前衛の冒険者だろうと推測できる。

 こりゃ間違いなく即死だな。


「ゴブリンを追っかけていたのがやったんだろうな、これ」


 冷や汗が出るのがわかる。

 何が出たんだかはわからないが、本物のバケモノが出てきたのは間違いない。

 動物や、それに毛が生えた程度のゴブリンとは比べ物にならない何かだ。


「た、タイシさん!」


「落ち着け、深呼吸しろ。いいかマール、お前の知識が頼りだ。教えろ、コレをやったのは何だと思う? ゴブリンを襲い、人間を一撃で仕留めるような怪力を持つ何かだ」


 前方ではその何かとの戦闘が始まったのか、何度も轟音と人の悲鳴が聞こえてくる。

 猶予はあまり無いだろう。


「ご、ゴブリンを食べるような悪食で怪力をもつ存在と言えば…」


 トロールです。

 マールは青い顔で答えた。




「正面に立つな、側面や背面から攻撃しろ! 力は強いが決して早くは無いぞ、動きをよく見てかわすんだ! 決して受けるな!」


 俺が前線に着くと、そこにはトロールを包囲して連携攻撃を仕掛ける騎士団の姿があった。

 前衛の冒険者の半数ほどがトロールに殺されたか負傷させられたようで、怪我人を連れて後方に下がっている。


「やべぇ、なんだこりゃ」


 トロールと聞いてうすのろの巨人っぽいヤツだろうな、とは思っていたが想像以上だった。

 体長は恐らく三メートル以上。

 真っ赤に光る眼、鋭い乱食い歯からは涎が垂れている。

 全身筋肉モリモリで、腕が長い。

 肌の色は白みがかった灰色で、武器も持ってないし腰巻もつけてない。

 凶悪なアレも股間の間でブーラブラである。てかなんでヤル気満々なんすか、ソレ。


「冒険者か!? ここは危険だ、我々に任せて下がっていろ!」


 指揮を執っていた騎士が俺を見て後ろに下がるよう警告してくるが、俺は構わずバトルスタッフを高く掲げた。

 そしてすかさず魔法を発動させる。

 くくく、弱点はマール先生から聞いているのだよ。


「燃えろ!」


 発射数十倍拡大、魔力収束。


 バトルスタッフの先から火の矢が連続で発射され、トロールの身体に次々と突き刺さって炎上した。

 着弾した火矢は燃え広がり、トロールの全身を包む。

 マールの話ではトロールは再生能力が高く、ちょっとやそっとの斬撃や打撃ではすぐに回復してしまうらしい。


 だが、火で焼かれてしまえば話は変わる。


 火で焼かれたトロールは再生能力を著しく制限されるのだ。

 全身を炎で包まれたトロールが苦しみ、両腕を滅茶苦茶に振り回す。


「火魔法の使い手だったのか! よし、奴の再生能力は死んだぞ! 一気に仕留めろ!」


 そう言うやいなや指揮をしていた隊長らしき騎士も剣を抜き、暴れるトロールに向かって騎士達が一斉に襲い掛かった。

 四方八方から襲い掛かられたトロールもその怪力を誇る両腕を振り回して暴れるが、騎士達はその攻撃を上手く避け、盾でいなす。


「貫け!」


 俺も後方からエネルギー・ボルトを連続で発射して攻撃の届きにくいトロールの上半身や頭を狙う。

 エネルギー・ボルトは決して外れない、百発百中のロックオン攻撃だ。

 狙いを違えずトロールの胸や肩、喉や顔に突き刺さった。

 俺の魔法で体勢を崩したトロールの眼前で、他の騎士団員が構えた盾を踏み台にして先ほどの隊長が飛び上がる。


「はぁっ!」


 気合一閃、トロールの太い首を叩き斬った。


 ズゥン、と音を立ててトロールが仰向けに倒れる。


 凄いな、流石は騎士だ。

 他の騎士団員も多少の負傷者はいるものの、動けないほどに傷を負っている者はいない。

 それにあの盾を踏み台にした連携は凄かった。日頃からこういうモンスターの討伐を前提とした訓練をしていないとできない動きだ。


「負傷者はこっちに来てくれ! 俺は回復魔法も使える!」


 幸い魔力にはまだまだ余裕がある。


「いや、我々は比較的軽症の者が多い。後方に下がった冒険者を優先して回復してやってくれ」


 剣を振って血糊を払った騎士隊長がそう言って俺に近づいてきた。

 そして俺の肩を叩き笑みを浮かべる。

 歳はちょっと言ってるが、金髪碧眼のハンサムな男だ。

 恐らく30と少しくらいの歳じゃないだろうか。


「良い援護だった。お陰で負傷者も少なく済んだ、感謝する」


「いや、あんた達が凄かった――」


 そう言ってその場を去ろうした瞬間、俺は見てしまった。


「おいおい…」


 森の奥から新たに三匹のトロールが現れたのだ。

 俺は咄嗟に後ろへと跳びながらバトルスタッフを掲げた。

 同時発射数拡大、魔力拡大…今だ。


「ファイアボール!」


 俺の頭上に現れた三つの火球が三匹のトロールの胸へと吸い込まれるように飛び、着弾と同時に爆発炎上した。

 三匹のトロールの苦悶の叫びが響き渡る。


「一匹ずつ仕留めるぞ! 負傷者は下がって後方の人員と交代しろ!」


 騎士隊長が突撃し、他の騎士団員達も動き始める。

 俺も騎士団員達と共にトロールへと向かって走り出した。こうなったら出し惜しみをしている場合じゃない。

 バトルスタッフに魔力を込める。

 とりあえず初撃は全力、これで二発目以降に込める魔力を決める。


「おい! 魔法使いが前に出てどうする!?」


 騎士の一人が俺に声をかけてきたが、俺は構わず一番左のトロールへと間合いを詰めた。

 魔力撃で急所を狙えば行けるはずだ。

 デカくても人型なら急所はそう変わらないはず。


「おらぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 全力で飛び上がり、まだ火達磨になっているトロールの頭頂部へとバトルスタッフを叩きつけた。

 インパクトの瞬間に余すことなくバトルスタッフに込めた魔力を叩き込む。


 ドパァンッ! という破裂音と共にトロールの頭が――というか胸くらいまでが弾け飛んだ。


 ははは! 圧倒的じゃないか我が魔力撃は!

 と思ったら更に追加で二匹のトロールが現れた。


 どれだけ居るんだこいつら。


 俺は次の獲物を新たに現れたトロールに決め、バトルスタッフに魔力を込めて走り出す。

 二匹同時に相手にするのは危険だろうから、横に回りこんだ。

 俺に気づいたトロールが大振りで俺に拳を放ってくる。


「うおぉっ!」


 向かってきた拳にバトルスタッフを叩きつけて弾き返す。

 トロールの拳が砕けて血飛沫が上がった。


「らぁぁっ!」


 拳に叩きつけたバトルスタッフを回転させ、そのままトロールの足を払うように魔力を込めたバトルスタッフで打つ。

 バギン、と鈍い音を立ててトロールの足が不自然な方向に曲がった。

 仰向けにトロールが地響きを立てて倒れる。


「死ねぇっ!」

                

 そしてその頭にバトルスタッフを突き立てた。

 痙攣して動かなくなるトロール。

 そして迫るもう一匹に向かって――


「げっ!?」


 トロールの頭を貫通して地面にも刺さってしまったのか、バトルスタッフが抜けない。

 仕方ないのでその場にバトルスタッフを放棄して咄嗟に転がる。

 先ほどまで立っていた場所にトロールの巨大な拳が突き刺さった。

 頭にバトルスタッフを生やしたトロールが殴られて痙攣する。おいおいバトルスタッフ折れてないだろうな?


 腰のショートソードを抜き、魔力を込める。


「うーん、これはマズいな」


 魔力を通してみるが、すぐに拡散してしまう。

 これはぶっ刺して流した方が良さそうだな。

 トロールが振り回す腕をなんとか避けて隙を伺う。


「おうっ! とっ、たっ! あぶねっ!」


 仲間を殺されて怒ったのかトロールが怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる。

 一撃でも直撃したら死ぬだろうか? 試す気にはなれないな。

 振り下ろしてくる拳をバックステップでかわし、あるいは咄嗟に転がって回避する。


 このままではいずれ体力が尽きてしまう気がする。

 さて、どうしたもんかと思っていると後方から一本の矢が飛び、トロールの顔面へと突き刺さった。

 丁度よく目に刺さったらしく、トロールが顔を押さえて苦悶の叫びを上げる。


「たた、たいしさん! にげてください!」


「お前が逃げろ馬鹿!」


 矢を放ったのはマールだった。

 顔面蒼白で、足もカタカタと震えている。

 なんで前にでてきちゃうかねこいつは!


 トロールは矢を放ったマールを憎悪の篭った表情で睨み付け、咆哮した。

 俺に目をくれず、トロールはマールに向かって走り出す。


「やらせるかコラァッ!」

                         

 マールに向かって突進しようとしたトロールの脇腹に跳び蹴りをかます。


 その一撃でトロールが横殴りに吹き飛んだ。


 俺はその後を追って疾駆する。

 いつもより身体が軽い。蹴った地面がいやに柔らかい気もする。


「ごらあぁぁぁぁぁっ!」


 俺の蹴りに吹き飛ばされて仰向けに転がったトロールの上を走り、その額へとショートソードを突き立てる。

 魔力を込めながら何度も何度も突き立てるが、耐え切れなくなったのか砕け散ってしまった。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇっ!」


 仕方ないので拳に魔力を込めてトロールの顔面を殴りまくる。

 首に馬乗りして完全にマウントポジションだ。

 抵抗しようと何度かトロールが俺に掴みかかってきたが、魔力を込めた拳で殴り飛ばした。


 何発殴っただろうか。


 気がついたらトロールの頭は挽肉になっていた。


「はぁ、はぁ…畜生め」


 返り血だか肉片だかで俺の全身は血塗れになっていた。

 うぇ、生臭ぇ、気持ち悪ぃ。


「た、たいしざぁぁぁぁぁん!」


 駆けてきたマールが俺をトロールの上から引き摺り下ろし、全身をべたべたと触ってくる。

 全身返り血塗れの俺にそんなことをするものだから、マールもまた同じように返り血塗れになった。

 よほど怖かったのか涙と鼻水も混ざってマールの可愛い顔が台無しである。


「全部返り血だ! このバカ! こんな危ないとこにきやがって!」


 号泣するマールを抱きしめながら、俺は辺りに油断無く視線を巡らせる。

 まだ戦闘は続いているのだ。

 まずはこのバトルスタッフを回収して、死体を収納だな。




「やれやれ、なんとか終わったか」


 負傷者の治療がひと段落して俺は溜息を吐いた。

 冒険者の死亡者が三名、負傷者七名うち五名が重症。

 騎士団員は負傷者が六名で全員軽症だ。

 負傷者の内訳を見ただけでも騎士団の実力の高さが窺えるな。


 念のため明るくなってから騎士団が数名の斥候を出し、ゴブリンの集落が壊滅していることを確認した。

 どうやら先ほどのトロールの集団がやったらしい。

 最初に向かってきたゴブリンはトロールの襲撃から逃げてきたというわけだ。


 今回襲ってきたトロールの集団は全部で6匹、その半数を俺が一人で討伐したということになる。

 

 今、俺達は負傷者の治療と休憩を行なっていた。

 樽で三つも持ってきた清潔な水が治療に役立ったのは幸運だったな。

 重傷者も俺と魔法兵ちゃんの回復魔法で歩ける程度には回復しているし、復路も問題なく行軍できるだろう。


 俺はというと、今はストレージにトロールの死体を収納するお仕事の真っ最中である。

 合計六体分のトロールの死体…討伐報酬も含めてどれだけの金になるか楽しみで仕方が無い。

 半分は殆ど俺一人で仕留めたわけだから、かなりの分け前が期待できるだろう。


 俺が最後に殺したトロールの事を思い返す。

 どうもマールや他の騎士に目撃証言によると、俺は素手でトロールを一体殴り殺したようである。

 無意識に武器ではなく肉体に魔力を纏わせて攻撃していたようだ。

 試しにやってみたらワンパンで胴回りが俺と同じくらいある木が折れた。

 スキルを確認したら魔闘術とかいうスキルがレベル2で生えていたよ、やったね!


「タイシさん、お疲れ様です」


 マールが水に濡れたタオルを渡してくれる。

 俺はそのタオルで顔や腕を拭いてさっぱりした。

 トロールの返り血の次は負傷者の治療のために人間の血で汚れたからな。

 ついでにバトルスタッフも拭いて綺麗にしておく。

 あれだけハードな使い方をしたというのに、どこにも歪みやなんかが発生していない。

 流石にそこそこ高かっただけはあるな。


「さんきゅ、助かったぜ」


 血まみれになったタオルをどうしようかと迷った末にストレージに突っ込む。

 生活魔法の浄化で綺麗にしても良かったが、今はMPを温存したい。

 あとで出して洗えばいいだろ。

 そうしているうちに騎士隊長が部下を伴ってこちらへと歩いてきた。

 魔法兵ちゃんも一緒だな、眼福である。


「お疲れ様です。なんとかなりましたね」


 俺が丁寧な口調で話しかけると、マールが変な顔をした。

 騎士隊長も同じような顔をしたので、俺はゴホンと咳払いをする。


「一応、俺だって丁寧な言葉遣いぐらいできる。戦闘中はともかく、そうでない時は気を遣うぞ」


「はっはっは! いや、そういうのは気にしないでくれ。君ほどの実力のある冒険者から気を遣われるのはかえって変な気分だからな」


 騎士隊長はそう言って笑い、手を差し出してきた。

 俺はその手を取ってがっしりと握手をする。


「クロスロード騎士団、一番隊隊長のワルツだ。君のお陰で最小限の被害でトロールどもを殲滅できた、ありがとう」


「タイシ=ミツバだ」


「冒険者なんだろう? その実力だとBランクか? Aランクでもおかしくないと思うが」


「いや、Eランクだよ。まだ冒険者になって十日くらいかな、これが二回目のクエストだ」


『えっ』


 俺の言葉に騎士団の面々がそんな声を出して固まった。

 あ、なんかこれ面白い。


「あの、あれだけの魔法を使いこなす上にトロールを素手で殴り倒す貴方がEランクって本当ですか? 冗談ですよね?」


 魔法兵ちゃんがおずおずといった様子で問い質してくる。

 しかし現実は残酷…ッ! 本当なんです…ッ!


「信じられんな…冒険者になる前にどこかで戦闘訓練を受けたのか?」


「あー、まぁ田舎で師匠に魔法とか戦い方とか教わってたかな、うん」


 異世界から来ました! なんか変な声から力貰いました! って言っても仕方ないしな。

 俺の話を聞いたワルツ隊長が何か考え込んでいる。


「今回の君の功績は大きなものだ。騎士団としても大いに助けられたからな、その功績に報いたい。良ければ連絡先を教えてくれないか?」


「ああ、それは構わないけども」


 俺はワルツに灼熱の金床亭に滞在していることを告げ、その場を離れた。

 冒険者の重傷者はまだ完全に傷を癒しきれていないから、傍についててやりたいのだ。

 回復で使った魔力も少しずつ回復してきてるしな。


「タイシさん…多分騎士団に目をつけられちゃいましたね」


「あん? どういうことだ?」


 冒険者達の集まっている方向に歩きながら、俺はマールの言葉に首を傾げた。

 別に悪いことは何もしていないはずだが。


「いえ、タイシさんはあまりああいう方々と懇意にならない方が良いと思います」


 珍しくマールが深刻そうな顔だ。


「別にいいんじゃね? 騎士団なら報酬の支払いも確かだろうし、権力とコネを持つのは悪くないだろ。騎士団に入るつもりは無いけどな」


「うーん…」


 俺の言葉にもマールは納得せず、難しい顔だ。

 折角異世界に来て色々なしがらみから解き放たれたのに、また宮仕えなんぞ絶対にNOだぜ。

 俺はNOと言える日本人なのだ。


 そんな事を話しているうちに冒険者達の集まっているところに辿りついた。

 酷く負傷した前衛組に対して、後方に居たルーキー組は殆どがゴブリンと小競り合いをしただけだ。

 とは言っても一応トロールとの戦闘を見に来たことは見に来たらしい。


「いやー、アレに突っ込んでくとかさすがタイシさんっすわー。あ、肩お揉みしますよ」


「きめぇからやめろ!」


 おちょくってくるイーサンを一蹴しつつ、重傷者の傷を診る。

 一応ヒールをかけて命に別状が無い程度には回復させたが、まだかなり痛むらしく表情を歪ませていた。

 一番重症だった槍使いのおっさんの傍に膝をつき、傷を診る。


 このおっさんは腕を酷く骨折して、折れた骨が腕を突き破って飛び出していた。

 回復魔法を何度もかけてなんとか腕は治ったが、まだ傷が痛むらしい。


「いてて、悪ぃな。お前がいてくれて命拾いしたぜ」


「気にすんなって、同じ依頼を請けたら助け合うのが冒険者ってもんだろ?」


 再度俺がヒールをかけると痛みが引いたのか、折れた方の手を何度か開いたり閉じたりした。

 傷は治ったが、握力なんかはかなり落ちてしまったらしい。

 回復魔法も万能じゃないってことだな。


「あんがとよ、しばらくは槍を握れないかもしれんがこれならなんとかなりそうだ。

 これで騎士団の嬢ちゃんに治療してもらえなくなったのが残念だがな」


「ははっ、そりゃ確かに残念だ」


 そう言っておっさんの肩を叩き、俺は次の怪我人の様子を診に回る。

 死者は出たが、それは俺でもマールでもない。

 気の毒ではあるが、今回は勝った。

 生き残ったからな。

 ~魔闘術~

 武器や己の肉体に魔力を纏わせて攻撃の威力を向上させる魔力撃や、魔力による自己の身体強化を駆使して闘う技術。

 この技術を習得できるのは魔法の素養がある魔法剣士か、経験を積んだ戦士である。

 ただし、前者と後者ではその習得プロセスに大きな違いがある。

 魔法剣士は綿密な魔力の操作によって魔闘術を『技術』として習得するが、経験を積んだ戦士はい無意識に『経験』としてこれを為す。

 素人がミスリル銀の剣を使っても少々切れ味が良い程度であるのに対し、熟練の戦士が同じ剣を使って鉄製の城門を叩き斬ることができるのは、この技術の有無によるものである。

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