第七十七話〜大森林を彷徨いました〜
何とも言えない気持ちの良さで意識が覚醒する。
ここはどこだ? 少なくとも領主館の寝室ではない。いや、それ以前に俺は急造のシェルターで寝た筈だ。ここは何処もかしこも明るくて、上も下も何もない。まるでぬるま湯の中を漂っているかのようだ。
ふと視線を下に向けると、俺に跨っている小柄な人物がいた。肌は白磁のように美しい白、それを今は薄紅色に染め上げている。彼女の銀色の瞳が淫靡な色を帯びて俺を射竦める。その瞳を見ているだけで頭が蕩けそうだ。快感が迸る。
俺は夢見心地のまとまらない意識のまま、視線を体格の割には大きな彼女の胸に、可愛らしいおへそに、そしてその下の――。
「だらっしゃぁ!」
『おぶぅ!?』
俺の拳が俺に跨っていた小柄な少女――いや、駄神の顔面を捉えた。
今度こそ本当に意識が覚醒する。がばっと跳ね起きて即座に生活魔法で明かりをつけ、パンツの中を確認した。
「アウトォ!」
死にたくなりそうな気分で自分の身体と衣服を浄化する。
『思いっきり出しといて顔面パンチは無くない?』
「死にたいっ! 殺せっ、いっそ殺せぇっ!」
『そこまで!? ちょっとそれは流石に傷つくよ!?』
「穢された……もうマールに合わせる顔がない。死のう」
『まて! はやまるな! あれは夢! 夢だから! 実際には何もないから!』
「ほんとう?」
『ホントダヨー』
疑わしい。死にたい。よりによってあの駄神を美しいとか思った挙句見つめられただけでとかこの世から消え去りたい。
「すごい美人とキスしてた筈なのに目を開いたら相手が汚いおっさんになってた心境」
『まさかの汚いおっさん扱い!?』
最悪の気分だが、ちゃんと朝にはなっているようなので塞いだ入り口を蹴り壊して外に出る。走ろう。そして忘れよう、何もかも。
『納得行かない……』
何か駄神が呟いているが、俺は気にしない。
さて、どっちに向けて走ろうか。うっすらと明るいのはわかるんだが、太陽の方角がわからない。昨日どっちから走ってきたのかはわかるから、ひたすら進むとしよう。
しかし長い距離を走っていると少しづつ進路が曲がってぐるぐる回ってしまうと言うが、大丈夫だろうか? コンパスも無ければマップも使えないので確認のしようがない。
『……ちょっと左に曲がったほうが良い』
「わかるのか」
『……まぁね』
「また一つ役に立つ機能が増えたな」
『……』
機嫌が悪そうだ。汚いおっさん扱いは流石に傷つけたのだろうか。だってほら、なんか恥ずかしいじゃん。可愛い子にはなんかこう、素直になれないじゃん。男って。
『私はわかってたよ! えへへ』
「嘘だけどな」
『上げて落とされた!』
素直に考えると見た目は可愛いと思う。あの不思議な銀髪もミステリアスだし、ちょっとあざとい八重歯の覗く口元やぷるっと唇もキュートだ。可愛らしさと美しさを両立している顔立ちや白磁のように白く傷もシミも無い綺麗な肌も申し分ない。小柄な体型は庇護欲をそそるし、体型の割に大きい胸も高ポイントだ。生えてるのはいただけないが。
『生えてるのは消せるよ!』
なら文句なしの理想的な、男が求める最高の女性像と言えるだろう。
『そうでしょ? かわいいよね? 抱いてぐちゃぐちゃにしたくなるよね?』
「中身が致命的にダメすぎる……手遅れだ」
『そんなー』
走っているうちに植生が変わってきた。そびえ立つ大木が数を減らし、見慣れた大きさの木々が多くなってくる。赤茶けた地面はなりをひそめ、腐葉土混じりの柔らかい黒土が見えるようになってきた。同時に草木も増え、花なども目につくようになってくる。
生き物の気配がぐっと濃くなってきた。
走る勢いを弱め、視線を巡らせながら歩く。程なくして丈夫そうな蔓植物を見つけたので、さくっと採取する。生意気にも俺の四肢に絡みついたり首に巻き付いてきたりしたので引き千切って根本を断ってやった。魔物の一種だろうか。
手頃な木に昨日の謎生物の身体を釣り下げて皮を剥ぎ、程々の大きさに解体する。解体し終えたら浄化をかけてトレジャーボックスに入れる。これで食えるようになった。
しかし刃物が欲しいな。ひのきのぼうのようなものを振り回す野人生活と早くおさらばしたい。俺に文明を。
『どこかに冒険者の死体でも落ちてると良いね』
「そこで最初に遺体からの略奪という選択肢が出てくるお前はほんとね」
『剥がないの?』
「いや、剥ぐけど」
死体に装備品など不要だろう。俺が有効に使ってやる所存。
いよいよとなったらそこら辺の石と粘土で炉を作って精錬してみるか。なんとなくだが、できる気がする。レベルはいくつかわからないが、鍛冶スキルがきっと残ってるんだろうな。問題は鉄鉱石をどうやって手に入れるかだが。
森を進みながら使えそうなものを探す。食えるかどうかわからないが、果物を幾つか手に入れた。ただ、果物はなぁ……動物が食ってたとしても、人間にとっては毒なんてこともままあるらしいし、そう簡単に口にはできない。
手に入れたのは琵琶のような拳大の黄色い果実と、紫色のりんごのような果実、ピンク色の桃のような果実である。沢山なっていたので、いっぱい取ってアイテムボックスに入れておいた。
毒に関しては多分毒耐性があると思うから多少は大丈夫だと思うんだけどな。主にマールの危ないお薬の実験台にされたせいだけど。
しかしあれだ、そろそろ知的生物に出会いたい。塩とか靴とか欲しい。
「うーん、ヒトの痕跡がない」
『結構な距離歩いたはずだけど、森から抜ける気配がないねぇ』
正確な距離はわからないが、かなりの距離を走ったはずである。いくら強化系のパッシブスキルがなくなったとは言え、俺のスピードは平均的な冒険者の数十倍はあるはずだ。多分元の世界のスクーターとかよりも早いスピードで移動しているはず。
これだけの距離を走って森から出られないとなると、俺に思い当たる場所は一つしか無い。
「ここ、大陸北西部辺りにある大森林じゃね?」
『うーん、そうかも』
大陸北西部にある大森林。
ゲッペルス王国の西、カレンディル王国の北西に位置する広大な森林だ。クローバーのある大樹海ほどの広さは無いが、その面積はカレンディル王国の約半分ほどもあると言われている。
西には峻厳なマウントバスの山々、北には絶壁から望む荒い海、脱出ルートは東か南のみ。さて、俺達は今までどっちに向けて走っていたのでしょうか?
わからない……これが現実! 南から北に走ってたとかだとワロエナイ。
「で、大森林といえばー」
『エロフだね!』
「うん、エルフな。まぁ発情期のエルフは間違いなくエロフだけど」
うちの駄エルフことメルキナがそれを証明している。あれは間違いなくエロフですわ。
「俺の記憶が確かだとさー、ここのエルフってめっちゃ排他的だったような気がするんだよねー」
『何百年か前にヒトに狩られて大森林に追いやられたからねぇ。今のエルフの主流派はその頃のエルフの筈だからね、仕方ないね』
「でさー、ここに済んでる他の種族って主に獣人で、そいつらも人間嫌いの筈だよね?」
『カレンディル王国で迫害されて逃げ込んだ獣人達とその子孫だからね、仕方ないね』
ストンッ、と俺の足元に矢が突き刺さる。どこから射られたのかはだいたい分かるが、その方向を見ても人影は見えない。もう移動したか、何らかの方法で隠れているんだろう。
周囲の茂みからもガサガサと音がする。気配察知を働かせてみると、朧気ながらも辺りの気配を察知することができた。多分七人か八人くらいの人数に囲まれている。
「動くな、人間。エルフの射手がお前を狙っている」
目の前の茂みから大柄な人影が歩み出てきた。
そいつは虎だ。白と黒のシマシマ毛並みの二足歩行の虎だった。ふかふかの毛皮の上になめされた皮の鎧を身に着け、手に金属製の手甲を装備している。
「あー、とりあえずやましいことはあまりしてないと思う。友好的にいけないもんか?」
「大方奴隷狩りにでも来て魔物にやられたんだろう? そうでなければそんな格好でここをうろついてる人間が居るわけがない」
「うん、俺がここにこんな装備で放り出されたのには海よりも深い事情があってのことなんだけどね。ただ、事情を話しても信じてくれるとは思えないんだよなぁ、これが」
「ほう? 言ってみろ。一応聞くだけは聞いてやる」
虎の獣人が片眉を上げ、興味深そうに問いかけてくる。
「俺は大氾濫で活躍した勇者だ。ただ、活躍しすぎたせいで神々に目をつけられてな。神々との壮絶な戦闘の末に力を奪われ、なんとかこの森に落ち延びてきたんだ」
『……』
俺の説明に虎の獣人が沈黙する。周りを囲んでいた者達の殺気も一瞬緩んだ気がする。
「信じてくれるか?」
「そんなくだらん作り話を信じてもらえると思ったのか?」
「ですよねー! 本当なんだけどなぁ! とりあえず俺を捕らえて殺すってんなら黙って殺されてやる訳にはいかないぞ、俺には帰らなきゃならん場所もあるし、待っている嫁も居るんでな。もしそのつもりなら命を捨てる覚悟でかかってこい」
そう言って俺は半ばやけくそ気味にひのきのぼうのようなものを構える。場の緊張感が一気に高まった。そう簡単に負けるとは思わないが、想定戦力目の前にそこそこ強そうな獣人数人とエルフの射手である。エルフの射手全員がメルキナ並の実力を持っているかは不明だが、同等程度と想定しても悪いことはないだろう。
油断したら死ぬのはこっちだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。
「男の目をしてやがるな……油断ならねぇぞ、こいつは」
トラ男が牙を剥き、体勢を低く構える。姿を晒すだけあってなかなか堂に入った雰囲気だ。こちらもひのきのぼうのようなものに魔力を篭め、後ろにステップする。
ストンッ、と俺の太腿があった空間を矢が貫き、地面に突き刺さった。
「はっはっは! その手はメルキナにやられまくったからな! そう簡単にはかからんぞ名も知らぬエルフさんよ!」
姿の見えないエルフの射手に声をかけながら目の前にトラ男に殴り掛かる。トラ男は俺の振りかざすひのきのぼうのようなものにギョッとした表情をしたものの、すんでのところで躱して素早く俺から距離を取った。俺はそれを逃すまいと前に出ようとするが、嫌な予感がしてサイドに軽くステップする。
凄まじい魔力のこもった矢が俺の回避先に向かって飛んできた。舌打ちをしながらそれをひのきのぼうのようなものの魔力撃で叩き落とし、矢が飛んできた方向に突進する。
それと同時に樹上から一人の女が降り立ち、腰から大型ナイフを抜いて凄まじい速度の踏み込みで斬りかかってきた。ひのきのぼうのようなもので防ぐが、魔力を纏わせていても刃が徐々に食い込む。武器の質も良いようだが、ククリナイフのような大型ナイフに篭められている魔力もかなり高いようだ。ぶっちゃけ不利である。
「メルキナと言ったわね!? あの子はどこ!?」
「聞きたいならあんな物騒な一撃放つんじゃねぇよ! 当たってうっかり死んだらどうすんだ!」
俺と鍔迫り合いをしながら叫ぶ女はメルキナに瓜二つだった。煌めく金髪に気の強そうな翡翠の瞳、金髪から覗く尖った耳。残念ながら俺に向けてくる視線は憎悪と怒りに燃えているが。
「メルキナに似てるな。家族か?」
「メルキナは私の娘よ! どこ!? あの子はどこにいるの!? 答えなさい!」
「えっ? お義母さん? マジで? お姉さんじゃなく?」
「お義母さん!? お義母さんって言ったの貴方!? どういうことよっ!?」
ギリギリと大型ナイフがひのきのぼうのようなものに食い込んでくる。ストップストップ! お義母さんストップ! 俺のひのきのぼうのようなものが折れちゃう!
「メルキナは俺の嫁です! つい先日結婚式も挙げました!」
「はァ!? あの子が人間と!? 嘘よ! でなければ口では言えないようなことをいっぱいしてあの子を屈服でもさせたんでしょう! この悪魔っ!」
「違うわっ! あいつは『お菓子がいつでも食べられそうだから』って理由で嫁になるって言ってきたんだよ! お前それで良いのかって思ったわっ!」
「あの子がそんなこと――言うかもしれないけどっ! 言うかもしれないけどっ!」
「言ったの! あんたの娘さんはそう言いましたっ! そして嫁にしたらデレッデレになって別人になったかと思ったよ!」
「あの子だっ! それ間違いなくあの子だわっ! ああもうっ!」
お義母さんが崩れ落ち、失意体前屈の体勢になる。なんなのそれ、母子揃って持ちネタなの? 初対面の俺にその体制をさらすのは持ちネタなの? ねぇ。
「どうやら誤解は解けたようだ。良かった良かった」
そう言って胸を撫で下ろした瞬間、視界がブレた。
一瞬で足を取られて組み伏せられ、あれよあれよと言う前に関節を極められて拘束される。
「でも森に侵入した人間は捕らえなきゃいけないから。ごめんね、名も知らぬ娘の旦那さん」
「なんでやっ!? 今のは和解して握手するところやろっ!」
「大丈夫大丈夫、捕えた人にある程度裁量があるから。悪いようにはしないわよ」
「本当かよ!? 信じるぞ? 信じるからな? もし違ったら全力で暴れるぞ!」
「はいはい、いい子にしましょうねー」
俺を押さえつけたメルキナのお母さんらしきエルフが俺の手を後ろ手に縛り、俺を支えて立ち上がらせる。力を入れてみた感じだと俺の腕を拘束するロープだか蔦だかは全力でやれば引き千切れそうなので、このまま大人しく連行されることにした。
きっと悪いようにはされないだろう。そう信じたい。
『上手に焼けました~♪』
不吉な事言うのやめよう? 洒落にならないよね、それ。
「で、結局そいつはどうするんですか」
大人しく拘束されると、さっきのトラ男が警戒を解いて近寄ってきた。牙を剥かないで普通にしているとネコ科特有の可愛らしさがあるよな。まぁ声は若い男の声だけど。
「ウチで面倒見るわよ。嘘か誠か私の義理の息子らしいし」
「大丈夫なんで? そちらの集落は人間嫌いが多いでしょう」
「それはそっちも同じでしょ?」
「そりゃそうですが、それでもウチは強いやつには敬意を払います。そっちは違うでしょう?」
「うーん、確かにねぇ。でも義理の息子かもしれないのに放り出すのも仁義にもとるでしょう? いよいよとなったらそっちに逃がすから、その時はよろしくね」
「まぁ、姐さんがそう言うなら構いませんがね」
話を聞く限り、お義母さん(仮)の集落とは別にトラ男の集落が存在し、その住人の質も違うようだ。順当に行けば前者がエルフの集落、後者が獣人の集落なのだろう。
そうして俺は義母(仮)に拘束され、彼女の住む集落に連行されることになった。
☆★☆
「降ろして頂けませんか」
「ダメよ。手を後ろ手に縛ってるんだから、上手く走れないでしょ。大人しく抱っこされてなさい」
「かなり恥ずかしいんですがこれは」
「男の子が細かいことを気にしないの」
はい、絶賛お姫様抱っこで運ばれ中のタイシです。恥ずか死にそうです。
「あの子は元気にやってるの?」
「まぁ元気ですね。少しベタベタしすぎなきらいもありますが、それだけ愛されてるんだと思うと幸せな気分になります」
「そう……家に着いたら色々と聞かせてもらうわよ」
そう言って微笑む彼女の横顔を見る。うむ、見れば見るほどメルキナにそっくりだ。お母さんとは思えない。俺の目では姉妹にしか見えないぞ。少しお姉さんっぽい感じがする程度だ。
一時間ほどお姫様抱っこされて連れてこられたのはさっき抜けた巨木の森と普通の森の境界線辺りのようである。巨木と普通の木々が共生しているような環境だ。
「着いたわ」
「ほう……? ああ、樹上に家屋があるのか」
巨木を見上げるとその間に吊橋や足場が設置されており、巨木に張り付くように建設されている家屋のようなものも見て取れた。地面からあれだけ離れれば魔物や動物の襲撃に怯える必要はなさそうだな。
「行くわよ」
お義母さんがそう言って跳躍すると同時に強い風が吹き、俺をお姫様抱っこした彼女の身体をふわりと無事樹上の足場へと持ち上げてくれた。音もなく足場に着地した彼女は俺を慎重に足場へと降ろし、改めてつま先から頭の天辺まで眺める。
「まぁ、顔は悪くないわね。抱いてみた感じ身体もしっかり鍛えてあるし、見た目は及第点。ただ、そのボロボロの服と裸足なのはいただけないわ」
「服と靴は仕方ないんだ……」
文句は容赦なく俺を集団リンチしたあの大人げない神々に言って欲しい。
「まぁ良いわ。ついてらっしゃい、長に報告しなきゃいけないから」
そう言ってスタスタと歩き始めるので俺は大人しくその後ろを着いていくことにする。
少し歩くと第一村人に遭遇。明らかに嫌悪感を露わにしてこちらを睨んでくる。第二村人も同様の反応で、第三村人は珍しいものを見たという驚いたような表情、第四村人の少女はアレはなんだろう? という疑問の表情だ。いや、少女か? 少年かもしれない。皆エルフなので例外なく美形だ。小さい子だと男女の区別が全くつかない。
集落の中心に近づくに従って人が多くなってくる。七割憎悪か嫌悪、二割疑問、一割興味って感じだ。友好的な感じは殆ど無い。
『やっぱりウルトラ上手に焼かれる?』
それは嫌だなぁ。まぁ逃げるけどね、そんな感じになったら。
そうして歩いていると、一人のエルフが俺達の前に立ちふさがった。エルフの例に漏れず、容姿端麗なイケメンエルフだ。緑がかった銀髪に灰色の瞳、その灰色の瞳には明らかな嫌悪と感情が浮かんでいる。
「エルミナさん! この集落に人間を入れるなんて、何を考えているんですか!?」
「うるさいわねぇ。私の義理の息子を連れてきて何が悪いのよ」
「なっ……はぁ!? 義理の息子!? どういう意味ですか!?」
「この子、メルキナの旦那らしいわよ。自称だけど」
「ちーっす、メルキナの旦那でーす」
ちゃらいポーズでも取りたかったが、後ろ手に縛られているので棒立ちしかできない。
『君、結構余裕あるよね』
頭の中で駄神が溜息を吐く。やめろよ、その溜息で俺の脳内が汚れるだろ。クリーニング代取るぞ。
『力が戻ったらお望み通り君の脳内をクリーニングしてあげるよ。私のことしか考えられないようにしてやろう』
それクリーニングじゃなくてブレインウォッシュ的なあれですよね? 謝るんで許してください。お願いしますから。
「おい! 無視するな!」
「ああ、すまん。神の声に耳を傾けていたから聞いてなかったわ」
「馬鹿にしてるのか!?」
「割りとマジなんだよなぁ……で、お義母さんや。なんでこの人こんなにマジギレしてるんですかね?」
「ああ、その子ね。アレスっていう子なんだけど、メルキナに片思いしてたのよ。あの子が出ていっても後を追いかけもしなかった負け犬だから気にしなくていいわ」
「わぁお、お義母さん辛辣ゥ!」
お義母さんの言葉の刃がアレス君を斬り裂く! アレス君は精神的に死んでしまった!
おおアレスよ、死んでしまうとは情けない。いや、俺も同じよう状況で同じこと言われたらくたばると思うけどね。お義母さん容赦なさすぎる。
「うっ、うっ、うぅ……」
さめざめと泣いてますけど、この人大丈夫? 心の傷のせいで自殺したりしない? 原因が原因だから少しだけ心が痛むんだけど。でも俺に心配されたらトドメになっちゃうよね。放っておこう、うん。俺は悪くねぇ! お義母さんが言ったんだ! 俺は悪くねぇ!
「長に報告に行くから。ほら、解散よ」
エルミナ義母さんがそう言うとエルフ達は散っていった。アレス君も他のエルフに引っ張られて何処かへと連れられていってしまった。うん、俺は悪くない。悪くないよね?
『悪くはないかもしれないけど、そう割り切れるものじゃないよねー。気をつけとかないと刺されるかもしれないよ☆』
それは嫌だ。気をつけよう。
「一応気をつけておきなさい。負け犬でもトチ狂ったら何かするかもしれないし」
「そう思うなら何故穏便に片付けようとしないのか」
「めんどくさいじゃない。ああいうのはガツンとやるに限るわ」
「その興味ないものに対する適当さ……正に親子だ」
スタスタと歩き始めるお義母さんの後ろについて行くと、他の家屋よりも一回り大きい建物へと辿り着いた。お義母さんはまるで実家のような気軽さでその中に入っていくので、俺もその後を追う。
中に入ると木と蔓を使って作られた椅子に座って編み物か何かをしているエルフの男性が居た。少し年を食っているように見えるが、やはり美形である。エルフには本当に美形しかいないのかもしれない。
「お父さん、婿を拾ったから連れてきたわよ」
「婿? お前再婚するのか……ってまた人間か。人間はやめろと言っただろう、また辛い思いをするぞ」
「違うわよ。私のじゃなくてメルキナの婿。なんか色々あって大森林に迷い込んできたらしいわ。人間を夫にするなんて、やっぱ私の娘よねー」
「なん……だと……」
お義母さんにお父さんと呼ばれたエルフの男性がすごい顔をして手に持っていた編み物と編み棒を落とす。顔、あんた顔がすごいことになってるって。折角の美形なのになんでそんな壮絶な顔芸をするんだ。
「俺のメルキナが……かわいいかわいいメルキナが俺の知らないところで大人になってしまった……花嫁姿をこの目で見ることを生きがいにしてきたのに……」
「さっきから思ってるんですけど、お義母さんって言葉で人を殺すのが趣味か何かなんですか?」
「別にそんな趣味は持ち合わせてないわよ。たまたまよ、たまたま」
無自覚らしい。なんて恐ろしい人なんだ。
「とりあえず、メルキナとの出会いから詳しく事情を話してもらいましょうか」
「ああ、どこから話したらいいかな……まぁ、最初からの方がいいか」
俺は全ての始まり、この世界に来てからの話をすることにした。
今回はここまで!_(:3」∠)_




