第七十六話〜最悪の存在に取り憑かれました〜
『オォッ!』
「だらぁ!」
鎧騎士の剣を半ばで折れた左手の神銀自在剣で受け止め、右手の晶芯刃銀剣で打ちかかってきた仮面の天使を貫き、爆散させる。真上からの危険察知に従って魔力爆轟を発動。
真上から迫ってきていた金髪の美少年を鎧騎士ごと弾き飛ばす。普通の魔物なら粉々に消し飛ぶ魔力爆轟もこいつら相手では多少の距離を弾き飛ばす程度の効果しかない。ふぁっきん。
『フンッ!』
『そこや!』
左右から迫ってきた影に舌打ちをして短距離転移を発動させるが、魔力が霧散して発動しない。舌打ちをしながら左手から迫ってきている大槌の老人に向かって半ばから折れた神銀自在剣を投げつけ、右手から迫ってきている恵比寿顔に斬りかかる。しかし巧みな動きで恵比須顔は俺の斬撃を回避し、そのまま俺の腕を掴んで関節を極めに来た。
背後から恐らく神銀自在剣が砕け散ったのであろう粉砕音が聞こえてくる。
「ちぇあぁっ!」
『おほぅっ!?』
空中で身を捻って決まりかけた腕を振り払い、逆に恵比須顔を背後に向かって投げつけた。ガキーンッ! と良い音が鳴って恵比須顔が吹っ飛んでいく。
『ちょぉっ! バルガンドはん勘弁してぇや!』
『悪いな、事故だ』
背後で言い合う声が聞こえるが、構っている暇はない。離れた場所からこちらを見下ろしているローブ男に向かって全力で飛翔する。
『クローネ、来たぞ』
『うるさいわねぇ。私に頼らないで自分でなんとかしなさいよ』
『俺は奴の魔法を妨害するので忙しい』
ローブ男に向かう俺の前に水の衣を纏った妖艶な美女が割って入ってきた。分厚い水の壁が展開され、俺の行く手を阻まんとする。
「邪魔だぁ!」
晶芯刃銀剣の魔力を開放しながら渾身の力で水の壁に突きを入れる。
しかし、俺の刺突は水の壁を突破できずに途中で切っ先が止まってしまった。剣を水の壁に絡め取られる前にストレージに収納し、すぐさま魔力を篭めた貫手を水の壁に突っ込む。
『んなっ!?』
「吹き飛べ!」
水の壁を貫いた俺の手の先から極光を放つ光弾が発生し、大爆発を起こした。水の壁の向こう側が白く塗り潰され、右手に激痛が走る。しかし効果はあったようで、水の壁は力を失ってただの水になって地表へと降り注いでいった。
「がぁぁぁっ!」
何処かへ吹き飛んだ美女の後ろにいるローブ男に向かって左手で黒鋼の杭を投げつけ、更に間合いを詰める。
『ぐぁっ!? き、きさっ』
「死にさらせやあぁぁぁぁぁぁっ!」
咄嗟にローブ男が張った防御障壁は黒鋼の杭に破壊され、ついに俺の左手がローブ男の胸ぐらを捕まえた。ローブ男を左手に掴んだまま振り回し、襲い掛かってくる天使達をぶち飛ばす。
『んがっ!? ぐえっ!? ぎゃあぁ!?』
ローブ男で周りの天使を蹴散らしつつ、右手を回復魔法で癒やして今度はしっかりとローブ男の足首を掴む。これで振り回しやすくなった。
「おらぁぁぁぁっ! 遠くからちまちまと魔法を妨害しやがってこのネクラホモ野郎!」
『よしいいぞもっとやれ! 大回転! 大回転!』
駄神が俺に野次のようなエールを送ってくるが、無視してローブ男を振り回し続ける。普通の方法で神を傷つけられないなら神の力(物理)を借りるのも良い手だとは思わないか?
しかしローブ男を振り回していると、先程吹き飛ばした鎧騎士が復帰して迫ってきた。あいつ相手にこんなもやし野郎を振り回すとぶった切られそうなので、回転で加速したローブ男を鎧騎士に向かってブン投げる。盾で受け止められたローブ男が『ぐぎゅうっ!?』ってすごい声を出していたが、無視してストレージから晶芯刃銀剣を取り出す。
『よくもまぁ神相手にここまで暴れるものだ。俺は貴様が気に入ったぞ』
「そりゃどうも! 死ねっ!」
魔力を充填して鎧騎士と斬り結ぶ。
こいつは何の神なんだか知らないが、とにかく剣と盾の扱いが上手い。パワーも俺と同等以上で、油断がならない。本当は遠距離戦に徹したいんだが、いつの間にか剣の間合いに入ってくるので気が抜けない。
『貴様をここで始末せねばならんのが実に惜しい』
「やれるっ、もんならっ、やって、くぅっ!」
全力で鎧騎士と斬り結ぶがこちらの攻撃は巧みに受け流され、あちらの攻撃が着実に俺の肉体を傷つけていく。やはりこいつと真正面から斬り結ぶのは駄目だ、負ける。
『バルガンド』
『うむ』
いつの間にか大鎚の老人が俺に迫ってきていた。まずい、転移は間に合わない。槌の直撃を受けないためには晶芯刃銀剣で受け止めるしか手がない。くそっ、こいつの大鎚は!
――パキィン、と音を立てて晶芯刃銀剣が砕け散る。
こいつの大鎚は装備品を破壊するのだ。
「ぐっ、まだ!」
『詰みだ』
鎧騎士の剣が俺の胸を切り裂き、老人の大鎚が俺を地面に向かって叩き落とす。
凄まじい衝撃と痛みに襲われ、気がついた時には高空から日々だらけの白亜の都に叩きつけられていた。あまりの衝撃にペロンさんに作ってもらった鎧が砕け、千切れる。物理耐性のお陰で即死には至らなかったが、あまりの激痛に身動きが取れない。
「く……そが」
身動きの取れない俺のもとに仮面の天使達が降り立ち、俺の身体を押さえつけるようにそれぞれの武器を地面へと突き立てた。
『やっとですね』
そして倒れた俺の直ぐ側に金髪碧眼の地母神が降り立つ。その後ろには拘束された駄神が宙に浮いていた。ガイナは俺の直ぐ側に座り、俺の頭を持ち上げて唇に吸い付いてくる。
「んんーっ!? ふむっ! むぅーっ!」
俺の中の魔力が強制的に吸い上げられる。恐らく始原魔法なのだろうが、必死に抵抗してもどんどん俺の魔力が一方的に吸い取られる。そして堪えようの無い快感が俺の全身を突き抜けた。身体から力が抜け、思考がまともに回らなくなる。
『あーあ、不倫は良くないと思うよ? ガイナ』
『必要な処置なのでこれは不倫ではありません。出したり入れたりしてないでしょう?』
『その魔力、私にも少しだけ分けてくれないかなー? 私の使徒のモノなんだから、一口くらい味見する権利があるよね?』
『駄目です。また暴れるつもりでしょう?』
『ぐぬぬ』
頭がぼーっとする、視点が定まらない。ガイナと駄神が何か言い争っている。
『稀に見る武士だった。母上の寵愛を受けていたとしても、戦闘センスは本人のものに相違ない。事情が事情でなければ俺の使徒にしたいくらいだ』
『ウム……まだまだ荒削りだが、なかなか面白い発想の武器ではあった。惜しいな』
『おぇっ……さっさと始末するぞ。この手の英雄相手に油断は禁物だ……うぇっ』
『あー、すとっぷすとっぷ。殺すなら私が与えた権能を私が回収してからじゃないと君達が困ることになるよ? 魂にくっついてるから、この世界のどこかに同じ能力と記憶を持ったまま転生しちゃうぞー?』
駄神の言葉に神々が騒然とする。
確かにそれでは意味がない、取り去ってもらうべきだ、いやいや嘘に決まってる、母上のことだから何か企んでる、今すぐ殺すべきだ、しかしそれで本当に記憶と能力をもったまま赤子に転生したらどうする、今度は同じことにならぬよう潜伏するに違いないぞ、そうなったらあまりにも面倒だ、生まれてくる赤子を全て検査するというのか、人に生まれるとは限らないしそんなの無理、やはり母上に任せるしかあるまい。
ことばがおどる。まわりがうるさい。きられたきずがいたい。
『それじゃこれ、解いてよ。ほらほらハリーハリー、タイシくん死んじゃうよー?』
ひかりがきえて、だれかがちかよってくる。おれをおさえつけていたものがなくなった。
『さーて、まずは傷を治してっと……ごめんね、頑張ったけど守れなくてさ。せめてあの子達の近くに送ってあげ――』
ちからがぬける。からだがおもい。ぽっかりとこころにあながあいたようなきがする。
『へぇ、これはこれは。いやぁ、本当に面白いねぇ、君は』
痛みが消え、意識がはっきりする。
目の前には駄神の顔。何故か俺の唇は塞がれている。ぬるりと舌と舌が絡み合い、甘い香りが俺の鼻腔を満たす。
奴は満足げな表情で俺の目をじっと見つめた。
『ッ!? 取り押さえろ!』
神の中の誰かがそう叫んだが、凄まじい稲光と轟音がその声を掻き消した。駄神の身体にパチパチと紫電が絡みつき、その玉虫色を帯びた銀髪がふわりと広がる。
『いやぁ、ヴォールトの力が結構取り込まれてたね。まさか取り込んで神力に分解してあるとは。これで首の皮一枚繋がったね』
神々の攻撃が怒涛のように迫るが、その全ては雷の防護壁に阻まれて俺達に届かない。
『こうなったら一蓮托生だね☆ さぁ愛の逃避行だよ!』
「え? お前と? やだよ」
ドン引きだよ。ドン引き。こいつと愛の逃避行? ナメクジと愛の逃避行したほうがマシだよ。ないない。
『そこは頷こうよ!? 乗ろうよ、このビッグウェーブに! というかナメクジ以下はさすがにないよね!?』
「いやぁ、美少女でも名状し難い駄神はちょっと」
『ええい問答無用! イクよ!』
「発音がなんかいやらしい感じじゃないですかやだー!」
いまだ倒れている俺に覆い被さるように駄神が抱きついてくる。そして程なく天が裂け、極太の雷が何発も落ちてきた。視界が真っ白に染まり、俺と駄神の身体が溶けて混ざり合う。意識が、途絶える。
☆★☆
気がつくと、森の中だった。駄神の姿は無い。
辺りを見回すが、周りは完全に森だ。人家どころか獣道すら見当たらない――が、すぐ傍にある大きな木が真っ二つに裂けて焦げ付いている。雷でも落ちたのだろうか? うん? 雷? そう言えばあの駄神と溶け合うようなおぞましい感覚があったような?
自分の身体を確認する。ちゃんとついてる、よし。おっぱいも膨らんでない、よし。体格に変化は無し、よし。髪の毛を何本か抜いて確認する、黒い、よし。俺正常!
『タイシくんの中あったかいナリィ……』
「あ゛ぁ゛ーーーーーっ! 悪霊退散! 悪霊退散!」
全く正常じゃなかった!
脳内から聞こえた名状し難い声を聞いた俺はSANチェックに失敗、一時的狂気に陥り半狂乱状態で謎の踊りを踊る!
『悪霊じゃないよ! らぶりーちゃーみーあなたの後ろに這い寄る』
「それ以上いけない。ノリ過ぎた俺が悪かったからやめろ」
『しょうがないにゃぁ……いいよ』
脳内で囁く駄神がウザくて生きるのが辛い。
とりあえずわけがわからないながらも駄神の行方はわかったのでその場に座り込む。ここがどこだかわからないが、今後の方針を決めなければならない。
「ここ、どこだ」
『わかんないネ♪ 大陸を飛び出すほどの力は残ってなかったから、ピート大陸の外には出てないはずだよ』
「まぁ、飛べばわかるか。つか転移で戻ればいいや」
メニューを開く。
あれ? 開かない。
『ああ、君に与えてた権能は一回取り払ってるから使えないよ。スキルシステムも取り払ったからサポートは受けられないし、ストレージも使えないね』
「は? いやいやなんとかしてくれよ」
『無・理☆ そもそも私の神力は根こそぎ奪われちゃってたし、タイシくんがストレージの中に溜め込んでたヴォールトの神力はあの場を凌ぐのと、ここまでの転移で使い切っちゃってるからネ。今の私はほとんど意識だけの搾りカス状態さ!』
「使えない上に人の頭に寄生とかほんとお前役立たずだな」
『あと、神力を回復するためにタイシくんからほんの少し力を貰ってるから。末永く養ってね☆』
「いますぐ出てけ。ハリーアップ!」
『そうしたらまたヴォールト達に見つかっちゃうと思うけど大丈夫? 今、私が君をあの子達の探知から欺いてるんだけど』
「よし、お前居てもいいぞ。家賃は一日金貨十枚な」
『とてもじゃないけど払えないから力を取り戻して実体化したら身体で払うね☆』
「ああ畜生こいつうぜえぇーー!」
頭を抱えて叫ぶ。傍から見ると超危ない人だな、俺。とりあえず飛ぶか。魔力を集中――どうも感覚が鈍いな。よし、クローバーに転移。
「あれ?」
『いや、スキルシステムのサポートも入らないって言ったでしょ。多分タイシくんが普段よく使い込んで自前でスキルを取れるくらい習熟してないと魔法の類は使えないよ。パッシブ系のスキルもそうなってるはずだから気をつけてね』
「マジか……」
これじゃそう簡単にクローバーに戻れそうにない……というか、生き残るのすら危ういんじゃないかこれ。いつ魔物が出るかもわからない森の中で装備どころか水と食料すらない。いや、水は魔法さえ使えればなんとかなるか……?
「おい、俺の魔力の残量くらいは把握できるか?」
『んー、大体は。数値としてはわからないけど、半分くらい、七割くらい、とかそういうのはわかるよ。今は全快だね』
「よし、良いぞ。お前が役に立つ点を一つ見つけた」
どんな魔法が使えてどれくらいの魔力があるのかを把握できれば魔力の運用に計画性を持たせられる。ステータスが確認できなくなったのは痛いが、魔力だけでも把握できるようになれば十分助かる。
『ご主人様にご奉仕するにゃん☆』
「その減らず口を叩くのを今すぐヤメロ」
取り敢えず生活魔法を試してみたが、これは問題なく使えた。特に浄化をよく使っていたが、着火や冷却、照明の作成に止血と役に立ちそうな魔法が揃っているのでこれは助かる。
検証の結果、地魔法だけレベル2相当、風魔法と水魔法と火魔法と回復魔法はレベル1相当、純粋魔法はレベル2相当、空間魔法はレベル1相当で行使できることがわかった。光魔法と結界魔法はどうあがいても使えなかった。畜生め。
「最低限、って感じだな」
『何度も言うけど、強化系のパッシブスキルが多分働いてないから気をつけてね。今までの感覚で魔物に殴り掛かると死ぬよ』
「ん、そうだな……強化系のパッシブスキルはレベル1ごとに50%の能力補正がかかってたはずだ。腕力、速度、耐久力、魔力量、魔力回復速度はガクンと落ちてるはずだよな。でも確か器用度と精神力には元々補正がかかってなかったはずだから、魔法耐性はそんなに下がってないはず。器用度が500くらい、精神力が1000くらいだったはずだ。多分精神力以外は器用度と同じくらいの値のはず……レベルは下がってないよな?」
『うん、君が食らった魂の量が減ったわけじゃないから基本能力は減少していないはずだよ。私の権能でも成長率はいじってないから』
大幅に弱体化はしたが、レベルが下がったわけでもないので戦闘力が皆無になったわけではない。つまり今の俺はこの世界でがんばった分くらいは強くなっている状態だ。詰んではいないな。
現状の確認はある程度できたので、行動を開始することにする。
取り敢えずの目標はこの森の脱出だ。長期的な目標はクローバーへの帰還なのだが、今の状態でクローバーに帰ると神々に襲撃されそうである。そちらへの対処も考えなければならないだろう。
「隠蔽ってのはどの程度の効果があるんだ」
『どこかの神殿にでも入らない限り大丈夫だよ。でもまぁ、熱心な信者にはあまり近づかないほうが良いかもね』
「クローバーに戻るのは?」
『今戻るのはアウトだね、絶対監視してると思う。私の力が十全に戻っていれば何かしらの対処はできると思うけど、今は無理。君だって今の状態で神と戦うなんて無理でしょ?』
「無理無理超無理。元の力が戻れば一対一でなら勝てると思うけど」
『それも大概なんだけどねー。正直ヴォールトをあそこまで追い詰めているとは思わなかったよ』
とりあえず武器の一つでも無いとマズい。雷で真っ二つになった木を地魔法で地道に掘って倒し、手頃な大きさの枝を蹴り折って杖にする。更に同じような大きさの枝を何本か蹴り折ってトレジャーボックスに収納しておく。後々加工に適した道具を手に入れるかどうにかした時に使おうと思ったからだ。
残りは燃やして証拠隠滅しておく。この木は転移の雷を受けたせいで神力を帯びてしまっているのだ。このまま放置すると神々に察知されかねない。
しかしこの木はデカいな。真っ二つに裂けて大半が燃え尽きていたからなんとかなったが、周りの木の大きさから察するに高さ100mくらいあるんじゃないか?
『タイシはひのきのぼう+1を装備した』
「ひのきのぼうよりは強いんじゃないか。なんか魔力の通り妙に良いし」
『ひのきのぼうのようなものを装備した』
「そのバールのようなものみたいな言い方やめーや」
服はところどころほつれていたり、胸元がばっさり斬られていたりするがなんとか服としての機能を保ってくれている。クスハに感謝だ。
その他の身につけていたものは軒並み全損というか、跡形もない。とりあえず裸じゃなかったのは良かったけど。しかし裸足は辛い。なんとかならないものか。
「なんか食い物でも探すか」
『ごっはんー、ごっはんー』
頭の中でやかましい声を響かせるのは止めて欲しいが、とりあえず俺は歩き出した。いずれにせよこの森から生きて出ないことには何も始まらない。
赤っぽい地面を蹴って走る。確かに速度は落ちてるな! それでもまぁかなりのスピードが出ている。足に魔力を篭めて爆発的に加速する魔闘術は普通に使えた。魔闘術はそもそもスキルシステムのサポートを受けられないスキルだったはずなので、そこは変わってないようだ。とりあえず足を微妙に魔力でコーティングしておけば怪我はしなさそうである。
身体の調子を見ながら走っていると、前方になにか動くものを見つけた。四足歩行の獣のようだ。
『第一村人発見!』
「ダーツの旅とかじゃないからね。遭難に近しい状態だからね、今」
向こうもこっちの存在に気付いたようで、警戒を強めている。いきなり襲い掛かってきたりはしないようだ。ひのきのぼうのようなものを構え、じりじりと間合いを測る。
「ただの動物か……? 肉食っぽいよなぁ、こいつ」
『おっと、肉食獣だからってマズいとは限らないよ。筋張って固くてマズい事が多いけどね』
目の前の生物は一見して何とは言い難い。豹のような熊のような何とも言えないフォルムである。ただ顔つきは可愛らしさより獰猛さを感じさせる造りで、実際目の前の動物は牙を剥き、身を低くして威嚇してきている感じだ。
「殺るべきか殺らざるべきか、それが問題だ」
『晩御飯用に狩っておいたら? 肉だし食べられないことは無いと思うよ』
「せやな。名も知らぬ獣よ、俺のために肉になぁれ!」
先手必勝、飛びかかって威嚇している動物の頭をひのきのぼうのようなもので殴りつける。一撃で頭がパーンしちゃうと血抜きができないのでそうならないように魔力撃は控えた。動物は機敏な動作で俺の攻撃を避けようとしたが、俺が武器を振るう速度のほうが早い。敢え無く謎の動物は一撃でノックアウトされて地面に転がる。
さぁ解体しようと思ったところで刃物がないことに気がつく。しかしそこはそれ、指先に魔力を集中して刃を作ることに成功した。地魔法で傾斜を作り、獣の首元を切り裂いて血を抜く。
十分血を抜いたら腹を開いて臓物を慎重に取り出して心臓以外は土に埋めておく。心臓は筋肉の塊だから毒はないと思うが、よく知らん動物の内臓を食うのは怖い。頭も落としてトレジャーボックスにぽい。トレジャーボックスはストレージと違って内部で時間が流れ続けるようなので、腐る前に捨てよう。
そして身体の方も生活魔法で肉を冷やしたらとりあえずトレジャーボックスに放り込む。皮を剥いだり部位ごとに切り分けたりするのにはロープか、同じように使える蔓でも手に入れないと面倒だ。今日のご飯は心臓の丸焼きだな。取り敢えず冷やしておいて、しっかりと火を通そう。
『手慣れてるね』
「そりゃこっちで獣人の皆さんと狩りに行ったりすることもそこそこあったからなぁ」
狩ったら食う。獣人の皆さんのポリシーである。
どうしても食う部位がない場合は仕方ないとして、とりあえず食う。チャレンジャーである。流石にアンデッドは食わなかったけど。虫肉はもういやだ。
とりあえず今日の晩御飯を手に入れたので再び移動を開始する。暗くなる前に今日の野営場所を決めなければならない。とは言っても地魔法でちょっとした寝床は作れそうだし、水も魔法でどうにかなる。
特に問題らしい問題もなく、夕方を迎えた。何もなかったのが問題と言えば問題か。
『動物や魔物は結構いたけど、知的生物の痕跡はなかったねー』
「ああ……それにしても広いな、この森」
切り分けて枝に刺した謎動物の心臓を焚き火で炙りながら駄神と話す。走り回っている間は疲れていたのか寝ていたらしいが、腰を落ち着けて野営を始めたら起きてきやがった。寝てればいいのに。
『話し相手が居ないと寂しいでしょ?』
「うーん……まぁ居ないよりマシか」
『素直じゃないなぁ、君は』
焼けた肉を食う。うん、塩がほしい。
まぁ文句を言っても無いものは無いので仕方がない。謎動物の心臓の味について特に感想はない。まぁ焼いたハツ肉って感じだ。筋張って無くて食いやすくはある。少々臭いがあるが、俺はあんまりそういうの気にならない方なのだ。
『不安にならない?』
「多少はな。それよりも俺が生きてることをマール達に伝えてやりたいよ」
神の試練を迎え撃つ。暫く帰ってこれないかもしれないが、後は任せる――と手紙は残してきたが、きっとマール達は不安に思っていることだろう。
「ま、とりあえず明日だな。考えても仕方ないことは考えないに限る」
『前向きだねぇ』
「自分を追い詰めても仕方ないからな。今はやることも単純だし」
ひたすら前を目指して走り続けるしか無いのだから仕方がない。今日は疲れているし、とっとと寝ることにしよう。
『寝床はどうするの?』
「シェルターを作る」
食い終わったので焚き火を消し、生活魔法で照明を作る。明るい光を放つ光球を頼りに地魔法で箱型の小屋を作り、魔力を多めに篭めて壁を強化する。そして内部を火魔法で焼き払い、浄化をかける。虫や雑菌は消毒よー。
中に入ったら小さい空気穴を幾つか空け、内側から入り口を塞いでまた強化する。これで簡易シェルターの完成だ。
『豆腐すごいですね』
「それほどでもない。豆腐こそシンプルにして至高よ」
入口があるだけのシンプルな箱型シェルターを前に駄神が茶化してくる。そもそも一晩の宿なので凝る必要性がない。雨風を防げて寝れれば上等だ。
「んじゃ寝る」
『はいはい、おやすみ。夢の中で逢えるのを楽しみにしてるよ』
「嫌だよ」
『ふふふ、嫌がっても無駄さ』
頭の中にいるような相手をこれ以上相手にしても無駄だな。とっとと寝よう。
 




