第七十五話〜神の試練に挑みました〜
「流石に疲れた……頑張ったな、俺」
バラバラになったベッドの上にクスハが自分の糸で作った寝台。その上からそっと抜け出し、一つ伸びをする。体力を使い果たして規則正しい寝息を立てているクスハが起きる気配はない。こうなるように昨晩はそれはもう念入りにサービスしたからな。
クスハの頬を撫で、枕元に手紙を置いてそっと寝室を抜け出す。
「いてて……」
比喩表現ではなくボロボロになった身体を労りながら廊下を歩いて領主館を抜け出す。隠形も発動しているから誰にも感づかれることはない。
しかしやはりクスハとの夜は激戦だったな。生傷的な意味で。
最近はかなり慣れたつもりだったのだが、昨晩はまた一段と激しかった。首筋に噛みつかれた時は流石に焦ったね。
結婚式の晩、デボラと一夜を過ごした翌日にはメルキナと甘々な感じでイチャつき、三人娘とは一人ずつ慎重に事を進めた。
三人娘のことは詳しく語るのはやめよう。うん、危険だ。とりあえず、カレンは底無しでシェリーは敏感でシータンは回復が早かった。あの中で一番危険なのは間違いなくカレンだ。あれはアカン。今はまだ大丈夫だが、いずれマール以上の野獣になる気がする。シータンもかなり危険だ。シェリーはフラムと一緒で癒やし枠だな。
ここ十日ほど続いた俺の長い戦いもようやく一段落である。いや、本当ならこれから先もずっとエンドレスなんだけどね。なんせ十人だからな。十人とか一日に二人は相手にしないとローテーションが組めないんじゃないだろうか。震えてきやがった……怖いです。
外に出た俺は回復魔法で体中の傷を癒やし、いつもの服の上にペロンさんの作ってくれた鎧を装備した。ドラゴンレザーをベースに神銀製の装甲を取り付けた鎧だ。同じくドラゴンレザーで作った剣帯を装備し、神銀自在剣と晶芯刃銀剣を挿す。サークレット型の精神耐性魔導具を身に着け、鎧の杭ホルダーに神銀製の加速投擲杭と黒鋼製の投擲杭を挿し込む。
メニューを開き、ボタンを押す。
『もう、大丈夫かい?』
ああ。
『悪いね。なんとかこっちで抑えようとは思ってたんだけどそろそろ限界なんだ』
まぁ、よくやったんじゃないかと思う。実際ここまで持たせてくれたなら十分だ。
『一応ね、こっちとしても責任があるじゃないか』
そうだな、感謝してるよ。ところでどこが良いと思う?
『白亜の都。少しは役に立つんじゃないかな』
魔力を集中し、白亜の塔がそびえ立つ都の上空へと転移する。
勝算はあるかな?
『どうかな。君は初めてのケースだからね。案外あっけなくやられるかもしれないけど、ボクの予想だと結構良い勝負はできるはずだよ』
なら励むとしよう。お前は大丈夫なのか?
『死にはしないよ。そういうモノだからね。ただ、薄い本みたいなことにはなるかも……助けてくれてもいいのよ?』
気が向いたらな。
『いけずだねぇ』
笑うような気配が頭の中でする。相変わらず面妖な感覚だ。
そうしていると足元の白亜の都からけたたましいサイレンが鳴り響く。空に黒い染みが広がり、青い空を覆い隠し始めた。まだ朝方なのに、まるでここだけ夜になったかのような光景だ。
夜に染まった空が降りてくる。
「先手必勝!」
腰に挿した晶芯刃銀剣の柄を握り、鞘に収めたまま魔力を通して極大爆破を発動する。作成した光弾の数は六発。それを黒く染まった空に立て続けに発射した。
激しく明滅する光弾が夜に染まった空に突き刺さり、その奥で炸裂する。聞くだけで身の毛がよだつような怨嗟の声が夜空の奥から響いてきた。
「フンッ!」
晶芯刃銀剣を鞘から引き抜きつつ魔力を開放し、夜を斬り裂く。ざっくりと夜空が断ち割られ、裂け目から青空が顔を覗かせる。苦痛に喘ぐような絶叫が響き渡り、裂けた夜からバラバラと何かが落ちてきた。それは臓物のような、あるいは触手のような何かだ。玉虫色に輝くそれはどう見てもまともなものではない。
晶芯刃銀剣での魔力解放斬撃が有効なようなので、再び魔力を篭める。そうしていると地上から発射された何本もの赤い光線が不安定に変動する夜へと突き刺さった。何かが焦げるような音と、小さい頃にプールで嗅いだような強烈な異臭がする。白亜の都から飛んできているようだ。高出力のレーザーか何からしい。
「よっ! たぁっ!」
晶芯刃銀剣を通して増幅した魔力を光の刃として放ち、空を覆おうとする黒い夜のような空間を引き裂く。何度か繰り返しているうちにそれは薄くなって霧散していった。再び青く清々しい朝方の空が戻ってくる。
こんなものか? と安堵しかけたその時、再び空に穴が空いた。
一瞬で大きく広がった穴からかなりの速度で大きな影が飛び出してくる。
その姿は一言で言えば、悪魔のような化物だった。緑色の肌に、巨大な人型の体躯。下半身だけは茶色の剛毛に覆われており、足は二本だが人間というよりも雄牛か何かのようだ。ムキムキの上半身に異様に太い見るからにパワフルな腕。胸には何か冒涜的な感じのする文様が入れ墨のように浮かび上がっている。背中には蝙蝠のような大きな羽。何より気味が悪いのはその頭部だ。
不気味に輝く黄色い目玉、顔の中央辺りから生えた無数のピンク色の触手、大きく後ろに張り出した奇っ怪な頭部。おおよそ嫌悪感しか抱きようがない外観だと言える。
「なんだこりゃあ」
俺の知る限り、こんな外観のメジャーな怪物はいない。取り敢えずデーモンロードとでも名付けるか。そいつは背中の羽を大きく動かしてこちらへと突撃してきた。巨大な拳を振りかぶり、図体に見合わない速度の右ストレートを放ってくる。
「せいっ!」
自分自身を風魔法で斜め上に吹き飛ばし、すれ違いざまに魔力を篭めた晶芯刃銀剣でデーモンロードの腕を斬り裂く。そして右手に持った晶芯刃銀剣を腰の鞘に収めながら左手で神銀自在剣を抜き放ち、柄を捻ってその大きさを最大サイズの巨剣へと変更する。
「ウラァ!」
回転しながら巨剣サイズの神銀自在剣を振り抜き、デーモンロードの顔面を真横に断ち切ろうとする。しかしその一撃はデーモンロードが首を咄嗟に後ろに逸したせいで入りが浅かった。顎の辺りがぱっくりと横に裂け、青黒い血が噴き出す程度のダメージしか与えられなかった。
『GHOAAAA!』
デーモンロードが怒りの声を上げながら腕を振り回し、こちらをはたき落とそうとする。流石にあれに叩かれるのは御免被りたいので、風魔法を使って距離を空ける。しかしその判断が間違いだった。
『GRRRRRRR!』
デーモンロードの胸の文様が赤黒い、いかにも邪悪そうな光を放った。次の瞬間、奴を中心に空中を覆い尽くすほどの無数の光弾が出現する。
「魔法か」
どれほどの威力かはわからないが、黙って受けてやることもない。神銀自在剣を左手で保持し、腕の杭ホルダーから抜いた黒鋼製の投擲杭を全力で奴に投げつける。
ドガァン! と空気を割る音を立てて黒鋼製の投擲杭が飛び、展開された光弾を突き破ってデーモンロードに命中した。狙い通りムキムキの胸のど真ん中に命中したらしく、奴が絶叫しながら怯む。同時に無数の光弾も消え去った。
巨剣を大きく振りかぶり、自身の身体と神銀自在剣に魔力を集中――短距離転移でデーモンロードの顔のすぐ前に転移する。
「くたばれぇ!」
呆けた表情のデーモンロードの頭に巨剣を振り下ろし、やつの顔と上半身の中ほどまでを唐竹割りにしてやる。普通の生物なら間違いなく即死だろうが、こんな化物相手だとそれもなんとも言えない。
「アァァァァッ!!」
巨剣を我武者羅に振るい、デーモンロードの全身をバラバラに引き裂く。流石にあそこまでバラバラすれば大丈夫だろう。地面にはモリビトシリーズもいるようなので、きっと未来兵器じみたサムシングで適切に処理してくれるはず。
神銀自在剣を巨剣モードから片手剣モードに戻しつつ、血塗れになった全身と剣に浄化をかける。これで気分爽快だ。
『ふむ……生体兵器では相手にならんか』
圧倒的な威圧感を持つ声が天から響く。
俺の現在位置よりも相当高い場所に光が集まりつつあった。それは実に奇妙な光景だ。朝方の太陽の光が捻じ曲がり、一点に集まっているように見えるのだ。
光と空間を歪めながら今の声を発した何者かが顕現しようとしている。
俺が取った行動は迅速だった。腕のホルダーから次々に投擲杭を引き抜き、連続で二本投擲する。一本目は加速術式を刻んだ神銀製の杭、二本目は何の変哲もない黒鋼製の杭だ。
一本目の神銀製の杭は歪んだ空間に歪曲され、軌道が捻じ曲がって明後日の方向に飛び去っていった。そして二本目の黒鋼の杭は空間の歪曲も物ともせず集中する光に到達したものの、高熱のためかジュッという音を立てて蒸発した。
「チッ!」
空間を歪めるような防壁と超高熱の防壁の二段重ねか。ならどうする? 俺は再び晶芯刃銀剣を抜き、神銀自在剣を鞘に収める。晶芯刃銀剣に魔力を篭め、剣を振りながら空間魔法の攻撃魔法の一つ、空間切断を発動した。
耳を劈くこの世のものとは思えない音が鳴り響き、凝縮しつつあった眩い光が弾け飛んだ。返す刃で魔力を開放し、光の凝縮していた場所を魔力解放斬撃で斬る。
『小癪な』
明らかに苛ついた声が響き、魔力解放斬撃が爆発とともに掻き消えた。もうもうとたった煙が強風によって吹き払われ、純白の布を身体に巻いた偉丈夫が現れる。
真一文字に結ばれた唇と、顰められた眉。顔つきは整っているというよりは厳しさを感じさせる造りで、ボリュームのある癖っ毛の明るい茶髪が風に揺れている。何より強烈な印象を抱かせるのはその燃えるような意思を宿した瞳だ。
その目に宿すのは憤りか、それとも使命感か。俺より高みにいるその人物――いや、神は俺を確かにその瞳に捉え、見下ろしていた。
『哀れなる咎人よ。神妙にせよ』
「やなこった。こちとらやっとこさ式を済ませて幸せの絶頂なんだ。そう簡単にくたばってたまるかっての」
『では、仕方あるまい』
得体の知れない威圧感が俺を苛む。だが、俺だって簡単に始末されるつもりは毛頭ない。未だ嘗て無い本気の殺し合いが今から始まることなるだろう。そんな予感が俺に怯えを齎そうとする。
だが、ここで諦めれば。ここで負ければこちらの世界に来てから積み上げてきたものが全て失われる。俺の人生で初めて見つけたものが、手に入れたものが失われる。そんなことは絶対に許容できない。
マールを、皆を失うなんて絶対に嫌だ。俺は絶対に帰る。皆のもとに帰るんだ。
「どうしても俺を殺すというなら。俺から何もかもを奪おうというんなら、容赦はしない」
『過ぎた力に溺れさせられ、見るべきでない夢を見せられ……哀れな奴よ』
「黙れ!」
晶芯刃銀剣を魔力を篭め、空中を駆けて斬りかかる。神は俺の斬撃を眩い光の剣で受け止めた。バチバチと音を立てて俺の魔力と奴の剣が反発する。全力を篭めて押し込む。大丈夫だ、力負けはしていない。
『あの方も趣味が悪い。分不相応な凡人に自らの力を与え、何人もの美姫を操り傅かせる。大氾濫を操作し、御しきれないほどの魂を喰らわせ、征服欲と支配欲を肥大化させ……当人は何も知らず、裸の王を演じさせ続け――』
「黙れぇっ!」
至近距離で魔力解放斬撃を放ち、神を吹き飛ばす。吹き飛んだ神は涼しい顔だ。
『お前だって気付いているのだろう? 自分のような凡愚には過ぎた力であることは。余りにも都合の良いことばかり起こっているということは。まるで何かに操られ、導かれているかのように事が進んでいるということは』
晶芯刃銀剣に魔力を篭め、剣を引き、身体を弓のようにしならせる。風魔法も併用して限界まで加速。狙いはただ一点、余裕ぶって口を動かしているいけ好かない奴の胸だ。
「黙れええぇぇぇっ!!」
限界まで魔力を増幅し、眩い光を放つ晶芯刃銀剣を神の胸元に突き立てる。その長大な刃の中ほどまでが神の胸を貫き、神はその身体を震わせた。そのまま刀身に篭めた魔力を爆発させ、神の身体を内部から吹き飛ばす。
かみはばらばらになった。
ここで、やったか!? なんてフラグ満載のセリフを吐くつもりはない。仮にも神を名乗るというなら、これくらいで死んだりはしないだろうと思う。
ただ、これは収穫だ。限界まで魔力を増幅した晶芯刃銀剣の一撃は、神の肉体を貫けるし、その状態での魔力爆轟は神の身体を粉々に吹き飛ばす事ができる。
『無駄なこと。その程度で神格を傷つけることなどできはしない』
ばらばらになった神の肉体が光となって砕け、少し離れた場所に再集合して結像した。そこには傷一つ無い神の姿がある。ははぁ、なんともまぁ。神とは不定形のスライムじみた存在であったか。
『お前の力は所詮与えられただけの偽りの力。そんなもので我が身を滅ぼすことは……』
俺は戯言を聞き流しながら無言で再度剣に魔力を限界まで篭め、無防備に身体を晒す神に斬りかかった。次の狙いはその肩口。全力で剣を振るい、右腕を斬り落とす。
『無駄なこと』
斬れる。これも収穫だ。斬り落とした腕が落下していくのを視界の端に捉えながら、返す刃で上半身と下半身を泣き別れにしてやる。そこで神は俺へを手を翳し、強烈な衝撃波のようなもので俺を吹き飛ばした。
内臓を滅茶苦茶にシェイクされたかのような不快感が俺を襲うが、なんとか空中で体勢を立て直して神を視界の中心に捉える。斬り落としたはずの神の右腕と下半身が光とともに再生するのが見えた。
斬り落としたり破壊したりした肉体がもとに戻るまでは数秒のタイムラグがある。なるほど。
『ふむ、なかなか頑丈だ。しかし抵抗は無駄だ。お前の攻撃で私を滅することはできない。人間の力で神を滅することなど、できはしない。それがこの世界の理だ』
「諦めたらそこで終了だろうが。それに、俺にはあいつがついてるんだろ? ならやってやれないことはない。あいつもそう言っていたしな」
『いくらあの方の力であろうと、矮小な人間が振るうのであれば宝の持ち腐れというものだ。諦めろ、お前に成せることなど何もない』
「うっせぇ、さっきから借り物だのなんだのとピーチクパーチクと。元は借りた力でもなぁ、死ぬ思いして育てたんだからこの力は紛れもなく俺のもんだ! この剣だって俺が素材を作り出して、俺のアイディアで作り出した俺の力だ! 俺とマールの出会いには確かにあいつの作為があっただろう、だがマールと一緒になることを選択したのは俺だ! そしてマール自身だ! 少なくとも、俺はこの世界で俺自身の意思で歩んできた! それを否定する権利なんざ俺以外の誰にもねえ! 神だかなんだか知らねぇがうっせぇんだよボケナス!」
左手で中指をおっ立てながら啖呵を切る。俺の力が与えられたものだということは否定しないが、どのスキルを取るか選択し、育ててきたのは俺だ。マールと一緒になることを選んだのだって俺自身だ。別に逃げようと思えばいつだって逃げられたさ。
フラムとの酷い出会いも、大氾濫を収めるという選択も、獣人達を救うという決断も、クスハとの出会いも、ティナとの過ちも、デボラやメルキナや三人娘を嫁にするっていう選択も、勇魔連邦を作るという決意も、ネーラとステラを救うという決断も、全て、何もかも俺自身の意思で行なったことだ。
今、俺がここに存在し、神と対峙しているのは全て俺の選択と、決断と、意思の結果だ。
空中で大きく右足を引き、両手で持った剣の柄を頭の上まで持ち上げる。
「あいつに操られていた? 力に溺れさせられていた? お前がそう思うならそうなんだろう、お前にとってはな! だが、俺にとっての真実は一つだけだ! 愚かと思うならそう思えばいい。だが、俺は現状に満足しているんだ。それを奪うと言うなら愚者は愚者なりに必死に抵抗させてもらう」
俺は晶芯刃銀剣の切っ先を名も知らぬ神に向けて言い放つ。
「愚者の一念、その身に刻め!」
そして剣の魔力を開放しながら剣を振る。俺とヤツとの距離は優に数十メートルは離れていたが、斬れるという確信が俺の中にあった。
『クッ!? 貴様!』
開放した魔力が無数の刃となって神を切り刻む。その一撃は神の肉体を断つというまでの威力はなかったが、確かに『神を傷つける』一撃だった。人の力では神を傷つけることはできない、というこの世の『摂理を斬る』一撃だ。
『人の身で神を斬るか!』
「身内にそういう冗談みたいなおっさんがいるんでね。見よう見まねだよ」
癒えない傷に怯む神に急接近し、斬りつける。今の一撃に脅威を感じたのか、神は今までとは見違えるような機敏な動きで俺の斬撃を回避した。折角のチャンスを逃がす道理は無い。体勢を崩す神に畳み掛けるように連続で斬りつけ、胴体を庇うように突き出された左肘の先を斬り飛ばす。
「もらった」
飛んだ左腕に手を伸ばし、ストレージに収納する。そしてすかさずメニューを操作して「ヴォールトの左手」を解体してやった。
『ッ!? 貴様っ、何をした!?』
「さぁなぁ?」
『人の力で神を滅することなどできる筈が……!?』
人の身で滅することができないなら、神の力で滅すればいい。
俺の力があいつに与えられたモノだというのなら、メニューの力とは即ちあいつの力に相違ない。人間の力で滅することができないならあいつの力で滅するまでだ。
奴の顔に初めて憤怒の感情が走り、膨大な魔力のような何かが奴の身体から溢れ出した。溢れ出した魔力が衝撃波へと転じ、至近距離にいた俺を弾き飛ばす。
斬り飛ばして滅したはずの左手と体中の傷を癒やしながら奴――ヴォールトは呟いた。
『認めよう、人間。貴様は愚かで哀れな被害者などではなく。この世の脅威であると』
「ヤダナー、ぼくはなにもわからないおろかなひがいしゃです、よっ!」
加速術式を仕込んである神銀製の杭を投げ放ち、間合いを詰める。爆裂光弾でも連射しようかと思ったが、視界を塞ぐのは不味い。ここは四属性最強魔法の中でも随一のエグさを誇る風葬螺旋を選択する。
突き出した俺の右手から目に見えない無数の風の刃の螺旋がその身を噛み砕き、削り血煙に変えんとヴォールトへと突き進んだ。
『甘い』
しかし、ヴォールトの全身から激しい雷が走り神銀の杭も無慈悲な風の顎も消し飛ばしてしまった。発せられた雷が奴の右手に集い、槍を形作る。
『神の怒りをその身に受けよ!』
それはまさしく雷槌だった。
避ける間もない刹那の間に俺の身体へと到達し、全身に激しい衝撃と痛みが走る。身体が震え、力が抜けそうになった。
「ウガッ!? ギィッ!?」
だが、意識を失うほどではない。泣きそうになるほど辛いが、力尽きるほどのものではない。体中に魔力を循環させ、回復魔法を使って癒やす。気づけば地面がすぐそこだ。なんとか飛行魔法を再行使して浮かび上がった。
『グッ!? 小癪な機械人形共が!』
奴がいるはずの空に視線を移すと、数多の火線が地上からヴォールトに向けて放たれていた。レーザーが、実体弾が、ミサイルのようなものが地上から空に向けて降る豪雨の如く放たれている。それは紛れもなく白亜の都から放たれる神に対する反逆の意思であった。
空のヴォールトからも地上に向けて無数の雷が放たれ、地に雷が落ちるたびに一本、また一本とヴォールトに向けられる火線が減っていく。
俺は隠形を発動して一気に高度を取った。しかしヴォールトは俺の位置を正確に把握しているのか、上昇する俺に向かって何条もの雷が放たれる。しかし今度は光の盾が俺の前に出現し、それを防いだ。あまり活躍することのなかった光魔法の光盾の魔法である。展開しながら移動できるので使い勝手がなかなか良い。
「ウラァ!」
『はぁっ!』
俺の振るった剣と、ヴォールトの雷の槍が激しくぶつかり合う。先程俺を打ち据えた雷槌ほどの威力ならともかく、剣越しに伝わってくる程度の電撃では今の俺はびくともしない。POWでの抵抗に加え、レベル2の魔法抵抗もそれなりに仕事をしているようだ。
「というかな、俺はお前に狙われる理由がわからないんだが。放っておけよ」
『貴様は調和を乱す存在だ。現に、貴様が現れてから少しずつこの地に乱れが発生している』
「大氾濫を跳ね返したのがそんなに悪いことか。俺は自分の居場所を守れた、ついでに多くの人の命も守れた。いい事だらけだろうが」
『結果、人は増えすぎる。人間が増え過ぎればいずれ人間同士で争うようになる。貴様もそれを識っているだろう』
「だからって俺一人を狙い撃ちにするこたねーだろうが! 間引くなら勝手にやれ!」
激しくお互いの武器を打ち合わせ合い、時に拳や蹴りも繰り出し合う。お互いの武器に篭められた魔力が一合ごとに激しい光と衝撃波を撒き散らすが、俺達はそれをものともせずに踊る。
『貴様の腕は長すぎるのだ。カレンディル王国のどこに予備プランを投入しても転移や高速移動を駆使されて一日も経たずに対処されるのでは意味もない。投入できる戦力にも限りがある。まず貴様を排除しなければ事は進められん』
確かにそう言われればそうだ。
もしさっきのデーモンロードのような化物が出現したという一報があれば、俺は恐らく現場へと急行して暴れまわるだろうな。あんな強大な化物が相手となれば現地を治める領主やカレンディル王国への貸しを作るのに最適だろうし、化物から得られる素材があるかもしれないと考える。
「つまり交渉の余地はないってことだなっ!」
ヴォールトの胸ぐらを掴み、ぐるぐると回転して勢いを付けてから地面へと投げつける。ヴォールトは為す術もなく白亜の都へと墜ちていった。してやった、と思った瞬間俺の身体に雷槌が突き抜ける。
「あガッ!?」
光盾を展開していたため先程よりはマシだが、一瞬動きが止まった。あの野郎、墜ちながら槍を投げつけたのか。魔力を篭めて雷を散らし、奴が堕ちた白亜の都へと突撃する。
地面ではモリビトシリーズ達とヴォールトが激しく争っていた。いや、正確にはヴォールトがモリビトシリーズを蹂躙していた。ヴォールトが纏う雷のフィールドはモリビトシリーズを寄せ付けず、ヴォールトの振るう雷の槍は一方的にモリビトシリーズを薙ぎ払っていたのだ。
「弱い者いじめは感心しないぞ」
『不良品を廃棄処分するのも管理者の勤めだ』
「全知でも全能でもないのに神を名乗るお前だって不良品だろうが」
『そんなことは貴様に言われるまでもない。だが、必要なのだ』
「俺としてはいい迷惑だ」
『だが、誰かがやらなければ最終的に取り返しのつかないことになる。我々はそれを学んだ。だから繰り返さないようにするために存在しているのだ。それが私の信念だ!』
「エゴでもなんでも多数のために犠牲にされる少数になる気は俺にはない!」
地に足をつけて武器と拳と信念をぶつけ合う。白亜の地面に、建物に、斬撃痕と打撃痕が深々と刻まれ、穿たれる。
先程左手を分解されたのがよほど嫌だったのか、ヴォールトはなかなか隙を見せてくれない。しかし、ここまで互角に戦える相手などこの世界に来てから初めてだな。そろそろ奥の手を出すべきか。
晶芯刃銀剣に篭めた魔力を開放し、敢えて衝撃波として拡散させて間合いを取る。再び晶芯刃銀剣に魔力を篭めながら集中し、発動。
「聖光波動……ハァッ!」
俺の身体に強烈な光を放つ魔力が付与される。光魔法の最上位魔法である聖光波動は、身体に光の魔力を纏わせて身体能力を向上させる魔法だ。更に体中に魔力を循環させ、魔闘術による身体強化も発動させる。
「シャァッ!」
俺の踏み込みで白亜の材質で舗装された道が砕け散る。
『むっ!?』
地上戦だからこそこの強化は意味がある。空中では魔法での移動がメインになる上に踏ん張りも利かないので身体能力を強化しても意味がなかった。しかし、地上ならば話は別だ。大地を蹴り、今までよりも遥かに早い速度でヴォールトへと踏み込む。
「くたばれぇ!」
加速度と全体重を載せた晶芯刃銀剣の一閃が雷の槍ごとヴォールトの身体を袈裟懸けに切り裂いた。
「うおああぁぁぁァァッ!」
更に横薙ぎにヴォールトの身体を斬る。ずしゃり、と上半身と下半身が別れた。すかさず下半身をストレージに取り込んで解体する。
『グゥッ……見事』
ヴォールトは上半身のまま浮かび上がり、光と共に失った下半身と袈裟斬りに裂けた傷口を再生する。そしてそのまま力なく墜落し、片膝を突いたまま蹲った。顔だけを上げ、苦しげな表情を見せる。
『貴様の力は認めよう、だが……』
ズンッ、と凄まじい重圧がかかり、思わずよろける。それは、それらは上空から現れた。
白銀の甲冑に身を包み、立派な剣と盾を携えた偉丈夫、恰幅の良い身体に浅黒い肌、人の良さそうな恵比須顔、手に持つのは酒瓶、肌が透けて見える透明な羽衣を纏った妖艶な美女、飄々とした雰囲気を持つ金髪の美少年、シニカルな笑みを浮かべるローブの男、大鎚を肩に担ぎ、その他にも多数の槌やつるはしを携えている屈強な老人、その他にも数人の男女と、無数の天使達。あるものは剣を、ある者は槍を、斧を、弓を携えた仮面の天使達。
そして、四肢を光る縄に拘束された小柄な人物と、その隣に浮かぶ金髪碧眼の美女。
『おやおやヴォールト、随分とやられたもんだね』
『少々遅かったのではないか』
『いやいや、これでも上出来さ。エンジェルズの損耗は九割、ヴィーゾリアとペルメリア、シュブネルは一回休みさ。僕達だって一人も無事じゃないよ』
ヴォールトに話しかけられた金髪の美少年がケラケラと笑う。彼の言う通り、この場にいる天使以外の男女は皆どこかしらに傷を負っていたり、衣装がボロボロだったり、装備品が破損したりしているようだ。
『しかしヴォールトよ、たかが人相手にその有様は酷いのではないか?』
『たかが人と侮るな。この者の剣は摂理を斬り、我にも見通せぬ方法で神の力を消し去るぞ』
『えっへっへ、確かに油断はしないほうがええやろなぁ。わてらを見ても心が折れとらんで、あいつ』
『相手にとって不足なし』
恵比須顔が笑いながら酒を呷り、鎧騎士が剣を抜く。
『いくら腕が立とうともこの数の神の前には無力。神妙にするが良い』
「従うわけねぇだろバァーカ!」
『そうだそうだー、やっちゃえ。そして私を助けてプリーズ! 助けてくれたらなんでもするよ! ほら! この瑞々しい身体を隅から隅まで!』
「うっせぇ黙れ駄神! やられた上に大量にトレインしてくるんじゃねーよ使えねぇ!」
『いいだけ時間稼ぎして雑魚を九割倒してしかも大物も三人返り討ちにしたのにこの扱い! ゾクゾクする!』
光る縄に縛られた小柄な人物がクネクネしながら恍惚とした声を上げる。
見た目は美少女である。見る角度によって七色に見える不思議な銀髪をショートカットにした少女で、シンプルな白いワンピースを身に着けている。だが俺は信じない。
「どうせお前あれだろ。脱がしたらついてるんだろ。わかってるぞ俺は。お前はそういうやつだ」
『大丈夫、ついてるけど前の穴も後ろの穴もあるよ。トロトロキツキツの名状し難い名器だよ!』
「その下品さは間違いなくあの駄神だな!」
『そんなに恥ずかしがらなくても良いのに。君、そういうのもイケるクチでしょ? 向こうの世界じゃそういうのでも』
「うるせえ! 黒鋼の杭ぶつけんぞ!」
咄嗟に全力で投げた黒鋼の杭が駄神の頭に当たり、大きなたんこぶができる。あいつ絶対余裕あるだろ。ギャグ漫画かよ。なんで赤熱化するほどの速度で投げた金属の塊が頭にあたってたんこぶで済むんだ。
『ガイナちゃーん、タイシが虐めるぅ』
『はいはい、黙ってましょうねー』
『えっ? それ私のパンむぐーっ!』
ガイナがにこやかな笑顔で容赦なく白い布切れを駄神の口に突っ込む。割と容赦ないな、あの女神様。
『茶番は終わったか? 抵抗するなら抵抗するが良い。結果は変わらんがの』
大槌の老人が肩に担いでいた獲物を構え、ローブの男も杖を構える。薄布の妖艶な美女の周りに水球が浮かび、ゆっくりと回転を始めた。そして仮面の天使達も武器を構える。
「かかってこいやぁ!」
晶芯刃銀剣に魔力を篭め、俺は全力で地を蹴った。