第七十一話〜古代の超技術を手に入れました〜
『デハ、コレデシツレイイタシマス』
「おう、達者でな」
ゾロゾロと帰っていく作業用機械人形達を見送る。
時空庫とやらの設置用資材を担いだ作業用機械人形達を引き連れてクローバーに帰ってきたのが一時間ほど前。夕暮れ時の活気の中を大名行列のごとく突き進んできた。
領主館の一室に時空庫を設置し終えた作業用機械人形達は納品書にサインを書くとまたゾロゾロと帰っていった。ご苦労さんだ。
作業用機械人形に時空庫を設置させたのはクローバーの中心部にある物資集積場に建てられた倉庫群のうちの一つである。さらっと説明を聞く限りではここに設置するのが一番良さそうだった。
「ふむ」
それは一見美しい彫刻品のようなものだった。仄かに青い燐光を放つ水晶のような素材でできたオベリスクのようである。大きさは俺の胸くらいまでのものだろうか? あれだ、小型のワシントン記念塔?
オベリスクの根本を見ると、オベリスクの接地面から同じ材質で奥に二畳ほどのスペースが設けられている。ここが格納及び取り出しスペースである。
「見た目は結構綺麗」
俺の横から時空庫を覗き見たカレンが静かに呟く。どこか目がキラキラしているように見えるが、まぁ女の子だしこういう光り物は嫌いじゃないんだろう。
設置資材を持った作業用機械人形達を引き連れた俺を目敏く発見したカレンは設置の様子を俺と一緒に最初から最後まで眺めていた。時空庫の使い方の基本的なレクチャーも一緒に聞いていたわけだ。
操作そのものは簡単だ。格納スペースに格納したい物品を置き、オベリスクに手を触れて格納しろと念じるだけである。既に俺がこの時空庫の管理者として登録されているため、このままでは使えるのは俺だけである。
とりあえず試しにストレージから取り出した物品を時空庫に入れてみる。俺が作った武器や、大して価値のない魔物素材などだ。格納と取り出しを何度か試し、問題ないことを確認してからストレージ内の大量の物資を時空庫へと格納していく。
その品目は実に多岐にわたる。大量の食糧、武器防具、薬草、医薬品、衣類、書物、魔物素材、いくらかの装飾品に金銀財宝の類と金貨、資材等だ。
「おー……すごい」
「まぁあまり深く考えず色々と放り込んできたからなぁ」
大量の物資はカレンディル王国やミスクロニア王国で商業ギルドやゾンターク、イルさんの伝手を使って買い集めたものである。特に食糧に関しては古くなってダブついていたものを中心に買い集めた。俺のストレージならば劣化しないからだ。
時空庫も同じような特性を持っているようなので、今回の入手に関しては本当に運が良かったと言えるだろう。
金銀財宝の類や大量の金貨などは大氾濫の戦功としてカレンディル王国から贈られたものや、商業ギルドで様々なものを売り捌いた結果手に入れたものだ。これもまた数が多いが、とても俺個人で使い切れるようなものではない。クローバーにおいてもまだ使い途がないが、交易が始まればどうしても必要なものだ。
カレンが格納されていく様々な品に瞳を輝かせる。やはり光り物には興味を惹かれるらしく、金貨や貴金属の延べ棒、宝石や宝飾品を手にとっては声を上げている。
「ここに来て眺める分にはいくらでも眺めていいから、勝手に持ち出したりはしないようにな」
「うん」
「どうしても欲しいものがあったら言いなさい」
「わかった」
時空庫に手を触れて操作し、管理者の俺でなくても収納と格納ができるスペアキーを三つ生成する。スペアキーとは言っても鍵の形ではなく、六角柱状のクリスタルのようなものだ。手の内に握り篭める程度の大きさで、見た目に反して非常に軽い。
「なにそれ?」
「俺以外の人でも時空庫を使えるようにする鍵だな。ほれ、使ってみ。手にキーを持って、時空庫に触れさせるんだ」
「おー……」
キーを触れさせたカレンの目の前にホログラムのようなもので投影された収められた物品のリストが開く。カレンはその中からあるものを選び、その手に収めた。
「食べる?」
「絶対に断る」
カレンの差し出した刺激臭を放つ小樽を即刻取り上げてストレージにしまい込む。なんでよりにもよってシュールストレミング先輩を取り出すんだこの子は。それ俺的には食い物枠じゃなく武器枠だからね? その感性に完敗だよ俺は。
「この鍵は誰が持つの?」
「マスターキーはマール、スペアキーはクスハとデボラかな」
「私も欲しい」
「ダメだ」
「……ダメ?」
「そんな顔してもダメだ」
俺はカレンの涙目上目遣いには屈しない。決してだ。
「むぅ……やっぱりマール姉みたいにベッドの上で『くっぷく』させるしか」
「やめてください死んでしまいます」
マールか、やはりマールの教育の影響なのか? それとも夜魔族のキキの影響か? 元からか? 元からくさいんだよなぁ、この子は。どこから変な知識を得ているんだ……邪神がサブリミナル的な何かで刷り込んでるんじゃあるまいな。
それにしても、まぁ実に都合の良いタイミングで都合の良いモノが手に入ったものだ。大量の資金や資材、食糧を俺一人で管理しているのは負担が大きかったし、不便だった。なんせ必要になったらいちいち俺が出向いて出し入れしなきゃならんからな。
そしてまた危険でもあった。もし大量の物資を抱える俺がどこかで倒れれば、この国はたちまち干上がってしまう。無論、食料庫や資材倉庫にはそれなりの量の物資を蓄えてはあるが、その容量は極めて限定的だ。生モノは腐るから長期保存もできない。
その点、この時空庫は容量とモノの劣化という弱点を克服してくれる魔導具だと言える。容量はほぼ無制限で、収容されている物品の劣化も起こらない。持ち運びできないという点を除けば俺のストレージと同等の性能を持っていると言える。
この時空庫、今の俺のスキルなら時間をかけて解析すれば複製することもできるんじゃないかと組立作業をじっと見ていたのだが、どうにも理解できない技術が多すぎる。俺がスキルとして持っている魔導具作成スキルのサポート外の技術のようだ。
「モリビトさんからのプレゼントなんだよね」
「うむ。まぁそのようなものかな」
来場者キャンペーンでもらいましたって言ってもわからんよね。
「モリビトさんも協力してくれるってこと?」
「それはちょっと違うかなぁ。守人は……あれはそっとしておくべき奴らだったよ」
見上げてくるカレンの頭を撫でながら守人達の事を思い出すと、もの悲しい気分がこみ上げてくる。誰にも認められず、報われず、ただ己の責務を果たし続けるというのは……救いが無い。当の本人達が惨めだとも何だとも思っていない以上、俺の同情や憐憫は筋違いで余計なお世話なんだろうけどな。
「どうしたの? タイシ、寂しそう」
「守人達の事を思い出して少しな」
俺の言葉にカレンは不思議そうに首を傾げる。
「守人達は……うーん、主人の墓場をずっと守ってる墓守みたいな奴らなんだよ。誰にも褒められないし、認められないけど、ずっとずっと守り続ける。そう決められてる存在だ。それを疑問にも思えないし、不幸とも思えない。そういう奴らなんだよ」
「どうして?」
「そういうふうに作られたからだな。守人は物凄く高度な技術で作られた魔法道具みたいなものなんだ」
「そうなんだ……なんだか可哀想」
そんな話をしていると、木箱を抱えたエプロン姿のデボラが現れた。扉の外からこちらを覗き込み、首を傾げている。なに、その首傾げるの流行ってるの?
「何してるんだい? こんなとこで。ここ、空き倉庫だよね?」
「おお、いいとこに来たな。なんだそれ、芋?」
「ああ、晩御飯に使おうと思ってね。日持ちするし色々使うから多めに貰ってきたんだよ」
「ほう、その芋をここに置いてくれるか」
「え? まぁいいけど。何するのさ?」
疑問を口にしながらもデボラは素直に芋の入った木箱を時空庫の格納スペースに置いてくれた。時空庫を操作し、芋の入った箱を格納する。
「消えちゃったんだけど?」
「うむ、これは時空庫といってな。モノを劣化させずにほぼ無尽蔵に保管できるものなのだ」
「なにその口調……でも生モノも腐らせずに沢山保管できるのはいいね」
「そうだろうそうだろう」
デボラにも時空庫の使い方をレクチャーし、スペアキーを渡す。使うのは難しくないので、すぐにデボラも使い方をマスターできたようだ。先程の芋の箱や他の食品なども取り出して感心した様子だ。
「その鍵はデボラが持っていてくれ」
「え? 私がかい? マールやティナやクスハ姐さんの方が良いんじゃないのかい?」
「ああ、三つ作ったからマールとクスハにも渡すよ。三つのうちの一つはデボラに持っていて欲しいんだ」
「な、なんで私なのさ? 三つならマールとティナとクスハ姐さんが妥当だろ?」
「デボラは何かと身軽に動いてくれるだろ。勿論マール達にも渡すが、ある程度自由に動けて安心して任せられるのはデボラだけなんだ。頼む」
メルキナでも大丈夫だろうが、駄エルフだからなぁ。それにあいつ、フリーダム過ぎてあんまりこうキチっとした仕事が好きじゃないんだよ。放流しとけば街の中を見回ったり、周辺の魔物を狩ってくれたりするんだけどな。まぁそういうのが性に合ってるんだろう。というか俺がクローバーに居る時はだいたいくっついてるね、最近は。
デボラはティナやマール、クスハの補佐をしてくれたり、できる馬ことヤマトと一緒に内政の細々としたことをしてくれたりする。獣人三人娘の世話も焼いてくれるしな。本当によくやってくれていると思う。デボラはメルキナと違ってなんか周りに遠慮してるのかそれとも俺に遠慮してるのか、あまりイチャイチャしようとしないんだよなぁ。俺としてはもう少しくっついてきて欲しいくらいだ。
「あ、う……わ、わかったよ」
「うん、頼む。でもそのままじゃどこかに落としかねんな。ちょっと貸してくれ」
デボラからスペアキーを受け取り、装飾品に使う銀線を材料に魔法で手早くペンダントとして加工する。銀は加工しやすくて実に良い。
「これでよし」
「ありがとう……大切にするわ」
「むー……」
「ごっほぉ!?」
出来上がったスペアキーペンダントをデボラに渡すと、カレンが頭突きで突っ込んできた。さ、流石ヒツジ娘、なかなかいい頭突き持ってるな。
「私も欲しい!」
「えぇ……うーん。わかった、じゃあ晩御飯の時にな」
スペアキーは渡せないが、他の物ならいいか。ストレージの中にデボラに渡したのと同じような水晶片がいくつかあるので、ほぼ同じデザインでペンダントをでっち上げよう。全員に作ったほうが良いよな。うーん……どうするのが一番角が立たないかね。
☆★☆
「はーい、食事の前に皆さんにプレゼントがありまーす」
「おー!」
「いぇー!」
はい、やたらとノリがいいカレンさんとマールさんありがとう。でもカレンにはもうあげたよね?
我が家の決まりとして、極力晩御飯は皆で食べるというものがある。日中は各々色々な場所で働いているからなかなか揃っての食事は難しいが、クローバーの外にいるとかの事情がない限りは晩御飯くらいは一緒に食べようということにしているのだ。
これは日に一回くらいは皆で顔を合わせて団欒しようという俺のわがままである。やっぱり皆の顔を見たいからな。
皆にペンダントを配り、事情を説明する。
「今日、ちょっと守人のところに行ってきてな。色々あって時空庫っていう魔導具を貰い受けた。持ち歩きはできない代わりに、大量の物資を劣化無しで保存しておけるものだ」
「それはすごいですね。じゃあ守人と協力関係を築けたということですか?」
「いや、運が良かっただけだな。ちょっと気持ち悪いくらいなんだが……まぁそれはいいか。守人との交渉は不可能だ。何も害は無いと思うが、懐柔は不可能だな。あれは会話能力こそあるが、自分の意志とかは存在しない。人形みたいなもんだ。主の命令以外は受け付けないし、その主はもう存在しない。主になる方法も多分無い」
「ふむ……ならば放置するのか?」
「ああ。あれは一万年以上前に滅びた文明の残骸をただ維持しているだけの墓守みたいなもんだ。放置するのが一番だろうな」
俺の説明に皆は一応納得してくれたようだ。
「それでご主人様、この水晶のペンダントは一体……?」
「ちょっと作りが雑ではありませんこと?」
「はっはっは、正直ちょっと急拵え感は否めない。さっき言った時空庫なんだが、管理者登録している俺以外の人間でも物品の出し入れをするためのスペアキーを三つ作った。デボラ既に持っているのと、マールとクスハに二つ渡したうちの光ってるほうがそれだ」
「ふむ、何故二つなのかと思っておったが確かに片方は仄かに光っておるな」
「三つですか……ちょっと多くありませんか?」
「そこらへんのバランスがどうしたものかと思ってな、それも一緒に考えて欲しい。とりあえずその、ペンダントはあれだ。デボラにスペアキーを渡したらカレンにねだられてな。それで皆にも同じものをプレゼントしようかと」
「そうですか……うん、手作り感があって私は好きです、こういうの」
フラムがペンダントを魔法灯の光にかざしながら微笑む。作りが雑だとダメ出しをしてきたカリュネーラ王女もなんだかんだでニヨニヨしているのでまぁ作戦は失敗ではなかったと思う。
「あの……私も頂いてしまって良いのでしょうか?」
一人なんとも言えない表情をしているのがカリュネーラ王女の侍女であるステラだ。彼女の立場はかなり宙ぶらりんである。カリュネーラ王女は俺の嫁の一人ということになったが、彼女はお付きの侍女である。別に俺の嫁というわけではない。
「一人だけ除け者とか寂しいじゃないか。俺なら泣くね」
「え、えぇ……その、過分なお気遣いありがとうございます」
なし崩し的にではあるが、こうして一緒に食卓を囲んでいるのだから彼女も家族だ。どう扱っていくかについてはゆっくり考えればいいだろう。
「食後に皆で時空庫を実際に見に行こう。扱い方もレクチャーしておいたほうが良いしな。たまに皆で夜の散歩も良いだろ」
「そうですね。ではそうしましょう」
「うん、じゃあ食べようか」
皆でいただきますをしてから食事に取り掛かる。
今日のメニューは野菜スープとベーコン入りマッシュポテト、あとは何かの肉のステーキだった。最近の我が家の恒例行事はこのステーキ肉の種類当てである。俺は鑑定眼で見れば一発なのだが、そんな無粋なことはしない。肉の食感や風味で当てるのが楽しいのだ。
「なんだこれ……食ったこと無いな」
「不思議な食感ね。私、結構好きかも」
ステーキを一口食って首を傾げる。俺の隣に座っているメルキナも初めて食う肉であるらしい。他の嫁達の反応を見ると、調理したデボラとシータンの他にわかってそうなのは……ん? クスハの顔色が。
「この食感と味は……いやまさか。しかし」
何やらブツブツと呟いている。確かに不思議な肉だ。どこかこう、筋張っているんだが似たような食感を俺は知っている気がする。決して不味くはないし固くも無いんだが、クニュクニュしていて噛み切れない。うーん?
「何の肉だって良いじゃないか」
「歯応えがあって、美味しいですよ?」
デボラは澄ました顔でもりもりと食事を進めているが、シータンは困ったような微妙な笑顔だ。尻尾もこころなしか垂れ下がっていて元気がない。俺知ってる。デボラとシータンがこういう態度の時はゲテモノなんだ。
「うーん、何でしょうね? 私は全く心当たりがありません」
「姉様と同じですね。でも、私は結構好きかもしれません」
「ううん、同じような食感の肉を食べたことがあるような……」
「こりこりクニュクニュ」
「うーん。動物の内臓に似ているような」
『それだ』
シェリーの発言に俺を含めた複数人の声が重なる。びっくりしたのかシェリーの耳がピンと立ってビクリと震えた。
そうだ、ホルモンに似てるんだ。このクセになるクニュクニュ感。しかしホルモンのような噛みごたえのステーキってなんだこの摩訶不思議な肉は。何の肉なのか全く想像がつかないぞ。いや待て、シータンのあの反応から考えるとあまり追求しないほうが良い気がする。嫌な予感が。
「待て、追求するのはやめ――」
「グランドワームの肉じゃな」
「なんで言っちゃうかなもォ!?」
ナイフとフォークを持ったまま思わず天井を仰ぐ。グランドワーム、グランドワームか。見たこと無いけどきっと美味しそうな色と形をしているに違いない。きっと馬鹿でかいミミズめいた何かではないはずだ。きっとそうだ、そうに違いない。
「グランドワーム……全長数十メートルに及ぶ蛇のような魔物で、目がなく鋭い牙の生えた大きな口でなんでも飲み込む悪食。口を閉じていると見た目が卑猥」
「何故解説した? というか卑猥とかやめーや」
全く気にすることもなくマイペースに食事を続けながらカレンが解説する。カレンの解説に食欲を削がれた犠牲者が数名出ている。俺もだ。
「残しちゃダメだよ。どんな理由にしろ狩った獲物はちゃんと食べること。命をくれた獲物と、命懸けで獲物を狩った狩人への感謝の気持ちを忘れないように」
「……はい」
デボラの料理は美味しいが、材料がゲテモノだからだという理由で残すのだけは許してくれない。まぁ確かに元がどんなのでも捌いて料理にしちゃえばただの食い物だもんな。うん。
「うねうねー、キシャー」
「おいやめろ」
カレンの卑劣な精神攻撃に晒されながらもグランドワームステーキを平らげた。しかしその精神攻撃は俺だけでなく、友軍も攻撃していたのでカレンはお姉さま達にお風呂という名の説教部屋にドナドナされていくのであった。
合掌。
次話より新章に突入します!_(:3」∠)_