第七十話〜守人達に接触しました〜
昨晩は酷い目に遭った。
どう酷い目に遭ったって? シェリーとカレンとシータンに泣かれました。いや、カレンは手に目薬を持ってたけど。畜生め。
それだけでお仕置きとはいえない? ええその通り。その後は教材にされました。何の教材かって? 言わせないでくれ、死にたくなる。とりあえず彼女達の好奇心と奉仕精神は執拗だったと言っておこう。もうお婿に行けない。あ、彼女らの貞操だけは守り通しました。俺の誇りにかけて。
やらなければならないことは無数にある。正直言って色々と手が回っていない。
ミスクロニア王国方面の街道の開通、食料の調達、領都――いや、独立国となるなら首都と呼んだほうが良いか――クローバーの整備、法律面の整備、軍備の増強、農地の開拓、大樹海の調査、精神魔法対策の魔導具開発、えとせとらえとせとら……枚挙に暇がないというのはこのことか。
その無数に抱えている懸案の中の一つを解決しようということで。俺は早速その立法会合を抜け出して現地へと向かった。決して立法会合に退屈したからではない。断じて。
だって大筋を決めたら後は基本的に話し合いを聞いているだけなんだもんよ。俺がいつまでも張り付いている必要無いよね?
「この辺りとかいう話だったが……あれか」
俺が目指していたのは大樹海南部、そこにそびえ立つ白亜の塔である。その白亜の塔を中心として、塔と同じような材質でできている建築物群が広がっているというのだ。その建築物群こそが守人の都。俺達が今まで接触を自重していた大樹海最後の知的種族の住処という話である。
「なーんか、アレだな。SFちっくだな」
上空に静止し、白亜の都を眺めながら呟く。白亜の都と言っても、広さはそんなでもない。精々小さめの村一つ分くらいといった大きさだろうか。だが、建築物の殆どが三階建て以上の大きさで、中心部の白亜の塔に至っては恐らく東京タワー並の高さがある。
フォルムは全体的に流線型の物が多く、どこか一昔前に未来都市として描かれていたような――矛盾するような表現だが『レトロなデザインの未来都市』といった印象だ。この無闇に丸っこいデザインに一体どういった意味があるのか? と疑問を抱きそうな情景である。
とにかくこうして眺めていても仕方がないので、白亜の都に降り立つことにする。降り立ったのは白亜の塔の前だ。
白亜の塔に近づいて触ってみると、手触りはまるで陶器のようにツルッとしており、かつかなり硬質な感じである。軽く叩いてみるが、どうにも金属とは思えない。セラミック系の素材なのだろうか? 単純な石材とは思えない。
そうしていると、近くの建物からゴロンと白い玉が転がり出てきた。この白亜の塔と同じような材質でできているらしいツルッとした玉で、俺がなんとか両手で抱えられるくらいの大きさだろうか。
ゴロンゴロンと転がった玉は俺から10mほど離れた場所で停止し、その場にふわりと浮かび上がった。魔力眼で見る限り、魔法で浮いているようである。
そのまま注視していると、空中で回転してこちらに赤い目のようなものを向けてくる。ウィーンウィーンとなんか機械の作動音のようなものが聞こえるが、ピントでも合わせているんだろうか。いきなりビーム的なものを撃たれても困るので咄嗟に身構えるが、特に危険な感じはしない。どうしたものかとそのまま見ていると、スポーンとコミカルな音とともに球体のてっぺんから紙吹雪が舞った。
え? なにこれ?
『おめでとうゴザイマス! 貴方は当施設の百万人目のご来場者様デス!』
「はぁ? えぇっ?」
『ご来場十万人記念トシテ、最新式時空庫が進呈サレマス! おめでとうゴザイマス!』
「あ、あぁ……ありがとう、ございます?」
『では受け取りのお手続きをお願いシマス。どうぞコチラヘ』
いつの間にか周りに同じような球体が複数現れ、ファンファーレのようなものを鳴らしたり紙吹雪を発射したりしている。え? なに? なんなのこれ。
とりあえずその場の空気に流されて案内されるままに白亜の塔の内部に入る。一見何もない壁に突如出入り口が開いたのには少し驚いた。というか、本当に事態が飲み込めない。
あれか? よくテーマパークとかでやってる来場者キャンペーン的なアレに偶然当たったってことか? なにその豪運。俺ってそんなに運良かったっけ?
『ではどうぞそちらにオカケクダサイ』
「アッハイ」
生返事を返しながら進められた椅子に座る。この椅子も足がなくて、腰をかける部分だけが空中に浮いている。なんだこの技術の無駄遣いは。でも座り心地いいなこれ。
『ではこちらにお名前とご住所の記載をお願いイタシマス』
「お、おう……住所ってわかんないんだけど」
敢えて言うなら首都クローバーの領主館というところだが、それを言ってもこの丸い球体のような何かに伝わるとは思えない。
『そうですカ。迷子ですカ?』
「いや、家の場所はわかるが住所ってのはまだ無いんだ。新築みたいなもんでね」
『ああ、新築だと住所が決まっていないこともアリマスネ。しかし丁度良かっタ。新築であれば、時空庫はお役にタチマスネ』
「お、おう。せやな」
時空庫ってのがなんだかわからないけどな。字面から考えるとアイテムボックス的な何かなんだろうけど。
『ではお帰りの際にスタッフを同行サセテ、直接設置させてイタダキマス』
「わかった。ところで、ここはどういうところなんだ?」
『当施設はブレイクスルー社の最新技術を展示、販売している技術博物館デス。日用品、建築物、最新家電から軍事技術マデ。ブレイクスルー社の全てがここにアリマス』
「なるほどねぇ」
適当に応答しつつ、頭を最大限に働かせる。
クスハ達には理解できなかったようだが、元の世界の知識がある俺には理解できる。この守人というのは間違いなく機械人形の類だ。ある程度の会話ができる知性は持っているようではあるが、彼ら自身が何かものを考えて自発的に行動できるとは俺には思えない。
「ここが稼働してからどれだけ経つんだ?」
『今が新暦一万三千五百二十一年デスカラ、一万一千八百五十六年デスネ』
「そっか……この施設を狙った暴徒が来たり、危険な生物が押し寄せてきたりはしないのか?」
『ブレイクスルー社の最新軍事技術ニヨッテ、当施設とお客様の安全は完璧にタモタレマス。ご安心クダサイ!』
「それは安心だな。ところで、この施設の管理責任者に会って話をすることはできるか?」
『申し訳ゴザイマセン。本社担当者とのコネクションは一万一千八百四十八年前よりロストしてオリマス。また、我々モリビトシリーズ以外の上級職員は出勤してイナイタメ、対応することは現在不可能デス。ご迷惑をオカケシテオリマス』
「そうか……大変だな」
守人――いや、モリビトの答えを聞いて俺は物悲しい気分になる。
ここは墓場だ。一万数千年前に滅びた、名も知らぬ文明の亡骸だ。
モリビトシリーズと名乗る機械人形達は創造者と主を失ってなお、自らに課せられた使命に従ってここを守り続けているんだろう。誰に報いられるわけでもなく、ただ延々とその身が朽ち果てるまで。それがいつになるかはわからないが。
「なぁ、お前らはいつまでこの施設を維持していくんだ? もう本社とも連絡を取れず、上級権限を持つ職員もいないんだろう?」
『当施設はブレイクスルー社の最新技術を結集してオリマス。自動化された整備、半永久的な動力、完全な循環システムにヨリ、施設の稼働は半永久的に行われマス』
「そうか……外部組織との協力や提携などは受け付けているのか?」
『本社や上級職員の決済なしにはデキカネマス』
「だよな」
彼らに交渉の余地はない。その権限が設定されていないからだ。力づくで何かを強奪しようとすれば、最新の軍事技術とやらで反撃してくるんだろう。それがどの程度のものかはわからないが、火傷をしてまで欲しいものとは今のところ思えない。
俺の目的は守人と交渉をしてその力を手に入れようか、といったところだったのだが、どうにもその目的は果たせそうにないな。貰えるものだけもらってそっとしておこう。
しかしまぁ、聞けることはいくらか聞いておくべきか。
「ブレイクスルー社の軍事技術はどういった層に売れているんだ?」
『我が社の軍事技術はフォレスティン全域で広く利用されてオリマス。偽神連合に対する盾トシテ』
「偽神連合?」
何やら不穏な言葉が出てきた。
『人の身に神の力を降ろシ、神を僭称する不届きな者共デス。我々は真なる神の徒トシテ決して偽神ドモニハ屈しマセン』
「人の身に神の力を、ねぇ……どうやって対抗するんだ?」
『我がブレイクスルー社は人々の盾トシテの技術を開発してオリマス。時空操作技術を用いた不朽建材、我々モリビトシリーズにヨル拠点防衛、時空震エンジンを用いた半永久的なエネルギーの供給ナドデス』
「矛は?」
『カグツチバイオテクノロジー社と我がブレイクスルー社の提携事業が担ってオリマス。異次元に設置した時空震エンジンをエネルギー源トシテ生体兵器を培養シ、偽神連合の根拠地に放って壊滅させる画期的なプロジェクトデス』
えげつねぇなぁ。
生体兵器って多分クスハみたいな奴らの事だろ? 理性を得る前は随分とやらかしたって話だし、被害は一般人も何も関係なかっただろう。この守人達の創造者と偽神連合とやらがどういう理由で争っていたかはわからないが、それこそ血で血を洗うような戦いだったんだろうな。
しかし異次元から現れる生体兵器、ねぇ。どっかで聞いたような話だ。それに人の身に神の力を降ろし、か。
神、神ね。うーん、わからん。神ってのは何だ? たまにちょっかいかけてくる自称神は居るが、その姿を俺は目にしたわけじゃない。俺に大層な力を与えていることから尋常な存在じゃないってのはわかるが、さて?
元の世界じゃそんなものは存在しないって風潮が強かった。誰も言葉にはしないが、神は実在しないと考える人が多かったと思う。寧ろ、神の名のもとに起こされる争いを対岸の火事として見て、碌なもんじゃないと思っていた人間が多かったんじゃないかな。少なくとも、俺の居た国では。
俺は今でもその意識を引きずっている。他ならぬこの世界の神によってこの世界に招かれたって話の筈なのにな。この世界における神って存在がどんなものなのか、俺はちゃんと知る必要があるのかもしれん。
何を目的として、何をしているのかを知らなければいけない。そんな気がする。