第六十九話〜おうちに帰ったら般若がいました〜
「つってもあれだ。脅しをかけるならそうするだけの力があるって示していかないとなぁ?」
交渉を終えた俺はゲッペルス王国の王都であるピドナの上空に浮かんでいた。今日はよく晴れているので実に見晴らしが良い。さて、どこが良いかな? あそこらへんが良いか。
王都からほど近い場所にある小高い丘を発見する。人影はなく、特に建造物の類なども無いようだ。一応気配察知を使って人の有無を確認する。うむ、少なくとも人は周辺にいない。
魔力を集中し、眩い光を放つ光弾を発生させる。久々の極大爆破だが、今日は少しサービスしよう。両手をを掲げ、更に同じものを二つ、三つ、四つ作成する。
「ふんッ!」
目標の小高い丘に次々と合計四発の極大爆破が突き刺さり、耳を劈くような轟音と衝撃波が発生した。巻き上げられた土砂が俺のいる上空まで届いてきそうな勢いだ。
粉塵が晴れると、小高い丘から大型クレーターへと姿を変えた大地が現れていた。見事に焦土。ペンペン草一本も生えていない有様である。
「よし、あんなもんでいいだろう」
示威行為としては上々だ。口約束が破られたらゲッペルス王国の様々な場所があの通り地図上から消えることになるぞ、という俺からのメッセージである。王城に襲撃をかけた以上はもうとことんやってしまうべきだ。気が向いたらレニエード王の寝室の枕元にナイフをプレゼントしていく作業もしようか。
「さーて……」
今日は色々と派手に暴れられて俺は満足です。ただ、少し……いや、とてもお家に帰るのが怖いなって思ってるけど。ほら、なんかその、ね? お仕事サボって色々押し付けた上に厄介なのを送りつけちゃったじゃないですか。姫と侍女セットで。
ちょっとどうなってるか予想がつかないというか、どう考えても俺に良い感じの展開にはならなそうだよね。絶対正座折檻コースか、とても口では言えない搾られコースかのどっちかですよ。もしくは未知の拷問の類かもしれない。
思えば俺も冷静じゃなかった。カリュネーラ王女達をクローバーに転送するにしても、わざわざ会議中であろう会議室なんかじゃなくて目立たない場所に送っておけば……いや、それはそれで余計な騒動が起きる気がする。どっちにしても同じですね、はい。
ああ、帰りたくない! 帰りたくないでござる! 今なら面倒な魔法刻印彫金作業とか二十四時間耐久オリハルコン鍛造コースとかホイホイできる自信がある。逃避エネルギーって絶対存在すると思うんだ。
しかしこんな吹きっ晒しの遥か上空でグネグネしながら懊悩していても解決しない、潔く帰ることにしよう。やってしまったものは仕方がない。悩んだりテンション下げている暇があれば他のことをするかさっさと怒られたほうが良い。そうだろう、そう考えろ俺。むしろ開き直ってしまえば良いんだよ。よし。
一念発起して魔力を集中する。転移先は寝室だ。疲れたし開き直って少し横になろうそうしよう。視界が一瞬暗転し、自室の光景に切り替わる。
「あっ」
目の前に、極上の笑みを浮かべた、ティナがいる。
「確保」
「ぬあぁっ!?」
極上の笑みを浮かべたティナから底冷えのするような声で号令が下された。
戦闘モードな心構えでいれば反応できないスピードではなかったが、いかんせん自室に帰るということで気が緩んでいた。複数の方向から飛びかかってきた影にタックルされ、自室の床に押さえつけられて拘束される。
「裏切ったな! ソーン!」
「お前に恨みは……まぁ無いことはないが、今回は諦めろ。ティナーヴァ様をブチ切れさせたお前が悪い」
俺を押さえつけたのはモルモット部隊――もとい俺の私兵で、最新装備実験隊の隊員達であった。いてぇ! 日頃の恨みとばかりに骨とか痛いツボとかグリグリすんな!? 腕はそっちに曲がらないから! それ以上いけない。
「タ イ シ さ ま ?」
「アッハイ」
「どこに、いってらしたんですか?」
「さ、散歩……かな?」
床に引き倒された俺の前に膝をつき、ティナがその美しい手でそっと俺の顔を上に向かせて問いかけてくる。極上の笑みを浮かべたままなのにすごく怖い。
「そーぉですかぁー、お散歩ですかぁー……タイシ様は、お散歩をすると偶然可憐ディル王国の王女様を拾ってきてしまうんですねぇ? しかも、ゲッペルス王国の王城で人質に取られていた王女様を」
「まぁその、そういうことも、ある、かな?」
ニコッと笑い返すと、両頬を抓られた。
「専門家を招いての会合をサボって、どこに、行って、なにを、して、らしたん、ですか?」
「痛い痛い痛い痛い!」
ティナが笑ったまま額に青筋を浮かべ、キリキリキリと抓った俺の両頬を絞ってくる。レベルが上ってもこういうのは何故普通に痛いんだろうか? 今の俺、一般人に鉄の剣で切りつけられてもかすり傷しかつかないんだぜ?
「えっと、その、ですね?」
「はい」
「ゲッペルス王国に殴り込み――痛い! 目潰しはNO!」
容赦なく目を突いてきた! 口が笑ってるのに眉根が寄って青筋立てて――は、般若や! 般若がおる!
「なにを、やらかしたんです?」
「王太子をフルボッコにして、ニシンの塩水漬けに漬け込んだかなぁ」
「それだけですか?」
「王様の居場所を吐かせるために、ちょっと城の人を脅しながらニシンの塩水漬けの樽をスプラッシュした、かなぁ?」
「他には?」
「王様に少しだけお話してきたかなぁ……王様の在位中はゲッペルス王国は一切ちょっかいをかけてこないってことになった、よ?」
「なったよ? じゃありません! なにやってるんですかー!?」
がおー! と両手を振り上げてティナが怒る。しかもポカポカ叩いてくる。可愛いけど地味に痛いのでやめていただけないだろうか?
「連行してくださいっ!」
「やめろ……やめろォッ! HA! NA! SE!」
引っ立てられる俺。最早連行される宇宙人状態である。勿論本気で抵抗すれば振りほどくことなど造作もないが、そんなことをしたらティナに泣かれそうなので自重しておく。泣かれそうなので。大事なことなので二回言いました。決してあとが怖いからではありません。
そうして引っ立てられてきたのは領主館の会議室である。お白州である。
「タイシさん?」
「ハイ」
「正座」
「ハイ」
全員ではないが、嫁が勢揃いである。
ティナと同じく凄絶な笑みを浮かべているマールと、笑いながら青筋を浮かべているクスハ、ジト目のデボラになんかオロオロしているフラム、そして俺の背後でケツを抓っているティナだ。部屋の隅にクスハの糸で拘束されたメルキナが転がっているのは何なんだろうか。
俺は会議室の中央に正座させられた。わざわざ置いてあった椅子が撤去されて正座である。なんという扱い。待遇の改善を要求する。
ちなみに、カリュネーラ王女と侍女のステラも嫁達とは少し離れた所に座っていた。正座させられた俺を見て目を丸くしている。ふっ、笑えよ。
「さて、話してもらいたいことは色々ありますが……」
あっ、これアカンやつや。マールさんの青筋ビキビキしてる。顔は笑ってるけどこれアカンやつや。逃げたい。切実に。
「とりあえず、アレについて説明してくれますか?」
指差した先に居るのはカリュネーラ王女とその侍女ステラである。ですよねー、まずそこですよねー。知ってた。
「見捨てるのは忍びなかったと言いますか」
「ほう?」
「放置していけ好かない皇太子にモグモグされるのは我慢ならなかったと言いますか」
「へぇ?」
「まぁその、そんな感じで……人としてね? 特に深くは考えずに助けた、かな?」
ぶっちゃけて言うと本当に言った以上のことは考えていなかった。何かわけの分からない仕来りについては言われたけどね。マール達と同じように愛せるかと言われると微妙なところではあるしね。
「そうですか。それで、どうするんですか?」
「どうする、とは?」
「お嫁さんにするんですか?」
「ん、んー……」
マールの視線に耐えかねてチラリとカリュネーラ王女の方に視線を向けると、彼女は祈るように両手を胸の前で組み合わせ、懇願するような視線を向けてきていた。そんな目で見られても、ですね。
「タイシさんが、決めるんですよ」
「む……」
軽々しく決めるべきことではない。それはわかる。だが、カリュネーラ王女が嫌がっているようには見えない。俺との顛末のせいで彼女は人生を狂わせられたようなものだし、責任を取るべきかとは思う。しかし彼女にも嫁ぎ先が決まったとかいう話ではなかったか?
名前も顔も知らないとかいう。
「カリュネーラ王女は、俺で良いのか?」
「い、良い、ですわよ?」
「本当に? 無理してるとか、意地を張ってるとか、誰かに対抗意識を抱いてるとかでなく?」
「本当に、です」
彼女は俺で良いのか、という問いには微妙な反応だったが、後の質問にははっきりと答えてくれた。ふむ。では後は俺次第か。
「決めた。カリュネーラ王女も娶る」
「……そうですか。どうしても、ですか?」
「どうしても、だ」
「理由を聞いても?」
俺は少し考えてから口を開く。
「言葉にできるこれ、といった理由はないな。ただ、俺は彼女に縁みたいなものを感じた。そして彼女がそれを望んでくれるなら良いかなと思ったんだ。夫婦として必要なものは後から育んでいくのも良いだろう。実際、そうして俺は幸せに過ごせているし」
そう言って俺はクスハや、デボラや、部屋の隅に転がっているメルキナを見る。彼女達とはほぼ成り行きで一緒になったわけだが、今では良い関係を築けている。お互いに信頼し、愛し合えていると思う。
「それになんだ、あー……」
なんと言えば良いのか考えるが、これといって気の利いた台詞が浮かんでこなかった。こちらに来
てから女性と接する機会も増えたが、所詮は元干物系男子である。女性経験などトラウマになっている一件しかないのだ。
「月並な台詞だけど、何かあれば俺が守るよ。皆と同じように」
暫しの沈黙。その後に眼前に並ぶ嫁達全員から溜息が漏れる。カリュネーラ王女だけは顔を真っ赤にしていたが。
「はぁ……もういいです、わかりました。とりあえずあの子のことはそういう感じでいいですね?」
マールが皆に確認を取り、皆がそれを了承する。どうやらこの場は切り抜けられたらしい。やったぜ。
「では本題です」
「えっ」
「何をやらかしてきましたか?」
「えっ」
「会議をサボって、どこで何をやらかしてきましたか?」
笑顔だが、凄い威圧感だ。今までの比ではない。蛇に睨まれた蛙のようにダラダラと脂汗が流れてくるのがわかる。これは返答を間違えると酷いことになりかねない。しかし嘘を言うわけにもいかない。
そして俺は吐いた。それはもう徹底的にゲロった。だってだってしょうがないじゃない。あんなチェレンコフ光みたいに怪しい青い光を発するお注射をチラつかせられたら抵抗などできるわけがない。
「なんてことをしてくれたのでしょう」
マールが頭を抱える。ティナも同様だが、クスハやフラム、デボラは違う意見を持っているようでそれぞれ違う表情だ。メルキナは相変わらず部屋の隅に転がされている。誰か助けてやれよ。俺は無理だ。
「ふむ、別に良いのではないか? これでゲッペルス王国には主殿の力が正しく伝わったことであろう。周辺各国で主殿の力を未だに正確に把握しておらなんだ輩も、これだけ大体的にやらかせば信じるであろうよ」
「防諜に力を入れたほうが良さそうですね……」
「とりあえずほら、タイシは無事だったんだからさ。それで良いじゃないか」
クスハはどこか満足げな様子でウンウンと頷いており、フラムは今後の他国の干渉に対する策を考え始めているようだ。デボラに至っては俺の無事を喜んで場を収めようとしてくれている。熊さん天使すぎる。
「とりあえず、対外関係は私とティナでなんとかします。お母様とゾンタークさんにも協力を仰がないと……」
「タイシ様は立法関係の整備をお願いしますね」
「まぁ、全体的な指針程度はな」
微に入り細に入り俺が口を出すつもりはない。というか、無理だ。大して知識もないのに。法律学者と各種族の長老や識者で煮詰めてもらったほうが良いに決まってる。
「それと並行して俺は精神魔法対策の魔導具を開発する。内政も進めなきゃならんのだが……」
と、そこで俺の中に閃きが走った。
俺の視線がカリュネーラ王女に向く。俺の視線を察してマールの視線もカリュネーラ王女に向く。俺とマールは同時に笑みを浮かべた。
「な、なんですの? その粘着質な笑みは!?」
「いやいやいや、さすが俺っていうか。なぁ?」
「そうですねぇ、さすがはタイシさんです」
いるじゃあないか。内政を任せるに足る教養を持っている人物が。
「ああ、でもタイシさんはお仕置きですから」
「そんなー」
救いはなかった。




