第四話~初日から美味しく頂かれました~
「落ち着いたかね」
「は、はい、すみません…」
恐縮して縮こまる鳶色少女。
とりあえず修練場に居辛い雰囲気だったので冒険者ギルドに併設されている酒場に移動してきた。
鳶色少女は果汁水(俺の奢り)をちびちび飲みながら恐縮しきっている。
「で、結局どういうことなんだ。落ち着いて話を聞かせてくれ」
「えっと、私も最近冒険者になったばかりの駆け出しなんです。私一人じゃ外に出て魔物と戦うのも怖いから、どこかのパーティに入れてもらおうと思ったんですけど、その…」
鳶色少女は言い辛そうに言葉を選んでいるようだ。
まぁ、なんとなく解るけども。
「上手くいかない、と」
「はい…その、組んでくれるって人たちは居たんですけど」
「下心丸見えな下衆にでも引っかかったかね」
「ええまぁ、大事は逃れましたが」
俺の言葉に彼女はそう言って溜息を吐く。
まぁ、見た目かなり可愛いからね。下心の一つや二つや三つは沸くだろう。
見るからに弱そうだし、街の外に出てしまえば人気なんて皆無だ。
冒険者やるくらいだから抵抗手段は有るんだろうが、男が複数人で組み敷いてしまえばそれまでだろう。
「で、なんで俺なんだ。誘ってくれるのは嬉しいけど俺も男だし、魔が差すこともあるかもしれんよ」
というか今までよく無事だったな、この子。
コレあっちでも一服盛られてヤリ捨てられちゃう系の女子じゃないのか。
「大丈夫です! 私そういうのには鼻が利くんです! それに本当にそういうことをしようとする人はそんなこと言いませんよ」
そして当のご本人はこんな調子である。
「ああそうかい、信用いただいてありがとう。だが俺は君を信用できない」
『こっちの人間』の仲間が増えるのは願ったり適ったりではあるんだけれども、どうにも話が美味すぎるというか、なぁ? コレなんてエロゲ? って展開だし。
あうう、とうろたえる彼女に救いの手が入った。
「その子のことなら信用しても大丈夫だ。俺が保証しよう」
助け舟を出してきたのは受付のおっさんことウーツだった。
今日はもう上がりなのか、俺たちと同じカウンター側に腰掛けてエールを注文する。
ギルド職員が保証するなら信用しても良いか。
「わかったよ、だがなんで俺なんだ? そこのところの説明は欲しいな」
「えっと、剣や棒術も凄かったし、魔法も使えるんですよね? 私も昼間の模擬戦を見ていたんですけど、Cランクの人とも打ち合ってたし凄いなって。普通、私たちみたいな駆け出し冒険者がCランクの人とやりあったら瞬殺ですよ」
そうなのか? とウーツのおっさんに視線で問いかけると、おっさんは素直に頷いた。
「魔法を使えるとは言え、普通なら十秒持たないだろうな。剣も魔法もやるお前みたいに器用なヤツは珍しい。あやかりたいヤツは多いんじゃないか?」
そうなのか。
まだレベル2なんだが、この時点で既に普通を逸脱してるのか。
これはあんまり調子に乗るといらんトラブルを引き寄せるかもしれないな。
「わかった、疑って悪かった。俺も田舎者で色々と常識やモノを知らなかったりするから、ちょっと神経質になってた。俺はタイシだ、よろしく」
そう言って差し出した手を鳶色少女は満面の笑顔で握り返してきた。
「マールです、よろしくお願いします!」
元気だなぁ。見てて気持ち良い。
話がまとまったのを見てウーツのおっさんはフラフラと他のテーブルに移動していった。空気の読めるおっさんだ。
「ところで、タイシさんはどこに宿を取っているんですか? 私はギルドのすぐ近くにある宿に部屋を取っているんですけど」
「中央広場の方にある灼熱の金床亭ってところだよ。ウーツのおっさんの紹介でな。朝食つきで一泊大銅貨2枚と銅貨5枚。朝食以外も宿の食堂で摂る分には銅貨3枚でパンと料理一品、スープがオマケでついてきたぞ。ボリュームも味も俺は満足できるレベルだったな」
「むむ、私の取ってる宿より宿泊費は高いけど食事の条件が良いかも…部屋はどうでした?」
「しっかり掃除も行き届いてるし、シーツも清潔。ちゃんと扉には鍵と閂がかけられるようになってたし広さも丁度良かったよ」
「うーん、私も明日からそっちに泊まろうかなぁ。話しておいて貰えませんか?」
「わかった、話しておくよ。明日の予定は? 俺は午前中に細々とした生活雑貨を買って、それからギルドで依頼をこなそうと思ってたんだが」
「良かったらお買い物付き合いますよ、色々とお店も案内できますし」
「そうか? じゃあお言葉に甘えようかな。正直まだ一人歩きは不安なんだよ」
「タイシさんほどの腕ならそこらのチンピラなんて瞬殺ですよ」
「あんまり持ち上げないでくれ、ハードルが上がる」
憧れとか尊敬とかが入り混じったキラキラとした目で見られるとなんともこう、気恥ずかしい気分になる。
そもそもこの能力自体所謂チートみたいなものだしなぁ。
能力相応になるように頑張らなければならない。
「今日はこれからどうするんですか?」
「うーん、もうじき日が落ちるだろう? 今日のところはもう少し身体を動かしたら休もうと思ってるんだが。そうだ、この辺って公衆浴場とかそういう施設って無いのか?」
そういえば宿には風呂が無かった気がする。
「あるにはありますけど、北区のお金持ちの人達専用って感じですね。私達みたいな冒険者が行っても門前払いされちゃいますよ」
「そうなのか、残念だな」
「でもギルドの修練場の裏手に水浴び場がありますよ。冒険者の人たちはそこで汗を流しますね」
「なるほど、タオルとか下着の換えとかだけでも今から買ってくるかな」
「そういう冒険で使うような品はギルドカウンターでも売ってますよ」
マジか、便利だな冒険者ギルド。
早速ギルドカウンターで安物のタオルや下着、石鹸などを購入する。
合わせて大銅貨3枚だった。石鹸が高いな。
続いて再度修練場に行って身体を動かす。
今度は剣の訓練だ。
クォータースタッフの間合いの内側に入られてしまった時には剣で戦う必要があるだろうからな。
洞窟の中とかの狭い場所でもクォータースタッフは使いづらいだろうし。
「マール、お前はどんな武器を使うんだ?」
傍で俺が身体を動かすのを見ていたマールに聞いてみる。
マールは気まずそうに視線を泳がせた。
「えっと、剣?」
「なんで疑問系なんだよ…とりあえず木剣持ってこい、どの程度使えるのか知りたい」
あ、なんか猛烈に嫌な予感がする。
木剣を持ってきたマールは俺に向かって剣を構えた。
腰が引けている。へっぴり腰ってレベルじゃない。
「とりあえず打ち込んでこい」
「は、はい! たぁぁーっ!」
足は思ったより速い。
だが剣を振るのに腰が入っていない。よって剣速も遅い。
ひょいと避けて肩に軽く木剣を当てる。
「あうっ」
「腰が引けてるぞ。どんどん打ち込んで来い」
「うぅ、わぁーっ」
今度は突っ込んできて滅茶苦茶に木剣を振り回す。
おいおい目を瞑ってるぞ。横に避けて足を引っ掛ける。
どてっ、と転ぶ。
「…それじゃ、さっきの話はなかったことに」
「まってまってまってくださぁい! 見捨てないでぇ!」
木剣を捨てて足に縋り付いてくるマール。
涙目になって縋り付いてくる少女にこんなことを言うのは心苦しいが、仕方ない。
「足手まといを連れて歩くほど俺には余裕が無い。冒険者は諦めろ、故郷に帰って普通に暮らせ」
「うわーん! そんなの酷いです! あんなに優しくしてくれたのに私を捨てるんですかー!」
ザワッ、と修練場に動揺が走る。
事情を大体知っているのか生暖かい視線と囃すような声をかけてくる者。
この現場だけを見てゴミを見るような視線を投げかけてくる者。
マールの容姿を見てリア充爆発しろと言わんばかりの殺意の視線を向けてくる者。
頭が痛ぇ。
握り締めた拳をマールの脳天に打ち下ろすのを奥歯を食いしばりながら鋼の自制心で必死に堪える。
俺はマールの首根っこを掴んで立ち上がらせた。
マールの身長は150cmそこそこといったところだろう。175cm以上ある俺とは頭一つ分身長が違う。
「いいかマール、俺は剣や棒術や魔法を使える。今日冒険者稼業を始めたばかりだが、俺はそれを使って身を立てていくつもりだ。必然的に危険と真正面から立ち向かうことになる、わかるな?」
マールは涙目のままコクコクと頷く。
くっ、精神攻撃とか汚いなマール汚い。
「その時お前は自分の身を守れるのか? 悪いが俺は自分の身を自分で守れないやつまで背負いこめるほど強くは無いぞ」
「そ、それはっ…」
「それに、コンビを組む以上は対等の立場であるべきだ。俺がお前に安全を提供するとして、お前は俺に何を提供できるんだ?」
「に、荷物持ちを」
俺はそう言ったマールの目の前でクォータースタッフをストレージに仕舞い、冒険者セットをストレージから取り出す。
そして冒険者セットをもう一度仕舞う。
その様子を見た冒険者の何人かから感嘆の声が上がるが、構っている場合では無い。
「見ての通り俺はトレジャーボックスを使える。荷物持ちは必要ない」
「じゃ、じゃあ身の回りの雑用を」
「お前は身の回りの雑用をするだけで魔物の討伐報酬を山分けにしてもらうのが妥当だと思うか?」
俺の言葉にマールは俯いて黙り込んでしまった。
このやり取りで大体の事情を察したのか、突き刺すような視線や生温い視線はその数を減らして行く。
俺の主張が正論だということもあるのだろうが。
「じゃあ…」
「あん?」
ぼそり、と呟くマールに俺は問い返す。
後から考えてみれば、この時点で聞き返したりせずにさっさと退散してしまえば良かったんだ。
マールはグッ、と握り拳を作り俺の顔を見上げた。
「タイシさんが私に安全を提供してくれる対価として、私の全てをタイシさんに提供します!」
周りで木剣を準備し始める先輩冒険者達。
もうやだこの娘。
衝撃発言から三十分後、俺はギルドのカウンターに頭だけ預けて突っ伏していた。
もうどうにでもなーれ。
どうにでもなーれ。
「くっ、ククっ…だぁーっはっはっは! 災難だったな!」
ゲタゲタと笑いながら俺の背中をバンバン叩くウーツのおっさん。
このおやじ、絶対いつか泣かしてやる。
俺がこうなっている原因のマールはと言うと、冒険者ギルドの近くにあるという自分の宿に行っている。
早速引き払ってきて俺と同じ宿に泊まるらしい。
俺? 俺はマールが爆走して行った後やたら笑顔の男性冒険者諸君に可愛がられたよ。
「まぁこれでギルド内でも顔が売れただろう。トレジャーボックス持ちというのも相まって引く手数多だぞ?」
「漏れなく足手まといも付いてくるがな」
「足手まといと言うが、あの子は優秀だぞ?」
「剣もまともに扱えないのにか? 魔法でも使えるのか?」
そんな素振りは無かったように思うが。
「戦闘はからきしだが、あれで知識は豊富だし問題解決能力は高いんだよ」
なるほど。
荒事には向かない分情報収集とかそっち方面が優秀ということか。
「お待たせしました!」
バァン! と冒険者ギルドの扉を勢いよく開けてマールが現れる。
ああ、うん、元気そうだね。
「早く行きましょう、荷物重いんです」
請われるままに素直に立ち上がり、ひょいとマールの荷物を奪う。
確かに重い。
何故女の荷物ってのはこうも多くて重いのかね。
「行くぞ」
「はっ、はいっ!」
なんかやたら笑顔で後ろに着いて来る。
後ろから囃したてるような声が聞こえたが無視した。
とにかくこの場で説得を続けるのは無理だ。
なんだかジリジリと詰め将棋のように追い詰められている気がしてならないんだが。
ギルドの外に出るともう空は夕焼けを通り越して宵闇の様相を呈し始めていた。
本日の営業を終え、店仕舞いをする人々。
灯りに惹かれるように酒場へと繰り出す男達。
そんな中を俺とマールは歩く。
俺はどんな顔をしているだろうか。
すぐ横を歩くマールの顔をそっと盗み見る、目が合った。
何が嬉しいのか頬を若干赤くしながら照れ臭そうに笑う。
くそ、可愛い。
特に会話らしい会話も無く、歩いているうちに灼熱の金床亭へと着いた。
「おかえりなさいませ」
扉を開けて入ってきた俺に挨拶をした灼熱の金床亭の亭主は俺の横にいるマールに視線を向け『おや?』という表情をした。
マールが前に出る。部屋を取るんだろう。
とりあえず荷物を床に下ろす。
「今日からタイシさんのモノになりました! いっしy「何言ってんのお前」いたいいたいいたいいたいです!」
マールの頭を後ろから鷲掴みにしてギリギリと締めてやる。
こいつに会話の主導権を握らせると良いことが無い。俺覚えた。
「亭主、急ですまないんだがこいつがここに宿を取りたいということなんで部屋をもう一部屋用意「あ、私はタイシさんと同じへyいたいいたいいた!」してくれ」
「…ええと、別室でいいので? 二人部屋もありますが」
「じゃあそれぎゃー! 本当に痛いですやめて! 割れるー!」
「別室でいい! メシ食ってくるからこの荷物運び込んでおいてくれ、俺らはメシ食うから!」
俺はマールの頭を鷲掴みにしながらズリズリと食堂へと引き摺っていく。
注目を浴びたがもう今更気にすることもあるまい、諦めた。
「うう、あたまいたい…酷いです」
「お前には山ほど言いたいことがあるぞ…ピニャ、定食と適当に飲み物、二人前で」
忙しそうに動き回っていたピニャは「あいよー」とか適当に返事を返して厨房に引っ込んでいく。
マールはそれを興味深げに見つめていた。
「とりあえずお前の魂胆を聞かせろ、正直にな。何故俺なんだ? 俺より強い奴なんていくらでもいるだろ」
ウーツのおっさんはマールのことを信用しても良いと言っていたが、どうにもこいつは信用できん。
なんかこう、本音を隠している気がしてならない。
「タイシさんは元騎士とか傭兵とかじゃないですよね?」
「それはそうだが、質問を質問で返すな」
「えっと、そういった経験があるわけじゃないのにあの強さはやっぱり普通じゃないですよ。誰から見ても超優良物件じゃないですか! それにあやかりたいなぁって思うのは普通だと思います!」
この世界での色々な価値基準が曖昧な俺としては、マールの言うことが妥当なのかおかしいのか完全に判断を付けることが出来ない。
俺の常識で考えればありえないんだが、なんせここは異世界だ。
「その対価として私の全てを捧げます、か? いやいや普通じゃないだろ常識的に考えて。というか、自分の全てを捧げるってのは若い娘としてどうなんだよ。修練場の時から重ねて言うが、俺だって男だぞ」
「私はタイシさんのお陰で冒険者をやれる、タイシさんは私の身体を毎日好きなだけ貪ることが出来る。二人ともお得で正にウィン-ウィンな関係じゃないですか!」
「お前恥じらいとかそういうの無いの!? そういう直接的な表現がお前自身から出るとは思わなかったわ!」
言い合っている間にピニャが定食と飲み物をテーブルに置いて「ごゆっくり~」と去っていく。
動じないなあの子。
「タイシさん以外に言うわけないじゃないですか、私はこれでも処女ですよ!」
「やかましいわ!」
パスタを巻きつけたフォークをグッと握りながら宣言するマールを怒鳴りつける。
あたまいたくなってきた。
「なんでお前そんな冒険者やっていたいわけ? せめて自分の身体を売ってまで続けたい理由を教えてくれよ。じゃないと俺はお前を信用できそうにない」
ちなみに定食のメニューはナポリタンっぽいパスタとスープ、それに葉物野菜のサラダだ。
飲み物はなんかあんま飲んだこと無い。
あまり苦くなくて、フルーティーな香りがする飲み物だ。
元の世界では飲んだことが無いが、エールってやつだろうか? アルコールを感じる。
「実は、私はちょっと遠い国のお姫様なんです」
「へー」
俺はサラダをつつきながら返事を返す。
「私も年頃ですから、二年前にお見合いの話がありまして。それが隣国の顔は良いけど性格の悪い事で有名なクズ王子だったんですよ」
「ほー。それが嫌で憧れの冒険者となるべく城を飛び出してきたってか?」
よくありそうな話だな。
テンプレテンプレ。
「なんで知ってるんですかタイシさん! あれですか、冒険者パワーとかそういうのなんですか! ちなみに続きを言うと、戻りたくないから将来有望そうなタイシさんに取り入ってあわよくば既成事実を作ろうとしているだけです!」
「捨て身にも程があるだろ!? というか千歩譲ってお前がお姫様だとしたら、手を出した時点で俺色々とゲームオーバーじゃねぇか!」
「いいじゃないですか、冒険者が栄達の果てにお姫様と結ばれるとか王道ですよ?」
「栄達する前に最初の町でお姫様に食われる話なんて聞いたことねーよ!?」
空になったカップをテーブルに叩きつけながら怒鳴る。
いや、正直に言えばマールに不満があるわけではない。
クリッとした意志の強そうな目、ポニーテールにしているサラサラの鳶色の髪の毛、俺より頭一つは小さい身体、どちらかというと慎ましやかな胸。
そしてこの気安く話せる性格。
ど真ん中ストレートに容姿も性格も好みではある。
「何が不満なんですか! 自分で言うのもなんですが私は美少女だと自負してますよ!」
「自分で自分のこと美少女って言う奴リアルで初めて見たわ」
どこぞのセーラー戦士かよお前は。
パスタの残りを片付けているとマールがピニャに何か注文していた。
ピニャが何か驚いたような表情をしていたが、コソコソと何かマールが囁くとニヤリと笑ってカウンターに戻っていく。
なんだ? まぁ良いか。
「とにかくあの調子じゃ冒険者は無理だ、死ぬぞ。故郷に帰れ、待っている家族も居るだろう」
「最低でもあと三年は帰りたくありません。三年もすれば妹が年頃になるから私の身代わりにクズ王子の生贄になってくれるでしょう」
「お前意外とゲスいな!?」
キリッとした顔でのたまうマールに思わず突っ込みを入れる。
そうしているうちにピニャが酒のボトルのようなものを置いていった。
透明に近いピンク色の液体だ。甘い匂いがする。
「まぁまぁ、まずは一献」
そんなことを言いながらマールが勧めてくるので、カップに注いでもらう。
酒っぽいが、凄く飲みやすい。
仄かに甘みを感じるし、酒というよりはジュースか何かのように思える。
「呑み易いな、なんだこれ?」
「ネクタルっていうお酒ですよ。呑み易いでしょ?」
そう言ってニコニコと笑顔のマール。
こうやって黙ってニコニコしてれば可愛いんだよな、こいつ。
くそ、あざとい。
「とにかく、俺はお前に手を出すつもりはないし組むつもりは無い。あともうこんなことするな、そのうち酷い目に遭うぞ」
「例えば?」
「今みたいにメシに誘われて、酔い潰されて美味しく頂かれたりな。こんなこと繰り返してたらいつかきっとそうなる」
む、いつの間にかカップが空だ。
手酌で注ごうとすると、マールが甲斐甲斐しく酌をしてきた。
すごい笑顔だ、なんだ?
「タイシさんってアンバランスですよねぇ」
「あぁん?」
「無愛想な態度なのに心配してくれてたりしますし。考え方とか見た目よりずっと大人っぽかったりすることもあるのに、どこか子供みたいに純粋なところもあります」
褒めてるのか貶してるのかわからんことを言う。
それにしても美味いな、このネクタル。
「でも、私から見るとタイシさんの方がずっと心配ですよ?」
「どこがだ」
「だって、私を心配する割にタイシさん自身は無防備ですし」
「は?」
ぐらり、と視界が歪む。
酷い酩酊感に頭が揺れる。
「おま、ましゃか」
「大丈夫です、天井のシミを数えている間に終わりますよ! 怖くありません!」
マールの能天気な声が蠱惑的な色を孕んでいるように聞こえる。
まさかこのネクタルとかいう酒はただ飲みやすい強い酒ってだけでなく、アレでナニな効果があるんじゃないだろうか。
「は、はかっらな…」
計ったな、と言おうとして呂律が回らず、視界がぐわんぐわんと回る。
マールがピニャに声をかけてサムズアップをする。
何を言っているのか聞こえない、ピニャもニヤニヤしている。グルか、貴様ら!
周りの冒険者っぽいヤツラも盛り上がってやがる。
おいやめろ馬鹿、強姦は犯罪だぞ!
「きしゃまら、おぼえひぇろよ…」
身体に力が入らない。
満面の笑みのマールが俺の上半身に手をかけ、ピニャが足を持つ。
そしてそのまま食堂から運び出される。
途中、亭主と目が合った。
「た、たひゅけろ、こんらころがゆるひゃれるろか!」
「シーツ代はサービスしますよ」
サービスしますよじゃねーよ!
これ俺とマールの立場が反対だったら最低だよ! 宿ぐるみで強姦幇助じゃねーか!
「本気で嫌がってるなら私もこんなことしないよー。あの言い合いを聞いてたら満更でもないのはミエミエですよ? 素直じゃないねー、お兄さん」
足を持つピニャがそんなことをのたまう。
確かに、確かにマールは好みだがそれとこれとは話が別だ!
必至に抵抗しようとするが、僅かに身じろぎできただけだ。
「そんじゃ、あとはごゆっくりー」
俺をベッドに放り投げたピニャはひらひらと手を振って去っていく。
部屋に残されたのはネクタルの瓶を持って満面の笑みを浮かべたマールと、俺。
俺の口にネクタルの瓶が突っ込まれ、そして俺の意識はそこで吹き飛んだ。
目を覚ます。
見慣れない天井だ。
そうだ、ここは宿だ。
いつ俺は寝たんだ?
「んにゅ…」
すぐそばで声がする。
腕に何かが絡み付いて、暖かい。
幸せそうな顔で眠る鳶色の髪の女の子が俺の隣で寝ていた。
腕に抱きついているんだろう。
俺より高い人肌の体温が伝わってきて、気持ち良い。
気持ち良い?
「っ!?!?!?」
身を起こす。
俺達にかかっていた薄い毛布がはらりとはだけた。
その下にあったのは一糸纏わぬ俺と、女の子の姿で。
シーツには、赤い――。
「うふふ、おはようございます。タイシさん♪」
「ぬわーーーーーーーーッ!!」
終わった。
実は狡猾である可能性が微レ存。