第三十九話~空を自由に飛んでみました~
「舐めてたわー、俺ちょっと舐めてたわー」
カレンディル王国とミスクロニア王国を隔てる森は思ったよりもかなり広大だった。
前にカレンディル王国の暗殺者部隊と戦った遺跡なんてのは入り口も入口、アルケニアの里の辺りでさえかなりカレンディル王国寄りだったと言わざるを得ない。
これ、普通に徒歩で移動したら道が整備してあったとしても一週間以上かかるんじゃないだろうか。クロスロードで聞いた話や王都の魔法学園の資料から得た情報ではもう少し小さい印象だったんだが……結局のところ人の手の入っていない前人未到の地であるから情報もいい加減だったということだろうか。
交易路として使うのであれば馬車が余裕を持ってすれ違えるような、道幅の広い街道の整備と結界などで安全を確保した宿場の設置は必須だな。
あの後アルケニアの里をおいとましてからずっと森を走り続けている。
いつまで経っても森を抜けられないので、ちょっと飛び上がって東の方を見てみたのだが、まだまだ果てが見えない。進んでいる方向に関してはメニューで設定した方位表示を見ているから間違いはないはずである。
しかしまぁこれだけ深い大森林となると普通に考えて開発とか無理だと思うわな。開発するにはあまりにも広大すぎるし、何よりも。
「魔境過ぎるだろこれは……」
俺の目の前には巨大な蠢く影が一つ。
いや、これは一つと言って良いのだろうか。
『シャアァァァァァッ!』
独特の威嚇音を発して目の前の物体が大口を開ける。その数は八。
開いた口からはドドメ色のガスのような物が吐き出され、周囲の木々を枯らし始めた。俺にはこういった毒物の類は効かないからどうでもいいんだけども、環境破壊するのはよくないと思う。
いや、俺が言えることじゃないか。極大爆破で更地を量産したし。
というかあの時例の遺跡で暗殺者部隊に追いつかれていなかったら逆にヤバかったかもしれん。あの頃の装備と能力でコイツを倒せたかはかなり微妙、というか多分死んでたと思う。
「こいつの皮って強力な防具の材料になったりするのかね」
毒のブレスは効かないと見たのか、巨大な蛇の頭がうねりながら俺に向かって殺到してくる。
その数、合わせて八本。
「まぁ、どうかなぁ。ヒュドラの皮よりドラゴンの鱗とか革の方が強そうなイメージあるけども」
ああいやまてよ? ヒュドラって首が九つだった気がする。ということは、こいつは八岐大蛇か? 尻尾切ったら宝剣が出てきたりしないだろうか。
「よーし、パパ尻尾斬っちゃうぞー!」
凄まじい勢いで突っ込んでくる頭をひょいひょいと避け、避けきれないものに関しては魔力を込めた拳で殴り飛ばして間合いを詰める。
図体のでかい相手にはインファイトが有効だ、死角が多いからな。
あ、本気でぶん殴ったら頭が一つ消し飛んだ、てへぺろ。
『――!!?』
ヒュドラ改め八岐大蛇が声にならない苦悶の声を上げる。
懐に潜り込んだ俺はそのまま脇を走り抜け、尻尾へと辿り着いた。
今まで抜いてすらいなかったミスリルソードを抜き放ち、そのまま尾に向かって振り抜く。殆ど抵抗もなくすっぱりと切れた。あとで割って見てみよ――あ、こいつ逃げようとしてやがる。
はっはっは、どこへ行こうと言うのかね?
「上手に焼けましたー!」
腹が空いたので昼飯なう。メニューはオロチ肉のこんがり焼き。
塩振って焼いただけだが、普通に美味い。脂が乗っていて、思ったよりもかなり柔らかい肉質だ。これはスープとかにしても良いかもしれんね。
肉を鑑定してみたら毒腺の周辺以外には毒も無かったし。
これは持ち帰ってマールにも食わせてやろう。ジャック氏ならもっと上手く料理してくれるだろうな。
え、八岐大蛇はどうなったかって? 逃げようとしたから追いかけてバラバラに引き裂いてやったよ。
ちなみに尻尾からは本当に剣が出てきた。いや、正確には剣のような骨だけど。
完全に左右対称の直剣のような形で、刃渡りは1メートル弱。全体的に光沢のある白っぽい色をしている。元の世界で愛用していたセラミック包丁じみた切れ味がある。切っ先もそれなりに鋭く、人体程度なら余裕で貫けそう。
鑑定してみると『大蛇龍の剣骨』と表示された。他の武器と同じく品質も『特上品』と表示されるのでやはり武器なのか。ファンタジーぱねぇ。
しかし俺の鍛治スキルはこれを未加工品だと判断している。多分しっかりと手を入れて砥いだりすればもっと品質が上がることだろう。
さて、時刻は……十四時を過ぎたところか。もう少し先に進むとしよう。
食事を終えた俺は再び東に向かって森の中を進み始めた。
「ただいまー」
薄暗くなってきた所で森の中での移動を切り上げ、俺は王都アルフェンの屋敷へと戻ってきた。わざわざ魔物が跳梁跋扈している森で野営する意味もないからな。
「あ、おかえりなさいませ」
ちょうど地下室から何か重そうな麻袋を持ってきたメイベルが俺を出迎えてくれた。俺はメイベルから麻袋をひょいと取り上げる。中身は芋か。
しかしこの世界、意外性のある野菜ってあんまりないんだよな。芋は芋だし、トマトはトマトだし、きゅうりはきゅうりだった。ああ、色も形も唐辛子なのに激甘な不思議な物体とかはあったか。
でも元々いた世界と殆ど同じような野菜が多いのだ。米とかもそうだな。
魔力があるような世界だし生態系も進化の歴史も随分違いそうなものだけど、意外と植物ってそういう影響が少ないのかね? ああいや、でも不思議な薬草とかあるしなぁ。
まぁいいか、こういう謎もそのうち追いかけてみるとしよう。
「夕食用か? 運ぶよ」
「ありがとうございます」
メイベルを伴って厨房に行くとジャック氏が夕食の仕込みを開始していた。
執事服に真っ白なエプロンとコック帽を装着するのがジャック氏の調理スタイルである。
「おかえりなさいませ、お館様」
「ああ、これお土産な」
そう言って厨房に輪切りにした八岐大蛇の肉を置く。しっかりと皮を剥いで血抜きなどの下処理をしてあるものだ。ストレージの解体機能万歳。
ちなみに血液や毒腺、皮革に牙に骨と八岐大蛇さんは実に多彩な素材になってくれた。目玉品は蛇龍玉、目玉だけに。
鑑定してみたら魔力を自動精製する特殊素材だった。半永久的に魔力を生み出し続ける宝珠とかいかにも何かに使えそうだ
「タイシさん、おかえりなさい!」
考え事をしているとドバァン、と凄まじい勢いで厨房の扉を開いてマールが現れた。おいおい、料理作ってるとこなんだからそういうのやめろよ。
マールは一日中屋敷にいたのか、珍しく普段着というか汚れの目立ちにくい錬金術師スタイルだ。薬品を扱うから露出は少ない、残念。
「おお、よしよし」
抱きついてきたマールの頭を撫でてやる。流石に獣人程のもふもふ感は無いが、サラサラのマールの栗色の髪の毛は触り心地が実に良い。
なんかマールが俺の胸元でスンスンしてる。なにしてんのこいつ。
「……特に何も無いみたいですね」
「何が?」
「いえいえ、こっちの話ですよ」
ニコニコするマール。あ、なんかこの顔見たわー、昨日この顔見たわー。別にやましい事は無いから後で話すけどな、アルケニアに関しては。
マールが俺の出したお土産に気がつき、視線を向ける。
「? 美味しそうなお肉ですね、何の肉ですか?」
「森の奥で遭遇したなんかでかくて首が八つある大蛇龍の肉。昼に塩振って焼いて食ったけど美味かったぞ」
「大丈夫なんですか、それ」
「大丈夫だ、問題ない。多分」
毒腺とか血液とかは食べた後に渡そう、うん。
夕食のメニューは大蛇龍のステーキ、マッシュポテトにジャガイモのポタージュスープ、温野菜のサラダだった。
脂の乗った肉が表面は香ばしく、中はジューシーに焼き上げられ、噛むとジュワッと旨味たっぷりの肉汁が口の中を満たす。それにジャック氏特製のオニオンソースがかかれば食も進むというものである。
あ、お芋も美味しかったです。
「なんというものを食べさせてくれてるんですか」
夕食後、風呂に入った後に寝室で八岐大蛇の毒の話をすると案の定怒られた。フヒヒ、サーセン。
「美味しかったから良いですけど!」
予想以上に怒りが軽かった。寝る準備を整えたマールがベッドに寝転んでいる俺に向かって飛び込んでくる。
「おうふ、流石に助走つけて飛び込んでくるのはキツイんだが」
「んふふ、いいじゃないですかこれくらい。タイシさんなら大丈夫でしょ?」
俺に体の上に陣取ったマールがぴったりと身体をくっつけ、俺の胸元に顔を押し付けてグリグリしながら深呼吸をし始める。
「あー、落ち着きます。タイシさん、ぎゅってしてください」
「あいよ」
言われた通りに身体の上のマールをぎゅっと抱きしめてやる。
マールの重さと伝わってくる体温、そして石鹸の香りと混じったマール自身の匂いに俺も深く安心する。なんかもう色々と放り出してずっとこうやってイチャイチャしていたい気分になってくるなこれ。
「あー、ダメになるダメになる」
「ふふ、ダメになっていいんですよー」
鼻先をくすぐるマールの柔らかな髪の毛がくすぐったい。
ああ、いかんいかん。俺はこんな所で屈するわけにはいかんのだ。話さなきゃいけない案件がある。
マールを抱きしめたままごろりと横に転がって視線を合わせる。あっ、ん、ちょ、マールさんストップ! ペロペロストップ! ステイ! ステイマール!
「むむ、なんですか」
「ちょっと今日森で見つけたものについて相談がだな」
「今日一日放置された私はタイシさん成分を今すぐ補給しないと大変な事になるので後にしてください!」
「いやまてその理屈はおかし――アッー!?」
こっちの話に全く耳を貸さずに開幕始原魔法全力でブッパとかちょっと洒落にならないでしょう?
よかろう、ならば戦争だ。
「しまったやり過ぎた!?」
やり返すことに夢中になりすぎた。気がついたらマールさんがとても他人には見せられない顔で昇天なされていた。
いかんいかん、やりすぎちゃったよ。てへぺろ。
仕方ない、今日の所は浄化だけしておいて明日の朝相談することにしよう。
「アルケニア、ですか」
翌日、目覚めたマールに昨日森の中で出会ったアルケニアについて相談してみるとマールは難しい顔をした。
「人を喰らう魔物として有名ですね。人間の上半身に蜘蛛の身体を持つおぞましい化け物で、強靭な蜘蛛の糸を使って人間を捕えて生きたまま貪り食うと伝えられています」
マジか、怖いなアルケニア。普通に話の通じる相手だったけど。
恐らく理性を獲得する前の悪行がそのまま伝わっているんだろうな。
「概ね理性的でユーモアもある連中だったけどな」
少々ブラックなユーモアだったけど。
「そうなんですか? あと、もう絶滅したのではないかと考えられていますね。少なくともここ百年以上は目撃例が無かったはずですよ。ある意味大発見ですね!」
「別に大発見はどうでもいいなぁ。それよりもアルケニアの織った服が凄くてな、綺麗だし肌触りも良さそうだったんだよ。あれは是非モノにして特産品にしたいな」
「なるほど、上質の織物ですか……確かに、特産品という意味ではこの上ない品ですね。問題はアルケニアという存在が認められるかどうかですが、そこはタイシさんがなんとでもするでしょうし大丈夫でしょう」
そう言って頷くマールに俺も頷き返す。あんまり聞き分けないようなら物理的に解決するのも吝かではない、少なくとも俺の支配領域内では。流石にカレンディル王国やミスクロニア王国にそれを強制するつもりまではないけども。
「タイシさん、気をつけてくださいね? タイシさんなら心配ないとは思いますけど、それでもやっぱり危険のある場所に一人で送り出すのは心配なんですから」
マールが俺の腕に抱きつき、じっと見つめてくる。俺はもう一度マールに頷き返して彼女をそっと抱いた。
「わかった、暗くなる前に毎日帰ってくるようにするよ」
「はい、お願いしますね」
啄ばむようなキスをしてマールが微笑んだ。
「さて、今日はどうするかね」
身支度を整え、朝食を取った俺は屋敷の前庭でストレッチをしながら今日の予定を考え始めた。
獣人の村に行って結界の効力も調査しなきゃならないし、アルケニアの里に様子を見に行くのも悪くない。
しかし早いところミスクロニア王国にもいかなきゃならない。マールの話では大氾濫程度でどうこうなるほど弱い国ではないらしいし、勇者も複数居るらしいから大丈夫ということらしいけども。しかし助けるつもりなら早いとこいって助けるに越したことは無い。
アルケニアの里に関しては喫緊の要件も無いから優先度は低いな。まずは軽く獣人の里の様子を見てからミスクロニア王国に向かうべきか。
他にも新しい武器の開発とか魔動具の作り方を修得するとかやりたいことはあるんだけどな。
「時は金なり、とっとと行くか」
魔力を集中、獣人の村をイメージして長距離転移を実行する。
一瞬気が遠のくような感覚がしたかと思うと直ぐに視界が切り替わった。
「きゃあ!? ちょっ、どこから沸いて出たのよ!?」
目の前になんか尻餅をついている華奢なエルフがいた。確かメルキナだったか。
たった一本の矢でトロールの頭を爆発四散させるツンデレっぽいエルフと記憶している。
「沸いて出たとは失礼な。ちょっと王都アルフェンから長距離転移してきただけだ」
「はぁ? ここから歩いて何日も掛かる距離じゃない。そんなの一流の魔術師でも難しいわよ?」
「や、俺勇者ですし」
俺の言葉にメルキナは胡散臭いものを見るような表情である。そんなに見るなよ、金取るぞ。
「ところで今日は結界とか村の様子を見に来たんだが、何か変わったことや不都合なこと、困っていることは無いか?」
「私にそんなこと言われてもわからないわよ。ただの居候だし」
唇を尖らせながら言うメルキナの言葉に俺は思わず首を傾げる。
そういえば獣人の村なのになんでエルフのこいつがここに居ついてるんだろうか?
「ちょっと前に人間に攫われかけている獣人を助けたのよ。そのまま見捨てるのも忍びないから村まで着いてきて、そのまま用心棒として滞在してるってわけ」
興味に駆られて聞いてみると、メルキナはそう答えた。
「ふーん、どれくらいこの村にいるんだ?」
「数えてないけど十年くらいかしら」
「おいィ? それのどこがちょっと前なんですかねぇ」
「はぁ? 十年ぽっちちょっと前の話じゃない」
時間感覚に大きな隔たりを感じざるをえない。
見たところ獣人達に邪険にされているわけでもなさそうだし、実際のところ腕もかなり立つようだから嘘ではないだろう。
とりあえずこいつは使えないので他の知り合いを探して捕まえるか。
「なんだか不当な扱いを受けている気がするわ」
「五月蝿いぞ役立たず、飴ちゃんでも舐めてろ」
そう言ってストレージに入れてあったべっこう飴をくれてやる。
初めて見るものなのか最初は匂いを嗅いだりしていたが、恐る恐る口に含んだ後は黙って舐め始めた。気に入ったみたいね。
とりあえず食糧倉庫に向かうか、あそこなら誰か知り合いが居るだろ。
「お、来たな」
食糧倉庫に行くとソーンが待っていた。俺が村に来ているのを知っていたような口ぶりだ。
「匂いがしたんでな」
「流石は犬」
「狼だ!」
牙を剥いて怒るソーンを笑いながら宥めて村の様子を聞いてみる。
「概ね良好だな。怪我人も殆ど治ったし、食糧も十分だ。結界とやらの効果か昨日は一度も魔物の襲撃が無かったし」
「おかわり」
「ほう。どの程度の効果があるか俺もわからなかったんだが、今の所経過は良好みたいだな。結界の調査をしてみるから付き合ってくれ」
手を突き出しておかわりを要求してくるメルキナに新しいべっこう飴を渡しながらソーンを伴って村の見回りを始める。
村の獣人からの視線も初めて来た時に比べると随分と好意的になったものだ。中にはこちらに向かって頭を下げたり手を振ったりするやつもいる。はっはっは、いい事をすると気分が良いな。
もう少し外堀を埋めてから生贄を要求することにしよう。ククク、俺のモフモフ確保作戦は順調な滑り出しだ。
「村の空気も大分良くなったみたいだな」
「ああ、今は家屋の破損箇所や田畑を修繕してるよ。体力に自信が無い奴らはそういう奴らで集まって繕い物や飯炊きをしてる」
「そっか、色々と余裕が出来たのは良いことだ。子供達は?」
「おかわり」
「あちこち走り回ったり大人を手伝ったり色々さ」
ソーンが見ている方向に目を向けながらメルキナにべっこう飴を渡す。
カリッ、カリカリッ、ボリボリボリ。
そこには走り回る獣人や半獣人の子供達と、それに混ざっているカレンとシェリーの姿もあった。
どうやらカレンとシェリーは村の子供達の中でも一番年嵩らしい。子供達と混じって遊んでいるが、どちらかというと見守っている感じだな。
しかしまぁ、子供達が子供達らしく笑顔で遊んでいられる。そんな環境を取り戻すきっかけとなったのであれば俺の独善的な行為も捨てたものではないかもしれんね。
「おかわり」
「ええ加減にせんかいオラァ。これで終わりだ、子供達にも配って来い」
メルキナの手にべっこう飴の入った袋を押し付け、シッシと手を振って追い払う。駄エルフめ。
しかし、メルキナは子供達にも結構好かれているようだな。速攻で溶け込んで一緒に遊び始め――おいおい、追いかけっこするのに魔法使って加速とかすんなよ大人げねぇな! めっちゃドヤ顔してるし。
その後、村に設置した結界の基点となるミスリルナイフを調べてみたが問題なく動作を続けていた。鑑定眼で見る限りは劣化なども見当たらなかったのでこのままにしておく。
「結界の動作も今の所問題ないようだ。今の所他にも問題は無いようだし、俺は行くぞ」
「慌しいな。忙しいのか?」
「移転予定の森を突っ切ってミスクロニア王国に行こうとしたら思ったよりもかなり広くてな。早いとこ突破してミスクロニア王国でひと暴れしなきゃならんのだこれが」
「そうか、気をつけろよ。お前はどうも生き急いでいるような感じだからな、足元掬われるなよ」
「あいよ、ご忠告感謝しとくわ」
そう言って俺は魔力を集中し、国境の森へと長距離転移した。
「しっかしこんなに広いとはなぁ」
これは正直言って少々計算外である。
実際にはもっと国境の森を歩き回って広さや最短コースを特定する必要があるが、これは下手するとマジで馬車でも三日か四日かかるかもしれん。
そうだ、メニューのマップ機能に新しい用途を見つけた。このマップ、今まで行った任意の地点にマーカーを置けるのだ。しかも長距離転移とリンクして使うことによってピンポイントで転移が可能になる。
これで転移が楽になった。マップは普段あんまり眺めなかったからなぁ、気付くのが遅れた。オートマッピング機能があるのを思い出して眺め始めたのが切っ掛けだったな、うん。
太く大きい木の根や岩、時には大樹の幹をも足場にして俺は疾走を続ける。これでも間違いなく馬車よりもスピードは出ていると思う。
「……飛ぶか」
森の調査はミスクロニア王国で暴れた後にでもゆっくりすれば良い。片手間にできるだろうと思って舐めていたが、当初の想定よりも遥かに森が大きすぎる。
俺は大きく跳躍し、大樹の枝を足場にして森の上へと飛び出した。
空中に身を躍らせながら魔力を集中し、飛行魔法を発動する。
「イヤッホォォォォーーー!」
ウィンドシールドを展開しながらグングン加速する。速度計とか無いからどれくらいスピードが出ているか知らないが、多分音の壁は破ってないはず。
見渡す限り木、木、木という光景が飛ぶように後ろに流れていく。お、なんかやたらデカい木があるな。あれは何かありそうだ、マーキングしておこう。
飛翔を始めて三十分もしないうちに森の果てが見えてきた。
木々が少しずつまばらになり、草原が見えてくる。遠くには湖らしきものや河川らしきものがキラキラと日光を反射していた。
そして、そこでは大量の魔物と人間が今まさに激突しているところだった。
矢の雨が、様々な属性の魔法弾が魔物へと降り注いでその命を奪っていた。
魔物の牙が、爪が、強靭な四肢が、あるいはその巨大な身体や手に持った武器が人間を蹂躙していた。
対する人間は隊伍を組み、手に持った盾で互いに互いを守り、あるいは一斉に槍を、剣を突き出して魔物を血祭りに上げている。
血で血を洗う、屍山血河の激戦地がそこに在った。
「おお、なんというか大当たりだな」
戦場の上空を一度通り過ぎ、大きく弧を描いてターンしながら観察する。
このまま行けば、まぁ人間側が勝つだろう。
人的被害は決して少なく無いだろうが、愚直に突撃を行なうだけの魔物と隊列を組んで効率的な迎撃をする人間とでは戦力的に大きな開きが出来る。
無論、魔物の突撃を支えきれず陣形が崩れ、瓦解しようものなら蹂躙は必至だ。しかし、しっかりと隊伍を組んで冷静に対処しているうちはやはり強い。
兵も伊達に税金でメシ食ってるわけじゃないってことだろう。
「どれ、手伝うかね」
高速で飛行しながらストレージから接合剣を取り出し、魔力を篭める。剣芯のクリスタルが俺の膨大な魔力を増幅し、激しい光を放ち始めた。
行使するのは魔砲、ぶっといレーザーを直線上に放つ純粋魔法レベル4の攻撃魔法だ。
接合剣から極太のレーザーを放ちながら戦場を横切り、魔物の群れを薙ぎ払う。魔砲が薙ぎ払った跡にはガラス化した地面以外には何も残らない。この接合剣はやはり少々オーバースペックに過ぎるな。
人間側の後衛、特に魔法使いっぽいのが俺を見上げて絶句してるっぽい。すごいやろ? でもまだまだ終わりじゃないんや。
再び接合剣を通して魔力を増幅し、魔法を紡ぐ。次に放つのは極大爆破、カレンディル王国で多くのクレーターを量産し、もっとも多くの魔物を消し飛ばした俺の十八番である。
「吹き飛べっ!」
連続で放たれた三発の光弾がまだミスクロニア王国軍と接敵していない魔物の群れの後衛に突き刺さり、激しい爆発を起こした。
悲鳴を上げる間もなく効果範囲内の魔物がまとめて消し飛び、巨大なクレーターが姿を現す。
突然の出来事に魔物の群れは大混乱だ。辛うじて極大爆破の効果範囲を逃れた魔物達が散り散りになって逃げ出し、既にミスクロニア王国軍と乱戦状態にあった魔物も浮き足立ったところを次々と討ち取られる。
逆にミスクロニア王国軍はわけがわからないながらもこの状況を好機と見て一斉攻撃を始めた。後方に温存していた騎兵戦力を投入し、壊走を始めた魔物達を駆逐し始める。
俺はというと、上空から近接航空支援を継続する。放った魔弾がトロールやオーガなどの比較的大物と言える魔物達に着弾し、小規模の爆発を起こしてその身体を粉砕していく。
三十分も経った頃には魔物が全て駆逐され、ミスクロニア王国軍の鬨の声が戦場に響き渡った。
「くっ、魔法を使うなんて卑怯よ!」
「メルに言われたくない」
「それは私が貰ったのよ、返還を要求するわ!」
「不当な独占は許されない、諦めるべき」
「私の飴ちゃんー!」
「あの人は子供達に配れといっていた。寧ろこれは私たちの飴ちゃん」




