第三十四話~獣人の村へと向かうことになりました~
「お前らその可哀想なものを見る目をやめてくれませんかねぇ……?」
「……だって、なぁ?」
ソーンの言葉に獣人達が苦笑いのような表情を作ったり頭を振ったり肩を竦めたりする。解せぬ。
大氾濫の報酬として広大なカレンディル王国の一部を割譲してもらおうと思いついただけなのに。
「突拍子のない話に聞こえるのは認めよう、俺も今思いついたし」
「思いつきかよ!?」
「ああ、思いつきだ。思いつきだが、そこそこの名案だと思ってる」
そう言いながら俺は思案する。
まず、俺としては今回の大氾濫を退けた報酬としてカレンディル王国からはそれなりのモノを頂かなければならないと考えている。
これは勇者として祭り上げられ、それに足るだけの活躍をした俺の面子を保つためであり、カレンディル王国の面子を保つためであり、また無用な恐れをカレンディル王国及びそこに属する国民に抱かせないためである。
まず一つ、勇者としての面子を保つためというのはつまり、俺はそんなに安くないぞと広く知らしめるということだ。
頼られて力を振るうのは吝かではないが、大した報酬もなしに便利使いされるのは避けたい。相応の対価を公然と要求することによってそういうことを企てる輩を予め牽制しておきたいのだ。領土の割譲なんていう大それた報酬を要求しておけば舐められずに済むだろう。
とは言えこちらとしてもカレンディル王国に喧嘩を売りたいわけではないので、手付かずの未開地を要求するつもりである。具体的にはフラムの所属していた暗殺部隊と戦闘を行なったあの遺跡がある広大な森と、その周辺地域だ。
地理的にはクロスロードの南西に当たり、あの森は広大でしかも道が切り拓かれていないのでミスクロニア王国との貿易を行なう商人は大きくあの森を迂回しているそうだ。森を突っ切ることが出来ればミスクロニア王国への道程は半分以下になる。
道を切り拓くこと自体は過去にカレンディル王国でも何度か検討されていたようだが、カレンディル王国は予想を上回る魔物の抵抗に遭い、その試みは一度も成功していないそうだ。
まぁ、開発そのものは俺の膨大な魔力を使えばそんなに難しくないだろう。いざとなったら魔法で更地にしてしまえば良いのだよ、ハッハッハ。
未開地とは言え領土を割譲するというのは国家としては最大限の譲歩であろうから、カレンディル王国としても十分な功績を残した勇者に対する報酬として面目が立つだろう。
国家同士の戦争と違って今回の大氾濫で別に新しく土地や資源が手に入ったわけではない。もし俺に爵位と土地を与えるということになると、それはどこかの貴族から取り上げて俺に与えるということになる。既得権益を脅かされる貴族の反発は必定だろう。
それに比べてロクに開発もされていない手付かずの未開地ならそのあたりのしがらみも無いだろうから出しやすいはずだ。多分。
しかし実際に国を作るとなると法整備等の国家の仕組みづくりが必要になるな。流石にその当たりの知識は無いので、その辺りはカレンディル王国かミスクロニア王国から専門家を招いた方が良いだろうか。獣人を国民とすることを考えればミスクロニア王国から招いた方が良いかね。
ミスクロニア王国とも国境を接することになるから、ミスクロニア王国にも話を通す必要があるな。その辺りはマールに任せよう。
今頃マールはカレンディル国王やゾンタークと俺の働きに対する報酬について話し合っているはずだ。
マールも今日の話し合いではカレンディル王国側がどの程度の要求まで呑めそうか様子見をしてくると言っていたので、今日帰ったら俺の計画を話して相談してみるとしよう。
とりあえず今はソーン達の事をもっとよく知って、できる限りの信頼を得るべきだな。
え、なんでマールに交渉を丸投げしているのかって? 俺の交渉スキル仕事しないからな! 多分ゾンタークの交渉系スキルのほうが圧倒的に高いからだろうと思うが。
適材適所っていい言葉だよな。うん。
「まぁとりあえずそっちの話は一回置いておこう。あんた達だけで返事をしていい話でもないだろうし、そもそも俺のほうも色々と準備しなきゃならないことだしな。とりあえずはあんた達の窮状をどうにかするのが先決だ」
「そりゃ助かるがよ……さっきも言ったが、俺達は助けてもらっても返せるものは何も無いぞ?」
ソーンの目には疑惑の色がありありと浮かんでいる。
それはそうだろう、無償で食糧や高価な魔法薬を提供すると言っているわけだからな。話がウマすぎる。信用させておいて奴隷狩りをするつもりなんじゃないかと思われても仕方が無い。
「しない善よりする偽善ってな。誰かを助けるのに理由がいるか?」
「……本音は?」
ソーンは胡散臭いものを見る目で俺を見ながらそう聞いてきた。俺はその質問に表情を変えずキッパリと答える。
「やんごとなき身分の女を嫁にする予定でな、それに釣り合うだけの実績は出せたと思っているがもう少し積み上げたい。その為に色々とやろうと思うが、人手が必要だ。ただ俺は奴隷ってのがあんまり好きじゃない。そこでお前らとビジネスをしたいと思っている。完全に対等な立場とは言わないが、少なくとも奴隷と主人という関係よりは対等に近い立場でな」
ソーンは腕を組み、鼻をピクピクさせながら先を促すように首を傾げて見せた。
俺はそれを確認して言葉を続ける。
「ビジネスをするにはお互いに信頼関係を築くのが重要だ。俺からビジネスを持ちかけるわけだからな、まずは信頼に足るだけの力があることを示さなきゃならないだろう。物資の提供はその一環だな」
「ううむ……」
ソーンは難しい顔をして考え込んでしまった。まぁそうだよな、俺が奴隷狩りをしないなんて保証は無いわけだし。
俺が話した目的からすれば、人手が確保できさえすれば奴隷だって構わないわけだ。俺が奴隷を好まない、なんてのも口先だけである可能性があるわけだし。
ちらりと獣人達の様子を窺ってみる。
兎獣人のパメラは興味深げな視線をこちらに向けており、牛獣人のマルクスは腕を組んで沈黙して――いや、寝てないかあいつ。
豹獣人のレリクスは鋭い視線を物資に向け、ソーンと同じ狼獣人のブレイクは物欲しげな表情で干し肉の塊を見ていた。はらぺこなのかもしれない。
「……ソーン、背に腹は代えられんぞ」
レリクスの言葉にソーンは苦々しげな表情を浮かべた。パメラもレリクスの言葉に頷き、マルクスとブレイクからも特に反対意見は出ないようだった。
実は俺にはソーンには言っていない秘めた欲望があった。
モフモフだ、俺にモフモフを寄越せ!
いっそソーンを押し倒して思う存分モフってやろうかと思ったくらいに俺はモフモフに飢えている。いや、男は押し倒したくないからやらんけど。
王都にもなかなか良いモフり加減の毛皮とかはあったが、違うんだ。生きていないただの毛皮では魂の底から沸きあがってくるモフモフへの渇望を癒すことは出来ないのだ。
というかこの世界に来てから犬とか猫とかの愛玩動物を見ないんだよな、何故か。馬はいたんだけどなー。
とりあえずモフモフという名の癒しに飢えている今の俺は留まるところを知らない。不退転の覚悟で、どんなえげつない手を使ってても獣人の集落へと辿り着くつもりだった。モフモフのために。
マールのすべすべお肌とかフラムのぽよんぽよんにも癒されるが、それはまた別の話なのだ。
「はぁ……はぁ……だっこ、だっこさせてくれ」
「ちょっとソーン!? 何よこの変態!? ちょっ! こら、それ以上こっちに来ないで! それ以上近寄ったら撃ち抜くわよ!」
二つのモフモフ幼女を背に庇った女が俺に矢を番えた弓を向けながらキャンキャンと騒ぎ立てる。ええいどけ、俺にそのモフモフを寄越せ。
彼女の背には二人の獣人の子供が庇われていた。
一人は金色に近いモフモフの毛に覆われた狐耳が頭の上にある少女。髪の毛や狐耳、尻尾は金色の毛に覆われているがそれ以外は人間に近い容姿だ。紛う事なき狐耳少女である。
もう一人は眠たげな目をぼーっとこちらに向けている羊耳少女だ。
この子は白い頭髪で、頭には巻いた角が生えている。彼女は腕や足にも羊のような毛が生えているようだ。フヒヒ、この子もモフモフしがいがありそうじゃないか。
二人とも背丈はメイベルよりも小さい。まだ十歳くらいじゃないだろうか? リアル獣耳幼女万歳。
「くっ! このっ!」
にじり寄る俺に向かって喚いていた女が矢を放つ。
「フッ、無駄なことを」
放たれた矢を二本の指で受け止め、反転させてそれを投げ返してやる。
そう、格闘と投擲のレベルが5に達し更に常軌を逸したDEXを持つ今の俺にとっては世紀末な世界で猛威を振るうあの暗殺拳の奥義を再現することなど容易いのだ。
俺の手から投げ返された矢が喚いていた女の頬を掠めて後方の木へと深く突き立った。
「……疲れているのか、俺は。今こいつがとんでもないことをしたように見えたんだが」
「ダメよソーン、現実は受け入れないと」
後ろでソーンのぼやく声と何故か楽しそうなパメラの声がするが、今はそれどころではない。
俺の某暗殺拳奥義に矢を投げ返されたのが気に入らなかったのか、喚いていた女が目を吊り上げて次々と矢を放ってくる。
三連射、二本同時射ちまではまだ常識の範囲内の技術だったが、しまいには風の魔力を伴った矢だの螺旋状の衝撃波を伴った矢だの実に多彩な技を放ってきた。その全てを受け止めて投げ返してやったけど。
「そ、そんな、私の弓が……こんな変態に通じないなんて」
俺に投げ返された矢に囲まれ、女が両手と両足を地に突いてうな垂れた。見事な失意体前屈である。
狐耳幼女が心配そうに彼女に寄り添い、ジト目の羊耳幼女がその頭を撫でて慰めていた。なんというか心温まる絵だな。
「良い運動だったな。で、こいつは?」
「村一番の弓の使い手で、メルキナって名前だ。獣人じゃなく森人だな」
「もりびと? ああ、エルフね」
人間はそう呼ぶらしいな、と言ってソーンが肩を竦める。
失意体前屈状態から抜け出せないメルキナを放置して俺はその横にいる幼女に近づいて屈み、目線を合わせる。
「タイシ=ミツバだ。よろしくな」
「……カレン」
「あの、シェリー、です」
ジト目の羊耳幼女――カレンがさりげなく一歩前に出て絶賛失意体前屈中のメルキナとそれに寄り添っている狐耳幼女――シェリーを庇う。健気な子だな。
「大丈夫だ、これ以上そいつには何もしないから。飴ちゃん食べるか? あと頭撫でて良いか?」
「ん……もうメルに意地悪しない?」
「しないしない」
「ならいい。飴食べる」
シェリーは近づいてきそうにないのでシェリーの分もまとめてカレンに渡してやる。カレンはトテトテと歩いていってシェリーに飴を渡した後、律儀に俺の手の届く範囲まで戻ってきた。
その頭を撫でる。
おお、ふわっふわのモッフモフやで。角や耳も少しだけ触らせてもらう。
角は不思議と温かく、耳を触るとくすぐったいのかピコピコと耳が動いた。なんだこの可愛い生き物。
「何をやっているんだ、お前は……」
「え? モフモフを堪能してるんだが?」
「いや、そうじゃなくて……やっぱいい」
何か知らんが諦められてしまった。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
「よーしよしよしよしよし」
「むぅ……撫ですぎ」
ふわふわモフモフを夢中で堪能していると逃げられてしまった。
くっ、やはり少女の頭を撫でただけで懐かれるというご都合展開は幻想だったんや。
しかし良いものだった。また今度隙を窺って撫でさせてもらおう、ふへへ。
「……ふぅ、名残惜しいが堪能できた」
コロコロと笑っているパメラと相変わらず目を瞑って突っ立っているマルクス以外は何故かドン引きしている。
何故だ、全人類の財産であるモフモフを愛でるのは当然の行為じゃないか。愛は世界を救うんだよ。
「ソーン、何者なのよこの変態は」
「勇者らしいぞ」
ソーンが紹介してくれたのでメルキナに向かって親指をビッと立ててサムズアップしてみる。
メルキナは整った顔立ちをこれでもかというくらい不審の色に染めて俺の顔を見上げてきた。メルキナの体格はマールとどっこいどっこいだ。
「いひゃいいひゃい! にゃにすんのよ!」
「すまん、嫁と同じような背丈だったからつい」
不躾な視線を向けられたので思わずメルキナの両頬をつねってグリグリしてしまった。涙目になったメルキナが少し赤くなった頬を押さえている。
こうしてよく見ればメルキナはマールとはまた違った方向の美人だ。アレは少しバカっぽい朗らかな美人だが、なんというかこうメルキナはツンツンした感じの美人である。
キリっとした若干釣り目がちの瞳、マールよりも色素の薄い腰まで伸びた金髪、マールよりも更に慎ましやかな体つき。
ツンデレエルフをそのまま実体化させたようなヤツだ。まぁマールの方が可愛いけどな。
「こら! そこまでにしろお前ら! さっさと行くぞ!」
「ぐぬぬ……後でちゃんと説明しなさいよっ! というか物資は!?」
「そうらいくぞちびっこどもー、ふはははは」
「きゃー」
「にげろー」
歩き出したソーン達を追って俺と獣耳幼女達も歩き始める。ツンデレエルフことメルキナは放置で。
「むぐぐぐぐ、解せないわ!」
森の中を駆けること一時間ほど。
大人のソーン達はともかく、ちびっ子やツンデレエルフも遅れることなく相当のスピードで森の中を駆け続けている。
この一時間ほどの間、草木の生い茂る森の中を普通の人間の全力疾走に近い速度で移動し続けているのだが一人も落伍者が出ない。彼らの身体能力の高さが窺える。
獣人やエルフとしての特性もあるんだろうが、普通の人間に比べると身体的なスペックはかなり高そうだ。先ほどチラリと見てみたところソーン達はレベル20前後、ちびっ子二人は揃ってレベル11、メルキナに至ってはレベル32とか近衛騎士並みのレベルだ。
メルキナはレベルからすると見た目以上に老けてるのかもしれんな。エルフだし。
「……今あんたなんか失礼なこと考えてない?」
「お前エスパーかよ。いや、年の功か?」
「年の功って何よ!?」
走りながら怒るという器用なことをしているメルキナを半ば無視して前方に感覚を集中する。俺の気配察知のスキルはこの先に魔物のものと思わしき気配を五分ほど前から察知している。
反応からするに恐らくトロール級のそこそこ手ごわいレベルの魔物だな。数は二匹、俺なら苦戦することも無く一瞬で片付けられる相手だ。
さて、いつ気付くだろうかと思っていると先を駆けていたパメラが速度を落としてソーンに何か耳打ちをした。それを受けてソーンが片手を上げて全員を制止する。パメラとレリクスだけはそのまま先に駆け抜けていく。
「全員止まれ、この先に何か居るようだ。パメラとレリクスが確認してくるまで待機する」
ソーンの言葉を受けて全員が各々の装備を確認しはじめる。ちびっこ二名も戦うんだろうか? と思って見ていると二人とも特に何をすることも無く身体を休めている。
流石に戦闘はやらないのかね? その割にはレベルが高いような気がするが。
「途中でへばると思ったんだがな」
「この倍以上のスピードでもへばらんよ、俺勇者だし」
ソーンに向かって笑って答えながら俺も一応自分の得物を確認しておく。
鋼鉄を鍛えて作ったスローイングスパイク――棒手裏剣をイメージして作った投擲武器を鎧の各所に合計十六本、腰にはミスリル製のバスタードソード。ストレージの中には接合剣や神銀棍、その他自分で作った鋼鉄製の武器やミスリル製の武器がそれなりに揃っている。
今度投擲用の使い捨て大威力武器でも作るかな、魔力を増幅するクリスタル製の砲丸とか。魔力撃の要領で魔力を篭めてから投げつけたら大爆発とかしないだろうか。
「良い剣だな」
いつの間にか寄ってきていた狼獣人のブレイクが俺のミスリルソードを興味深げに覗きこんでいた。彼の得物は俺のバスタードソードよりも一回り大きいグレートソードだ。
よく見てみると細かい傷が目立つし、ところどころ刃こぼれもある。しかし質そのものは悪くない、というか良い。下手すると王都アルフェンの高級武器店に並んでいるレベルの品だ。
「この剣もな。ちょっとばかりくたびれてるけど」
「こいつも長い間酷使してるからな……」
そう言ってブレイクはそっと傷だらけの刀身を撫でる。どうやら彼らの村には武器を整備できる鍛冶師がいないらしい。設備の問題かもしれんが。
そうしているうちにパメラとレリクスが戻ってきた。二人が報告を開始する。
「トロールが二匹ね。村に近いから始末した方が良いと思うけど」
「そうだな、だが二匹か……」
考え込むソーン。
「よかったら一匹は俺が受け持つが」
「いや……これは俺達の村の問題だ。お前の手は借りるわけにはいかん」
ソーンの言葉に俺以外の全員が頷く。ちびっ子達までだ。
「そうか」
ここは大人しく引き下がっておくとしよう。ヤバかったら手を出せばいいしな。ソーン達の実力にも興味があるし、ここはお手並み拝見といこう。
ソーン達は素早く強襲の打ち合わせを終えてトロール達を包囲するように分散して前進を開始した。
ちびっ子とメルキナが魔法と弓で先制攻撃し、混乱したところにソーン達前衛が突っ込んで一気にケリをつけるらしい。
トロールの厄介なところは三メートルを超える体躯から生み出される怪力と生半可な攻撃を通さない分厚い外皮、そして多少の傷はすぐに治ってしまう治癒能力の高さだ。
しかし分厚い外皮を突破できる攻撃力さえあれば倒すのはそう難しくは無い。治癒能力も厄介ではあるが、要は弱点を突いて即死させてしまえばどうという事は無い。
幸い人型であるためか急所は似通っている。最も有効なのは頭部の破壊、次点で首の切断だな。あるいは火で燃やしてしまうか。ああ、出血多量でも死ぬかもしれんな。
トロールの外皮は火に炙られると脆くなり、しかも再生能力が失われる。そうしてからチクチクとダメージを蓄積させて倒すというのがセオリーの一つだ。
もう一つは足を殺して倒れたところで一気に頭部を破壊するというものだ。俺くらいになれば外皮の防御ごと袈裟懸けに真っ二つにしてやるけどな。
流石に上半身と下半身がずんばらりんとなれば再生能力の高いトロールといえども一撃である。
考え事をしているうちにトロールの近くまで辿り着いた。俺はカレンとシェリーのちびっ子組にツンデレエルフ(仮)ことメルキナを加えた奇襲組に随伴している。
「なんでアンタがここに居るのよ」
「いざという時のフォローだよ、フォロー」
「気付かれる前にやる」
カレンの言葉にシェリーが頷き、メルキナは短く息を吐いて矢筒から矢を取り出した。
メルキナが弓に矢を番えると同時にカレンとシェリーが手を繋ぎ、同時に魔力を集中し始める。
シェリーの魔力が火魔法を紡ぎ、それに同調してカレンの魔力もまた火魔法を紡ぐ。なんだこれ、始原魔法と似てるけどちょっと違うな。
そうしている間にシェリーとカレンの周囲にいくつもの火球が生成され、トロールへと殺到していった。同時にメルキナが隠れていた茂みから飛び出し、矢を次々と放つ。
二匹のトロールのうち一匹はちびっ子たちの放った火魔法によって火達磨になり、もう一匹の側頭部にはメルキナの放った矢が突き刺さった。
火達磨になったトロールが絶叫しながらのた打ち回っている。まぁこっちは予想通りというか理解できる。
問題はメルキナの矢が側頭部に刺さった方のトロールだ。
矢が刺さった次の瞬間、目だの鼻だのから体液を撒き散らしながら頭部を破裂させたのだ。
「なぁにあれぇ」
「別に大したことじゃないわよ。遅発式の風魔法を鏃に篭めておいただけ」
メルキナはドヤ顔でそう言いながら長い耳をピクピクと動かした。ヤバイその耳握りたい。
とりあえず鋼の精神力でメルキナの耳をにぎにぎするのを我慢しつつ戦場に目を戻す。
「おおおおオオオッ!」
暴れるトロールの身体にレリクスが取り付き、その首筋に短剣を突き刺し深く切り裂いていた。ゴボリと音を立てそうなほどにトロールの首からどす黒い血液が溢れ出す。
トロールもやられてばかりではなくレリクスを掴もうとするが、レリクスはトロールの手が届く前にトロールの身体を蹴って離脱した。
その隙を突いてパメラの曲刀がトロールの右足を斬りつける。アキレス腱の辺りを切り裂かれたトロールはたまらず膝を突いた。そこへソーンとブレイク、マルクスが一斉に襲い掛かる。
あとは一方的な蹂躙だった。ソーンの振るう剣が腹を引き裂き、ブレイクの大剣が胸を貫き、マルクスの振るう戦斧が頭を真っ二つにカチ割る。ものの一分ほどで二匹のトロールが殲滅された。
「騎士団顔負けの戦闘力だな」
「これくらいやれないと森の中では生きていけないわよ」
パメラが曲刀の血糊を布で拭き、鞘に収めながら笑う。それもそうか、魔物との縄張り争いなんて日常茶飯事だろうしな。
とりあえずこのトロールの死体も肉として食えたり、脂肪が回復薬の材料になったりするので俺がストレージに入れて運ぶことになった。この肉だけでも相当量の食糧になるためか、ソーン達もホクホク顔である。
「お前らほどの実力があれば魔物を狩って食糧に出来たんじゃないのか?」
「運搬が問題なんだよ、持っていける量には限りがあるからな。それに血の滴る魔物の肉なんて持ち歩いていたら他の魔物が寄ってくる」
「なるほど」
そう言えば俺は魔物の死体をそのままストレージに放り込んでおけるから気がつかなかったが、確かに血の匂いをプンプンさせて森の中を歩いていたら大変なことになりそうだな。
鼻の利く魔物は多いし、集まり始めると確かに危険かもしれん。
その後は特に問題も無くソーン達の集落へと辿り着くことが出来た。折角戦闘のために心の用意とか色々していたのに不完全燃焼である。
「着いたぜ、ここが俺たちの村だ」
ソーンの案内で俺はついに獣人の村へと足を踏み入れるのだった。
「……!?」
「ネーラ様? どうされました?」
「私のアイデンティティが侵されている気が致しますわっ!」
「今日もネーラ様がお元気でステラは幸せです」
「もう少し真面目に受け止めてくださいませんこと……?」




