最終話~自由の対価として得たもの~
「帰ってきたらどこにも居ないし、誰も行き先を知らないしどうしようかと思ったぞ」
クローバーに戻ると、おっさんが待っていた。トラベルゲートを取って帰ってきたら引き渡す相手が行方不明とかそりゃ困るだろうな。
ちなみに、リアルはまだ向こうで話すことがあるのが俺一人で戻ってきた。きっとヴォールト辺りをからかっているか、そうでなければ俺の今後の活動に関して色々と話し合っていく必要を感じたとかそんなところだろう。考えてみれば、あれも結構尽くすタイプなのかもしれん。今後はもう少し丁寧に扱おう。うん。
「悪かった。で、席を外してた理由がおっさんにも割と関係のあることでな」
トラベルゲートを受け取り、設置のレクチャーを受けながらかくかくしかじかと神々との会合の内容を話す。旧世界の崩壊を生き延びた古代人であるこのおっさんは神々からすればある意味俺以上の危険人物だ。古代の遺産の扱いに精通し、当時の記憶からどこにどんな施設があるのかをある程度把握している。本人が神々と似たような倫理観――つまり、旧世界の過ちを繰り返させたくないという思いを強く持っているという点が救いだろうか。
「神、ねぇ」
おっさんは俺の話を聞いて白けたような雰囲気を醸し出している。おっさんにしてみればヴォールト達は自分とは違う形で生き延びているだけの同胞みたいなものだものな。
「何はともあれ、そいつらの志には全面的に同意する。神力砲でそこらじゅう焼け野原になるような時代はもう二度と訪れるべきじゃない」
「そりゃよかった」
「危険なブツの管理をどうするかが問題だな。跡形もなく破壊してしまうのが一番ではあるが……何かに使える可能性もあるからな」
「まぁ、そうだな」
このエリアルドという世界は率直に言って人間が生きづらい世界である。人間を簡単に引き裂く魔物の類がそこらじゅうを跳梁跋扈しているし、人跡未踏の秘境には戦いを挑むことが馬鹿馬鹿しいレベルの凶悪で、強力な魔物が生息していたりもする。そして、そんな魔物が稀に人里近に近づいてきたり、勢い余って人里を襲うことだってある。そんな時に強力な武器というのは実に役に立つわけだ。
「いずれにせよ、俺が保管しているものについては心配いらん。厳重に保管されているし、保管場所も大森林の奥、リイの氏族の勢力圏内だ。あいつらはよそ者に敏感だからな」
「それもそうだな」
リイの氏族というのは大森林に住むエルフ達の氏族の一つで、気位の高い排他的な連中である。大森林に住まう他の住人も彼等の気位の高さと排他性には辟易しており、用がなければ近づく者もあまりいないらしい。
そして、俺がすべきことはあくまでも危険な技術の拡散防止と、その管理である。危険な技術の収集ではない。安全な場所に適切な方法で管理されているというのであれば、手を出す必要はないだろう。
「でも、もしもの時の対策は必要だよな」
「なに?」
「万が一だ。保管されている危険な物品を狙って手練が攻め寄せてきたりしたら? 絶対に守りきれるってわけじゃないだろう」
「そうだな、それは否定できない。実際、お前達に邪神殺しを奪われたわけだからな」
おっさんがジト目で俺とリアルに視線を向けてくる。あ、はい。その節はどうも。結果的にだけど、あの時におっさんをぶっ殺していなくてよかったな。もしおっさんをぶっ殺していたらトラベルゲートは手に入らなかっただろう。俺の性格上、わざわざトラブルを起こしてまであるかどうかわからないおっさんの遺産を奪いに行くとは考えられない。
「何かしらの緊急連絡手段を持つというのはどうだろうと思うんだが。万が一、おっさんの保管庫がおっさんの手に負えないような奴に襲撃されたりした際に、こちらから増援を送れるかもしれない。そうでなくとも、何かがあったということがわかればこちらも行動を起こすことができる」
「ふむ……それは悪くないな。だが、手持ちに使えそうな装備がない」
「んー、大森林の魔物から魔核は採れるよな?」
「ああ、採れるが?」
「なら、今の時代に出回っている通信用の魔導具を使おう。魔核の消費がちょいと激しいが、二点間の連絡には十分使える」
「ほう、今の時代にそんなに高度な道具が流通しているのか。興味深いな」
「高いけどな。用意できしだいそっちに俺が届けに行こう」
おっさんからはトラベルゲートを二台融通してもらったし、俺の務めに必要なものでもある。伝手はあるし、用意することは問題なくできるだろう。ちなみに現在我が家で運用されている通信用魔導具は全部で三つ。それぞれミスクロニア王国、カレンディル王国、ゲッペルス王国の中枢に直通のホットラインである。見た目はそれぞれ若干違うが、だいたい豪華な台座の上に鎮座する水晶玉って感じだ。豪華な台座に魔核を嵌めこんて使う感じである。
「話はわかった。引き渡しも完了したし、今度こそ俺は行くぞ」
「おう、達者でな。そこらへんで野垂れ死ぬなよ」
おっさんは俺の言葉に後ろ手に手を振り、歩き去っていった。その姿を見送り、身体をグッと伸ばして気合を入れる。
「あー、めんどくせぇ! でも頑張るか!」
☆★☆
「それで、元奴隷の移民達が続々とやってくるこの忙しい中、神々に無理難題を押し付けられてきたと?」
「はい」
「ただでさえ人手が足りないのに、人手を割いて危険な古代技術の復活や拡散を監視して、それを妨害したり隠滅したりしなきゃならないと? なんの見返りもなしに?」
「はい、すみません」
タイシです。家に帰って神々から申し付けられた任務の内容を嫁に報告したら、床に正座させられているタイシです。どうしてこうなった。
「タイシさん、なんでもかんでも気軽に請け負ってくるのは良くないですよ。それがどれくらい大変なことなのか、わかってますか?」
「んんー、その、あまり? ヒェッ……」
マールが腰のポーチから極彩色に光り輝くフラスコを取り出した。やだ、なにそれこわい。振ってもいないのにフラスコ内が渦巻いて、色が刻一刻と変わってるんですけど。
「古代技術の研究をしているところがどれだけあると思っているんです? 各国の研究機関は勿論のこと、冒険者ギルドや商人ギルド、魔術師ギルド、各貴族家、それに個人で研究している人だってたくさんいるんですよ? どうやってそれらの研究者が危険な研究をしていないか調べるって言うんですか。当然ながら、主だった研究施設は警戒も厳重ですからね?」
「えーと、俺がこっそり潜入する?」
「タイシさんが千人くらいに分裂できるなら可能かもしれませんね? 試してみましょうか?」
マールが極彩色に輝くフラスコを笑顔でゆらゆらと揺らす。たすけて。
「マーリエル、そう旦那様を怖がらせるのはどうかと思いますわ」
救世主はいた。ネーラ愛してる。
「どのみち、外に耳目は放たなければならないのですから、それが早まっただけですわよ」
「それはそうですが、今は他にも注力すべき事項が多いじゃないですか」
「色々と不足する部分は旦那様に頑張ってもらうしかありませんわね?」
「お手柔らかにお願いします」
ネーラのおかげで俺が分裂させられるという事態は避けられたようである。そんなことできるわけがない? いいや、マールならやりかねない。前に性転換ポーションを創り出してるからね。当然飲まされたし、嫁達も飲んだ。どうなったかは想像できるね? 女性には優しくしよう。お兄さんとの約束だぞ。本当に約束だぞ。
「性質上、任務を行う部隊の存在は表沙汰にはできませんね。そういう部隊のノウハウについては私に任せてください」
元々カレンディル王国の影の部隊に所属していたフラムが気合を入れた様子で鼻息を荒くする。
「頼るけど、まずはお腹の子のことを第一にしてくれよ。人員はどうするかね?」
「正直言って、亜人だらけのこの国は諜報にはとことん向かないんですよね……基本的にそういう研究機関の職員は人間ばかりですし」
「最悪、妖精族を頼るという手も……無いな」
あいつらには姿を消す特殊能力もあるし、魔法も達者だ。だが、適当な性格のやつも多いので諜報員には向かない。そもそも、研究施設に潜入したとしても悪戯という名の破壊工作しかできそうにない。資料を盗み出してこいとか、目標物を確保してこいとか言ってもお菓子とかちょろまかしてきそうだ。
「無いの。そういうのはあやつらには向かんし、やろうともせんじゃろうな」
クスハがそう言って苦笑いをする。
「ですよねー。基本的には少数精鋭の実行部隊と、情報を広く集める諜報部隊って感じの構成で行くべきかな。実行部隊はとりあえずソーン達私兵部隊を使うか」
「そうですね。情報を広く集めるなら、うちから出す隊商にその任を請け負わせると良いかも知れません」
「なるほど。他に何か良い意見は無いか?」
俺の言葉にデボラが手を挙げた。
「ケンタウロス達が言ってたんだけどさ、他国の商人を魔物や盗賊から護衛するというのは商売になるんじゃないかって。自分達は足が速いから馬車と同じ速度で動けるし、戦闘力もそこそこあるから行商の護衛にはうってつけだって」
「なるほど、ケンタウロスガードサービスか。良いんじゃないか? なんならうちから外に出る商隊もケンタウロスメインで構成しても良いかも知れない」
もともとケンタウロス達は広い草原を駆け回って生活していたようだし、ひとところに留まって生活を続けるよりもそういう生活のほうが性に合っているのかもしれないな。
「そうですね、ケンタウロスの代表を呼んで話を進めてみましょう」
前にケンタウロスの宅配便なんて構想は話していたが、ケンタウロス達自身からその構想を前に進めたものを提案してきたというのは実に素晴らしいことだと思う。目下、ケンタウロスはこの街の人口の多くを占めている状態だし、彼等の特性に合わせた職が生まれるというのは実に喜ばしいことだ。
「今決められそうなのはこれくらいか……現時点では目的そのものも曖昧というか、具体的にどんなことをするべきかというのも定まっていないしな。まずは情報収集を行えるだけの組織を作らないといけないな」
「そうですね。こればかりは一朝一夕でどうにかなることじゃありません。コツコツとやっていきましょう」
「そうだな、コツコツとやっていこう。ローマは一日にして成らず、と言うしな」
「なんです? それは」
「ローマってのは俺の世界に昔あったとても発展した国でな。つまりはどんな大事業も長年の努力によって成し遂げられるものだって意味だ。こっちだとクローバーは一日にして成らず、だな」
「タイシなら一日で作っちゃいそうだけどね」
「そうね、タイシくんなら一日で作っちゃいそうよね」
メルキナとエルミナさんがそう言ってクスクスと笑う。会議に参加していた他の面子も釣られるようにクスクスと笑いを零した。
「みなさーん! 夕食ができましたよ!」
「あいよ。それじゃ今日はこの辺にするか」
「そうですね、何も急ぐ必要はありません。クローバーは一日にして成らず、ですね?」
「そうだな、一日にして成らずだな。コツコツ行こう」
マールの手を取り、立ち上がるのを手伝ってやる。今日も明日も、明後日も。一日一日、コツコツとやっていこう。それがきっと生きていくってことだよな。
☆★☆
おっさん襲撃事件を区切りに、生活は安定した。いや、なんか変な言い方だけど、そうとしか表現できないんだよな。クローバーの存亡をかけるような危機も起こらないし、ミスクロニア王国も、カレンディル王国も、ゲッペルス王国も実に平和だ。侵略軍関連で王家の言うことをあまり聞かない地方貴族の勢力を大幅に削ることができたからかね?
クローバーも実に平和なものだ。勿論小さなトラブルは幾つも起こっているが、どれも取るに足らないものばかりである。
「いや、それはおかしい」
「……死ぬかと思った」
俺の私兵部隊の隊長である狼獣人のソーンと、元犯罪奴隷で俺が私兵部隊員に抜擢したベルクがげんなりとした顔でそんなことを言っていたが、ベヘモスの群れがクローバーに突進してきたのなんてただのボーナスゲームじゃないか。美味しい肉と捨てるところのない素材の山が手に入って万々歳だぞ。
元奴隷と言えば、ゲッペルス王国から連れてきた彼等も少しずつではあるが、クローバーでの暮らしに馴染んできているようだ。特に彼等が活躍しているのは、宿屋や食堂関連だろうか?
これから先、クローバーにはミスクロニア王国やカレンディル王国から多くの商人が訪れることになる。なんせ、もう街道自体は出来上がってるからな。恐らくはその護衛として冒険者も訪れるようになるだろうし、大樹海の魔物を狙って護衛でなく魔物狩りを目的とした冒険者達もクローバーを訪れることになるだろう。
ということは、クローバーでそういった旅人が身体を休めるための場所が必要になる。もちろん、その腹を満たす食事もだ。というわけで、今のクローバーでは宿泊施設や食堂の整備が急ピッチで進んでいるのだ。
建物を作るのは人海戦術でなんとでもなるのだが、接客や調理に関してはそうも行かない。技術職だからな。なので、ミスクロニア王国やカレンディル王国から宿屋の経営者や料理人を招き、元奴隷の人々を含めた多くのクローバーの住人達が彼等の指導の下で研修中なのである。
その研修の一環として昼飯時と仕事上がりの夕方になると、一定以上の調理の腕を認められた人々がそれぞれ腕を振るう屋台を出すようになっているのだ。
ついでに労働の対価も食料配給チケットだけではなく通貨での支払いも開始することになった。仕事の対価として貨幣を手に入れ、それで好きなものを選んで食べる。そういったことを通じて、クローバーにおける貨幣経済の導入を加速しようというわけである。
今まで通り食料配給チケットで受け取ることもできるし、後から食料配給チケットを貨幣に交換できるようにもした。結果として、クローバーで働く人々のほぼ全員が貨幣で労働の対価を受け取るようになり、ごく短期間でクローバーに貨幣経済が浸透することになった。
大量の銅貨や銀貨を用意するのには骨が折れたけどな……いや、それよりもクローバーにおける貨幣価値の安定化と、滞りない供給を過不足なく行うためにいつにも増して忙しそうにしていたヤマトが死にそうになっていた。山羊獣人のクリムトとはじめとした元知識奴隷の面々がいなかったらヤマトは死んでたね、間違いない。
元奴隷と言えば、物静かな割にガッツのあった猫獣人のルミナも頑張っているようだった。お菓子作りに才能を見出されたらしく、ミスクロニア王国からきた菓子職人の下でメキメキと腕を上げているらしい。彼女が昼と夕方に出しているクレープ屋は男女を問わずいつも盛況である。俺も結構食いに行っているが、実際美味い。うちの嫁達も彼女のクレープのファンだったりする。
あのラフィルという名のウサ耳娘はクローバーに建設予定の商業ギルドで受付嬢をやるようである。ちょっとした縁で俺がカレンディル王国に居た頃から懇意にしていた商業ギルド員のヒューイに紹介してみたところ、凄い勢いで食いついてきてあれよあれよと言う間にそういうことになった。確かヒューイは独身だったなぁ……まぁ頑張れ。
他に変わったところは……鬼人族達かな。国是の発布以降、彼等は積極的にクローバーに進出するようになった。最初はいくらかトラブルも起こしたが、その後は概ね問題なくクローバーの暮らしに順応してくれているようである。
鬼人族は力が強く、プライドが高い。だが、裏を返せば彼等は頼りがいがあり、職人意識が高い人々だということでもある。あと、意外と面倒見が良い。慣れない仕事で挫けそうになっている元奴隷の人々にはっぱをかけたり、面倒を見たりしているのをよく見かける。ちょっと強面で、粗野な者が多い印象のある彼等ではあるが、元奴隷や子供達からの人気は高いようである。肉食系の獣人とは相性が悪いみたいだけどな。多分同族嫌悪みたいなもんだろう。
他に特筆するようなことは……特にないな。とにかく平和なんだよ。やることはまだまだ多いけどな。大樹海横断街道が稼働し始めたら今度はゲッペルス王国に行く北街道の整備もしなきゃならないし、大樹海の南にある山岳地帯への道も開拓しなきゃならない。山岳地帯への道を作ったら資源開発もしたいし、そのためには大陸西方のマウントバスに住むドワーフ達の助けが欲しい。山岳地帯を抜けた先には海があるし、海があるなら塩も取りたい。そのためには大樹海の北端にする喋るペンギンこと鳥人族達の協力も欲しいところだ。
メルキナやエルミナさん、リファナ達エルフが進めている大樹海正常化計画も進めたいし、他にもやりたいこと、やるべきことが山ほどある。
「タイシさん。一歩一歩確実に、ですよ?」
皆の集まっているリビングそのソファに腰掛けてで物思いに耽っていると、隣に座っていたマールが俺に声をかけてきた。物思いに耽るのをやめてマールの方を向くと、彼女はにっこりと微笑んでくれる。周りを見回すと、皆も物思いに耽る俺を眺めていたらしい。
「キミのそれはもう病気だよね。ま、時間はまだまだあるよ。このボクが保証するから、安心してダラダラ生きると良いよ」
いつの間にか俺を挟んでマールと反対側に陣取っていたリアルがにんまりと笑みを浮かべる。こいつが保証するならそれ以上のものは無いな。
「タイシは本当に生き急いでる感じよねー。子供のためにも長生きしてもらわなきゃいけないんだから、頼むわよ?」
ロッキングチェアに座ってゆらゆらとしながらメルキナが笑う。彼女のお腹は同時期に出産する予定のマールやカレンよりも大きい。リアルが言うには双子だということなので、少し出産が心配な俺である。
「そうですね、もう少しでお父さんになるんですから。もう少し仕事を減らしても良いのでは?」
フラムがそう言って微笑む。最近はつわりの症状が少し軽くなってきて顔色が良い。
「主殿はなまじなんでもできるだけになんでも背負い込みすぎるからの」
正確な手付きで布を織りながら、クスハが肩を竦める。最近は暇さえあればああやって布を織り、赤ちゃん用の服なんかを作ってくれている。まだクスハとの間に子供は授かっていないが、そろそろじゃないかと思っている。妊婦が増えて回数が増えてるからな!
「ん、タイシは優しいから仕方ない。そこがいいところ」
そう言ってカレンが果物にかぶりつく。身体の小さい彼女だけに、大きくなったお腹がものすごく目立つ。食欲旺盛なのは良いことなのかも知れないが、程々で頼むぞ。
「すみません、なんだかタイミングが悪くて」
「何を謝ることがあるんだ。嬉しいに決まってるし、何の心配もいらないよ」
重いつわりのせいで顔色が悪いティナが小さな声で謝るのを首を振って否定する。確かに色々と忙しくなってきた中でティナが抜けたのは辛いが、子供を授かるというのは寿ぐべきことである。ティナの抜けた穴は俺なり他の人なりが埋めれば良いだけの話なので、何の問題もない。母子ともに心穏やかに、健やかに過ごして欲しい。
「そうですわよ。私達の抜けた穴は人を使えば良いのですから何の心配もありませんわ。そもそも、私達がバリバリ働いていた今までが異常だったのですから」
澄ました顔でお茶を飲みながらネーラが肩を竦める。そうだな、本来は行政官なりなんなりを使ってやるべきことをマールやティナ、ネーラがやっていたわけだからな。最近やっとその辺りの人材をミスクロニア王国やカレンディル王国から派遣してもらえたので、その辺の業務の手間はむしろティナが抜ける前よりも減っているくらいだ。
「えへへ……」
そんな話をしている中、狐娘のシェリーは自分のお腹を撫ででによによしている。彼女は本日の夕食前に突如吐き気を催し、調べてみたところ、俺の子供を授かっているということが判明したのだ。
はい、私がやりました。だが私は謝らない。彼女は大人、大人だからね。結婚もしてるしね。だからセーフ、いいね?
「タイシさん、今日は私っ、私ですからねっ」
シェリーの隣に座っていたシータンが文字通り跳んできて俺の膝の上に収まり、真正面の至近距離から俺の顔を見上げてくる。この犬少女、目が本気である。
「わかった、わかったから落ち着け」
「はうぅぅ……」
シータンの頭や耳をなでなでこしょこしょして落ち着かせる。シェリーの懐妊が発覚してからというものの、シータンはずっとこの調子である。今夜は俺、干からびるかもしれん。
「落ち着きな、ほんとにもう」
デボラが溜息を吐きながら大人しくなったシータンを摘み上げ、自分の膝の上に抱っこする。彼女も先日懐妊が発覚した。外見上はいつもと変わらないように見えるが、懐妊が発覚してからというものの、彼女もによによと笑みを浮かべながら自分のお腹を撫でていたりする。
「私は明日よねぇ」
お茶を飲みながらエルミナさんがニマニマする。これで現在懐妊していない俺の嫁はリアル、クスハ、ネーラ、シータン、エルミナさん、リファナの六人だ。人数が減った分、ローテーションは加速している。皆積極的なのはとても嬉しいが、程々でお願いします。
「色々あるだろうけど、ゆっくりね。あんた、本当に生き急いでる感じがするから」
「そうだな、この先まだまだ長いんだ。くたびれないようにゆっくりコツコツやってかないとな。やることもそのための時間もまだまだあるんだから」
特製のハーブティを作りながら声をかけてくるリファナにそう答えて天井を見上げる。
もう半年もしないうちに子供達も生まれてくるだろうし、勇魔連邦の、クローバーのあちこちに手を入れていかなきゃならないところはいくらでもある。神々から押し付けられた七面倒臭い役目のこともあるし、昇神後の人生――いや、神生? だってあるわけだ。きっとどれも一筋縄ではいかないだろうが、俺の隣には皆がいる。
もう少し人生を自由に生きたかった気もするが、これはこれでまぁ。良いものなんじゃないかな?
そんなことを考えながら俺は笑顔を見せてくれるマールの手を引き、皆の待つ食堂へと向かうのだった。
これにて本作は完結となります。
長らくの間、皆様ありがとうございました!