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第129話~賠償を得て、責務を負わされました~

 おっさんとリアルを扱き使うことが決まったその翌日。俺は万感の思いを込めて溜息を吐いた。所謂クソデカ溜息ってやつである。


「はー、駄神マジ駄神。ほんとつっかえ」

「ボクの領分は堕落と快楽なんだよ! 創造的なことは苦手なの!」


 涙目でそんなことを叫びながらリアルが地団駄を踏む。いや、ほんと使えないんですよこいつ。神様パワーで石畳の修復をするように言ったら領主館前の広場全面をピッカピカの大理石張りにしやがるし、違うそうじゃないって言ったら何故か大理石だった地面がオリハルコンになりやがるし。

 当然ながらオリハルコン張りになってしまった領主館前広場の復旧の目処は立っていない。なんせオリハルコンなので容易には破壊できないし、破壊できないから貼り直しもできない。もうオリハルコン張りのままにするか、いっそオリハルコン層の上に石畳を敷き詰めるかって話になってきている。

 え? リアルに直させないのかって? これ以上こいつにやらせるのはやめようということが勇魔連邦上訴部の満場一致で決まったからね、やらせてないよ。オリハルコンよりヤバいものにされても困る。


「どういうことでなら貢献できるんだよ」

「この街の出生率を大幅に上げることなら今すぐにでもできるけど。そりゃもうあっちこっちで励ませて見せるよ?」

「おいやめろ馬鹿。クローバーの公序良俗を乱すんじゃねぇ」


 とんでもないことを言う駄神の顔面をむんずと掴んでアイアンクローをかましておく。

 一方、おっさんは実に有能であった。目下一番の悩みであったクローバーと各集落を結ぶ交通手段についての解決策を提供してくれたのである。


「これで設置完了だ」


 こちらに振り返ってそう言うおっさんの後ろには円形の台のようなものが鎮座していた。台といっても高さはそれほどでもなく、精々十センチメートルほどだろうか? 台の縁はスロープ状になっていて、車輪のついたものであれば容易に台の上に乗れるだろう。旧世界にもユニバーサルデザインという概念があったのかね?

 円の面積は結構広く、荷馬車程度なら上に乗れそうだ。人間ならみっちみちに詰めれば三十人……いや、四十人くらいまでいけるか?


「それで、こいつはどう使うんだ?」


 この円形の装置は何かと言うと、旧世界で使用されていたという簡易型の転移装置である。簡易型と言うだけあって、設置はごく簡単だ。本体と付属品をケーブルで繋げればそれで設置完了である。だが、簡易版ということもあって機能は限られている。この転移装置は二つで一組になっており、複数設置したとしてもあくまでセットになっている転移装置間の移動しかできないのだそうだ。

 ちなみに、こいつはおっさんのストレージから取り出した品である。ここに設置されているのは一セットのうちの片方で、この装置と対になるものは大森林のとある遺跡の中であるらしい。恐らく妙に高圧的だったエルフの居住エリア内にあるんだろうな。


「転移装置の中央にスイッチがある。あれを踏めば転移装置の上にあるものが対となる転移装置に送られるという仕組みになっている」

「受け手側に物体が存在していた場合は?」

「セーフティが働いて転移は行われない。同時に、対となる転移装置側にアラーム音が鳴る。その他にもこのインジケーターランプで移動先の転移装置に障害物がないか確認できるようになっている。移動先の転移装置の上に障害物がある場合、このランプが点灯するわけだ」


 おっさんが指を指した先にはたしかにそれっぽいものが存在した。模様か何かなのかと思っていたが、そういう用途のインジケーターランプだったわけか。


「なるほど。じゃあ本当は屋外じゃなく屋内に設置したほうが良いんだな?」

「そうだな。風で飛んできた砂埃程度でセーフティが働くことはないが、小鳥や虫などのせいでセーフティが働くことはあり得る。セキュリティの観点から考えてもそうしたほうが良いだろう」

「耐久性と稼働期間は?」

「クロノミクス製の製品だから、基本的には半永久的にメンテナンスフリーと言われている。半永久的に、というのは言い過ぎとしても、故意に破壊しようとしない限りは長期間稼働し続けるだろう。今でもクロノミクスで作られた品が問題なく動作しているという点を考えれば、半永久的に稼働するという謳い文句もあながち誇張とは言えないだろうな」

「確かに」


 クロノミクスというのは旧世界の遺跡や、そこから発掘される遺産に使用されている白い陶器のような材質のことである。異常に頑丈で、俺でも破壊するのにはかなり気合がいる。

 で、最後の問題はアレだ。


「動力源は? アレか?」


 俺の視線の先にはケーブルで転移装置と繋がったソーラーパネルのようなものがあった。結構大きい。横幅1メートル半、縦幅はその半分くらいだろうか。それが全部で四枚設置されている。パネルは薄く、縦に直立していてなんだか衝立みたいだな。


「そうだ。あの吸魔板が周辺の魔力を吸収して転移装置に魔力を貯める。何も手を加えずに動力として使うのであれば、できればもっと離して設置したほうが良い。転移装置のこのインジケータが貯蓄されている魔力量を示している。このたまり具合から考えると一時間に一回くらいは稼働させられるんじゃないか。吸魔板を離して設置すればもう少し効率が上がるかもな」


 おっさんはそう言いながら魔晶石をセットしたハンドライトのようなものを取り出し、光らせ始めた。そうすると急激に貯蓄魔力量を示すインジケータが上昇し始める。ほう、吸魔板を密集して設置したところに魔力を放射すると急速充電みたいなことができるわけか。


「なるほど、素晴らしいな。これは転移門……だと俺が使う魔法の方と被るな。トラベルゲートと呼ぼう」


 ソーラーパネルと違って別に太陽に向ける必要も無いようだし、設置自体はかなり楽そうだ。普通に使う分には離して設置したほうが効率が良いって話だし、その言葉には素直に従うとしよう。

 でも、一度に輸送できる量は大したものじゃないな。大量の物資を輸送したいならトレジャーバッグなんかを活用する必要があるだろう。魔力のチャージにそれなりに時間がかかるみたいだし、回転率も高くないみたいだからな。でもそんなのは工夫次第でなんとでもなる。魔力を注いで回転率を上げることができるなら、魔力の余っている人から魔力を買い取るなんて方法もあるしな。献血ならぬ献魔力みたいな感じで。

 さて、性能も概ね理解できたところで本題に入るか。


「それで、こいつはあと何セットあるんだ?」

「なに?」

「できれば六セットは欲しいんだが」


 鬼人族の里、アルケニアの里、川の民の居住地、あと東西街道の関所とそのうちできるであろう北街道の関所にも。あー、研究用にもう一個あるとなおよしだよな。


「唐突に図々しさを出してきたな、お前さん」

「いいじゃねぇか、どうせ使われもしないで埃を被ってるんだろ? それなら俺のところで有意義に使われたほうが道具にとっても幸せってもんだ」

「これは貴重な品なんだぞ。それに元々幾らすると思ってるんだ」

「あー! いたたた! あー、おっさんにレーザーとか銃で撃たれた傷が痛むわー。リアルと会わせてやった上に腕もくっつけてやったのになー」


 大げさに胸を抑えてよろめいて見せてからチラリとおっさんを見る。


「……無いもんは無い。俺が保管しているもので提供できるものは二セットだけだ。吸魔板やケーブルの予備はいくらかあるから譲っても良いがな」


 二セットか。まぁ、目下交通が不便過ぎるのは鬼人族の里だけだし、一個を研究用とすれば許容範囲内かな?


「設計図とかの技術資料も頼むぞ」

「……とことん図々しいなお前さん」

「何せ俺の肩には勇魔連邦の民を幸せにするっていう重責が乗っかってるんでね」


 呆れた様子を見せるおっさんにヒラヒラと手を振って見せ、今まで俺とおっさんとのやり取りをずっと仏頂面で眺めていたリアルに視線を向ける。


「おっさんと比べてこの駄神と来たら……」

「今すぐその残念なものを見る目をやめてくれないと今夜また後悔することになるよ?」

「あ、はい。すみません」


 こいつの本気はマジでやべーので素直に謝っておく。限界に挑戦するのは勘弁して欲しい。昨日もどこからこんなに出たんだってくらい搾られたよ。一回くらいなら楽しいで済むが、二日連続は本気で干乾びかねない。


「お前らを見ていると頭がおかしくなりそうだ……俺は戻って機材を取ってくるから、こっちの装置に悪戯するなよ」


 リアルとじゃれあっていたらおっさんはそう言い残してさっさと転移装置で行ってしまった。

 うん、人類を滅ぼした邪悪の化身だと思っていた奴が妙に可愛らしい小娘になっていて、しかも普通に人間といちゃついていたりしたら確かにそう思っても仕方がないかもしれない。でもこれが現実なので受け止めて欲しい。


「さーて、このポンコツには何をしてもらえばいいかね」

「ナニならいくらでもしてあげるよ!」

「お下品だわ。お前、ほんとそういうとこだぞ」


 人差し指と親指で作った輪っかに指を出し入れするのをやめなさい。黙っていれば無垢で清純な超絶美少女なのになぁ。本当に残念なやつだ。

 と、その時である。


「うおっ!? なんだおい眩しい!」


 何の前触れもなく激しい光が俺とリアルの目の前で発生し、まともにその光を見てしまった俺の目が眩む。危険察知には何の反応もないので、多分危険なものではないと思うが一体何事だ。


「うごごごご、目が……」

「あれ、ガイナじゃない。どうしたの?」


 俺の視界が眩んで何も見えないなか、全く堪えていない様子でリアルがそんな言葉を放つ。ガイナ? ガイナって地母神ガイナ? なんだってそんなのが唐突に沸いて出てくるんだよ!


「お母様、呼び出しです」

「え? 今? 見ての通りイチャイチャしてて忙しいんだけど」

「それについてです」


 やっと眩んでいた目が治って突如現れた第三者の姿を視界に捉えることに成功する。透けるような、というか実際透けている薄布に包まれた豊満な肉体、輝く黄金の髪の毛、そして深く、蒼い、慈愛に満ちた瞳。この姿は以前にも二度ほど目にしたことがある。

 彼女地母神ガイナ。法と裁きを司る雷神にして主神でもあるヴォールトの妻、生命と豊穣を司る女神だ。まさかの本人光臨である。これ、世間的に見て物凄い大事なんじゃなかろうか。前に酒神メロネルが別大陸の酒場に現れて酒盛りしてったって話を聞いたことがある。つまり、神が人前に現れたりするのは、通信の発達していないこの世界においてすら海を渡るほどのニュースなのだ。

 うん、間違いなく大事だわ、これ。あと、ガイナに限ってはそこに存在するだけで差し迫った危機が発生する。どういうことかというと、ガイナはただそこにいるだけで地母神としての権能を垂れ流しまくるので、精神攻撃に対する耐性を持たない者はその姿を目にしただけでバブみエネルギーが天元突破してマザコンになってしまうのだ。つまり歩くマザコン製造機なのである。

 俺はもう精神耐性のスキルを3にしたからな! 割と大丈夫だ。今にもあの豊満なおっぱいに飛び込みたい衝動に駆られているが、気合で我慢できるので俺は正常。実際安全。


「ボクが誰とどう付き合おうとボクの勝手だよ。それに干渉する気なら……覚悟するんだね」

「別にお母様が誰と褥を共にしようと、歳も考えずにイチャつこうとどうでも良いです」

「歳は関係ないよ! ボクは永遠の少女だし!」

「だからそれはどうでも良いのです。とにかく、来てください。タイシ君も一緒にです」


 有無を言わさぬガイナの態度になおも何かを言い返そうとするリアルの口を塞ぎ、羽交い締めにする。


「埒が明かないからとっとと連れてってくれ。クローバーにマザコンを大量発生させるわけにはいかん」

「話が早くて結構ですね」


ガイナがニッコリと微笑み、腕を一振りすると一瞬で周りの景色が切り替わった。様々な花が咲き乱れる庭園のような場所だ。きっとここがガイナの御座なんだろうな。御座というのは神々が所有する自分の領域、住処みたいなもののことを指すらしい。

 しかし、ここは綺麗だけどなんというか無秩序だな、人の手が入っているような様子は一切ないし、生命力が旺盛すぎて華やかだけど荒々しい印象すら受けるわ。


「凄いとこだな、ここは」

「ありがとうございます」


 俺の言葉にガイナはなんだか嬉しそうな声で微笑むが、別に褒めたわけじゃないんですけど。ここで昼寝とかしたら目を覚ました時には植物に覆われてそう。というか身体から植物が生えてそうで怖い。


「タイシ、ボクから離れないようにね」

「そうする」


 不機嫌そうな、あるいは面相臭そうな雰囲気を醸し出しながらリアルが俺の手を握ってくる。既に俺をどうこうするって話は無くなったと聞いてはいるが、心変わりしていきなり『死ぬがよい』とか言われる可能性はあるからな。

 リアルの小さな手に引かれつつ、前で揺れるガイナの尻を眺めながら歩いていく。しかしここはどの辺りなんだろうな? 結構蒸し暑い感じがするから、クローバーよりもかなり北だろうな。この惑星の赤道付近だろうか。


「どこ見てるの?」

「前」


 リアルに肘打ちされた。なんでや、嘘吐いとらんやろ。

 そんなやり取りをしながら辿り着いた先は、開けた広場のような場所だ。そこには既に何人――いや、何柱もの先客が居た。


「来たか」


 鋭い眼光を向けてくるのは雷神ヴォールト。ガイナの夫で、俺を危険視して排除しようとしていた神々の勢力の主導役だ。ボリュームのある癖っ毛気味の茶髪と、燃えるような意志を宿した赤い瞳が特徴だな。奴の髪の毛が癖っ毛気味なのはやつが雷を司る神だからじゃないかと思っている。きっとあれ、静電気でブワってなってるんだ。そうに違いない。


「不快な視線を感じるな」

「自意識過剰なだけだと思いまーす」


 目を逸らしながら口笛を吹いて誤魔化す。他の面子は……知っている顔は鍛冶神バルガンドと酒神メロネルくらいだな。バルガンドは筋骨逞しい半裸の爺で、メロネルは福々しいみための恵比寿さんみたいなおっさんである。

 あとはローブを目深に被った男と、肌が透ける薄衣を纏った妖艶な美女、それに目の下に隈を作ったスーツ姿の男。


「そっちのローブのと痴女は前にやりあったことがあるな。スーツ姿のは初めて見る顔だ」


 多分薄布の女は水神クローネだろう。そして初めて会う顔だが、隈が酷いことになっているスーツの男は死と闇の神ヘイゲルだろう。前に実際に会ったことのある人物から仕事のストレスで苦しんでたとか聞いたことあるし。

 ローブの男の正体だけがわからんな。前にジャイアントスイングをかましてやったことだけは覚えてるんだが。


「ゲーツ、魔法を管理している神だ」

「クローネ。水神よ」

「ヘイゲルだ。俺のことはマリアから聞いてるな?」

「少しだけな」


 大体思っていた通りだった。ちなみに、マリアというのはミスクロニア王国の女伯爵で、俺と同じく異世界からこの世界にやってきた女性である。彼女は死と闇の神であるヘイゲルと因縁があるという話だったが、そんなに詳しくは話を聞いていない。正直あまり近寄りたくないタイプの女なんだよな。


「それで、なんでボク達はここに呼ばれたのかな? ボク達は忙しいんだけど」


 不機嫌そうにそう言うリアルをヴォールトがギロリと睨みつけた。本人としてはもしかしたらただ視線を向けただけなのかもしれないが、目の力が強すぎて睨んでいるようにしか見えない。


「母上、旧世界の過ちを繰り返させない。それは母上も含めた我々全員の総意であったと思うのですが?」

「そうだね」

「では、何故旧世界の技術を復活させるようなことを黙認するので?」

「あの転送装置のことを言っているのかい? あれには神力も絡んでいないし、既にエリアルド中に出回っている魔導具の延長線上の存在だろう? コストを度外視すれば同じようなものはタイシにだって作れるだろうし、何の問題も無い筈だよ」

「詭弁ですね。神力の利用と擬神格の抽出は結局のところ、そういった技術の到達点の一つです。徒に技術の発展を加速させるのは、あの過ちが再び繰り返される可能性を増大させることと同義です」


 うーん、どちらの言っていることも一理ありそうな感じがするな。


「二人だけで言い争ってないで、他の神にも意見を言ってもらったらどうだ? ほら、そこの魔法を司ってる人とか詳しそうだし」

「俺か。そうだな、俺は直ちに何か問題が発生するとは思わない。この程度の技術的なショートカットがあったところで、神力の発見やその利用にまで至るにはまだまだ足りないものが多すぎる」


 魔法神ゲーツはフードを目深に被ったままよく通る声でそう宣言した。見た目は陰気な感じだが、べつに性格はそういう感じでもないようだ。


「ただ、問題はお前だ。お前は異世界の技術を識っている。調べてみたが、魔法や異能の存在が表に出ず、物質的な文明が大きく発展した世界であるようだな。勿論、お前自身は専門的な技術を持っていないだろう。だが、あちらにあったものをこちらの世界の魔法やその関連技術を使って再現することによって、神力の利用に繋がるブレイクスルーを引き起こしてしまう可能性がある。そして、旧世界の技術をお前が理解していくことによってブレイクスルーが起きる可能性は飛躍的に上昇していく。技術的に似通ったところがあるからな。特にゴーレム関連技術はマズい。ゴーレム関連技術から魔導頭脳技術に発展してしまうと、技術開発の加速度が一気に上がるからな」

「なるほど?」


 首を傾げつつも、ゲーツの言い分に一定の説得力を感じる。魔導頭脳技術というのは、恐らく人工知能関連技術のようなものなのだろう。元の世界でも人工知能――つまりAI技術の発展によって技術の発展そのものが超加速するという考え方があった。確かシンギュラリティとかなんとか。

 要は、人間よりも格段に思考速度が速く、また疲れを知らない機械が自己のさらなる進化、改造も含めた技術的問題の解決を始めると、人間が今まで歩んできたスピードとは比べ物にならないスピードで技術が発展していくとかそんな感じの内容だったと思う。

 つまりゲーツはこう言いたいわけだ。


「今回の件をなぁなぁな感じで見逃してしまうのはマズい、というわけだな。ああいう遺物を解析してモノにしていくのを何度も見逃していれば、そのうちヤバいことになるかもしれないと」

「端的に言うとそういうことだ。ただ、先程も言ったように今回問題となっている装置に関して言えば、問題になる可能性は限りなく低い。俺から言えるのはこれくらいだな」

「なるほど。専門家の意見はこういうことだが、あんたはどういう処置を考えているんだ?」


 ヴォールトに視線を向けると、奴は厳しい表情のまま口を開いた。


「危険な存在は消してしまうのが一番だが、そういうモノが出てくる度にいちいち我々が手を下すのは非効率的だ」

「その短絡的なやり口には同意できないが、非効率的なのは確かだな」


 こいつは事あるごとに消すだの殺すだの処分するだのと……一見厳しく、思慮深そうに見えるけど。実はとんでもなく短気で面倒臭がり屋な脳筋野郎なんじゃなかろうか。


「だから、貴様が管理しろ」

「……What?」


 お前は一体何を言っているんだ。管理する? 俺が? 何で?


「我々が現世に干渉するには色々な制限がある。そしてどうしても大げさになる。もし我々が魔導技術の発展を抑制するよう神託を出したとしたら、どうなるかは想像がつくな?」

「つかねぇよ。ただ、ロクでもないことが起きることだけは確信できるな」


 神託のままに行動しようとする神殿勢力と、国家の繁栄を支える魔導具技術を手放したくない国家や魔導具技術で儲けを出したい商人達は激しく対立することになるだろう。下手したら内戦状態になるかも知れないし、もしかしたら神殿勢力が弾圧される羽目になるかもしれない。逆に、魔導技術の研究者や職人が弾圧されるようになるかもしれない。どっちにしろロクなことにならないのは確かだ。


「しかし、貴様はまだ只人だ。現世に干渉するのに我々ほどの制約はないし、我々に比べれば細やかに状況をコントロールする手段も行使できよう。よって、貴様に危険な古代技術の拡散を防ぎ、管理する役目を申し付ける」


 ははぁ、なるほど。神託か本人光臨かという二択くらいしかない神々にとって、数が多くて細々とした問題の解決は難しいというわけだ。それに比べれば俺はコソコソと動くのもできなくはないし、勇魔連邦という国家組織の元首であるわけだから、ある程度自由な最良で多くの人間を動かすこともできる。こういった問題の解決にはうってつけだと。なるほど納得! って、んなわきゃない。


「いや、その理屈はおかしい。何故俺がお前らの走狗になってそんな責務を負わなきゃならんのだ。それに、俺の勢力圏は精々ピート大陸内がいいとこだぞ? エリアルド全体の管理なんぞいくらなんでも無理だ」


 俺の機動力をもってすれば世界中を飛び回ることは不可能ではないかも知れないが、そのためだけに今後の人生を捧げるなんてお断りだ。


「別にタイシはんになんもかんも全部を押し付けようっちゅうわけやないで。ま、言うなれば神になるための修行、下働きってとこや。タイシはんはタイシはんのできる範囲でやってくれればええで」

「小僧、貴様は母上と添い遂げる覚悟を決めたのだろう? なら、つべこべ言うな。観念しろ」

「そうよぉ。気合を入れて使いっ走りしなさいな」

「ぐっ、ぬ」


 ここでお断りだバーカバーカ! と言うのは簡単だ。だが、まだ俺の手を握っているリアルの表情を見ると……ああおい、お前そういうキャラじゃないだろう。何だよその不安そうな顔は。ここで断ったら泣きますって言ってるようなもんじゃないか、それは。くそ、卑怯な。

 ぐぬぬぬぬ……この世界に来てからというものの、自由に生きようと思っていたというのに、ことあるごとに柵が増えていく。


 異世界に来てその日の内にマールに酔い潰されて美味しく食べられ、少し頑張ったらすぐに勇者とバレてカレンディル王国に暗殺者を差し向けられ、それを撃退したら今度はカレンディル王国に取り込まれ、俺への襲撃に失敗して犯罪奴隷として売られていたフラムを引き取り、彼女達との関係に悩みながらも勇者として大氾濫を乗り越え、マールの実家に挨拶に行ったら今度はティナに酒で嵌められて、獣人達をちょっと自由にモフりたいからと大樹海を開拓し、探検していたらアルケニアの糸に引っかかってクスハと出会い、クローバーを作り始めて、デボラやカレン達が嫁になり、それに乗っかってメルキナとクスハも嫁になり、ここらでもういっぱいいっぱいなのにゲッペルス王国に絡まれ、お礼参りに行ったらネーラも娶ることになり、やっと結婚式が終わって落ち着く思ったら神々に喧嘩を売られ、ボコボコにされて大森林でエルミナさんやリファナと出会って、リアルともそういう関係になって、やっと帰ってきたと思ったら侵略軍だの俺を殺しにきた勇者だのとバタバタして、なし崩し的に昇神する話も呑むことになり……ああ、思い返すと涙が出そうだ。


 何かをする度に柵が増えるのは今更の話か。それに、きっと悪いことばかりじゃないだろう。今までだってそうだった。きっとこれからもそうに違いない。一歩一歩、確実に前に進む限りはきっとそうだ。皆も一緒に歩いてくれるというなら尚更だ。大丈夫だ、きっとなんとかなる。


「よーしわかった、いいだろう。俺もいい加減観念して腹を決めようじゃないか。その話、乗ってやる……ただし!」


 俺は静かにこちらに視線を向けているヴォールトと対峙する。


「何が危険で、何が危険じゃないかは俺が判断する。これは俺が昇神するまでの修行で、昇神した後には俺が司る部分になると考えていいよな? なら、その判断は俺に一任してもらう。意見があれば聞くが、決定権があるのはあくまでも俺だ」

「貴様に全てを委ねろと? 冗談ではない」

「冗談ではないのはこっちの方だ。いいか? 前にも言ったが、俺はお前のやり方には賛同できない!」


 俺はそう言って真正面からヴォールトに人差し指を突きつけた。


「人を家畜のように間引きし、発展を阻害して管理するってやり方には反吐が出る。人は自らの力で立ち、歩き、未来を切り拓いていくべきだ。そして神はそれを見守り、支え、人が道を誤りそうになった時にそっと手を貸してやる存在であるべきだ。刃物を持ったこともない子供が刃物の危険さを学べるか? 火を見たこともない子供が火の危険さを理解できるか? そんなわけがないだろうが」


 そりゃ怪我なんぞしないに越したことはないんだろうが、人間なんてのは痛い目を見ないとなかなか学習しないものである。やはり俺には今のヴォールトのやり方が正しいとは到底思えない。


「この世界に来るまで命のやり取りどころか、まともな殴り合いもしたことが無かった子供が知ったような口をきくものだな」

「あんたからしてみれば、俺の言っていることは子供じみた理想論なんだろう。実際にそうなのかもしれないけどな。俺はこの身で世界滅亡寸前の地獄を体験したわけじゃないし。だが、俺にだって譲れないものはある。俺のこの考えを支持してくれる酔狂なやつだっているしな」


 バルガンドやメロネルに目を向けると、両者は無言のまま頷いた。にこやかなメロネルとは対象的にバルガンドは思いっきり仏頂面だったが、同意してくれたことには違いないので気にしないでおく。


「容認できん、と言ったらどうする?」

「どうもせんよ。俺は俺の思うようにやるだけだ。急激な技術の進歩によって殺傷能力の高すぎる武器や大量破壊兵器が氾濫するのは俺だって避けたいし、神力や擬神格関連の技術は俺も広めるべきじゃないと思うから、俺にできる範囲で拡散を止めるさ。そっちが野蛮にも暴力に訴えるってんなら不本意ながら応じるがね?」


 しばしヴォールトと睨み合う。どうせ見つめ合うならガイナとかクローネみたいな美人の方が良いんだがな? 何が悲しくて異常に目力の強いおっさんと見つめ合わなきゃならんのだ。何の罰ゲームだよ。


「ヴォールト、そこまでだ。俺は暇ではない。こうしている間にも通常業務が積み上がっていく。お前のくだらん意地に振り回されるのはうんざりだ。俺はそっちの小僧の側に着く」

「ヘイゲル?」

 ガイナが弟であるヘイゲルを咎めるように声を上げるが、ヘイゲルはその言葉を振り切るように首を振った。

「姉さん、俺はもううんざりなんだよ。定期的に本来天寿を全うするはずだった魂を処理するのは。今回はそういう仕事がいつもより少なくて正直俺はせいせいしてる。順調にタスクが減り続けている。こんなことは本当に、気が遠くなるほど久しぶりのことだ。もしかしたら余暇を満喫できるような日々が来るかもしれない」


 え、何それ怖い。神のくせに目の下に隈作ってる原因はそれかよ。気が遠くなるような年月、余暇もなしに働きづめなの? いくら神でもそれは色々と病むんじゃね?


「私は別にどっちでもいいけどぉ、また殴り合いをするのは嫌よ。こいつ、女相手でも容赦ないし」

「殺意を持って命を狙ってくる相手に男も女も関係ないだろ、常識的に考えて」


 どんなに美人でもそんなん本気でぶん殴るわ。相手が圧倒的に弱いとかなら手加減することもあるかもしれないが、少なくともお前はそういう対象じゃない。


「俺もそいつとやりあうのは御免だ。もうぶん回されるのは嫌だ」


 ゲーツもまたいかにもうんざり、といったように首を振った。


「……不本意だ」


 ヘイゲル、クローネ、ゲーツの三柱にこれ以上の俺との敵対を直接的、間接的に拒否されたヴォールトが、言葉通り実に不本意そうなしかめっ面でそう呟く。


「一体全体お前は俺の何が気に入らないんだよ。逆に興味が沸いてきたわ」


 確かにこいつとは徹底的に反りが合わないというか意見が合わないが、ここまで露骨に嫌われる心当たりはないんだよな。理屈や考え方の違いというよりも感情面で嫌われている気がする。


「ヴォールトはボクがタイシにぞっこんで、かかりきりなのが気に入らないんだよ。ねー?」

「母上」

「この人は妻の私よりもお母様のほうが大好きですから」

「ガイナ」

「いかつい見た目だけどこいつこじらせたマザコンなのよねぇ」

「クローネ!」


 女性陣にボッコボコにされ始めたヴォールトがついに叫びだす。口を開かない男神達に視線を向けると、メロネルとゲーツはニヤニヤしており、バルガンドは我関せずという感じで瞑目、ヘイゲルに至ってはゴミを見るかの如き冷たい視線をヴォールトに投げかけていた。これはただの勘だが、ヘイゲルはヘイゲルでシスコンを拗らせているんじゃないだろうか。


「神様も複雑怪奇な人間模様で色々大変だな」

「儂とあやつらを一緒にするな」

「せやで、わいを見てみい。自由なもんや」


 バルガンドは鍛冶以外に興味なさそうだし、メロネルは自分の御座で美人達と毎日イチャイチャしてるもんな。ゲーツにちらりと視線を向けると、彼は彼でこの状況に慣れているようで、どこからか取り出した真新しい本に視線を落としている。


「俺は暇ではない、と言ったはずだが」


 場の混乱を収めたのは全身から黒いオーラを立ち昇らせたヘイゲルだった。うん、暇じゃないって言ってんのに本題そっちのけでじゃれ合い始めたら俺でもキレるわ。


「タイシは危険な古代技術の拡散を防止し、古代技術の管理を行う。その技術が危険かどうか、どうやって管理するのかという判断についてはこれをタイシに一任する。ただし、我々も発見された技術に対する評価を行ない、管理方法に関して提言を行う。しかし、提言を受け容れるかどうかの判断はタイシが行う。この契約をもって我々はタイシへの敵対行為を停止し、またタイシは後に昇神することを了承するものとする」


 ヘイゲルの宣言内容を吟味する。俺としては問題ないように思える。リアルを視線を交わすが、彼女も頷いた。この期に及んでリアルが俺に不利な条件を押し付けるとも思えない。


「了承する」

「……了承する」

「契約はここに交わされた。私を含め、ここにいる全員がこの契約の証人である。契約を破った者には各自がそれなりの対応をすることととする、努々忘れることのないように」


 ヘイゲルがそう締めくくり、古代技術の拡散と管理に関する神々の緊急会合はこれにて終了することとなった。

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