第125話~国是を発布することにしました~
「あんな格好で帰ってきて。何事かと思いましたわよ」
「とても楽しかったですよ」
プリプリと怒っているネーラとは対象的にティナはにこにこと満面の笑みである。あの後、細々としたお土産を買い終えた俺達は転移魔法でオーフェルヴェーク家へと戻ってきた。俺はともかくティナが着替えられるような場所は無かったので、駆け出し冒険者スタイルのままでだ。
オーフェルヴェーク家の門番が優秀だったため、格好が変わっていても俺達だということにすぐに気づき問題なく屋敷へと迎え入れてくれたのだが、ネーラは俺達の格好を見るなり眦を釣り上げて怒り始めた。仮にも一国一城の主たるものが云々、その妃たるものが云々、とカンカンである。
しかしそこはレイレーラさんとヘリアンがネーラを宥めてくれてすぐにその場は収まった。しかしその後、夕食の席に着いた後もネーラの不機嫌は継続中である。本気で怒ってるわけじゃないみたいだし、どっちかと言うとティナが物凄く楽しそうだったから拗ねてるんだろうけど。
「今度はネーラとどこかにデートに行くか」
「……約束ですわよ?」
「良かったわね、ネーラ」
まだ少し拗ねた表情だったが、機嫌は取れたようである。レイレーラさんも俺とネーラのやり取りを見て満足そうな感じだ。
「それにしても、ゲッペルス王国の料理は美味しいな」
羊肉をスパイスの効いたスープで煮込んだ料理がメインで、主食はナンのような薄焼きパンだ。その風味や味はスープカレーに近い。その他にも中華料理らしきあんかけをかけた炒めものや、子羊の半身をグリルにしたものなどが並んでいる。どの料理も手が込んでいるし、香辛料もピリっと効いていて食欲をそそる。
「食文化はゲッペルス王国の自慢だからね! ミスクロニア王国の勇者料理も美味しいけど、ゲッペルス王国の料理も引けをとらないと思うよ」
「珍しい香辛料や調味料を使えばそれでいいというものではないと思いますけれど、確かにゲッペルス王国やミスクロニア王国の料理に比べると、カレンディル王国の料理は素朴なものが多いですわね」
「ハズレもないけどな。ミスクロニア王国南東部の魚の塩漬けとかあれ悪臭兵器だぜ」
「ああ、あの臭いは凄かったね……しばらく王城に近づきたくなかったよ」
ヘリアンが遠い目をする。そうか、あのシュールストレミング攻撃の後に城に行ったのか。それはなんというか、ご愁傷さまだったな。
☆★☆
「それじゃあ、今日はこの辺りで御暇するよ」
楽しい一時を終え、俺達はオーフェルヴェーク家を後にすることにした。お土産も買ったし、布や糸を仕入れる話もまとまった。ネーラはレイレーラさん達との時間を満喫することができたようだし、俺とティナも一日冒険者デートで楽しめた。今日は良い一日だったな。
「泊まっていってくれてもいいんだけどね」
「流石にそれはな。家には身重の妻も待ってるし。でもまぁ、一度着た場所には魔法で転移してくることもできるからな。そのうち突然お邪魔するかもしれない」
「そうか、その時は歓迎するよ。領地の方には早馬を飛ばしておいたから、五日もすれば物資の用意も出来ているはずだ」
「わかった。五日後以降に訪ねるよ」
ネーラ達に視線を向けると、あちらもレイレーラさんとの別れが済んだらしく、こちらへと歩み寄ってきた。
「それじゃあ、レイレーラさんもお元気で。またいつかお邪魔します」
「はい、また。今度は他の子も一緒に連れてきてね」
左右の腕にネーラとティナを抱き寄せ、魔力を集中する。行き先は勿論、クローバーの領主館だ。
「了解です。では、また!」
視界が一瞬ブラックアウトし、浮遊感に見舞われる。まさに瞬きのような一瞬で俺達はクローバーの領主館前へと帰還した。クローバーの方がピドナよりも西にあるためか、まだこちらでは夕陽が落ちきっていないようである。
「明日からまた忙しいな」
「そうですね。でも、今日一日でとっても良い気分転換になりました」
「大丈夫ですの? 冒険者として一日働いたのでしょう?」
「大丈夫ですよ、歩き回って魔法を使っただけですから。最近運動不足だったので、丁度よかったくらいだと思います」
「でも、慣れないことをしたわけだからな。身体の調子が悪くなったらすぐに休めよ?」
「はい」
領主館の扉を開けると館の奥の方から賑やかな気配がした。薄っすらと漂う料理の匂いから考えると、ちょうど夕食の最中なんだろう。念のために俺達三人に浄化をしっかりとかけてから食堂へと足を向ける。
「あ、おかえりなさい! タイシさん!」
「ああ、ただいま」
真っ先に声をかけてきたマールの頭を撫で、食卓の上に用意されている料理を眺める。おかゆに、何かの薄切り肉の冷しゃぶ、カットした果物、サラダにパンにスープってところか。希望者には何かの肉のステーキがついているようだ。
「おかえり。夕食は?」
「あちらで頂いてきましたわ。でも、そうですわね。ワインだけいただこうかしら?」
「はい、今用意してきますね!」
「ああ、良い良い。俺が持ってくる。ゆっくり食事をしててくれ」
席から立とうとするデボラやシータンを押し留め、厨房からワインとチーズ、何かの干し肉の塊を持ってくる。そうしたら後は歓談タイムだ。布の取引が上手くいきそうだという話や、ティナが一日冒険者として働いてきた話をしたり、今日のクローバーや領主館であった出来事を聞かせてもらったりする。
「細々としたトラブル、か。まぁ予想通りだな」
「そうですね。元奴隷の人達は気迫に欠けるというか、どうしても受け身というか……露骨に言えば奴隷根性とでも言うのでしょうか? そういう所が既にこのクローバーに住んでいる人達とは合わないみたいで」
「そっか……まぁ、こればかりは一朝一夕でどうにかなるもんじゃないな。根気強く付き合っていくしかないだろう。後々、差別とかに繋がらないように注意深く見守っていくべきだろうな」
差別を禁じる法を作ることも考慮すべきだろうか。全ての勇魔連邦民は法の下に平等である、とかそんな感じで。法というよりは基本理念として広く知らしめるべきか?
「良いと思います! タイシさんがこの国を興したそもそもの理念を明文化するわけですね!」
話してみると、皆の反応は概ね好意的なものだった。
「この国の興りを皆に今一度知らしめるのは良い考えじゃの。特に、脳味噌まで筋肉が詰まっておる鬼どもにはよく伝え聞かせるべきじゃろうな。我らもそうじゃが、彼奴らは特に強さを尊ぶ性質じゃから、元奴隷達を惰弱の徒と見なす可能性はある」
「アルケニアは大丈夫なのか?」
「妾達は大樹海に迷い込んだ人間を保護していたのでな。弱者だからと言って蔑ろにするような者はおらぬよ。強さを尊ぶのは鬼どもと同じじゃがな。それよりも問題は鬼どもよ。奴らは主殿に心より臣従しておるわけではない。言わば利害関係の一致によって手を組んでいる間柄じゃからな。今後のためにも今一度腹を割って話し合うべきじゃろう」
そう言われると確かに。川の民やアンティール族、それに獣人達やケンタウロス達というのは、俺の庇護が必要だから俺に従っているのだ。アルケニアや鬼人族は本来、独力で何の問題もなく大樹海で生きていける人々なのである。
アルケニアに関しては俺が最初に力で制圧した上に、絶対的な長であるクスハが俺に嫁いだからこそ俺に臣従しているわけで、鬼人族と俺との間には血の縁も無く、ただお互いの利害関係だけが存在しているだけなのだ。
「鬼人族の方はあまりクローバーにも移り住んでいませんね。鬼人族の中でも所謂変わり者と言われるような方々だけが半ば物見遊山な感じで住み着いているだけですし」
「うーん、鬼人族かぁ。蔑ろにしていたつもりはなかったが、距離を取り過ぎていたかな?」
「そうですね。少々の人の行き来と物資のやりとりはしていますが、川の民やアルケニアほどには交流はできていないかと。物理的な距離の問題もあるんですけどね」
「距離の問題か。確かに鬼人族の村は遠いよな」
以前は俺が転移門による定期便を運行していたのだが、帰ってきてからはゴタゴタしててそれもできてなかったしな。アルケニアの里はまだなんとか徒歩で行き来できる距離(ただしアルケニアに限る)だし、川の民の居住地との間には運河ができているから問題なく行き来できるんだよな。
妖精族? あんな不思議生命体のことなんか心配するだけ無駄だ。爆発四散してもケロッと復活しそうな奴らだし。
「あいつらと手っ取り早く懇ろな関係になるのって何が良いんだろうな」
「主殿が鬼人族から嫁を取るのが一番手っ取り早いじゃろ」
「いや、それはちょっと……俺にだって節操というものが……もの、が」
メルキナと目が合う。
「母さんとリファナに手を出して連れ帰ってくるタイシが言うと説得力があるわね?」
「ぐはぁっ!」
メルキナの言葉と笑顔が俺の心に深々と突き刺さる。完全に致命傷だ。
「そ、それは私にも刺さるわねぇ……で、でもほら。ここは一つ、今後のためにも必要なことだし、ね?」
「選択肢の一つとして、ですね。こちらから言い出すのは良くないので、あちらから提案があった場合は受ける方向で考えておいてください。勿論相性というものもあるでしょうから、何が何でもってわけじゃありませんけど」
「……善処する」
「皆さんも、良いですね?」
マールの言葉に全員が頷く。俺の女性関係のあれこれに関してはマールに全権が委ねられているのだ。彼女が是と言えばそれで決定なのである。それにしても君達聞き分け良すぎない? 大丈夫?
こういう案件に関しては俺が口を出しても良いことは何もないんだろうけどさ。
「というか、鬼人族から嫁を取るならケンタウロスとか川の民とか妖精族からも一緒に嫁に取った方がいいんじゃないの? アンティール族は流石に無理でしょうけど」
えっ? メルキナさん?
「ふむ、それもそうじゃの。選定を進めておくか」
えっえっ? クスハさん?
「そうですわね。鬼人族だけとなると不満が出かねませんわ」
えっえっえっ? ネーラさん!?
「わかりました、その方向でいきましょう」
「スタァーップ! 待って。待ってください。これ以上増やすのはどうでしょうか? 私の体は一つなわけで、これ以上増えてしまいますと、一人一人と過ごす時間があまりにも減ってしまうと思うのです。身体だけの関係というのは良くないと思いますし、私と致しましては皆様との情愛を育む時間が減ってしまうのはとても悲しい!」
「タイシさん……私達のことを想ってくれてとても、とても嬉しいです」
マールが頬を紅色に染めて微笑む。が、すぐに真顔に戻った。
「でもそれはそれ、これはこれです。これも国生みの痛みですから、私達は我慢できます」
「いやそのですね? 俺が大丈夫じゃないと思うんですけど?」
「タイシさんなら大丈夫です!」
「何ら根拠のない信頼が重い! 助けてクスハえもん!」
「えもんてなんじゃい……とにかく、必要なことじゃ、諦めろ」
「そんなー」
誰か俺の味方になってくれる人はいないかと皆の顔を見回してみるが、誰も俺の味方になってくれそうな人はいなかった。なんということだ。
「タイシならみんな幸せにできる。みんな一緒なら絶対に大丈夫」
「そうよ、タイシくん。あなたが皆を幸せにするんじゃないのよ? 皆で幸せになるの。全てをあなた一人で背負う必要なんてないんだから、心配しなくて良いわ」
「というか、色んな相手と取っ替え引っ替えできるんだから良いじゃない。男はそういうのに憧れるんでしょ?」
「リファナ。夢は夢だから良いんだよ……」
俺という個人に一生を捧げてくれる相手なんて、俺にしてみればマールとフラム、ティナの三人でも手に余るくらいだったんだ。それがあれよあれよという間に増えに増え、今じゃそんな相手が十二人もいる。十二人の人生を背負うなんて、正直俺には重すぎると思っている。その上これ以上増やしたりしたら、俺は潰れてしまう。
と、そんな感じのことをとくとくと語ってみせたのだが。
「別にそんなに思いつめる必要なんてありませんわよ。膝枕や抱き枕が増えるくらいの感覚で良いのですわ」
「本当にタイシさんはそういうところ、出会った時から変わりませんよね。責任なんて深く考えずに女の子増えるヤッターくらいで良いんですよ?」
「えぇ……」
カレンディル王国とミスクロニア王国の元王女様達がとんでもないことを言い始める。
「私は女性に対して誠実なタイシさんのこと、立派だと思いますし好きですよ」
「そうね、私もそう思うわ」
ティナとリファナは俺を支持してくれるようだ。俺の周りの数少ない常識人枠である。
「ほ、主殿ほどの英傑であれば黙っていても女などいくらも寄ってくるものじゃ。妾はもっと奔放にあちこちで種を撒き散らしても良いと思っておるぞ」
「ケンタウロス族とか川エルフとかにもタイシが好きな娘はいっぱい居る。その気があれば選り取り見取り」
「この際あの娘達も正式に愛人にしちゃったら? ほら、タイシくんが悪徳貴族から助けて、この街に囲ってる娘達がいるでしょ? それにステラちゃんもね。あまり焦らすのは可哀想よ?」
クスハ、カレン、エルミナさんという嫁達の中でもこういった方面に特に奔放な三人とんでもないことを言い始める。いや、急先鋒はマールなんだけどさ。
「待って、君達の中の俺という存在と現実の俺という存在の間の乖離ヤバくない? 俺そんな性欲モンスターじゃないよ?」
あの娘達というのはミスクロニア王国の悪徳貴族に囚われていた違法奴隷の亜人娘達のことだろう。夜魔族とか翼人族、晶人族にハーピィなんかのレアな亜人からドワーフやエルフ、獣人族なんかのよく見る亜人まで様々な種族の娘達を集めていたクソ野郎だったんだが、強制的に行方不明になって貰った際に助け出した彼女達をこのクローバーで保護したんだよな。
なんやかんやあった末にほぼ全員から好意的に思われているのはわかってはいるが、俺もその時には既にマール達と婚約済みだったわけで、そういう関係にはならなかった。
そしてステラというのはネーラの侍女である。ネーラの親戚、というか従姉妹にあたる女性で、顔立ちもよく似ている。同じような服を着て並んだら間違いなく姉妹と思われるであろう容姿だ。つまり、カレンディル王国の宝石とまで言われていたネーラと同等の美人さんである。性格も明るく、お茶目な娘で俺も彼女のことは嫌いじゃない、というかネーラとの初夜の時なんか一緒にどうぞとまで言われたのだが……いや、惜しくないし。
「というか無理、物理的に無理、転移魔法と俺の身体能力をフルに駆使しても無理。今でさえ皆と接する機会が偏ってて申し訳ないのにこれ以上増えたら無理だって!」
「タイシさん」
「はい」
「諦めたらそこで終了ですよ」
マールがビシィッ! とサムズアップしてウィンクをキメてくる。ここでその名言が出てくるのかー。
「タイシ」
「うん?」
今度はカレンか。なんだ?
「やってもいないのに無理というのは甘え」
マールと同じくビシィッとサムズアップしてくる。なんで君はいちいちブラックなネタを突っ込んでくるのか。これがわからない。
その後、俺はこれ以上の増員を見合わせるように訴え続けたがまともに取り合ってくれる嫁は一人も居なかった。なんでや……。
☆★☆
数日が過ぎた。
俺としてはすぐにでも鬼人族の里に行くつもりだったのだが、それはマール達に止められたのである。
「伝えるべき理念、いや国是ですね。国是をまとめ、練り上げてから行ったほうが良いと思います」
そう言われれば確かにその通りである。意気揚々と乗り込んだは良いものの、伝えるべき言葉をまとめていなくてしどろもどろになったりしたらかっこ悪いし。
そういうわけで、勇魔連邦の全ての民に向けて発布される国是をどういうものにするか検討を重ねたわけだ。最初はマールやネーラを中心に難しい言葉を多用した荘厳なものが作られたのだが、そこでデボラから待ったがかかった。
「いや、国の方針とかそういうのだから、難しい言葉を使うのはわかるよ? でもさ、そんな難しい言葉を皆に伝えても、みんなよく理解できないんじゃないかい?」
「なるほど、一理も二理もある。言葉を飾らず、簡潔に、明快にってのは大事だな」
「むむ……そう言われれば確かに」
「確かにそれもそうですわね。でも、格式も必要だと思いますけれど」
デボラの言葉に俺は素直に納得できたが、マールとネーラは難しい顔をしている。そこで、俺は二人に向けて両腕を広げて見せた。
「俺の国だぞ? 単純で、他の国から見れば稚拙に見えるくらいで相応だよ。難しい言葉遣いのものはそれはそれで残しておいて、簡単に噛み砕いたものも作ろう」
という俺の発言で二人もなんとか納得してくれて出来たのがこちら。
・勇魔連邦の国民は皆平等、皆仲間です。出自や種族、力の強弱で差別をするのはやめましょう。
・勇魔連邦の全ての国民は勤労の権利を有し、また義務を負います。皆で頑張って働きましょう。
・全ての国民は義務を果たす限り、健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利があります。困ったら相談しましょう。
「うん、わかりやすいんじゃないか。難しい言葉で書いた方よりも俺はこっちのが好みだな」
黒板にチョークで書き出された三ヶ条を見て頷く。本日の領主館会議室に集まっている面子は俺、マール、ティナ、ネーラ、エルミナさんの五人である。フラムとカレンはまだつわりが収まっていないからお休み中。メルキナは難しい話はやだ、とボイコット。それ以外の嫁達は領主館内の細々とした仕事や、クローバー内での仕事に出払っている。
「そうね、私も良いと思うわ。お姫様達は難しい顔をしているけど」
俺の言葉にエルミナさんは同意してくれたが、マール、ティナ、ネーラの元王女三人は難しい顔をしている。
今回のエルミナさんはほぼ場を見守るだけのオブザーバー役である。最近、こういった国の方向性を決めていくような会合に関しては俺と元王女三人がメインで行ない、その他のメンバーから一人か二人がオブザーバーとして会合の進行を見守るというスタイルになっている。
国是の簡素化はデボラがオブザーバー役をしていた時に出てきた意見なので、今のところは良い結果を出せているように思う。今後は俺達だけでなく、他の里の長なんかも参加させたほうが良いんだろうか? 後々その辺も相談してみよう。
「いえ、理念としては前にもタイシさんから聞いていましたし、納得はしていますよ。ただ、それを今後ずっと実行していくとすると、財源の確保や状況の把握に使う労力、その他諸々のコストが嵩んでくるのがわかりきっていますから」
「今は問題ありませんが、勇魔連邦の国民が一万人、十万人、百万人……となってくるとどこまでカバーできるものか、と考えてしまいますね」
「こんな試みをしたことのある王など今までいませんものね。前例がありませんから、予測も立てづらいですわ。手探りでやっていくしかありませんわね」
元王女の三人は単純に予想される困難に対しての心配をしているだけのようである。まぁうん、それは確かにね。この三ヶ条には俺が元々住んでいた世界の考え方が多分に盛り込まれている。福祉の概念を盛り込んでいるというのは、この世界においてはかなり先進的なのではなかろうか。
「あとの問題はー……怠け者対策ですかね?」
「そうだな。まぁ、今の住人達がいきなり働かなくなるってことは無いと思うがね。第三項についてはあくまでも怪我人や病人や妊婦、それに働く能力のない老人や子供がターゲットだからな。第二項が大前提なわけだから、働く気のない穀潰しまでは面倒見ないぞ」
「当然ですわね。それに、怠け者対策はありますわよ」
「ほう、流石はネーラだな。具体的には?」
まさか怠け者を見つけて罰するために密告制度を作るとか、専門の捜査局を置くとか言い出さないだろうな……ディストピア一直線だぞ。ネーラはどちらかといえば常識人枠なんだが、たまに突飛もないことをやらかすからな。
「ヴォールト神殿ですわ。ヴォールトは法と裁きを司る神で、王族や貴族、騎士や衛兵などがよく信仰しているのはご存知ですわね?」
「うん、知ってるな」
実はフラムが割と敬虔な信者だったりするらしいのだが、俺とヴォールトの間に因縁というか悪縁があるので、普段はあまりそれを表に出したりはしない。俺は気にしなくても良いって言ってるんだけどな。そりゃちょっとは複雑な気分になるけど、聞いてみればヴォールトの教えというか教義そのものには頷けるところも多い。
おっと、今はそれよりも怠け者対策だな。
「ヴォールトの神官は邪気や嘘を探知できる神聖魔法を使えますわ。だから、ヴォールト神殿をクローバーに招致して、保護を受ける者達にはヴォールト神殿での奉仕を命じれば良いのです」
「なるほど? そのこころは?」
「ヴォールトの神殿にちゃんとした神官が赴任していれば、神殿内はそれだけで一種の神域になるのですわ。怠けてやろう、楽をしてやろう、という感じで邪な考えを持っている者は、神域に入るだけでも全身がピリピリと痺れて痛がります。それに、ヴォールト神殿の神官は嘘や邪気を見破る神聖魔法を使うこともできますから、利用しない手は無いですわよ?」
「マジか、ヴォールト神殿すげぇな」
悪人や怠け者をそんなに簡単に判別できるというならそりゃ便利だな。王や貴族、騎士なんかの『民を統べる側』から絶大な支持を得るのも納得である。
「しかし、ヴォールト神殿とは正直言って仲悪いというか、お互いに印象が悪いよな。そんな状況で神殿を誘致なんてできるのかね?」
「そこでアーネストさんが役に立つわけですよ」
ティナがニッコリと黒い笑顔を浮かべる。
アーネストというのはミスクロニア王国のなんとかいう街のヴォールト神殿が囲っていた勇者である。正義感が強く、善良で、人を疑うことを知らない……まさに勇者って感じの男だ。
馬鹿正直に俺を暗殺しに来たので、拘束して詰め所でお話を聞いたりしたわけだが……問題なのは、ヴォールト神殿に属する正式な勇者が、ミスクロニア王国とカレンディル王国がその存在を認める勇魔連邦の長――つまり俺の暗殺を企て、実行したという一点に尽きる。
勿論、笑って済まされる問題ではない。この件についてはマールがミスクロニア王国の王家を通してヴォールト神殿に正式に抗議をしている。返答の内容如何によってはまた俺が直接出動することになるだろう。
うん? つまりそういうことか。
「アーネストの件を盾に恫喝するのか。なるほど」
「タイシさん、恫喝なんてそんな物騒な物言いはいけませんよ。真摯にお願いするだけです」
心外だ、とでも言いたげな表情でマールが頬を膨らませる。うーん、つつきたいがちょっと遠くて手が届かんな、残念。
「母さま経由でですが、正式に勇魔連邦として抗議はしておいたのでそろそろ反応が返ってくるころですね。母さまのことですから、この一件をこれ幸いにとヴォールト神殿を相当締め上げているでしょう」
「ママはそんなだからミスクロニア王国の魔女とか裏の王とか真の王とか言われるんですよ。私は陰のようにそっと裏から支えているからそんな風には呼ばれませんね!」
そう……かな? 結構交渉事には絡んでるし割と八面六臂に活躍してると思うんだが。
俺と同じように考えているのか、ティナもネーラも苦笑いである。ですよねー……遠からずマールにもイルさんみたいな異名がつくんじゃなかろうか。
「ええと……じゃあ、とりあえずはこの三ヶ条を各集落に持って行って、内容を通告してくるってことでいいな?」
今回の会合の参加者を見回し、全員が頷いたのを確認して俺も頷きを返す。
この三ヶ条が後の歴史でどう語られることになるのかはわからないが、生存権を大陸で初めて明文化した、ということで評価されると良いな。死と破壊を撒き散らした稀代の魔王が何故こんな三ヶ条を? とか思われないように自重しよう、色々と。
取り急ぎ、字を書くのが綺麗なネーラとティナとに清書を頼み、三ヶ条の書かれた紙を三枚ほどストレージに入れておく。
さっきも言ったけど、俺は読むことが出来ても書くのは致命的に下手だからね! ちなみにマールも気合を入れないと俺とどっこいどっこいだったりする。
「よし、早速行ってくるかな」
「鬼人族の里ですか?」
「うん、早い方が何かと良いだろう」
後回し、後回しに……ってやっているとどこまでも延び延びになりそうだしな。
「あとはー……俺一人で行くのはやめた方が良いよな」
「そうですね。私とフラムは駄目ですから、エルミナさんと……クスハさんが良いんじゃないですかね」
「クスハは相性が悪いんじゃなかったかな。元々敵対関係だったとかいう話だし」
「だからこそ、じゃないですか? これからは勇魔連邦の同胞になるんですから、そういういざこざのの芽は摘める時に摘んでおくべきですよ」
なるほど、確かに。これからは一緒にやっていくんだから、いつまでもお互いに避けていても仕方がないか。
「じゃあエルミナさんとクスハに同行してもらうか。エルミナさん、良いですか?」
「ええ、勿論。鬼人族の里にも興味があるしね」
「ああ、鬼人族の里は結構見どころが多いですね。ここらであの建築様式はまず見ないですし」
日本の古き良き田舎の村って雰囲気だったもんな。畑は整ってたし、随所になんか神社っぽい建物があったりしてこの世界の人にしてみればかなり異国情緒に溢れてる感じなんじゃないだろうか。




