第123話~お出かけの準備をしました~
今日一回目! みじかいよ!_(:3」∠)_
白い、光に満ちた空間で目が覚める。ここはどこだ?
「……」
寝転がったままボーッとしていると、誰かが俺の顔を覗き込んできた。冗談のように整った顔立ちの美少女だ。見る角度によっては虹色にも見える銀髪がサラリと俺の顔にかかる。神秘的、かつどこか浮世離れした雰囲気を放つこの少女の正体は『自称』この世界に残る唯一の真なる神、古代文明を滅ぼした邪神にして、今の世界を創り出した創生神。俺がリアルと名付けた女神である。
「なんだ、夢の中の逢瀬とは随分とロマンチックだな」
「実体で行くとマールにいじられるからね」
俺の顔を覗き込んでいた少女がそのまま俺の首元に顔を埋め、その小さな体全てを使って覆い被さってくる。俺もそれに応えて彼女の華奢な身体をそっと抱きしめた。
「神様が小娘を恐れてコソコソするなんて恥ずかしくないのか?」
「いいかい? 何事にも相性ってものがあるんだよ。特に、世界の法則たる神という存在はそういったものに強く影響されるんだ。ボクにとってあの娘は天敵だよ」
「……それらしいこと言ってるけど、単に苦手なだけだよな?」
「……あの子強すぎじゃない?」
「強いってか、お前のペースに全く呑まれないのは凄いよな」
駄神のペースに呑まれないだけでなく、こいつが赤面するような一言を的確に抉りこむので攻防ともに完璧である。
「それで、どうした? ただ甘えに来たのか?」
「それでもいいけどね。ほら、妊婦に対する転移魔法の安全性について気になってたみたいじゃないか。だから教えてあげようと思ってね」
「それでわざわざこれか。そりゃ頭が下がるな、ありがとう」
小さくて柔らかな身体をぎゅっと抱きしめる。なんだかんだいってこいつはこういう可愛いところがあるんだよな。
「な、なんか素直に喜ばれるのも慣れないね」
「まぁその、俺も慣れない。でもお前も俺の……な?」
「ぐぬぬ……」
互いに抱き合いながらも顔も合わせられない。あー、頬が熱い。ここって夢の世界みたいなもんだと思うんだけど、しっかり頬が熱くなったりするんだな。
「と、とにかく。影響だけど、やっぱりあまり良くないね。即アウトってわけじゃないけど、控えたほうが良いよ。寒さや暑さ、飢えなんかのストレスは母胎が胎児をある程度守ってくれるけれど、転移魔法で胎児にかかるストレスは母胎の保護を無視して直接かかるからね。よほどやむをえない状況を除けばやめておいたほうが良い」
「そうか、わかった。やっぱ良くなかったか」
リアルの腰のあたりをスリスリと撫でながら考える。こいつもそうなんだろうか?
「あ、いや、その、まぁ、うん」
ボッ、と効果音が鳴りそうなくらいリアルの顔が真っ赤になった。おお、良いぞその反応。実に新鮮だ、そそる。
「で、でも今はそれどころじゃないからね! ボクはコントロールできるし、そうはならないよ! そういうのはキミがちゃんと神になってからね!」
「ほう、神になれば生む気はあると」
「ちょっ、手付きがやらし……っ!?」
「まぁまぁまぁまぁまぁ」
「どこ触って……脱がすなぁっ!? うわ……わぁっ!?」
☆★☆
「はぁ……」
朝食の席で焼き立てのパンに野苺のジャムを塗りながら嘆息する。朝から色々とやりすぎた。だるい。あいつと致すとエロ漫画みたいになるからほんと危ない。人間の体はそんなに出るようにできてねぇから。干からびるわ。
「朝から大きな溜息ですね、タイシさん」
「ああ、なんか朝からちょっと疲れてな」
昨晩は週に一度の一人寝の日で良かった。誰かと同衾してたら危ないところだったな、色々と。生活魔法の浄化を使って証拠は完璧に隠滅済みだ。
「ふーむ……?」
「あぁー……」
マールが後ろから俺の両肩に手を置き、魔力を流し込んで極めてゆっくりと循環させ始める。急激にやると気持ちよすぎて頭がフットーしちゃうよぉ! 状態になるこの魔力循環だが、極めてゆっくりな速度で循環させるとマッサージのように作用して大変気持ち良い。
「なんか起き抜けにしてはこう、精気が薄くありません?」
「よぐわがんにゃいです」
惚けておく。まさか夢の中でリアルとイチャコラしていろいろ放出したとか言いたくないし。黙秘だ、黙秘。しらばっくれるのだ。
「うーん? まぁ、タイシさんがそう言うなら良いです。今日は布類の受け取りがありますけど、誰か連れていきますか?」
「んー、金額はもう決まってるんだろ? なら独りで現金だけ持ってサクッと回収してくるかな」
「お姉さまの屋敷がピドナにありますから、私も連れて行って欲しいですわ。暫く顔も出していませんし」
ネーラが半熟卵を食べる手を止めてそう言う。彼女はエッグスタンドを使ってスプーンでお行儀よく半熟卵を食べるんだよな。殻をバリバリ剥いて一口で食う俺とはやはり育ちが違う。
ちなみに、エッグスタンドを使うのはネーラとティナとフラムの三人だけである。マール? 俺と同じく手で殻を剥いてむしゃむしゃするよ。
「お、そうか。じゃあティナも行くか? たまには気分転換に外に出ようぜ。ネーラもティナもいつも領主館で政務漬けじゃ参ってしまうだろ?」
「でも、政務が……」
「大丈夫ですよ、私がやっておきますから!」
「妾も手伝おうかの」
「微力ながら、私も手伝います」
顔色を曇らせるティナをマール達がフォローする。普段はマールとティナとネーラの三人で政務を回しているのだが、今日はネーラとティナが抜ける穴をクスハとフラムが埋めてくれるようだ。特にティナは普段から領主館に缶詰になって仕事をしてくれているからな。こういう機会に羽を伸ばさせてやりたい。
「良いのでしょうか?」
「勿論です。今日はたくさんタイシさんに甘えてきてください」
「ほほ、ティナは主殿に甘えるのが下手だからの」
「私はお姉さまとゆっくりお茶でも飲みますから、今日はタイシと二人でゆっくりとデートでもしてくると良いですわよ」
ネーラがそう言いながら俺の顔を見てニヤニヤする。マジか、ピドナとか前に少し酒屋とか雑貨屋巡っただけでオススメのデートスポットとか何もわからんぞ。ううむ、ノープランで行くしか無いか? うーむ……おお、閃いた!
「よし、任せておけ。ワクワクすること間違いなしのデートにしてやろう」
きっとティナも気に入るはずだ。間違いない。
朝食を済ませて外行き用のドレスに着替えに行くネーラとティナを見送りながら。俺も自室に向かいながらストレージの中身を確認する。うーん、どれも今ひとつ今回の目的に合わないな。いっそ全部向こうで揃えるか?
あー、冒険者カードどこやったっけな? 暫く使ってないからどこにいったかわかんねぇなこれ。いいや、再発行するか。二重登録とかできるのかね?
俺は俺で何を着ていこうか迷う。ネーラのお姉さんとその旦那とも顔を合わせるわけだし、あまりラフ過ぎる格好も良くないか。うーん、そうだな。クスハに仕立ててもらった詰襟で行くか。色を黒で統一してもらったからどことなく学ランっぽさもあるが、前に着た時にはマールやフラムにも好評だったから大丈夫だろう。帽子は苦手だからいいや。これにマントを羽織れば……なんだろう、この溢れる大正感。腰にずっと前に作ったミスリル製の刀を提げて、制帽を被ると……某ゲームの悪魔召喚士かな? 流石にここまでやるとコスプレの領域だな。やめやめ。
詰襟にマント、ちょっと装飾を凝らしてあるミスリル剣でいいだろう。ああ、義姉さんの旦那さんはどんな人なのかね? うーん、手土産は……同型のミスリル剣でいいかな。俺の作った刀剣は大氾濫の時にカレンディル王国だけでなくゲッペルス王国やミスクロニア王国にも出回って、かなり重宝されたらしいし。きっと喜んでくれるはず。
「タイシ、どっちのドレスが……?」
と、悪魔召喚士スタイルのままミスリル剣を品定めしていたら二着のドレスを手に持ったネーラがノックもなしに入室してきた。振り返ってみると、何故か俺を見て固まっている。
「どうした?」
「そ、その、とても似合ってますわ」
「そうか? 前に見せたことなかったっけ。帽子は苦手だから置いていこうと――」
「そのままで」
「えっ」
「そのままで。衣装の調和を乱すような着こなしは良くありませんわ」
「あっはい」
物凄い気迫に思わず頷く。そうするとネーラは持っていたドレスをベッドの上に放り捨て、俺の周りをぐるぐる回りながら頭の天辺から足の先まで仔細にチェックし始めた。やだ、目がマジだ。ちょっと怖い。
「見たことのないデザインですわ……この肌触り、クスハさんの織ったものですわね? クスハさんがこれを?」
「いや、俺の住んでた世界のデザインだな。結構前にクスハが目新しいデザインが無いかって相談してきたから、俺が教えて作ってもらった」
「他にもありますの? 女性用は?」
「ええと、クスハが知ってるんじゃないかな?」
「そうですか。では聞いてきますわ」
走ってるわけじゃないのに凄い速度でネーラが退室していく。うーん、急いでいても優雅。これがマールならドタバタと走っていくところなんだろうが、さすがは生粋のお姫様だな。いや、マールも生粋のお姫様なんだけどね?
このままのスタイルで行けと言われてしまったので、仕方なくこの格好のまま居間へと戻る。
「あら、凛々しいわね」
「ふわぁー……」
「かっこいい」
居間に残っていたエルミナさんとシータン、カレンにばっちり目撃されてしまった。エルミナさんはテーブルでシータンと何か話し合っていたようで、カレンはソファにぐでーっと寝そべっている。カレンはつわりはないって言ってたけど、身体がダルいのかな?
「衣装に着られてる感があるんだけどな」
帽子を取り、テーブルの上に載せてエルミナさんとシータンと同じテーブルの席に着く。普段マントなんて着用しないからこういう時どうすれば良いのかわからんな。脱いでどこかに掛けるべきなのかね?
「そんなことないわ、似合ってるわよ。その凛々しい黒衣はタイシくんの黒髪にピッタリね」
エルミナさんの評価にシータンとカレンは無言でコクコクと頷いている。カレン、いつの間にこっちに来たんだ。自分では微妙かと思ってたけど、皆が似合うって言ってくれるならいいかな。
「ペロンと一緒に作った変な鎧よりもずっと威厳がある」
「なん……だと……?」
カレンの言葉に愕然とする。新型魔王鎧よりも詰襟バンカラスタイルのほうが威厳があるだと……? そ、そんな馬鹿な。あれは俺とペロンさんの渾身の作だというのに。嘘だと言ってよバーニィ。
俺が三人の評価に戦慄している間にティナとネーラも居間に現れた。
今日のティナはマールと同じ鳶色の髪を下ろしてちょっと大人っぽいヘアスタイル。それに白を基調とした清楚なドレスを着こなし、お姫様というよりは落ち着いた大人の女性を演出している。
対してネーラは長く美しい金髪を活動的なポニーテールにして、まるで大正時代の女学生のような袴スタイルだ。矢絣模様の上着に濃い赤の袴、そして革のブーツ。うん、ハイカラですね。というか金髪に女学生スタイルはどうなのよ、と思ったけど似合うな。ネーラが美人だから何着ても似合うだけかもしれんけど。
「二人とも綺麗だ。このまま絵にして残したい」
「ふふ、ありがとうございます。旦那様も凛々しくて素敵ですよ」
「絵、いいですわね。今度肖像画でも描いてもらいましょうか」
ああ、やはり記録結晶の確保か写真機の開発は急務だな。こういう大事な瞬間を是非残していきたい。しかし今はやるべきことをやらねばならんな。テーブルの上に置いておいた制帽を被り、席を立つ。
「それじゃ、俺達はピドナに行ってくる。確か引き渡し場所は昨日と同じだったよな」
「はい、ピドナの王国軍駐屯施設に集積してあるそうです」
魔力を集中し、メニューからマップを開いて移動先を指定する。三人なら転移門じゃなくて直接の転移で大丈夫だな。両腕でそれぞれティナとネーラの腰を抱く。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「いってらっしゃいませ!」
「いってらー」
「行ってくる。お土産に期待しててくれ」
エルミナさん達に見送られながら俺達はゲッペルス王国の首都、ピドナへと転移した。